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みかきもりの気ままに小倉百人一首

2012/11/23 伊勢神宮式年遷宮
(2012/11/30 おまけ追加)

伊勢神宮の正式名称は「神宮」で二つの正宮があり、内宮(皇大神宮)は天照大神、
外宮(豊受大神宮)は豊受大神をお祀りしています。
来年平成25年(2013年)、伊勢神宮では第62回式年遷宮が行われます。
天武天皇が685年に神宮式年遷宮を定めて以来、戦国時代に120年以上に及ぶ中断の危機も
ありましたが、現代まで1300年以上も受け継がれてきました。
「わたの原八十島」の歌からは伊勢神宮の創建、「秋の田の」「春過ぎて」の歌からは
式年遷宮が感じられます。

No. 作者 解釈
11 小野篁 わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと
人には告げよあまの釣舟
内宮(皇大神宮)創建 垂仁天皇26年(紀元前4年)
御祭神:天照大神…太陽神、高天原を治める神、皇祖神、日本の総氏神

日本書紀 垂仁天皇二十五年三月
天照大神を豊鍬入姫命(崇神天皇皇女)より離ちまつりて、倭姫命(垂仁天皇皇女)に託(つ)けたまふ。
倭姫命、大神を鎮座させる処を求めて、菟田(うだ)の篠幡(ささはた)、近江国、東美濃をめぐりて、伊勢国に到る。
天照大神、倭姫命におしえてのたまはく、
「是の神風の伊勢国は、常世(とこよ)の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり。 傍国(かたくに)の可怜(うま)し国なり。是の国に居らむと欲(おも)ふ。」
大神の教えのまにまに、其の祠(やしろ)を伊勢国に立てたまふ。
因りて斎宮(いはひのみや)を五十鈴の川上(かわのほとり)に興(た)つ。 是を磯宮(いそのみや)と謂(い)ふ。

わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよあまの釣舟
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倭姫命が天照大神の鎮座する処を求めて大八洲(おおやしま)をめぐっていると、 天照大神は美しい伊勢志摩に居たいと倭姫命に告げました。
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goo国語辞書
・御船代(みふなしろ)…伊勢神宮で、御樋代(みひしろ)を納める船形の器。
・御樋代(みひしろ)…神社で、神体を納める器を尊んでいう語。特に、伊勢神宮のものをいう。
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[みかきもり]
「わたの原八十島」の歌及び歌番号11番からは、 日本書紀に記載された第11代垂仁天皇の二十五年三月の倭姫命が想起され、 伊勢神宮の創建が感じられます。
定家は「わたの原八十島」の歌に倭姫命をイメージして11番に選んだのではないでしょうか。

雄略天皇
(第21代)
  外宮(豊受大神宮)創建 雄略天皇22年(478年)
御祭神:豊受大神…神々に奉る食物を司る女神。お米をはじめ衣食住やエネルギーの恵みを与える産業の守護神。

止由気宮儀式帳 雄略天皇二十二年
雄略天皇の夢枕に天照大神が現れて御告げがありました。
「吾れ既に五十鈴川上に鎮まり居るといえども一人にては楽しからず神饌をも安く聞食すこと能わずと宣して丹波の比沼の真名井に坐豊受大神を吾がもとに呼び寄せよ」
天皇は内宮に近い山田の地に豊受大神を迎えて祀りました。

1 天智天皇
(第38代)
秋の田のかりほの庵のとまをあらみ
わがころもでは露にぬれつつ
天武天皇14年(685年)、式年遷宮の制を制定
持統天皇4年(690年)、第1回内宮式年遷宮
持統天皇6年(692年)、第1回外宮式年遷宮

秋の田のかりほの庵のとまをあらみ わがころもでは露にぬれつつ
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秋の収穫を神に感謝する神嘗祭・新嘗祭。
黄金色に輝く秋の田の刈穂を捧げた社殿の荒んでいることよ。
慈悲深い神の御心を想うと袖が涙でぬれます。
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春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山
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季節がめぐって天女が衣替えをするように、天照大神を祀る内宮、
豊受大神を祀る外宮が遷宮しました。
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[みかきもり]
「秋の田の」の歌は黄金色に輝く秋の田と荒んだ社殿とが対比されて、 神の恵みに対して神の鎮座する社殿が古びて荒んでいる情景が目に浮かびます。
「わがころもでは露にぬれつつ」には祭祀王である天皇の心痛が感じられます。
また「春過ぎて」の歌には季節がめぐって衣替えすることが感じられ、 20年ごとの定期的な遷宮である式年遷宮が想起されます。

2 持統天皇
(第41代)
春過ぎて夏来にけらし白妙の
衣ほすてふ天の香具山


【おまけ】
BE LOVE 24号(2012 12/15)『ちはやふる』第103首では、吉野会大会A級決勝の
綾瀬千早(府中白波会)と真島太一(府中白波会)との対戦がはじまりました。
綿谷新(福井南雲会)をはじめ多くの人が残ってその対戦を見守っています。
これを読んでふと下記の歌が思い浮かびました。
■万葉集 巻一(27) 天武天皇
淑人乃 良跡吉見而 好常言師 芳野吉見与 良人四来三
よき人の よしとよく見て よしと言ひし よしのよく見よ よき人よく見

この『ちはやふる』の主人公3名の名前からは伊勢神宮を感じます。
千早(ちはや) 千早振る 「千早振る」は「神」などにかかる枕詞
太一(たいち) 太一(たいいつ)
・古代中国における宇宙の根元を表す哲学的概念。
・天の中心に位置する星宮(星座)、またはその神格。
「太一」=「天照大神」
伊勢神宮遷宮の行事の一つ「御樋代木奉曳式」で陸曳されている御樋代木には『太一』の看板が掲げられています。
御樋代木奉曳式は御神体を納める「御樋代(みひしろ)」の御用材を伊勢へ運ぶ儀式です。
綿谷(わたや) わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと
人には告げよあまの釣舟
永世名人 綿谷始の孫が新です。
その名前にはどこか伊勢神宮の創建(綿谷始)と遷宮(綿谷新)を感じます。


■参考文献
・伊勢の神宮 正宮 別宮 おかげ参り 朱印帳 ご案内文付き (近鉄電車)
・神宮 (神宮司庁)
・日経おとなのOFF (December 2012) No.138   (日経BP社)
 「Special 1. 伊勢神宮 出雲大社 日本を代表する2つの神社入門」
・旧皇族が語る天皇の日本史   竹田 恒泰              (PHP新書)
・日本書紀(二)        坂本太郎、家永三郎、井上光貞、大野 晋(岩波文庫)
・百人一首 全訳注       有吉 保               (講談社学術文庫)
・全訳古語辞典(第二版)    宮腰 賢、桜井 満           (旺文社)

■参考URL
・Wikipedia 伊勢神宮Wikipedia 皇大神宮Wikipedia 豊受大神宮Wikipedia 神宮式年遷宮Wikipedia 天皇の一覧Wikipedia 太一宮内庁 宮中祭祀 主要祭儀一覧伊勢神宮式年遷宮広報本部式年遷宮記念 せんぐう館伊勢の神宮「皇祖神」の人気Q&Aランキング - 教えて!goo凡海郷(おゝしあまのさと) 元伊勢外宮豊受大神社深野稔生の「山、時々日記」 またまた霊魂を載せる舟、その四。中日新聞:遷宮記念シンポジウム 伊勢神宮と出雲大社(in名古屋)中日新聞:遷宮記念シンポジウム 伊勢神宮と出雲大社(in東京)

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