フィガロ新聞に取り上げられてフランスで反響を呼んだ「巴里に死す」は、出版後も様々なメディアに取り上げられたようです。

「巴里に死す」の記事
Les Nouvelles Litteraires 1953年12月3日

すべてが、この若い日本女性の愛の中に簡潔である。一番悲劇的な場面においても。この東洋的尊厳は、女性達に理解されるであろう。滞仏経験のある芹沢光治良は、フランスを敬愛しており、背景を巧みに描いている。
マリー・パル・ブスケ

ほかにはあらすじが紹介されている。


「パリに死す」記事
右の記事の左 Julliard

著者は日本の能を模したのであろうか。
「叙情的な演劇は、舞台には最小限の動きしかない。しかし演技者が指1本指しただけでも、聴衆には感動を呼び起こす」

右の記事の右 Le Populaire 1953年11月4日

この作品は中川よういちの「長い年月」と共に、日本では大成功をおさめた。日本の文化や心理の内的な矛盾を感じ、好奇心をそそられる。心の禁欲(ストイイスム)、感情の純粋さといった読後感と、今まで見せられた<アジアの大国>の野蛮性とを、どうしたら関連させられるのだろうか。

「パリに死す」記事
「パリに死す」の5社の批評
Paris Match

夫婦愛と母性愛の小説。我が国をよく知り、愛している日本人による。ピエラールによる巧みな翻訳。

Figaro Litteraire

溢れる感動、絶えることない慎み深さ。1本の桜の枝が林を象徴するように、叫ぶでも動き回るでもない。さし上げられた1本の指が心を掻き立てる。

L'actualite

叙情詩の謙虚さ、感動を覚える程の控え目さ、本質を見詰める平々凡々たる飾り気のなさ、胸をうつ真摯な証言。

La Libre Belgique (ベルギー)

限りなく繊細な感性が表現され、心の動きは忠実なリズムを持ち、感謝の念なくして読む事はできない。

La Bourgogne Republicaine

この小説で優れているのは、芹沢光治良が導いていく物語の純粋さである。まさにフランスの心理小説の伝統である簡潔と透明によって。