チュニジア大周遊10日間
( 阪急トラピックス 添乗員、岩堀さん )に参加して 〜

2008年12月16日〜25日








PART 1 成田出発から日程5日目まで


PART 2 日程6日目から日本帰国まではこちら








12月16日(火曜日)
朝の7時30分に成田空港第1ターミナルに集合。
チュニジアまでの直行便はないので今回の旅行ではエールフランス航空でパリで乗り継いでチュニジアの首都のチュニスへと向かう。
エールフランスAF-279便はちょっと小さめのA-330型。座席数がすくない上に多少の空席もあって、搭乗が早く済んで定刻の10分前には滑走路へと向かい9時30分に離陸してパリを目指す。
12時間25分の長い時間を狭い座席で過ごさなければならない。
幸いにも隣の座席が空席だったのでちょっとは救われたけれど退屈な時間にはかわりがない。
離陸後1時間で昼食。ポークのフランス料理とチキンの日本料理の選択が出来たがフランス料理をチョイス。
料理はまあまあだったが付け合せのチーズとパンがおいしかった。
その後は映画を見たりゲームをやったり、合間にうとうととしたり・・・
間にカップラーメンを食べて着陸の2時間前に2度目の食事が出てパリの到着は13時45分。
パリは濃い霧に包まれていて窓の外は真っ白。
そんな中でも突然目の前に現れた滑走路に無事に着陸。
改めて科学技術の素晴らしさに驚かされた。
パリのシャルルドゴール空港はとにかく広くて機体が所定の位置に止まるまで15分もタキシング。
バスでターミナルへ移動となって外へ出ると寒い!気温は0℃。
一旦ターミナルビルに入って再びバスに乗りFターミナルへ移ってチュニス行きのAF-1284便を待つ。
しかし予定の時間になっても搭乗は始まらず、出発の予定時刻を30分ほど過ぎて機内に案内されて座席について出発を待つも、動き出すまでにはさらに30分以上待たされ、滑走路手前でもまた待たされて結局パリを離陸したのは予定を1時間40分も過ぎた17時45分だった。
飛行中にサービスされた食事のパスタとパンは冷めて硬くなっていておいしくなかった。
チュニスには20時ちょうどに到着。
チュニジアの入国手続きはいたって簡単に済み空港内でチュニジアの通貨のディナールに両替をして空港からバスに乗り20分ほどのエルハナインターナショナルホテルにチェックイン。
このエルハナホテルはチュニスのシャンゼリゼ通りといわれるハビブブルギバ通りに面していて、一応は5つ星なのだが、設備も古く実質は3つ星クラスか?
エアコンの効きも悪く薄い毛布1枚だけで寒い一晩を過ごした。



 12月17日(水曜日)
ホテルの出発が9時と遅めだったので朝食後に外へ出てみた。
朝の通勤時間とあって大勢の人が道を足早に歩いていたが予想していたのよりも寒かった。
まずはハビブブルギバ通りを時計塔まで行って写真を撮って引き返してホテルを通り過ぎて大聖堂まで行ってこれも写真に撮ってホテルに戻ってきた。
チュニスの街を縦横に路面電車が通っていて、ホテルの前も6両編成の電車が走っていた。
9時にバスに乗って30分ほどでバルドー博物館へ到着。
この博物館はオスマン帝国の時代に宮殿として建てられたものでそれだけでも見る価値があるが、それ以上にフェニキア時代、ローマ時代、ビザンチン時代のモザイクが大量に展示されていて、壁面だけでなく見学者が歩く床にまで古い時代のモザイクが飾られている。
1時間半ほどかけてそれらを見て廻りバスに戻ってドゥッガへと向かう。
ドゥッガではまずHotel Thuggaでこの土地の名物料理の、いのししのステーキの昼食をとりその後ドゥッガの遺跡の観光に。
紀元前2000年には人が住み始めたといわれるドゥッガだが、現在ではアフリカを代表するローマ遺跡として世界遺産に登録されている。
冷たい風の中を1時間半ほどかけて見学して再びバスに乗りカイラワン(ケロアン)へと向かう。
カイラワン(ケロアン)のアミーナホテルへの到着は17時45分。部屋の造りは至ってシンプル。
今日はホテルのレストランでのバッフェディナー。
種類の多いサラダがおいしく感じられた。
ここの名物のデーツを餡にしたマクロード?は餡入りのカリントウといった感じ。





 12月18日(木曜日)
今日の出発は7時45分。この日の日の出は7時40分。バルコニーから日の出を見て急いでチェックアウト。
バスに乗り5分ほどで最初の見学地のアグラブ湖の貯水池。
現在のものは40年ほど前に改装されたもので直径128mの大型の円形のものが2つと小型の円形の浄水用の貯水池が2つ。
9世紀に作られた当時は14の貯水池があったそう。
その後バスで5分ほどでシディサバブモスク。
もともとは霊廟として作られたものだが、後にモスクとなり巡礼者たちの宿舎ともなっていた。
美しい透かし彫り、色鮮やかなタイル貼り。そんな回廊に面したモスクには今もアブ・ザマエル・ベラウィの遺体が安置されている。
異教徒は中へは入ることができない。
さらにバスで5分ほどで、アフリカ最古のグランドモスクへ。
周囲を強固な壁に囲まれた5000人収容の中庭は一面に大理石が敷き詰められ重厚な感じのミナレットと対面の3000人収容の礼拝堂そして周囲の回廊、その名の通り大きなモスクだ。
回廊を支える円柱形の柱はすべてローマ・ビザンチン遺跡からの流用で、色、形、高さの異なる柱が並ぶ様は圧巻だ。
その後市民の買い物で賑わうメディナのお店を見て周りケロアンの人達の生活をちょっぴり覗いてここの名産のカーペット屋さんでミントティーをご馳走になって10時すぎにケロアンの観光を終えてスペイトラへ。

ケロアンから1時間半ほどでスペイトラのローマ時代の遺跡に到着。
スペイトラは比較的新しい遺跡だが、一番に目に付くのがフォーラムを囲むアントニウス・ピウスの門と3つの神殿。
浴場跡、円形劇場ともに復元作業によって往時の姿を偲ぶことが出来るが人工的な感じであまり面白くない。
遺跡の見学後スペイトラの古い呼び名をとったホテルスフェトゥラで昼食。
スペイトラの名物料理の肉の煮込み・カムーニアとパスタ、デザート。
13時45分にスペイトラを後にしてトズールへ。
途中のガフサのガフサパレスでトイレ休憩を兼ねてコーヒータイム。
カプチーノ2.2ディナール。
さらにバスはメトラゥイを通ってトズールへ。
車窓の景色はだんだんと高い木がなくなり、なだらかな丘陵地帯に荒地がひろがるようになり砂漠地帯の入り口にきたのがわかる。
トズールは大きなオアシスでナツメヤシの木が20万本も植えられている。
トズール郊外のリゾートホテルが集まったエリアの中にあるエルムラディトズールへは17時に到着。
19時30分から始まった夕食はバッフェで品数も多くデザートも豊富でお腹いっぱい。

 12月19日(金曜日)
サハラ砂漠での日の出を観賞するために5時に起床して5時半に朝食。
朝食もチュニジアへ来てから始めて目にするほどの、選ぶのも迷うほどの豪華メニュー。
6時半に新車同然のトヨタのランクルに分乗してまだ暗い道を砂漠目指して出発。
砂漠の入り口までの舗装道路は時速100kmで突っ走り砂漠のダートもすごいスピードで走り、7時25分ころに日の出観賞のポイントに到着。
すでに東の空は茜色に染まっている。
ここの砂漠はモロッコのメズルーカと違って色は黄土色で湿り気があって風紋も見られない。
ちょっと期待はずれ。
それでもきれいな日の出を見て、その後丘から急な坂道を走り下って映画の「スターウォーズ」のロケで使用されたセットがそのまま残されているのを見学してホテルに戻り、一息入れて8時55分に観光列車「レザー・ルージュ」に乗るために、昨日通ってきた街、メトラウイへと向う。
10時にメトラウイ駅に着いてすでに停車中の列車に乗って発車を待つ。
車両ごとに仕様の異なる赤茶色の車体で、ディーゼル機関車に引かれてセルジャ渓谷までを往復する。
10時30分に発車しいて、市街地を抜けて30分ほどで渓谷の景色のいいところで停車。乗客は車外に出て渓谷を眺め写真に収めて10分くらいで発車。
5分ほどで再び停車。というよりこの先線路の保線作業のために通行が出来ずに今日はここが折り返し地点。
乗客は再び車外に出て河原まで下りて一休み。
やがて乗客が列車に戻ったのを確認すると引き返してメトラウイ駅に12時少し前に戻ってきた。
駅で待っていた車に乗って山岳オアシスのミデスへと向う。


駅で待っていた車に乗って山岳オアシスのミデスへ。
ミデスというオアシスは40年ほど前に集中豪雨で山の斜面に築かれていた住宅に土砂が流れ込んで壊滅的なダメージを受けて放棄された住宅が残されている。
石を積み上げその上からレンガ色の土で塗り固められた外壁は今でも十分に使えそうだが、少し離れた場所に新居を構えた住民から棄てられ、廃墟となった住宅街を抜けるとセルジャ渓谷の素晴らしい景色が開けてくる。
深く切り立った岩。ゆるく蛇行する川。グランドキャニオンを連想させる景観だ。
渓谷美を堪能した後は車で10分ほどのタメルザ渓谷を見下ろすタメルザパレスというホテルのレストランでチキンを煮込んだケルワナという名物料理の昼食。
昼食後はタメルザの小さなオアシスを通り抜け、すぐ近くにあるグランドカスカドという名前(大滝の意)には似遣わないがこんな砂漠の中に存在する滝と周囲の見事な岩山を眺めて小休憩。今が収穫時期のナツメヤシを買った。
ここからさらに険しい山道を越えるとシェピカという名前のオアシスに出る。
ここも大雨で廃墟となった村だが放棄された住宅跡を通り抜けて裏側に聳える赤茶色の岩山に登って行くと素晴らしい展望が開けてくる。
下り道の途中には小さな池がありカエルが鳴いていた。
この水は見た目と違って温かい。ぬるい温泉といった感じ。
水の流れに沿って下って駐車場までのミニハイキング。
ここで山岳オアシスの観光を終えてショット・エル・ガルサという名の塩湖を通ってトズールのエルムラディトズールへ17時30分に戻ってきた。
今日も夕食が楽しみ。



 12月20日(土曜日)
8時にホテルを出発して5分ほどでダルシュライト博物館へ。
ここも宮殿として建てられた個人所有の今では博物館とホテルになっている。
チュニジアの貴族の生活の模様がジオラマで展示されている。
ここトズールが他のオアシスと大きく異なるのは各建物の外観だ。
普通のレンガの半分の厚さの日干しレンガで、使われた土によって色が異なり、塀、門、外壁に装飾が施されていてその素晴らしいアートのセンスに驚かせる。道路のロータリーに置かれた大きな壷や街中の要所にあるゲートも日干しレンガの幾何学模様で飾られている。
その後は広大なナツメヤシのオアシスを通ってル・パラディのパラダイス動物園の見学。
砂漠に生息する小型の動物が見られる小さな動物園だ。


これでトズールでの観光を終えてドゥーズへと向う。
途中のショット・エル・ジョリドは大塩湖だ。ショット・エル・ジョリドとはヤシの林の塩の湖という意味。
ドゥーズへと向う道路はショット・エル・ジョリドを横切っている。
道路の両側に広がる大塩湖だが走る車の車窓からは水面は殆ど見えない。
道路わきの水路のような水溜りの周囲と底は真っ白な塩の塊となっているが一部はピンク色をしている。
ドゥーズではこの土地の名物料理のシャクシューカという豆と野菜の煮込み料理を味わう。
昼食後ラクダの背に揺られてサハラ砂漠を40分ほどの散歩。
雲に遮られた日の陰った砂漠の風はけっこう冷たかった。
その後地中海まで40kmのマトマタへ。
マトマタの少し手前でアーモンドティーのティータイム。
マトマタでは岩をくり抜いて住居としている穴居(洞窟)住宅に住むベルベル人のお宅を見学して、スターウォーズの撮影が行われたホテルに立ち寄って洞窟風のディアル・エル・ベルベルホテルへ。
夕食はチュニジアの名物料理のブリックとクスクス。



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