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 「第二の人生」

 「俊ちゃん、俊ちゃん!」
 俊ちゃんはママの呼ぶ声に目を覚ました。
 「ああっ、目を覚ましたわ!」
 いつになく大げさなママにちょっととまどいながら、それでも俊ちゃんは真っ先にテツのことが気になった。
 「テツは?」
 「ああ、しゃべった! 生き返ったわ!」
 そう言ってすぐにママが抱きついてきた。俊ちゃんは最初、笑っているのかと思ったけど、ママのその大声はわんわん泣いている声だった。見慣れない部屋だったし変な夢かと思ったらそこは病院のベットで、真っ白な服を着た知らないおじさんやおばさん達も歓声を上げていた。ここでずっと俊ちゃんの安否を見守っていたのだった。
 「テツも無事よ。テツがあなたを助けてくれたのよ。後でうんとお礼を言いましょうね」
 「うん!」
 ママは涙を拭うこともせずに我が子をしっかりと抱きしめていた。その肩越しにパパも目を真っ赤にし、なんだか鼻をズルズル言わせていた。

 俊ちゃんの家で取っていた大手新聞にはこの記事が載らなかったので、パパはその日から地方新聞に鞍替えした。そのパパの読みたかった記事とはこの記事だった。

 −ワンちゃんお手柄。溺れる坊やを救う−
 昨日16時頃、丸山市飯沼町の厳蔵池で、同飯沼町の会社員、菅原直之さん(31)の長男、俊ちゃん(7)が溺れているのを同町の無職、浜中信夫さん(24)が
見つけ、助け出した。俊ちゃんはその時意識がなく仮死状態にあった。
 浜中さんは人口呼吸と心臓マッサージを試み、約10分後に呼吸と心拍が安定したところで救急車を呼びに近くの民家へ走り込んだ。
 事故現場は日中も人通りが少なく、浜中さんはたまたま愛用のバイクでドライブを楽しんでいたところ、厳蔵池で犬の鳴く声に気づき、バイクを止めたとのこと。
 浜中さんを引き止めた声の主は、俊ちゃんの飼っていた愛犬テツ(推定10才。オス)だった。テツは俊ちゃんが2年前に捨てられていたのを拾ってきた小型犬だった。
 浜中さんの話では、助けに駆けつけるまでテツが俊ちゃんを引き上げようと必死に犬かきをしていたのが印象的だったという。
 飯沼町消防署では浜中さんとテツに人命救助の労をねぎらい、近く表彰されることが決定した。
 本誌のインタビューに対し浜中さんは「本当に俊ちゃんを救ったのは私ではなくテツの方です。テツは拾われた犬と聞いてます。テツも恩返しが出来てさぞ満足でしょう」と述べている。
 俊ちゃんは現在飯沼町立病院で療養中だが事故後、順調に快復中とのこと。(記事担当、小池)


 テツに助けられて以来、俊ちゃんのかわいがり様は以前に増していた。何しろ命の恩人なのだ。
 お散歩のコースはあの池のそばを通らないルートに変更になったが、いつもの日課は続いた。
 テツを飼うことに少しうしろめたい気持ちがあった俊ちゃんも、この事件をきっかけに胸を張れた。パパとママにテツを飼うことを公認されたのだ。そしてこの日課はこのままずっと続くだろうと思っていた。

 しかしテツは1ヶ月後にあっけなく死んでしまった。
 テツの寿命は人間ほど長くはなく、死因は老衰だった。急に元気がなくなってお散歩もすぐ切り上げるようになったと思っていたらすぐだった。拾ってきたテツの年齢は誰にも分からなかったが飼い始めてから2年目だった。拾われた時点でもう10才以上であったらしい。

 両親はあちこち調べまわり、隣町にペットの供養をしてくれる施設をやっと見つけた。タオルにくるまれたテツの亡骸はそこで焼かれ、小さな骨壺の中に入って帰ってきた。
 その骨は庭の隅に埋められ、墓石を置く代わりに松の苗木を植えた。
 「さあ俊ちゃん、テツに最後のご挨拶しなさい」
 「うん...テツ、ゴメンね」
 俊ちゃんは自分が起こした事故が原因で寿命を縮めたのではないかと思うようになっていた。

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