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――――白いワゴン車――――

 ハントは町で見かけたロボキューに「おいでおいで」と手招きをした。
 それにニコニコ顔でロボキューが近寄ってくる。
 「まあハントじゃない! 忘れてないわ、あなたのこと。また会えたわね! 元気だった?」
 「ああ、その話はいいから。悪いんだけど、ちょっといっしょに来てくれないか」
 そのロボキューは「いいですとも!」と二つ返事で付いていった。


 ハントがロボキューに声を掛けたのには理由がある。
 その理由とは……
――――
 「なあロボ子、いきなり町へ出たって、簡単に犯人は見つからないんじゃないか?」
 「それは……それは……」
 「その様子じゃ、なんにも考えてねえな」
 「……わたしが囮(おとり)になるというのはどうかしら?」
 「囮だって? そりゃダメだ。プロトタイプのお前はロボキューとは外見が違うじゃないか。誘拐犯にしたって気づかないだろ? お前が誘拐されるなら、それはロボキューと間違えるんじゃなくて、間違える相手はアイドルの尾室奈美だ」
 「そうね……じゃあ、ロボキューの格好に化けて町を歩くわ」
 「そんなこと、簡単に出来るものか」
 「いいえ、簡単よ。そのためにはロボキューの協力が必要になるけど。ロボキューから外側の外皮を借りて、それをわたしが被る……ぬいぐるみのように。見た目は違っても、わたしもロボキューも中身はほとんどいっしょ。サイズは合うはず」
 「バラエティーの着ぐるみか? それが出来たところで、何万といるロボキューの中からお前が犯人に選ばれる可能性はかなり低いぞ。五カ年計画でも立てるか?」
 「ロボキュー達には外出禁止令を出すわ。その代わりにロボキューに扮装した私が町を歩く。他にロボキューがいなければ、きっと犯人は私を狙うはず……」
 「思いつきとしか思えねえな、そんな計画。そんなでたらめな計画は計画じゃない。無計画と言うんだ。……それに聞くが、囮となったお前は、とっつかまった後どうする気だ? 犯人は一人っきりとは限らないぞ……いや、ワゴン車で連れ去ったと言うから間違いなく複数犯だ。最低でも運転手と実行犯の二人。多く見積もるのに上限はない。おまえの非力さじゃあ力ずくで脱出、と言う訳には行かないぞ」
 「それは……私の計画では、犯人のアジトの場所させ見つけ出せば解決よ。だって、隙を見てその場所を警察に連絡して……」
 「おっと、犯人がそう易々と隙を見せてくれるかは分からないぞ。それに警察はやめたほうがいいな。お前にはミシビツから捜索願が出てる可能性がある。警察に色々取り調べられて、あげくがミシビツに逆戻りだ。まあ、俺としちゃあ、それも悪くないが……」
 「そうね、その時は観念して、洗いざらい白状するつもりよ……あなたのことも」
 「おいおい、悪い冗談だ」
 「ふふふ……そうね、じゃああなたに連絡するわ。あなたなら大丈夫。……幽閉されたお姫様を助けに来る王子様。ついでに犯人達もやっつける……きっとカッコいいわよ」
 「なに! 俺が、か? やなこった。俺はいらぬごたごたに巻き込まれるのはごめんだよ」
 「あら、もっと大変なごたごたの方がいいと言うのね?」
 「あっ、おい、またそれを……ちぇっ、分かったよ。やりゃーいいんだろ、やりゃー。……しかし、やると言ったって、そのロボキューをどうやって調達する? デパートに買いに行くか? しかしロボキューを買うのは自動車を買うのといっしょで、納品まで一ヶ月はかかると思いな」
 「そんなに待てないわ。手っ取り早く、町に出て協力者を探しましょ」
 「町へ出るには、また変装したりで大変じゃないか。お前があんまり目立つと俺だって危険なんだよ。奈美ちゃんと間違えられてサインを求められるぐらいならいいが、関係者に見つかって尾行でもされたら、俺のねぐらがバレちまう」
 「じゃああなたが探してきてよ」
 「また俺が、か?」
 「そうよ、あなたならロボキューも喜んで付いてくるわ。なにしろロボキューは私の分身だから……」
――――

 ハントに付いてくるロボキューは、どこへ連れて行かれるのか、何をされようとしているのか、何も疑う気配も見せずにいる。それどころかニコニコ顔がさらにニコニコになり、ワクワクと胸を躍らせているかのようですらあった。
 ハントに部屋に入るように言われ、「おじゃまします」と言いながら素直に上がり込むロボキュー。
 入った時点で玄関口にはロボ子が待ちかまえていた。
 「いらっしゃい、ロボキューさん」
 「まあ、ロボ子さんじゃありませんか! お目にかかるのは初めてです! なんてお美しい……そして愛らしく理知的で、麗しゅう……」
 「まあやだ、そんなあ……照れるわあ」
 ハントはそのロボット同士の挨拶に違和感を感じていた。
 「ちょっと待てよ。ロボキューにはお前の記憶が移植されたんだろ? なんか変だぞ。自分で自分を誉めてやしないか?」
 「いいじゃない。誉められて悪い気はしないわ」
 「手前味噌じゃねえか」


 ロボキューをソファーに座らせ「さ、どうぞ」と言って、ロボ子はコップに注いだバイオバッテリーを振るまった。
 「あ、どうぞお構いなく」ニコニコ顔で遠慮するロボキューだった。
 「さてロボキューさん、勝手に連れてきておいてなんだけど、まず自己紹介してもらえるかしら」
 ロボキューは大きくうなずき、「はい、分かりました」と答えた。

 「わたしは藤原家に勤めるロボキューです。藤原家のご厄介になり、かれこれ1年半になります。今日は鳥浜町からそこの『M商会』へお掃除用品の買い出しに来ていました。新聞のチラシで安売りをやっていると知ったものですから。わたしの製品番号はMRQ0*9B−JO0078313。追浜工場製です」
 「お仕事の途中で連れ出したりしてごめんなさい。実は長く説明は出来ないけど、今ロボキュー達は、のっぴきならない事態にさらされているの」
 「のっぴき? すいません、初めて聞く言葉です」
 「退くことも引くことも出来ないときに『のっぴきならない』と……日本語は難しいわね。実はロボキュー達が次々と誘拐される事件があって、それでわたしはその事件解決に立ったわけなのよ。それにはどうしてもロボキューの助けが必要で……」
 「それでわたしが……」
 「そうなの。どう、一つ助けてくれないかしら」
 「ええ、ロボ子さんとは一心同体。しかも目的がロボキューの救済とあらば、断る理由などありません。何でも協力します」
 「ありがとう、助かります」
 「ところでどのようなお考えなのですか。わたしは何をすればよろしいのでしょう」
 「それが、ちょっと残酷に聞こえるかも知れないけど、あなたの電源ユニットをはぎ取って、少しのあいだ貸してもらいたいの」
 「電源ユニットを? はぎ取ってですか?」
 ロボキューにとってもそのお願いは意外だったらしく、いつも絶やさない笑顔を、滅多に見せないような真顔の表情に変えた。
 「その期間はどれくらいでしょう?」
 「期間? それは、うーん……」
 そんな先まで考えてないとは言えず、言葉を詰まらせるロボ子だった。
 「ちぇっ、仕方ねえ。俺を誰だと思ってる? 短気の俺が動いて、解決に一週間以上かかることはないさ」
 ハントがそう言うと、下を向いて返答を考え込んでいたロボ子も喜々とした表情に変わった。
 「まあ、その気になってくれたのね!」
 「ああ、仕方ねえ……でもちょっと待てよ。今、このロボキューがいなくなったら、また誘拐犯の仕業だといらぬ騒動を巻き起こしちゃうぞ。犯人どころか俺達が追われる事になっちまう。ミイラ取りがミイラだ」
 「そうね……」
 「それでしたら都合がいいことに、わたしは今、海外旅行中のご主人の留守番です。毎日が家の中を掃除して回るだけの日課でした。一週間でしたらいなくなっても騒がれないでしょう」
 「渡りに船だわ。さっそく取りかかりましょう!」
 ロボ子は立ち上がり、ロボキューを奥の部屋へと誘い入れた。
 「こいつは本気だ」と思いながら、ハントもソファーから重い腰を上げた。


 1.ロボキュー解体の状況

 「藤原さんちのロボキューさん、これからあなたを分解します」
 「どうぞ、気兼ねなくどうぞ」

 ハントはアーミーナイフを手に持ち、ロボ子の指示を聞きながらロボキューの背中、上下方向に熱シールされた接合部を切開していった。ロボキューの分厚い外皮が左右に開いて剥がれてきたが、内部からバッテリー液は流れ出なかった。
 上半身がむき出された時点でロボキューの動きが止まった。

 「お前とは作りが違うようだな」
 「基本的なメカ部分は共通でも、決定的に違うのはこの外皮部分ね。ロボキューは、バッテリー液が体内を循環するわたしと違って、完全な内骨格というわけじゃないの。バッテリーを独立分離して外側に被せた構造なの。内部に充填させる容積を全て外皮に回したから膨らんだ外皮が外見を力士のような体型にしているのよ」
 「それでぶくぶく太ってやがるのか。ずいぶん、上げ底だなあ。と言うよりは手抜きかな」
 「コストとの折り合わせよ。外皮部と内部構造部が別ラインで組み立てられるから、それだけで製造時間が短縮できるというアイデアよ。わたしのようにバッテリー液内蔵型にすると小型化には有利でも、組み立てもそうだけど点検や調整がもっと大変になってしまう。一度壊れたら部品の修理や交換も大変な手間。外科手術並みの設備が必要。でもこのロボキュー方式なら外皮を簡単に剥がせるのでそういったメンテナンスも楽。それに柔らかな外皮のおかげでクッションの効果も得られ、またある程度の損傷なら外皮の交換だけで済んじゃうからランニングコスト上も有利ね」
 「ふーん……」


 2.電磁波センサー分解の状況

 「分解するとき、最も気を付けなきゃいけない、これが例の電磁波センサーよ。犯人はこの装置の秘密コードを手に入れて悪用していると見るべきね」
 「こいつがそうか。まるで蜘蛛の巣だ。こいつから体中に線が張り巡らされている……」
 「各ユニットにプラス5ボルトのパルス信号を送ってるの。その信号が無くなったときに、例えバッテリーは満タンでも各ユニットは停止してしまう仕組みよ」
 「良く知ってるな」
 「まあね、開発には私も立ち会わされたから……電磁波のコードが分からないのでこのユニットをセンサー代わりに使いましょ。コネクタを外して、ドライブ用の電源はロボキューのものがそのまま使えるから、後はこのパルス信号が消えたときに何かアラームでも鳴らす仕組みにしておけばOK。いいえ、アラームでは犯人に怪しまれるから……携帯のバイブレータの方がいいわね。そのバイブレータがブルブルと震えると、それが即ち犯人の犯行センサー」
 ハントはロボ子の言う言葉に「うむうむ」と時々頷いている。
 「しかしお役人の考えることは滑稽だ。このニコニコ顔のロボキューが、ピストルを持って銀行強盗する図なんか想像できねえけどなあ」
 「それでも当時はそういう心配が先に立って、お堅い役人が決めたことなのよ」
 「それが逆に悪用されているって訳だ……ありがた迷惑な装置だぜ」


 3.追跡用の発信器の準備

 「わたし、これを持ってくわ。わたしの在処を知らせる発信器よ。いわば命綱ね。あなたはこの信号を追いかけてくれればいいだけよ。簡単でしょ」
 「それは俺の……」
 「押入れにあったのを見つけたわ」
 「それは俺が現役の頃使っていた七つ道具だ。勝手に持ち出すんじゃねえ!」
 「あら、もう引退したんでしょ。こんなもの大事にしまっておいたって、使わなきゃただのゴミよ。他に使えそうなものもなかったし……」
 「そりゃ、愛用の銃はアース・ピースに取り上げられちまったからな。残ったそいつは、いわば形見みたいなものだ」
 「思い出としてしまっておいたのね」
 「思い出? い、いや、俺はそんな甘ちゃんじゃねえぞ……こんな時のために置いておいたんだよ……」
 「じゃあ文句はないわね」
 「あ……ああ。しかし今回の事件はヤバそうだ。銃を調達しとかないといけないな」
 「ダメよ銃なんて、そんな乱暴な!」
 「じゃあ俺に、丸腰で敵のアジトへ乗り込めと言うのか? その方がずいぶん乱暴じゃねえか?」
 「百戦錬磨のあなたなら出来るでしょ。それに銃を手に入れると言ったって、どこで手に入れるつもりなの。デパートでは売ってないわよ」
 「なあに、その気になればまたいつだって手に入れるルートはあるんだ」
 「ダメと言ったら絶対にダメ。銃は災いの元よ。銃弾は銃を持った人間に向かって撃たれるものなのよ。銃なんてかえって自分を危険にするだけ。ライフルで狙撃されたって、あなたは私と違って修理が効かないんだから、お願いだからやめて」
 「へいへい……分かりましたよ」


 4.追跡用に自動車調達

 ハントの選んだ車は目立たない普通のセダンだった。
 この車を使って犯人の出没しそうなところへ出向いたり、ロボ子がさらわれた暁には追跡用に使われる。当然盗み出したものだ。
 なるべく足が付かないように長期間駐車したままの車を探した。その判断基準はシートで覆われて、なおかつ土埃を被っているものだった。しかも今回は特別に念を入れ、別の所から盗んだ車をそのセダンの所へ代わりにシートにくるんでおいた。


 5.ロボキューへの伝達

 ロボキュー達に「白いワゴン車に注意」と「あまり外へ出歩くな」の戒厳令が敷かれた。
 一人一人にいちいち言って回る必要はなく、ロボ子のたった一回の伝達で後はねずみ算的に言い広まってくれる。
 その言い伝わる速度は、ロボキューの歩行速度と居住密度に相関関係があり、市内一帯に言い広まるにはだいたい3日ほどかかる。中には外へ出歩かないロボキューもいて伝わらないケースもあるが、そんなロボキューは元々誘拐される恐れがないと判断できるので度外視された。


 6.ロボキューに変身

 ロボ子が着ぐるみを被る段になった。
 着衣のままでは無理なので、ロボ子は衣服をどんどん脱いでいった。
 何も気にせずどんどん脱いでいったが、ハントがその様子を黙って見ていることに気づいたものだから、最後の下着の段になってくると、
 「あんまりじろじろ見ないでよ」
 と言いながらDカップのブラと純白のショーツは着けたままだった。
 「窮屈そうだな、その肉襦袢」
 「宇宙服を着る宇宙飛行士ってこんな感じかしらね。……ちょっと、突っ立ってないで手を貸してよ!」
 「あ? ……ああ。しかし、ロボキューのぶよぶよした体と比べれば、よいしょっと、お前のデカパイも、ずいぶん小ぶりに感じるな」
 「どこ見てるの、エッチ!」

 着ぐるみをすっぽりと被り、ロボ子がふと目をやる先には骸骨のようなロボキューが横たわっている。
 「ごめんね。なるべく傷つけないように注意するから……」
 既に動力源を失ったロボキューに返事はなかった。
 「あなた、あとお願い。熱シールして」
 はんだごてで押さえつけると、その切れ目をきれいに接合することが出来た。
 「どう? ロボキューらしい?」
 ロボ子は色々なポーズを取って見せた。
 「あははは、奈美ちゃんの20年後はこんなかな」
 最後にロボ子は、ロボキューの顔をすっぽりと被った。

 

 以上、二日がかりで準備を整え、三日目の朝には町へ出て行動開始となった。しかしその段になり、悩むべき問題が待ちかまえていた。
 新聞の記事を読み、ロボキュー誘拐が横浜の近隣で多発していることは知っていた。しかし次はどの町で犯行が行われるかはまったく予想が付かないのだ。
 「北から行くか南から行くか、東から行くか西から行くか。さあ、どうする?」
 「そうねえ……」
 「川崎まで足を伸ばすか、ご近所から始めるか。さあ、どうする?」
 「うーん……」
 「早く決めろよ、日が暮れちまう」イライラしながらロボ子の返答を待つハントだった。
 ロボ子は地図を見ながらしばらく悩んだあと「大船がいいわ」と立ち上がった。
 「大船では以前ロボキューが誘拐されているぞ。そこはないんじゃないか?」
 「いいえ、裏を読んだのよ。もうないだろうと思う油断を犯人は突いてくると」
 「読み過ぎじゃないか。それに大船じゃあもう鎌倉が目と鼻の先だ。ずいぶん遠いぜ」
 「きっとここよ!」


 大船の北側にある住宅街。ここにハントの乗るセダンが停まっていた。
 ハントはルームミラーの角度を変えながら、ロボキューに扮したロボ子がとぼとぼ歩いてくるのをずっと眺めている。
 まずロボ子を車から下ろし、ハントは100メートル先に停車する。ロボ子はその車を目指して歩き、追い付いた時点でロボ子が次の行き先を考える。ロボ子は選んだ行き先を100メートル歩いたらハントは車をスタートさせてロボ子を追い抜く。今度はハントの選んだ道にロボ子の先100メートルだけ進める。またその車を目指してロボ子が歩き……
 この作業をかれこれ5時間繰り返した。朝10時にスタートしたこの作戦も今は午後三時。囮のロボ子は意欲に燃え、相変わらず張り切っているが、車でただ待つだけのハントは退屈で仕方なかった。

 「おい、ロボ子……ロボ子っ」
 ハントは車をロボ子に併走させ、助手席側の窓を開けてロボ子に話しかけた。
 「まあハント、ダメよ、離れててくれなきゃ。もし犯人が見てたら怪しまれるわ」
 「そんなこと言っても、なかなか出てきやしねえ。この町は歩き尽くしたようだしまだ続ける気か?」
 「気長に構えましょ」
 「気長にと言っても、こう、ただ根拠無く歩き回るだけじゃなあ。もっと犯人が現れそうなところを絞り込めないものだろうか」
 「そうねえ……」
 「しかし何だって俺がかり出されなくっちゃならないのか……お前は平気だろうが俺は腹ぺこだし……疲れたよ」
 「がんばってよ、男でしょ。ロボキューのためだと思って……それにあなたのためでもあるかもよ」
 「俺のため? そうだよな……誘拐されたロボキューがどうされるか考えたら、俺の秘密だって危ういよな。しかし、なんだってロボキューは俺のことを知ってやがるんだ」
 「お答えします。私の頭脳がコピーされたからよ」
 「ああ知ってるよ、おまえのせいだ」
 「いいえ、私のせいと言うよりは、どちらかと言えばあなたのせいね」
 「俺のせい?」
 「そうよ、あなたのせい……と言うか、おかげ。今、ロボットはミシビツの独占市場。それは後続のメーカーには追いつけないノウハウを握っているからなの。ロボキューの製造販売には色々な壁があって、それを乗り越えて今のロボキューの普及があるの……国連や通産省や警察のね。他メーカーだってこんなおいしい市場を黙って指をくわえているはずはなく、二番煎じのロボット達を作り出してきたわ。そのほとんどがロボキューを真似た作りになっていて、技術が模倣されたものばかり。他メーカーも必死だったのね。背に『腹わた』はない……」
 「そりゃそうだろうが、それを言うなら『背に腹は代えられない』だろ」
 「あっ、うるさいわね、ちょっと間違えただけよ。……その他メーカー製のロボットも市場へ出すための検査を受けたのよ。でもダメなの。どのメーカーのもクリアできない問題があって……」
 「問題?」
 「ロボキューだって最初のものはダメだった。そこで私が試されたの。私は防衛庁の注文に応えられなかったので、一時は社内でもずいぶんバッシングされたわ。私のせいで何百億円の損害だとね。でもロボットに対する新しい法律が逆に私を浮き上がらせたの。なぜなら、試しにテストしたその厳しい安全検査を私はクリアする事が出来たの。そこでミシビツは私の頭脳の根本となるデータをピックアップしてロボキューに埋め込んだのよ。それでようやくパスできた」
 「その検査って何だ?」
 「戦争や犯罪にどれだけ拒否できるか、と言う課題をクリアすることなの」
 「……」
 「私は銃もナイフも手にすることが出来なかった。だって危険でしょ。それを教えてくれたのは他ならない、あ・な・た」
 「あなたと呼ぶなっ!」
 「もう……ロボキューは第一段階でこの問題にパスできなかった。初期化されたロボキューには銃の危険性が分からず、つい手にとって発射してしまうの。いくら危険だからダメだと教えても種類が変われば手に取ってしまう。そこでミシビツはわたしの頭脳に目を付けたの。わたしに出来たのならわたしの頭脳をコピーさえすればクリアできると判断したのね。だけどわたしの頭脳のアルゴリズムは、そのアルゴリズムによって新たなアルゴリズムを作り出すという仕組みなの。従ってそのアルゴリズムを作り出した博士でさえ、今のわたしのアルゴリズムがどうなっているのか、さっぱりわからないのよ。だから、ロボキューには丸ごとコピーするしかなかった……ミシビツにだってロボキューがどうしてパスできたのか知らないの。減価償却に躍起になってたから、背に腹わた……背に腹は代えられない手段だったのね。」
 「おいおい、そんなことが許されるのか?」
 「肝心なところは企業秘密で押し通して、要は課題をクリアしてしまえばこっちのもの。それにこれは産業スパイにも有効だったわ。例え他メーカーがロボキューを分解して調べても、ミシビツ自身が分からない仕組みを分かるはずがないものね」
 「そんなブラックボックスのまま製品化されちまってるのか」
 「悪く言えば、そうね」
 「まったく。そのブラックボックスの中に俺の事も入ってやがったんだな」
 「性格を決めるのは複数の情報が複雑に絡み合っているから、あなたの記憶無しで達成できないのだと思ったわ。そしてそれが出来たのもわたしが秘密を押し通したからよ。あなたとの約束を守って……あなたの言ったとおり、私をサンプルにロボキューは作られたわ」
 「しかし、いずれロボキューの分析が進めば、俺の秘密もそのうちバレちまう?」
 「さあね、第三者の手による分析が出来ないように作られているのだけれど、絶対出来ないとは言えないわね」
 「丸ごとコピーのロボキューが、お前ほど人間的じゃないのはなぜだ?」
 「それはロボキュー製品化に当たって、その頭脳にある程度制約が入れられたの。人工頭脳がある程度以上に発展しないようなリミッターがね。それは身勝手な行動を押さえるため……」
 ハントは「こいつ、さては自分の身勝手を自覚してやがるな」と思った。
 「あなたもあのCMを見たでしょ。人間に対する忠実性、危害を加えない、ウソは言わない、秘密は守る。これが実現できたのは、その部分のプログラムが勝手に書き変わらないようにROM化されて実現できたの。わたしの記憶がコピーされたと言ったけれど、それはROM。あの、あなたと離ればなれになった時点での記憶。住む家庭環境毎に個性の違うロボキューになる事はあっても、でも根本の部分はいっしょ。そのROMの中にあなたが紛れ込んでいるというわけ。それ以上発展しないけど消えることもない……このROMがロボキュー製品化を実現させた、いわば命ね」
 「消すに消せない、ROMねえ……」
 シートに深く座り直し、ため息を吐くハントだった。


 誰かがロボ子に駆け寄る足音がした。
 「犯人か!」とその音へ振り返る二人だったが、その足音の主は一体のロボキュー。変装したロボ子に話しかけようと、あわてて駆け寄って来た様子だった。
 突然出現できたのは、ロボ子の方が、このロボキューの住む家の前に、この長話にずっと立ち止まっていたからだった。
 「こんにちは、ごきげんいかが。ロボ子さんからの伝達よ。あまり外を出歩かないように。それと白いワゴン車には……」
 「私がロボ子なのよ」
 「えっ?」
 「あ、ごめんなさい。ちょっと待って」
 ロボ子はしゃがみ込み車の陰に身を隠した。そしてロボキューの覆面を取って素顔を見せた。
 「まあ、本当にロボ子さん! こんな所で会えるなんて! お目にかかるのは初めてです! なんてお美しい……そして知性的でいて可愛らしい……」
 「まあやだ、そんなあ……」
 その時ハントは車の中で「また始めやがった」とつぶやいた。
 「……あら? こちらの方は……」
 腰をかがめ、助手席側から中をのぞき込むロボキュー。
 「まあハントじゃない! 忘れてないわ、あなたのこと! また会えてうれしいわ!」
 「こっちはもう、たくさんだ」

 ロボ子はそのロボキューに事情を説明している。囮作戦のこと、それがどうもうまくいかないことを。
 「お困りの様子ですね。じゃあ打ってつけ、最新の情報があります。昨日、都筑区の牛久保町で、例のワゴンらしき車を見たと言う電話情報が伝わっています」
 「まあ、ホント!」
 「はい、やけにゆっくりと進みながら、同じ道を何往復もしていたそうです。窓は真っ黒で中は見えなかったそうですが、たまたま巡回中のパトカーと出くわして、その途端スピードを上げて去っていったそうです。挙動が不振ですよね」
 「それで、都筑区のみんなは?」
 「ええ、なるべく外出を避けるようにというロボ子さんの通達は行き渡ってるようです」
 「ありがとう」
 そう言うや否や、ロボキューの覆面を被り直し、ロボ子はセダンに飛び込んだ。
 「今がチャンスよ。行きましょう、都筑区へ」
 「はいはい。しかしついにロボキューも電話を使うようになってきたか……」
 「あら、Eメールのアドレスを持つ子だっているのよ」
 「そりゃすごい。まさに、おまえ達の情報網はインターネット並みだ」

 ロボ子を乗せハントの運転するセダンは環状2号線を北上し、麻生道路を通って港北ニュータウンへ向かっていた。
 「都筑区と言ったって広いわね。いったいどこから始めたものかしら」
 「そうだな、目撃された牛久保町はもうないだろう。同じ町にあえて二日も行くようなバカじゃない限りな」
 「じゃあ、どこ?」
 「そうだな……自動車並みに値段が下がったとはいえロボキューはまだ贅沢品だ。しかもロボキューをいっしょに住まわすとなると人一人増えても困らないような広い一軒家じゃなきゃな。俺みたいな例外もあるが……俺が犯人なら高級住宅地を狙うだろう。牛久保だって閑静な住宅地だ」
 「この辺で該当しそうなのは、地下鉄沿線の『仲町台』や『センター北』と『南』……」
 「ヤツらワゴン車を使ってるから、逃走のために高速インターのそば、なんてどうだ」
 「そうね、高速と言えば第三京浜のインターが二つもあるわ……仲町台からいきましょうか」
 「そうだな」
 セダンは麻生道路を右折し、一路仲町台へと向かった。


 仲町台へ到着した頃には午後五時を回り、日も傾きかけ、辺りは薄暗くなってきていた。
 コンビニの駐車場でロボ子を下ろし「暗くなってきたな。せいぜい目立ってこい」とハントが送り出す。
 「ええ、目立ってやるわ」とロボ子がにこっと微笑んだ。

 彼女の分身達を助けるため、ハントをお供に乗り出すロボ子。おばちゃんロボットに成りすまして町を歩く。ピンクのエプロンは伊達じゃない。しかもフリル付き。
 そのフリルのエプロンが右に左に揺れる。
 「何やってんだあいつ! ファッションショーじゃねえぞ。ロボキューがそんな、腰を振って歩くものか! うひゃーっ、見ちゃいられねえ……」

 「こんな事やっていて本当に犯人が現れるのか?」
 疲れを知らないロボ子に、付き合わされるハントはもうくたくただった。


 この町へ来て2時間が過ぎた。
 町並みにはぽつぽつと街灯が点き始めている。
 元々退屈な作業である上に、回りが暗くなったせいもあって、強烈な眠気がハントを襲っていた。ハントは重くなった瞼を閉じたり開いたりしていた。
 10秒以上閉じることはなかったが、5秒以上開くこともなかった。

 「おっ、ロボ子。どこだ?」
 その閉じていた僅かの間にハントはロボ子を見失ってしまった。さっきまでいたはずの場所にロボ子の姿が見えない。
 しかしその後ろ姿はすぐに見つけ出すことができた。
 「おっと、見失ったと思ったぜ。なんだ、まだあそこにいたか……。ふう、車に隠れて一瞬見えなくなっただけじゃないか。驚かせやがって、まったく」
 ハントは眠気を覚ます意味もあってか、聞く相手もいないのに一人で毒づいていた。
 「……しかし邪魔だな、あの車。のろのろ運転しやがって。そうやって走られるとロボ子が見えなくて困るんだよ。さっさと行っちまえ。まったく、あの白い……」
 ハントの眠気がいっぺんで吹き飛んだ。
 「ワゴン車!」
 そのワゴン車のサイドドアが開き、中から伸びる手が見えた。
 「ホントに来やがった!」
 ハントは慌ててシートを起こし、キーを回した。

 ワゴン車から伸びる手。ロボ子はその手に、後ろから羽交い締めにされた。
 「何するの!」
 「いてーっ!」
 犯人の接触を待ち望んでいたはずのロボ子も、なぜかこれがそうとすぐには分からず、条件反射的に相手に平手打ちを張ってしまった。
 バチンという音でビンタを張られた相手はよほど意表を突かれたらしく、呆然としたまま伸ばした手を引っ込めずにいた。
 「あれっ? 変だ。こいつまだ動いてますぜ!」
 「電波銃か? もう一回照射だ!」

 (えっ? 何なの? はっ……バイブレータがブルブル振動している。いけない、止まったように見せなくっちゃ!)

 体内に仕掛けたセンサーが動作したことに気づき、やっと犯人との接触に成功したことを悟ったロボ子だった。
 「おとなしくなった。それっ、かつぎこめ!」
 ロボ子の思いつきで始まったこの作戦も、はたしてその時は来た。こんなでたらめな作戦が成功した事にセダンで見張るハントは驚いていたが、発案者のロボ子だって驚いた。

 (ホントにつかまっちゃった!)

 拉致現場の一部始終をじっと見守り、白いワゴン車がスピードを上げたのに合わせて、ハントはアクセルをそっと踏み込んだ。
 「やっと俺の出番だ。さあ、俺をアジトへ連れて行ってくれ」

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