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     4.霊能力者登場

 次の日も朝一番に起きた母は、夕べは無かった布団がリビングにひいてあるのを発見した。
 布団の中の人物は母の気配に敏感に反応し、慌てて布団を掻き上げて起きあがった。
 「うわあ...あ、お母さんおはようございます」
 「あらあら義昭さん、どうしたの、こんな所で寝て」
 「実は...」
 母は義昭の視線がチラッと問題の部屋の方へ行ったのに気が付いた。そこは幽霊騒ぎの発端となった部屋である。母にはその義昭の目の動きだけで昨夜の顛末を悟った。
 「あらいやだ、出ましたの? やっぱり?」
 「ええ、友子ちゃんの言うとおりでした。あれは確かに気味悪いですね...」
 「まあ、どうしましょう!」

 陽子が二階から顔を洗いに下りてくるとリビングには父と母と義昭がもう起きていた。「おはよう」とみんなに声を掛けたとき母だけは電話帳をであれこれ探すのに夢中で返事をしなかった。そのページをめくる様子が一心不乱だったので「どうしたの?」と聞いたが母は陽子の存在に尚も気づかない様子だった。理由の説明には義昭が代わりになった。
 「お母さんは『幽霊退治』を探してるんだよ」
 「電話帳で幽霊退治? それってゴーストバスターの事!?」
 その素っ頓狂な声に母もようやく陽子の存在に気が付いた。
 「その通りですよ、この際その道の専門家に見てもらいましょう。誰かが取り憑かれてからじゃあもう遅いんですからね」
 「じゃあ、また出たって言うの? 幽霊が?」
 「そうなんだよ」と義昭が陽子にお伺いを立てるように、申し訳なさそうな表情をさせた。
 「不気味だったよ、友子ちゃんの言っていたのといっしょなんだ。姿は現さないけれど、女性のうめき声が...僕も一晩リビングで寝たんだ」
 陽子はうんざりした表情で義昭を見た。
 「本当に『名誉返上』になったわね。あなた、文美の夜泣きの声に寝ぼけたんじゃないの? あなたの耳はお母さんと友子を間違えるくらいだから当てにならないわ」
 「おまえ、それは電話で聞き間違えた時の事か」
 「おほほほ、あの時は義昭さんがお世辞で言ってくれたものと思いましたよ」
 急に母の機嫌が良くなった。電話で友子と間違えられて「お母さん声が若いですね」などと義昭が弁解したことを思い出したのだ。
 現実派の陽子は、原因が聞き間違いか空耳であると思っていた。その点で幽霊なんて一切信じていない父とは微妙に意見が異なっていたが幽霊を信じ込む母を説得する点では一致した。
 「かあさん、どうだろう、博史の意見も聞いてみてはどうだ。三人寄れば文殊の知恵というのだから5人もいればまた違ったアイデアが出るかも知れないぞ。博史はあれでも技術屋さんだ。そういった科学の目で見てもらえば何か理由が分かるんじゃないか」
 「そうだ、そうよ、父さんの言う通りよ、博史が帰って来るから一度見させましょうよ。博史は小さい頃から霊感も強いから何か解るんじゃない。悪魔払いを呼ぶのはそれからでも遅くないと思うけど?」
 博史が霊感が強いなんて父も友子も知らなかったが陽子がそう言うのでみんな納得し、とりあえず一同は「うんうん」とうなずいていた。ただ母だけは少し納得がいかず憮然とした表情であった。

 10年ほど前のオカルトブームで、超能力やら心霊写真やらUFOなどがさんざん騒がれた時期があった。そのころ中学生だった博史もそのブームの渦中にいた。
 そんな時期、高校生だった陽子は博史と同じ子供部屋でいつも思っていた。
 「博史は何でこんな本ばっかり読んでるんでしょ」
 博史の机の上には「心霊美術館」や「全国版心霊マップ」などというどう見ても参考書とは思えない本が何冊か置いてあった。いつも無造作に机の上の放り出してあったのでこんな本が恐がり屋の友子の目に入ったらショックで気絶するのではないかと思い、気の付く度に引き出しの奥へしまい込んでいた。
 陽子は博史に「こんな気味悪い本買って来ないでよ」と言うのだったが時々はその本をこっそり盗み見てはクラスメートとの話題の種にしていた。
 「うちの弟はこんな事ばかりに興味を持たないで、ちょっとは勉強したらいいのに」いつもそう思っていた。
 陽子が博史のことを「霊感が強い」と言う根拠はそれだけであった。

 その日、父は運送屋が家具を運んでくるので出かけられなかった。そこで博史の出迎えには義昭が自分の車を出すことになった。そして友子は博史の首実検の役を買って出、その義昭の車に便乗していた。
 6年前ジェット化された旭川空港まで車で約40分、その車中では免許取り立ての義昭は運転に必死で、友子とは信号待ちの度に少し話すだけだった。
 「友ちゃんはお兄ちゃんが大好きみたいだね、帰省してくるのが待ち遠しかった様に見えるけど...」
 義昭は博史を迎えに行く車中、友子のことを「友ちゃん」と呼んでいた。そもそも親戚の間ではお互いをどう呼び合えばよいのか悩むことが多い。義昭は最初友子のことを「友子ちゃん」と呼んでいたが陽子が単に「トモ」とか「友ちゃん」と呼ぶのに習い、いつの間にか自分も「友ちゃん」と呼ぶようになっていた。
 「あら、義昭兄さんも好きですよ。それにお父さんにも随分気に入られたみたいですね」
 「ははは、きっとお父さんにしてみれば男友達が一人出来た様なものなんだろうね。博史君がずっと東京で、膝を交えて話す相手に飢えていた、とでも言うのかなあ...ところで写真見せてもらったけど、お兄ちゃんってカッコいいんだね」
 「見かけだけなんです。父に言わせると、『色男、金と力は無かりけり』だそうですよ」
 そもそも義昭が博史と会うのはこれが初めてのことである。博史は東京で仕事をしていたせいで義昭と陽子の結婚式にも出てこられなかった。義昭が知っている博史は陽子に見せてもらった写真だけであった。その写真の中の博史は、まるでテレビのアイドルか二枚目映画スターのように写っていた。

 空港の送迎用ロータリー内の駐車場に車を止め、二人は到着ロビーで博史の登場を待った。帰省シーズンにはこの旭川空港もかなりのにぎわいを見せる。
 空港の建物から伸びたアーム状のタラップが到着した飛行機に貼り付き、そこを通った乗客が続々と到着ロビーへと続く階段を下りてきた。そして土産物や大きな鞄を抱えた帰省客の中に、一人身軽な博史がいた。
 「ああ」と、友子が博史を見つけて小さく声を上げたとき、義昭も「ああ」と納得した。
 <かっこいい>
 そこにはこの言葉がぴたりと当てはまる人物がいた。その人物は各々の身内を捜す他の親族の視線までをも奪う雰囲気を醸し出していた。
 彼に衆人を注目させた原因は、一切飾りのない美しさだったのだろう。少し長めの髪が染めているわけでもないのにさらさらと輝き、きりっとした眉と、切れ長でインテリをにおわせるまなざしが、見る者を一瞬で魅了させてしまう。アクセサリーも目立つような装飾もない。だけれども彼には視線を引きつける何かがあった。同じ炭素が主成分でありながら石炭とダイヤモンドとの違いを見せつけられるようなその彼の雰囲気に、友子達ならずとも視線を奪われてしまった。空港のロビー内は、一瞬の静寂と緊張の空気に充満された。
 そんな彼が友子を見つけて笑顔を見せた。誰かがシャッターを切ったストロボの光が博史に向けられていた。

 義昭と博史はよそよそしい初対面の挨拶を済ませ、新しい我が家への途に就いた。
 「お兄ちゃん、空港で降りてくるとき、カッコ良かったよ。よその人もみんな注目していたよ」
 「そうだろ。俺はかっこいい降り方を練習してきたんだ」
 「あっはははは、頭に乗ってる」
 「でもホント、博史くん芸能人みたいだったね。誰かに写真も撮られたみたいだし」
 義昭は博史のことを何と呼ぼうか悩んでいたが「博史くん」に決定していた。

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