『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第一章 「カンマを伴う分詞句」をめぐる一般的形勢、及び基礎的作業

第2節 《分詞構文》という了解


〔注1−10〕

   本稿では「カンマを伴う分詞の暗黙の主辞が導く節」を「主節」とは呼称せず、このような節をその一部とする「カンマを伴う分詞の暗黙の主辞を含む節」を「母節」と呼称し、これを用いることは[1−9]で示したとおりである。「母節」という用語を用いざるを得ない事情を簡単に述べておく。

   新語を造ることは極力避けたい。しかし、「カンマを伴う分詞句」について語る場合、「分詞句の暗黙の主辞を含む節」(これは必ずしも、「分詞句の暗黙の主辞が導く節〔分詞の暗黙の主辞をその主辞とする節〕」であるとは限らない。この点、及び「暗黙の主辞」については[1−9]参照)のことを簡潔に示す用語が日本語には見当たらない。英語の用語の訳語として「上位節[superordinate clause]」(上位節と従位節との関係について言えば、上位節の一部が従位節である…CGEL、14.3)とか「母型節[matrix clause]」という用語はあるが、他の様々な用語と相互に規定し合っている用語であり、本稿が目的としている分詞句に関する記述にとって決して適切な用語とはならない。ここで「母型節[matrix clause]」とは「上位節からその従位節を除いた部分」(CGEL、14.4)である。例えば、

I’ll lend you some money if you don’t have any money on you. (CGEL、14.4)
   中の下線部[I’ll lend you some money]は「母型節」であり、太字部[if you don’t have any money on you]は「従位節[subordinate clause]」(14.4)である。

   造語せざるを得ない事情は確かにある。例えば

分詞を主要な構成要素とする語群で、主文(主節)(の動詞)に対し副詞的修飾をするもの。(清水護『英文法辞典』p.427)
   という《分詞構文》の規定の中に見られる用語「主文(主節)」に該当するのは、以下の文例ではどの部分になるのか。 以下は第五章第3節で紹介することになる文例である。
Mr Hull said BMW wanted to move quickly with a sale of Rover Cars, worried that the market would pull its share price down if delays were incurred.
ハル氏が語ったところでは、BMW社はローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたが、(同社は)(処理の)遅れが生じれば市場で(自社の)株価の下落を招くのではないかと懸念していたのである。(私訳)
(Phoenix buys Rover Cars for £10, By FT.com Staff, FT.com, May 9, 2000 )
   -ed分詞"worried"の暗黙の主辞は一応"BMW"(実際には、「ある特別の事態のもとにある"BMW"」)であると考えられる(この点については第五章第3節参照)。

   "BMW"以下の節(太字部)を「主節」と呼ぶことが適切であるとは思えないし、「文」や「主文」も適切な呼称であるという気はしない。些かなりとも記述の厳密さを図ろうとすれば、「母節」という造語は止むを得ないものでもある。

   本稿では、「カンマを伴う分詞句」の「暗黙の主辞」を含む節を「母節」と呼んで記述の簡潔を図る(ことのついでに、関係詞の先行詞を含む節も「母節」と呼称する。この点については[1−18]参照)。この呼称は上記のような英文をしばしば目にすることを考えれば、決して無用な造語ではないと判断する。ただ、この用語の直接の生みの親は《分詞構文》という特殊事情であると言わねばならないかもしれない。

(〔注1−10〕 了)

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