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みかきもりの気ままに小倉百人一首

2012/05/06 暁風残月「有明の」
(2012/05/07 説明修正)

古今集撰者の一人である壬生忠岑「有明の」の歌は、後鳥羽院が定家と家隆に古今集で
一番の秀歌は何かと尋ねたときに、定家・家隆ともこの歌を推したという秀歌です。
定家はまた「これほどの歌を一首詠めたらこの世の思い出になるだろう」と絶賛しています。

No. 作者 解釈
30 壬生忠岑 有明のつれなく見えし別れより
暁ばかり憂きものはなし
有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし
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有明の月がいっしょに空を渡る星もなくつれなく夜明けの空に残っています。
夜空の星のように輝くあなたと逢って飽かぬ別れをしたあの時から、有明の月のように残された私は あなたといた時ばかりを思い出し、一人つらく悲しく思っています。
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[みかきもり]
有明の月は陰暦十六日以後の明け方にまだ空に残っている月です。 長月(陰暦九月)二十日頃の有明の月が美しいとされているようです。
暁は上代は「あかとき」(明時の意)、中古以降は「あかつき」と言い、 現代は明け方を意味しますが、古語としては未明を指します。 この時代、男は女と逢って夜の明けきらぬ暁のうちに女の家を出ていました。 暁の頃はまだ夜が明けておらず星が見えますが、ほのぼのと夜が明けてくると星が見えなくなります。
この歌は美しい夜明けに星に別れを告げて空に残っている有明の月に愛しい人との別れを仮託しています。
源氏物語(紫式部)や雨霖鈴(柳永)には愛しい人との別れに有明の月が出てきますが、 その時に有明の月を見たらこの歌をつい口づさんでしまうように思います。
定家は古今集撰者の和歌であり古今集一番の秀歌として、 また愛しい人との別れの場面に有明の月が登場する文学作品への連想として、 この「有明の」の歌を小倉百人一首に選んだのではないでしょうか。

■紫式部:源氏物語 第2帖 帚木(ははきぎ)
この中で、光源氏と空蝉との初めての出逢いと別れが描かれています。
方違えで紀伊守邸にやってきた光源氏は伊予介の後妻(空蝉)と出逢います。 強引な逢瀬の後で、空蝉は悲しみ、光源氏は訪れることもできず文も通わすこともできないことにひどく胸を痛めます。 その光源氏が明け方紀伊守邸から慌ただしく去る時、有明の月が残っていました。

月は有明にて、光をさまれるものから、 かげけざやかに見えて、なかなかをかしき曙なり。 何心なき空のけしきも、ただ見る人から、 艶にもすごくも見ゆるなりけり。 人知れぬ御心には、いと胸いたく、 言伝てやらむよすがだになきをと、かへりみがちにて出でたまひぬ。
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有明の月は光が薄らいでいるものの月の面影は鮮やかに見えて、あけぼのの空はなかなか風情があります。 そうした何気ない空の景色も、ただ見る人によって、優美に見えたりもの侘しく見えたりするのでした。 光源氏のその他人には言えない心にとても胸が痛く、せめて言伝をする手立てがないものかと振り返り見がちに出立しました。
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■柳永:雨霖鈴(うりんれい)
北宋の柳永(987-1053)の宋詞「雨霖鈴」(うりんれい)は愛しい人と別れて一人旅立っていく様子が感じられる詞です。 この中で「今宵酒醒何処 楊柳岸 暁風残月 …」 (愛しい人と別れた悲しみを紛らすために飲んだ今宵の酒が醒めるのはどこだろう、 楊柳の岸辺で暁の風を感じて有明の月を見るのだろうか、 しかしどれだけ風情があっても虚しいだけだ、愛しい人はいないのに)と謡っています。
唐の玄宗皇帝が亡き楊貴妃を想ってつくったのが「雨霖鈴曲」といわれます。 その名前からこの詞の名前をつけたといわれると、一層イメージが広がります。


【参考】宋詞「雨霖鈴」(柳永)
寒蝉凄切
対長亭晩
驟雨初歇
都門帳飲無緒
留恋処 蘭舟促発
執手相看涙眼
竟無語凝噎
念去去千里煙波
暮靄沈沈楚天闊

多情自古傷離別
更那堪 冷落清秋節
今宵酒醒何処
楊柳岸 暁風残月
此去経年
応是良辰好景虚設
便縦有千種風情
更与何人説

盛りを過ぎた秋に鳴く蝉の声はとても切ない
長亭の宿を出ると夕暮れだった
さっきまで降っていたにわか雨はもう止んだようだ
都の城門の帳(とばり)で飲む別れの宴は何の情感も湧かなかった
船着き場に着くと恋しい気持ちが募ってきたが、舟は出発を促していた
二人は手を取り合って涙目でお互いを見て
ただ無言でむせぶだけだった
これからあの靄のかかった波の遙か彼方に去っていくのだ
舟が出発し日が暮れゆく中で、舟から見る江南の空はどんどん広がっていった

情が深く昔から別れの度に心を痛めてきた
さらにどうしてこの痛みに堪えられようか、寂しく静かで清らかな秋だというのに
今宵の酒が醒めるのはどこだろう
楊柳の岸辺、暁の風、有明の月
ここを去りどれだけ年月が経とうと
きっと佳き日も佳き情景も虚しく感じることだろう
たとえ千の風情があろうとも
それをいったい誰に話せばいいというのか

■参考文献
・まんがまるごと小倉百人一首  有吉 保 監修 (学研)
・あさきゆめみし(3)     大和 和紀  (講談社漫画文庫)
・百人一首 全訳注       有吉 保   (講談社学術文庫)
・全訳古語辞典(第二版)    宮腰 賢、桜井 満(旺文社)

■参考URL
・Wikipedia 月Wikipedia 明け方Wikipedia 源氏物語Wikipedia 帚木 (源氏物語)Wikipedia 妻問婚Wikipedia 宋 (王朝)Wikipedia 詞Wikipedia 楊貴妃月と月暦/月言葉月出没時刻・方位角計算のページ春さんのHomePage/長月の有明の月源氏物語の世界源氏物語の世界 再編集版枕草子-まくらのそうし/宋詞--柳永--雨霖鈴詩詞世界/柳永 雨霖鈴秦楼楚館集/柳永四字熟語の研究/良辰好景


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