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 「テツの番」

 次は老犬テツの番だった。
 テツは検定長が口を開く前に真っ先に聞いてきた。
 「バウワウ! バウワワンワン!? アオーーン、アワワワワン!!」
 テツは犬語でそう聞いた。人間には理解不可能な犬語だが、三途の川の検定員には何語であろうとも理解する事ができた。テツはこう言っていたのだった。
 「坊やは! 坊やはどうなった!? 助かったのか、教えてくれ!!」
 犬とはいえ経験も深く、ここが死後の世界であることを素早く察知していたテツであった。
 「こんな捨て犬の私を大事にしてくれた坊や。私の残りの人生は全て坊やに捧げようと思ったのにこんな事になるなんて! 老いぼれの私は死んだってかまわない、だけどあの坊やだけは助けてやってくれ! 恩人の命を危うくするなんて私はなんて恥知らずな犬なんだ!」
 テツの訴える目は検定長を睨み付けるようですらあった。
 「世の中、捨てる神あれば拾う神あり、じゃの。面倒を見てくれた坊やへの感謝の気持ちを忘れるでないぞ...しかしあの坊やは、先ほど検定したばかりじゃ。あの子は人間として生まれ変わる事になったばかりじゃ...つまり死んだのじゃよ。幼いながらなかなか出来た子じゃった。おまえに無理をさせたことを何度も謝っておったぞ。よほど愛されておったのだのう。おまえも恨まれたわけじゃないから安心して生まれ変われ。もう少しの精進で人間合格じゃぞ」
 「坊やは死んだ? 死んだと言いましたか!? あああ、なんということ! 私がゴールデンレトリバーだったら軽々助け上げたものを! 私は自分の身の小ささが恨めしい。ううう...こんな事になるなら拾われるんじゃなかった。あの時、のたれ死んでおくんだった!」
 俊ちゃんが死んだと聞いて、テツはその場に泣き伏せてしまった。
 「見上げた心がけじゃ。今時そのような美しい心根を持った者は政治家の中にもなかなかいないじゃろう」
 「そりゃあ、政治家の中から探すからでしょ」と補佐役が小さな声で言った。

 泣き伏せて身を震わせるテツを見ながら「ううむ、これは何らかの救済措置が必要かな」と検定長は腕組みをして思案を始めた。 
 「検定長殿、これは『特措』の第三条に当てはまるのではないですか?」
 「第三条? おお、そうじゃ。その手があったの」
 補佐役が「特措」と言う「特例措置施行基準」の第三条にはこう書いてあった。

 −−−世の美談となり得るケース、なおかつ当人あるいは当人達に延命の希望がある場合、その生き返り方法が不自然でなく可能な場合に限り、これを生き返らす事を特例として認める。その決定は検定長の判断によるものとする−−−

 「よし、この一件には特措基準の第三条を適用する。おい補佐役君、大至急あの坊やを呼び戻してこい」
 補佐役が「はい」と答えて橋の方へ駆け出していった。
 「テツよ、おまえとあの子をあの時点へ戻してあげよう。確かにおまえのように小さな体であの子を救うのは無理じゃの。しかし今度は大声で助けを求めるが良い。きっと誰かが気づいてくれるはずじゃ」
 その検定長の言葉に感激し、テツはこう言った。
 「アオオオオオーーン!!」

 このテツの言葉は通訳不要であろう。

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