『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第一章 「カンマを伴う分詞句」をめぐる一般的形勢、及び基礎的作業

第5節 「脈絡内照応性」と「カンマ」の関係


〔注1−44〕

   名詞句の指示内容について語り得ることがらは、広く共有されている情報である場合も、話者に固有と見なされるべき情報である場合もある。従って次のような言い方もできる。

Which(林語堂の用語によれば「解説的関係代名詞commentative relative pronoun」としてのwhich…引用者)はこのように、いろいろな事物についての、ふと思いついた解説や註釈や個人的判断を述べるのに用いられることが多い。それ故、この構文に精通すると、人それぞれの文体の秘密の一つがわかるようになる。バーナード・ショウのような作家は、独自の意見を沢山持ち、いろいろと解説すべき事柄を抱えているので、この種の解説的な句や節をふんだんに用いる。(林語堂著、山田和男訳『開明英文法』, 9.62)
   同書は次のような非制限的関係詞節の例を挙げている。
The League of Nations, which is a great organization for the development of oratory, etc.
(国際連盟は、弁舌を上達させるには立派な組織ではあるが、云々…)(ibid)(原文通り)
   非制限的関係詞節に展開されているのは話者の「独自の意見」、「国際連盟という機構に備わっている(と話者に判断されている)属性の一端」である。

   非制限的名詞修飾要素に話者の独自性が過度に発揮されることもある。「余分の説明や情報を付加する」と解説されることも少なくない非制限的名詞修飾要素([1−18]参照)が示す情報が過度に「余分」であると感じられる場合について、Kruisinga & Eradesは「挿入的文」の一節の中で次のように語っている。

挿入的文はそれが含まれている文の意味とは殆ど関わりを持っていない。
(KRUISINGA & ERADES, An English Grammar, 32.3)
   確かにそのように感じられることがある。
その結果、読み手がまず思うのが、テキストはどこかおかしくなってしまったに違いないということであり、確かに理解できたと思えるまでに二度読まねばならないとしても、読み手は十分に容赦されるであろう。もちろん書き手はその部分を書いている際こうしたことを十二分に意識していたのであり、その部分は成り行き任せの戯れ、女性的精神に時には帰せられることのある気まぐれな思考様式による戯れとして理解されるべきなのである。(ibid)(下線は引用者)
   これは挿入的文[parenthetic sentences]に関する記述ではあるが、KRUISINGA & ERADESが挙げている挿入的文の例(下線部)には次のようなものも含まれている。
Kendle (a nineteen year old lance corporal from my platoon) and Worgan (one of the tough characters of our company) were slicing away for all they were worth. (ibid)(下線は引用者)
   このような場合、「これらの挿入的文は並置要素的機能[appositional function]を有する」(ibid)と述べられる(「並置要素[appositive]」という用語については[1−1]参照)。

   並置要素と非制限的関係詞節の親縁性について、FowlerはThe King's Englishの中で、それぞれ並置要素と非制限的関係詞節を含む次のような文を挙げ、「(2)は(1)の縮約形である」(p.88)と述べている。

1. Lewis, a man to whom hard work never came amiss, sifted the question thoroughly.
2. Lewis, to whom hard work never came amiss, sifted the question . . . (pp.87--88)(下線は引用者)([1−18]参照)
   CGELも、並置要素と非制限的関係詞節の親縁性に関する記述を残している。
文例[1](Anna, my best friend, was here last night.…引用者)中の名詞句"my best friend"は文例[1a](Anna, who is my best friend, was here last night.…引用者)中の関係詞節の縮約形と見なされることがある。実際、一部の文法学者は非制限的関係詞節を並置要素[appositives]の中に含めている。(17.65)
   しかしながら、非制限的名詞修飾要素がもたらす情報が時には決して「余分」とは見なせないことを、例えば『パンセ』中の一句が体験させてくれる。ただし、この一句に話者の「過度の独自性」を見て取ってそれを受容するか退けるか、「テキストはどこかおかしいに違いない」と感じるかは、受け手の存念次第である。
78. Descartes inutile et incertain.〈無益にして不確実なデカルト〉(Descartes useless and uncertain.)
(断章番号はBrunschvicg版準拠)(現代フランス語の正書法に基づいて表記すれば、"Descartes, inutile et incertain"となろう)
   これをあえて関係詞節を用いて英訳すれば、"Descartes, who is useless and uncertain."となる。この非制限的名詞修飾要素はパスカルの文体と立場を表現しているからこそ、例えば、この呪術的一句を表題にした書物Descartes inutile et incertain (Jean-Francois Revel)は私を誘ってそれを購入させたのであり、しかも、その表題の力だけで私がそうするよう仕向けたのである。

(〔注1−44〕 了)

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