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みかきもりの気ままに小倉百人一首

2012/04/17 しだれ桜と「これやこの」

画家 故・山下玲司氏の絵「しだれ桜・一橋大学U」からは「これやこの」の歌を感じます。
山下玲司氏は競技かるたの東京明静会の二代目会長でもありました。
明静(みょうじょう)の名は小倉百人一首を選定した藤原定家の法名に由来しています。

No. 作者 解釈
10 蝉丸 これやこの行くも帰るも別れては
知るも知らぬも逢坂の関
これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
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ここがあの、東へ行く人も西へ帰る人もここで別れ、もとから知っている人も
まだ知らない人もここで逢うという逢坂の関なのだなあ。
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絵:しだれ桜・一橋大学U(山下玲司)

[みかきもり]
「しだれ桜・一橋大学U」は、一橋大学の建物の前に幾本かのしだれ桜が咲いて
おり、人物は誰もおらず、左から2番目のしだれ桜の前に青いベンチ(席)がある
という絵です。

桜の季節は卒業という別れのシーズンであり、また入学という出逢いのシーズン
でもあります。この絵はその季節を描いています。
しだれ桜が咲いている誰もいない静かな場所に一つベンチがあることで、少し
すると誰かがやってきてこのベンチに座ってそして立ち去っていく、あるいは
そのベンチの前を通り過ぎていく、そんな感じを受けます。誰かは一人だったり、
カップルだったり、学生のグループだったりするかもしれません。
誰も描かれていないからこそ、その絵の中にいろいろな人がイメージされ、静と動
が感じられます。
しだれ桜はただそこに咲いているだけですが、それまでどれだけいろいろな
人の姿を見てきたのでしょう。大学を卒業して東へ行ったり西へ帰ったりと別れて
行く姿、そして大学に入学して以前から知っていた友人たちやそうでない人たちと
出逢う姿、そうした姿をしだれ桜は見てきたに違いありません。

またこの絵は山下玲司氏が持つ競技かるたの一つの心象風景なのではないかと
思います。競技かるたの1秒の間がそこに描かれているように感じます。
読手が下の句を読みはじめると競技かるたの会場は一斉に静かになりはじめ、
その静けさは余韻から1秒の間で最高潮に達します。次に来るのは1字決まりか
2字決まりかそれとも6字決まりの大山札か、何が来るかはわかりません。
しかし次の札の上の句が読まれるとそれまでの静けさが堰を切ったように破ら
れて、札の取り合いが行われます。
その1秒の間とこの絵はどこか通じるものがあるように思います。

逢坂の関の別れと出逢いを盲いた蝉丸は和歌で表現し、しだれ桜の前の別れと
出逢いを山下氏は青いベンチ(席)を置くことで表現したのだと思います。
どちらもそこに人がいるのが見えなくてもそこに人が行き交う姿を感じます。
■参考文献
・競技かるた百年史(社団法人 全日本かるた協会)
・百人一首 全訳注       有吉 保   (講談社学術文庫)
・全訳古語辞典(第二版)    宮腰 賢、桜井 満(旺文社)

■参考URL
・Wikipedia 蝉丸山下玲司 D'Arts (2015/6/14 URL更新)

■謝辞
 「山下玲司 D'Arts」HPに掲載されている「しだれ桜・一橋大学U」の画像の転載について
 快く承諾いただきました。山下和子さん、恵令さん、どうもありがとうございました。

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