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――――潜入――――

 ワゴン車の中へ連れ込まれ、すぐにロボ子は大きな袋状のものにくるまれた。それは柔らかではあるが、動くとパリパリと音を立てる。まるでアルミホイルにくるまれたような感覚だった。
 車内に犯人達の声が聞こえている。耳のいいロボ子にとって聞き取ることは難しくなかったが、その高感度の耳を、さらに聞き耳を立てて情報を収集した。

 「今日は久しぶりの獲物だったがちょっと手こずったな。その電波銃、故障したんじゃねえか? おい、帰ったら先生に言って調べてもらえ」
 「はい、ボス」
 「……しかし、ビンタを張られたときのジャンボの顔ときたら、鳩に豆鉄砲だったぜ」
 「あはははは、まったくです!」
 「ちぇっ、お前が笑うなよ!」
 「あっ、すいません……」
 「……しかし、人様にビンタを張るとは、こいつの飼い主はいったいどんな教育をしてやがってたんでしょう。こんなことは初めてでさぁ」
 「そうだな、カスタマイズされてるかも知れねえぞ。そのことも先生に言っとけよ」
 「はい、ボス」

 (『ボス』と『先生』と『ジャンボ』……もう一人は『おい』とか『おまえ』とか呼ばれている下っ端……合計4人が一味のようね……この車の中にいるのは『先生』と呼ばれる人物以外の3人……)

 車内の会話はなお続く。
 「まったく電波銃様々だぜ。これさえあればロボキューが金魚すくいより簡単にさらうことが出来る。自動車泥棒なんかと違って持ち運べるしな。しかも高級車並み、一体が4万ドルのお宝だよ。後は『先生』にお願いして改造してもらう……おい、町の様子はどうだ」
 「別に……静かなもんでさあ」
 「ミニラ、あんまり飛ばすなよ。慌てず急がずだ。それが怪しまれないための秘訣だよ」
 「はい、ボス」

 (ボスはずいぶんとしゃがれ声。……下っ端は運転手で『ミニラ』と呼ばれるのね。それにまた先生と……改造ですって? 先生と呼ばれる人物は技術者かしら? 何だか段取りが良くて手強そうね)

 これだけが頼りとロボ子は発信器を隠した胸の辺りに手を当て、エプロンの上からぐっと押さえた。


 その頃ハントは、ロボ子の乗った白いワゴン車の尾行を続けていたが、あてにしていた探知機の調子がどうも良くないことに気づいていた。
 「おかしいな。モニターに影も形も出てきやしない。さっきまで平気だったし、電源はロボキューから取ってるからから電池切れということはないな」
 コンコンとモニターを叩くハント。しかしモニターには何の影も現れない。
 「まさか電磁遮蔽されてるなんて事は……あり得るぞ! それならこの探知機は役に立たない。ヤツら、思った以上に用意周到だ」

 ワゴン車の中ではボスがナビゲーターになっていた。
 「おいミニラ、一番左の車線だ。第三へ入るぞ」
 「はい、ボス」
 (高速へ入るのね。位置的に、ここは港北インターかしら……)

 セダンの中ではハントが一人つぶやいていた。
 「第三京浜に入ったな。振り切られたらまずいな……後はこの目が頼りだ。見失ったら大変だ」
――
 「今度はすぐに左だ。料金所を通ったらこのまま東京方面へ進め」
 「はい、ボス」
――
 「あいつら料金所を抜けて……よし、東京方面へ曲がったな。しかしこの前の車はなんだ。さっさと進んでくれよ。あ、通行券取るのに金の用意してやがる。このバカ、第三は出口払いなんだよ」
――
 「いいか、ゆっくり走れよ。この辺は覆面が走ってやがるからな。左車線をキープしろ」
 「はい、ボス」
――
 「やっと本線だ。あいつらどこ行った? 第三は飛ばせるから、ここで引き離されたら追い付くのがたいへんだ。飛ばさなきゃ追いつかねえぞ。ほら、どけどけ、どきやがれっ。白いワゴン、白いワゴン……と、どこ行った。……あれっ、今のは? もしかして今の白い影は……あのワゴン車! しまった、追い越しちまった。しかしなんだってヤツらこんなのろのろと……でもここで急ブレーキじゃあ不自然だ。仕方ねえ、しばらくはバックミラーで監視だ」
――
 「よし、このインターで出ろ。おっと、いつも通り、ウィンカーは点けるな」
 「はい、ボス」
――
 「しまった、やられた! あの車、ウインカーも出さずにインターを出て行きやがった。万事窮す!」

 ハザードを点滅させてハントはセダンを高速の路肩に停めた。車から降りて外を眺めると、あの白いワゴン車が出口の料金所を抜けて、川崎方面に進んでいるのが見えた。
 「考えろ、考えろっ。こんな時、どうすりゃいい?」
 しばらく考え込むハントだったが白いワゴン車はどんどん遠ざかる。
 どんどん闇が押し寄せる中、ハントの視界のギリギリの所でワゴン車は止まった。交差点での信号待ちだった。
 「止まった……でも、あーああ、いい知恵が浮かばねえや。高速じゃあUターンも出来ないしな。もともとロボ子の考えた作戦だ。俺のせいじゃねえや。そうだ、いい厄介払いだ。このまま、放っておこうか……」
 赤信号で停車中のワゴン車。その白い車体が信号機の光を反射してそこからは赤く輝いて見える。それを高架の上から眺めるハント。
 「――しかし、電磁波遮蔽とは念の入ったこった。あいつらただのコソ泥じゃないな。大きな組織が絡んでいそうだ。……しかし、さらわれたロボ子がどうされるか考えると、俺にとってもやばいぞ。なにしろ俺の秘密を握ってるからな。なんかの拍子についポロッ、と……そいつはヤバい!」
 白いワゴン車の前を、買い物かごを手にロボキューが手を上げながら、いつもの笑顔で横断していくのが見える。
 「出歩くなと言ったのにあのロボキューは何してやがる。こらっ、のろのろ歩いてるとお前もつかまっちまうぞ……まったく口伝えってのはあてに……」
 白いワゴン車が今度は緑に輝いたあと、ハントの視界からゆっくりと消えていった。

――――

 ロボ子を乗せたワゴン車は高速を下りた後、険しい山道を上っていた。
 20分ほどの走行の後、車体が前後に大きく揺れた。

 (止まった……ついに一味のアジトね。あ、シャッターの開く音。バックで進入している……。あ、私を抱き上げ、中へ運ばれていく……)

 「おい、先生。久しぶりの獲物だ。今日のはちょっと暴れん坊だがばっちり調教してくれよ」
 「ああ、待ってたぞ、まかせとけ。どんなクセのあるロボキューだって初期化すればいいだけさ。おやすい御用だ」
 「先生の腕は確かだから信頼しているよ」

 (さっき言ってた『先生』ね。声は若そうだわ……)

 「でも、例の電磁波回路を取り除くのがやっかいだ。あれが入ってると日本物だとバレるからな。しかし以前は1週間かかったその作業も今では1日で済む。これからもっとがんがん盗み出してもらわないとな」
 「そいつはまかせとけ」

 パリパリと音を立て、ロボ子を包んでいた包みが解かれる。それと同時にかすかではあるが何か警報のような電子音が鳴り始めた。

 (何の音?)

 「ちょっと待て、アラームだ。こいつ電波を出してるぞ。携帯とかPHSとか持ってるんじゃないか? 探し出してくれ」
 「へい、先生」
 乱暴なジャンボの手がロボ子の体を探る。その手がロボ子の胸の位置に来た時、ほとんど条件反射のようなロボ子の平手打ちがジャンボの顔面に飛んだ。
 「触らないで!」
 「いてえっ!」

 (しまった!)

 「まただ……こいつ動いてますぜ!」
 「やっぱり電波銃の故障だったんじゃねえか」
 「死んだフリしてたというのか?」
 「ボス、分かりました。このロボキューは不良品ですよ。だって頭の後ろが割れてます」
 一味の視線がその頭に集中する。ぱっくりと割れた後頭部からロボ子の長い髪が垂れ下がっている。
 「一体どうなってやがる? 頭の中にまた頭がありやがる……」
 ボスはその長い髪をつかんで引っ張ってみた。
 「いやーん、引っ張らないでっ!」
 「おっと危ねえ!」
 ボスは再び襲ってきた平手打ちを寸前で交わした。その時、つかんだ髪を振り回したので、その拍子にロボキューの覆面がずるりと床へ落ちた。
 
 「なんだあ! 中に人間が入ってやがる!」
 「こいつはロボキューじゃない、ロボキューの皮を被った着ぐるみだ」
 「よし、引っ張り出すぞ。おめえら手伝え!」
 「へい!」
 「いやーっ!」
 4人に押さえつけられ、いとも簡単に引っ張り出されるロボ子だった。

 寄ってたかって引っ張り出されながらも、ロボ子はこの建物の中を瞬時に観察した。
 ほぼ正方形の室内は1階と二階が吹き抜けになっていて、そのため天井が高く感じる。鉄筋の壁には申し訳程度の小さな窓しかなく、まるで要塞のような趣だった。
 ロボ子が第一に見つけたかったのは逃げ道であるが、このフロアーに扉は二つしかなく、一つはロボ子が運び込まれた扉であり、もう一つは正反対側に向かい合うようにある。そっちの奥はどうやら倉庫になっているようだ。どちらも頑丈そうな鉄製の扉だった。
 二階も一階と同じ位置に扉があり、そこからそれぞれ1階へ階段が下りている。二階は巾2メートルほどの渡り廊下が回りを取り囲むようになっていて、その廊下には手すりが巡っている。
 どこに立っても1階の全てが見渡せる様な構造になっている。

 着ぐるみを剥がされ、背中を小突かれ、ロボ子はフロアーの中央へ出た。4人が回りを取り囲む中、室内をもう一度見回すロボ子を、一味は好奇の目で観察している。
 「うひょー、ナイス・ブォディー!」
 肌も顕わな下着姿のロボ子が、一味の前にその姿を現していた。
 「セクシー・ダイナマィ!」
 「なまめかしいねえ」
 そんな中、一人冷静な先生は「おい、この子はもしかして……」と何かに気づいた様子で、「ほら何ってったけなあ……あのアイドルの……」と記憶をたどっていた。
 「そうだ、奈美ちゃんだ!」とミニラが叫ぶ。
 「ホントだ、奈美ちゃんだ。でもテレビで見る限り、奈美ちゃんは、こんなに巨乳じゃなかったぞ」
 「その通り、私は尾室奈美じゃないわ」とロボ子が答えた。
 「じゃあ女、お前は何者だ? 奈美ちゃんの妹か?」
 「ボス、それはないですよ。だって奈美ちゃんは一人っ子のはずです」
 「へえ、ミニラ、良く知ってるな」
 「はい、ファンだったもので……」
 「隠し子かもしれねえぞ。そんなことより、そもそも、こんなぬいぐるみ着て何してやがった」ボスはロボ子を睨みつけた。
 「ふん、何しようと私の勝手でしょ。それよりあんた達の方こそ何やってるというの? 勝手にさらっといて、こんな目に遭わされるこっちこそ迷惑よ」
 「悪いなお嬢さん。おめえは場違いなところに来ちまったんだ。言えよ。それによっちゃあ黙って帰してあげないこともないぜ」
 「いやよ。わたし別に悪いことしてないもん」
 「生意気だな。いいから言えよ、言わねえと……」
 「どうする気!」
 「どうするかって? そうさ……どうしようかな、へっへっへっ……」
 目尻の下がったボスの目が、ロボ子のボディを上から下へ、そして下から上へトレースする。
 「いやっ、怖い……」
 「どうした? まだ何も言っちゃいないぜ?」
 その時、何を思ったのか、「俺もお願いします!」と、ジャンボがボスに言い寄った。
 「ばか、お願いするったって、まだ俺は何も言っちゃいねえだろ」
 「やめてくださいボス! そんなことしたらこの子がかわいそうだ!」今度はミニラが言い寄った。
 「だから、まだなんにも言ってねえって言ってるだろっ!」
 「いや、待ってくれ」と今度は先生が割って入ってきた。「だから俺は何も……」と言うボスの声は無視された。
 「……こいつは人間のように見えるがロボットだ!」
 「ロボット!?」ボスとジャンボとミニラが一斉に声を上げた。
 「それが証拠に、この女、こんな分厚いぬいぐるみの中にいて汗一つかいてやしない……」
 「ほんとだ」
 「それに他の奴は騙せても俺の目は騙せないのさ。おまえ達気づかなかったのか? 目立たないところに隠してはいるが、こいつの胸にはUSBのアダプタが埋め込まれているぞ」
 一味の視線がロボ子のバストに一斉に注がれる。
 「あっ、本当だ。デカパイばかりに気を取られて気づかなかった」ミニラは目をゴシゴシこすりながら言った。
 「おまえ達、一体どこに目を付けてたんだ」
 「そうは言っても先生、いや、こいつはいい目くらましでさあ。それとも俺の純な心が無意識に目を逸らさせたか?」
 「そう言うジャンボが一番じろじろ見ていたぞ。どこを見てたんだ?」
 「どこって言われても……見るとこは決まってまさあ」
 「じゃあ気付けよ!」
 「でも、こいつがロボットとは驚きでさあ……ロボキューの新型ですかね?」
 「それはないだろうな。量産でここまでリアルに作れない。……ははあ、わかったぞ、お前、プロトタイプだな。ほほう……見れば見るほど良くできてやがる。こいつはきっとロボキューの原型だ」
 「おい、女。本当か?」とボスがロボ子に詰め寄った。
 「ふんっ」アゴを突き上げ、そっぽを向くロボ子。
 「けっ、相変わらず生意気だ。しかし先生、なぜこのロボットがロボキューに成りすましてたんだ?」
 「どうせ、最近の連続ロボキュー誘拐で、囮になって助けだそうなどと、母親気取りで乗り出したんだろうさ……おいミニラ、このロボットを運び込むとき、誰かに尾行されなかったか」
 「それは心配ないですよ、帰りのルートは毎回でたらめ。それにここは田舎道。後ろに車が付いてきたらすぐに分かります。その時はいつもの手筈でアジトを通り過ぎる……。ぬかりはないですよ」
 「そうか。ならいいが……」
 「ボス、どうしやす。こんな追跡の手が及んでくるようじゃあ、このアジトもヤバいんじゃあ……」
 「そうだな。しかしクライアントの注文をこなすまで、このアジトの設備は必要だ。この仕事を早いとこ片づけて、さっさと次の神戸へ引っ越しだ。それでいいよな、先生」
 「ああ、仕方ないだろう」
 こんな算段の中、一味の視線は再びロボ子に注がれた。
 「厄介な物を拾っちまったぜ」
 「わたしをどうする気?」
 「さあね、とにかく逃げ出さねえように捕まえさせてもらうよ」そう言ってボスは、アゴを振ってジャンボに合図した。
 「わたしを捕まえることが出来るかしら? プロトタイプをなめないでね。こう見えてもわたしは元々、軍事用に開発されたのよ」
 「なにっ!」
 カンフーのようなポーズを取るロボ子。ロボ子を取り押さえようと一歩乗り出したジャンボもそのポーズに一瞬身じろいだ。その一瞬の隙をついて、ロボ子は出口へ向かって駆け出した。
 「いけねえ」とジャンボが慌てて飛びかかり、ロボ子の腰にタックルを仕掛けた。
 「キャッ」
 「おお、良くやったな!」
 「いえボス……あんな事言ってコイツ、ぜんぜん弱いですぜ」
 「イヤーっ、放してーっ!」
 ジタバタともがいてはみたが、簡単に取り押さえられるロボ子だった。

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