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競技かるたとコンピュータ
6.競技者の支援・養成

 競技者として上達する道に王道はなく、練習や試合の積み重ねの中で札の並べ方・取り方・送り方を研究し、自分自身で体得していくほかはない。そのために自分の長所や短所を知ってどのような状況でどのような塩梅で長所を活かし短所を活かすかといった戦略・戦術を持ち、そしてそれを裏打ちする感性と技術をしっかりと身につけることが大切である。ここではコンピュータ応用によって競技者の練習をより効果的なものにすることを考えていく。

6.1.フォームを見る
 札を取る運動は、構えた姿勢から的確なタイミングで重心移動を行うとともに札を取る手をうまくコントロールする一連の動作である。現在の自分のフォームがどのような動作になっているかはあまり自分ではわからないものである。ビデオ画像を取り込むためのビデオキャプチャーボードを搭載したパソコンであれば、ビデオ撮影した自分のフォームを取り込みマルチ表示静止画にしてフォームを見ることが可能である。ビデオで見るとあっという間に画面が流れてどのようなフォームだったかわかりにくいが、動作の最初から終わりまでの各コマを同時に表示したマルチ表示静止画になっていれば動作の流れが一目瞭然である。自分のフォームを客観的に見ることができるので、どのようにフォームを改善していけばよいか検討を行いやすいだろう。

6.2.札を聞きわけて取る
 札をすばやく取るには、音を早く聞きわけること、的確に出札に手を移動させることが必要である。また札が読まれて定まり字が変化することに即応した手の運び方をすることも大切である。このための基礎練習としてコンピュータに読手をさせて、似た音で始まる札のグループを取る練習をすればよいだろう。似た音で始まる札の微妙な違いが練習を繰り返すうちに「感じ」として体得されタイミングよく取れるようになってくると思う。できれば読みの音声は一人の読手のデータだけでなく複数人のデータで行いたい。微妙な違いが個人に依存するのか共通的なものかは複数聞き比べなければわからないことと、いろいろな読みに接することでよい練習になるからである。慣れてきたら音の間を短めや長めにしたり、ゆらぎを持たせたりして、できるだけ音の間に対して対応力をつけておくとよいだろう。

6.3.仮想プレーヤーと対戦する
 競技かるたは一人の読手と二人の競技者が最低人数として必要とされる。しかし読手はコンピュータによる代替ができることはこれまで述べてきた。とすれば、将棋や囲碁のコンピュータゲームのように対戦相手の競技者がコンピュータで可能になれば一人で競技かるたを行うことができるといってよい。1枚の札を取りあう中で相手の気を感じることも競技かるたの醍醐味であり、そうした中で手と手が接触したり、あるいは激しくぶつかったりすることもある。このようなことは対コンピュータ戦ではあまり期待できないが、優れた練習相手となってくれることは十分期待できる。それはVR(Virtual Reality;仮想現実)空間における仮想プレーヤーとの対戦であり、競技かるたをできるだけ体感できるようにしたコンピュータゲームともいえる。少し練習の模様をシミュレーションしてみよう。

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 Hは競技かるたをやっている。近々タイトル戦があるため練習をしようと自室の和室に入った。Hは畳の上に競技線サイズのセンサーボードを置き、利き手に肘ぐらいまであるちょっとごわごわした手袋をしてからスキーゴーグルのような薄型のゴーグルをかけた。センサーボードは、競技者がボード上のどの位置をどのような方向でどれくらいの圧力でタッチしているかを感知しながら、そのデータをこのゲームを管理するコンピュータに送信する。手袋は競技者の手の状態をコンピュータに送信する。ゴーグルはコンピュータが作り出す仮想プレーヤーや取り札、コンピュータに指示するためのリモコンなどを競技者に3次元的に見せてくれる。

 Hがゴーグルをかけるとすでに見慣れた世界が広がった。どこかのお寺か神社らしい風景に敷き詰められた畳があって、そこに競技位置を示すようにボードが置いてあり、この世界を管理しているコンピュータに指示をするリモコンが備えられている。Hは手袋をした手でリモコンを操作して対戦者Zを選びレベルをいつもより高い7にしてOKボタンを押した。するとボードの反対側に対戦者Zが現れた。

 「札を並べますか?」とコンピュータがゴーグルにメッセージを表示してきたので、リモコンのYESボタンを押す。コンピュータとの対話はこのように、コンピュータはゴーグルにメッセージを表示して競技者に知らせ、競技者はゴーグルで見えるリモコンを手袋をした手で操作してコンピュータに指示することで行われる。Hの定位置はすでにコンピュータ登録されているので、YESボタンを押すと、HとZの前にあるボード上に25枚ずつ取り札が並べられた。

 「暗記時間に入りますか?」の表示を無視して、Hは自陣の取り札を手袋をした手で移動させる。この世界のものを触ることができるのは手袋をした手だけである。札を持つ手は実際には何も持っていないのだが、手袋の内側にわずかに手を圧迫する仕掛けがあって、なんとなく持った気分にさせてくれる。まあそれでもこのごわごわした手袋のほうが気になるのだが、それを言ってもしかたがない。空をつかむよりましかなと思う。自陣を並べ終えてからYESボタンを押した。コンピュータ読手のスピーカーから「暗記時間に入ります」と告げられ、暗記時間となった。

 Hはボード表示OFFボタンを押して、取り札を置いているボードを畳の表示にした。ボード表示にしていると競技線の位置がはっきりするのだが、Hは雰囲気もあっていつも畳にしている。競技線を知りたくなったらボード表示ONボタンを押せばいいだけのことだ。

 暗記時間もどんどん過ぎていき、「あと2分です」と告げられた。それまで数えるそぶりをしたり、自分の肩をもんでいたりした対戦者Zが素振りを始めた。Zの素振りの後、「対戦者を変更しますか?」と表示してきた。HはNOボタンを押してから少し素振りをした。素振りをして札に触れて飛んでいっても並べ直しボタンを押すともとに戻せるので、その点は楽である。Hも高さの感覚がうまくつかめない時期はよくこのボタンにお世話になっていた。「時間です」と暗記時間が終了したことが告げられた。ZはHに礼をし、右を向いて礼をした。Zはちょっと魅力的なハスキーな声だった。でもその声は読手と同じスピーカーから聞こえてくるので、Hはいつもこればっかしはなじめないなあと思った。右を向いて礼をするのも設定画面に右と左のどちらにするかあるので右にしているだけだし。いずれにせよ、さあ試合開始である。

 序歌が読まれ、1枚目の札「かく」が読まれた。Hは相手陣左上段を払いこれをとった。乱れた札は自動的に並べ直され、コンピュータはHの取りであることをゴーグルの表示で知らせた。Hは右下段の「あさぼ・う」を相手に送った後、札を寄せて隙間をふさいだ。Zはそれを左下段の一番外側に置いた。

 次の読みが始まり、2枚目の札「はるの」が読まれた。HとZはほとんど同時にH陣左中段を払った。コンピュータはZの取りを知らせた。Zは「やまざ」を送ってきた。Hは取るときに手に圧迫感を感じていたけども自分がてっきり直接札に行ってとったつもりだった。Hはコンピュータがそういうふうにいうんだったらそうなんだろうけど、手袋してるとようわからんなとぼやいた。もうちょっと手袋は改善してほしいなあ。Hは確認するため、リプレイボタンを押して今の取りを再現させてみた。後からきたZの手がHの手に触ったときにはすでに出札に触っているようだった。しょうがないなと継続ボタンを押して一時停止を解除し、「やまざ」を右中段の一番外側に置いた。

 次の読みが始まり、3枚目の札「あさぼ・あ」が読まれた。HはZ陣の「あさぼ・う」にさわってしまい、ZはH陣の「あさぼ・あ」をとった。Zの取りとHのお手付きが知らされた。Zは「あまの」「ゆら」を送ってきた。Hはそれを定位置に置いた。

 そうして次々と札が読まれ、ゲームが終了した。Hはああ疲れた疲れたとゴーグルと手袋を外した。コンピュータを操作し、レポートを見た。レポートにはゲームの流れがわかる譜面とそれぞれの時点の仮想プレーヤーが主とした思考ルール、どの段を何枚とったか、定まり字の長さ別に何枚とったか、第1音別に何枚とったか、お手付きの回数やそのとき読まれた札や触った札、自分と相手の持ち札残数の時系列変化グラフ、出札の読み確定時点から札をとった時点の時間差分布図などが記載されている。Hは3字定まりがまだまだあまいなあと言いながら、汗かいてのども乾いたことだしビールでも飲もうとコンピュータを切ったのだった。
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 このゲームを実現するにはゴーグルや手袋、センサーボードなどといった周辺機器もさることながら、仮想プレーヤーの思考ルールを実現するために知識データベースと行動選択ルールを構築しなければならない。そのため、札の定位置をライブラリ化すること、ねらい方・取り方(戦術)・送り札を多様性を持たせて定式化すること、矛盾するルールの解決ルールを多様性を持たせて定式化すること、対戦によって学習したことを定式化すること、学習内容を思考ルールへ追加するルールを定式化すること、など競技かるたを熟知してそのノウハウを定式化することが課題となる。まずいろいろなセオリーや格言を収集して研究することからはじめる必要があろう。