第六章 開かれた世界へ
第1節 異邦人の孤立
〔注6−7〕
修飾要素がさほど短くない場合でもカンマが省かれる場合についての記述をCGELに見ることができる。
非制限的節は、その母型節に後続しようが先行しようが、抑揚[intonation]による分離によって刻印される。(このことに比べると)カンマを打つことはさほど恒常的ではない。非制限的節が前置された場合にはカンマは省かれることがある。しかし、実際には、非制限的節が前置された場合にはカンマは過剰な標識である。なぜなら、前置された節は必ず非制限的だからである。したがって、文例[1a]と[2a]は共に非制限的である。即ち、
When her mother insists on it , Susan sees her father. [1a]
〈会うようにと母親に強く言われた時には、スーザンは父親に会う。〉
When her father comes to London , Susan sees him. [2a]
〈父親がロンドンに来る時には、スーザンは父親に会う。〉(15.23)
(下線は引用者。「制限的副詞節と非制限的副詞節」については[1−18]の末尾参照。CGELによれば、上記の文例中の副詞節はいずれも「非制限的副詞節」である。)
こうした文例中のカンマは「余計」だという指摘だ。しかし、次のような記述もある。
文頭の位置においては、すべての副詞節は、形態や機能とは無関係に、抑揚によって、また(通常は)句読点によって、その母型節[matrix clause]から切り離される。(15.20) (「母型節」については[1−10]参照)
論者によって見解が異なる数多くの事項の一例である。
(〔注6−7〕 了)
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