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みかきもりの気ままに小倉百人一首

2012/08/20 六歌仙と猿丸大夫
(2012/08/30 蛇足追加)

小倉百人一首には六歌仙のうち5名が選ばれています。
選ばれなかったその1名は大友黒主(大伴黒主)です。
古今集真名序の大友黒主の評価で「猿丸大夫の次なり」とあることから、大友黒主が
限りある百人一首の枠から外されるのはやむを得なかったと思われます。
しかしそこには、依頼主の宇都宮頼綱に対する定家の心配りもありました。

No. 作者 解釈
12 僧正遍昭
(良岑宗貞)
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ
をとめの姿しばしとどめむ
古今集仮名序
僧正遍昭はうたのさまはえたれども、まことすくなし。
たとへばゑにかけるをうなを見て、いたづらに心をうごかすがごとし。
・浅緑 糸よりかけて 白露を 玉にも貫(ぬ)ける 春の柳か
・はちす葉の 濁りに染(し)まぬ 心もて 何かは露を 玉とあざむく
・名にめでて 折れるばかりぞ 女郎花(をみなへし) われ落ちにきと人に語るな

古今集真名序
華山僧正、尤も歌の体を得たり。
然れども其の詞(ことば)、花にして実(まこと)少なし。
図画の好(よ)き女、徒(いたづら)に人の情(こころ)を動かすが如し。

[みかきもり]
僧正遍昭の歌は出来事をドラマティックに表現している感じがします。
「天つ風」の歌は、五節の舞で舞い終わって去り行く美しい舞姫を天女にたとえながらその美しい姿を留めておきたいと称賛しています。
五節の舞は、天武天皇が吉野に行幸した折の日暮れ時に琴を弾いていると雲が動いて天女の舞が見えたという故事に由来します。
ドラマティックな題材や仮名序の「絵に描ける女」の言葉から仮名序の僧正遍昭の評価に最も相応しい歌として、 定家は「天つ風」の歌を小倉百人一首に選んだのではないでしょうか。

17 在原業平 ちはやぶる神代も聞かず龍田川
からくれなゐに水くくるとは
古今集仮名序
ありはらのなりひらは、その心あまりてことばたらず。
しぼめる花のいろなくてにほひのこれるがごとし。
・月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして
・大方(おほかた)は 月をもめでじ 是(これ)ぞこの 積もれば人の 老(おい)となるもの
・寝ぬる夜の 夢をはかなみ まどろめば いやはかなにも なりまさるかな

古今集真名序
在原中将の歌、其の情(こころ)余り有りて、其の詞(ことば)足らず。
萎める花、彩色(いろどり)少なしといへども、しかも薫香有るが如し。

[みかきもり]
在原業平の歌は三十一文字に本当にあふれんばかりの心があります。
「ちはやぶる」の歌には藤原高子へのメッセージが感じられるとともに、伊勢物語が連想されます。 (10.「ちはやぶる」)(11.「ちはやぶる」Part2)
仮名序の在原業平の評価に最も相応しい歌として、定家は「ちはやぶる」の歌を小倉百人一首に選んだのではないでしょうか。

22 文屋康秀 吹くからに秋の草木のしをるれば
むべ山風をあらしといふらむ
古今集仮名序
ふんやのやすひでは、ことばはたくみにて、そのさま身におはず。
いはばあき人のよききぬきたらむがごとし。
・吹くからに 四面(よも)の草木の 萎(しを)るれば むべ山風を あらしといふらむ
・草深き 霞の谷に 影かくし 照る日の暮れし 今日にやはあらぬ

古今集真名序
文琳巧みに物を詠む。
然れども其の体俗に近し。
商人の鮮やかなる衣を着たるが如し。

[みかきもり]
文屋康秀の歌は機知に富んでおり言葉は巧みで飾りたてた感じがします。
「吹くからに」の歌は「山風をあらしといふらむ」と詠みつつ、木枯らしが詠われています。 (9.晩秋の風「吹くからに」「白露に」)
仮名序の文屋康秀の評価に最も相応しい歌として、定家は「吹くからに」の歌を小倉百人一首に選んだのではないでしょうか。

8 喜撰法師 わが庵は都のたつみしかぞ住む
世をうぢ山と人はいふなり
古今集仮名序
宇治山のそうきせんは、ことばかすかにして、はじめをはりたしかならず。
いはば秋の月を見るに、あかつきのくもにあへるがごとし。
よめるうたおほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず。
・わが庵は 都の辰巳 しかぞ住む 世を宇治山と 人は言ふなり
・けがれたる たぶさはふれじ 極楽の 西の風ふく 秋のはつ花 (樹下集)
・木の間より 見ゆるは谷の 螢かも いさりにあまの 海へ行くかも (玉葉集)

古今集真名序
宇治山の僧喜撰、其の詞(ことば)甚だ華麗にして、首尾停滞せり。
秋の月の暁の雲に偶(あ)へるを望むが如し。

[みかきもり]
喜撰法師の歌は耳触りがよくてジェットコースターのように情景変化が感じられます。
「わが庵は」の歌は、「わが庵は」わが庵 ⇒ 「都の」京 ⇒ 「辰巳」南東 ⇒ 「しかぞ住む」わが庵に戻る ⇒ 「世を」世 ⇒ 「宇治山と」宇治山 ⇒ 「人は言ふなり」京の人 となかなか忙しいです。
仮名序の喜撰法師の評価に最も相応しい歌として、定家は「わが庵は」の歌を小倉百人一首に選んだのではないでしょうか。

9 小野小町 花の色は移りにけりないたづらに
わが身世にふるながめせし間に
古今集仮名序
をののこまちは、いにしへのそとほりひめの流なり。
あはれなるやうにてつよからず。
いはばよきをうなのなやめる所あるににたり。
つよからぬはをうなのうたなればなるべし。
・思ひつつ 寝(ぬ)ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを
・色見えで うつろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける
・わびぬれば 身を浮草の 根を絶えて 誘ふ水あらば いなむとぞ思ふ

古今集真名序
小野小町の歌、古の衣通姫(そとほりひめ)の流なり。
然れども艶にして気力無し。
病める婦の花粉をつけたるが如し。

[みかきもり]
小野小町の歌は男性を待っている女性の艶やかさと憂いを感じます。
「花の色は」の歌は、「花の色」に女性の艶やかさ、「ながめ(長雨)」に憂いが想起されます。
仮名序の小野小町の評価に最も相応しい歌として、定家は「花の色は」の歌を小倉百人一首に選んだのではないでしょうか。

- 大友黒主   古今集仮名序
おほとものくろぬしは、そのさまいやし。
いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごとし。
・思ひ出でて 恋しき時は 初雁の 鳴きて渡ると 人は知らずや
・鏡山 いざ立寄りて 見て行かむ 年経(へ)ぬる身は 老いやしぬると

古今集真名序
大友黒主の歌、古の猿丸大夫の次なり。
すこぶる逸興有りて、体甚だ鄙(いや)し。
田夫の花の前に息(やす)めるが如きなり。

[みかきもり]
大友黒主の歌は鄙びた感じがします。
真名序の大友黒主の評価で「猿丸大夫の次なり」ということから六歌仙から一人外すなら大友黒主と、 定家は大友黒主を外して猿丸大夫を小倉百人一首に選んだのではないでしょうか。

5 猿丸大夫 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ秋は悲しき
奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき
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日光権現と奥山の神域を争う中で日光権現に加勢した鹿島神の声を聞いた時、赤城神は敗北を覚悟しました。
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[みかきもり]
下野国河内郡の日光権現と上野国の赤城神が互いに接する神域の争いで、 鹿島神の言葉で女体権現が鹿の姿となって弓の名手小野猿丸を呼び寄せ、 この戦いに勝利したという話があります。 これにより猿丸は下野国河内郡の宇都宮明神(下野国河内郡二荒山神社)となったといわれます。 この二荒山神社の社家は宇都宮氏です。
嵯峨野の別荘のために定家に色紙和歌を依頼した宇都宮頼綱(蓮生)は初代藤原宗円から数えて5代目となります。
定家は、色紙和歌を依頼した宇都宮頼綱に縁のある和歌として、猿丸大夫が宇都宮明神になったいわれが連想される 猿丸大夫「奥山に」の歌を小倉百人一首に選んだのではないでしょうか。
歌番号5は宇都宮頼綱が5代当主であることを想起します。



【蛇足】六歌仙と猿丸大夫の上表を見ていると、なんだか戦隊モノをイメージします。
ダイダラボッチは「もののけ姫」に出てきたシシ神の巨神の姿です。
名前 役柄 キャラクター 得意技
僧正遍昭 熱い心を持ったリーダー 天の風で敵の動きを封じる
在原業平 熱い心はあるが言葉が少なくクール 龍の如く水を操る
文屋康秀 人間味があって口達者でだじゃれ好き 嵐の如く風を吹かせる
喜撰法師 白黒はっきりせずとらえどころがない 基地(庵)からダイダラボッチ(しか)を出動させる
小野小町 紅一点の美女 花散らす長雨で敵の戦意を喪失させる
大友黒主 悪役のボス 怪人の後で登場する(猿丸大夫の次なり) 不明
猿丸大夫 悪役の怪人 「キィー」という猿どもを使う 奥山からダイダラボッチ(鹿)を呼ぶ


■参考文献
・古今和歌集(一) 全訳注      久曾神 昇  (講談社学術文庫)
・古今和歌集(四) 全訳注      久曾神 昇  (講談社学術文庫)
・百人一首 全訳注          有吉 保   (講談社学術文庫)
・全訳古語辞典(第二版)       宮腰 賢、桜井 満(旺文社)

■参考URL
・Wikipedia 猿丸大夫Wikipedia 宇都宮二荒山神社Wikipedia 下野宇都宮氏Wikipedia 宇都宮頼綱千人万首/喜撰

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