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――――分解さる―――

 「おい、そっち押さえろ」
 「へい」
 「いやーん」
 フロアーの中央にはロボキューを改造するために用意された作業台があった。
 今その台に載っているのはロボキューではなくてロボ子。全身身動き取れないように、ロボ子はガリバーのように縛り付けられていた。
 「これがレディーに対する仕打ちなの。あなたたち、わたしをこんな目に遭わせてただで済むと思わないでね」
 「ちっ」
 ロボ子の右腕がボスの引っ張るロープにグイと締め付けられる。
 「いっ、たいじゃない!」
 「お前の強がりは聞き飽きた。へっ、何が軍事用だ。ただの弱っちいロボットじゃないか」
 「わたしは人間よ」
 「いまさら何言いやがる」
 「それに弱くたって、わたしには強い味方がいるんだから、後でこっぴどい目に遭わせてやる!」
 「味方だと? 仲間がいるんだな」

 「おい女。お前の自信は、これか?」先生は無表情のまま何かを手の平に持っている。
 さっきからアラームの発生源を探していた先生は、ロボキューの着ぐるみの中からハントの発信器を見つけ出していた。それを手に取りロボ子にかざして見せた。
 「あら見つけたの。でも手遅れね。もうこのアジトも見つけ出された頃よ。わたしは黙って助け出されるのを待つ事にするわ」
 「そいつはいけねえ!」ジャンボはキョロキョロとアジトの中を見回した。
 「せいぜい慌てる事ね」
 「それがそうじゃないんだ……おいジャンボ、こいつの言うことを鵜呑みにするな。なあ、そうだよな、先生」
 「へ?」と呆けた顔のジャンボは相手にせず、先生は台に縛り付けられたロボ子へと、その歪んだ笑みを集中させていた。
 「残念だったな。この発信器は役に立たないよ。なぜだか教えてやろうか? この建物は内部の電波を外に漏らさない仕組みになってるんだ。建物だけじゃない、ワゴン車でお前が押し込められた袋だってそうさ。あらゆる電波を完全に遮断する袋だ。最近では携帯やPHSを持ち歩くロボキューがいるからな。電波をたどられて足が付かないようにする策さ」
 「さすが先生!」ジャンボがほれぼれとした表情を見せた。
 「ええっ、じゃあ?」
 「そういうことだ。お前を助けに来る奴なんかいない。おまえのその味方がどんだけ強いか知らないが、今頃は道に迷って途方に暮れているずだ」
 「えええ、そんな、じゃあ……わたしは一体どうすればいいの?」
 「そうだな、助かりたいなら……黙って祈るしかないな」
 「祈る……?」
 ロボ子の困り果てた表情に、先生が冷ややかな笑みを浮かべた。
 「ロボットの祈りが神様に通じるものならな」
 先生は手に持っていた発信器をポイと床に転がした。それを足で踏みつけるのと同時に室内のアラームが消えた。
 「ふん! 私は人間だもの、祈りだって通じるわ」
 「ちぇっ、まだ言うか」
 「このロボットめ」ボスのしゃがれ声がロボ子に近づく。「いくら祈ったって、神様は人間様のものだ。ただでさえ人口過密の地球で、ロボットごときの願いを聞いてるほど暇じゃねえだろう。おまえの運命を握っているのは神様じゃない、俺達だ」
 「じゃあボス、この子も海外へ売り飛ばすんですか?」何かもったいなさそうにロボ子を見つめていたミニラがボスの方へ振り向いた。
 「うーん、そうだな。確かに上玉は上玉なんだが……先生、どうする?」
 「タイプがぜんぜん違うからな。それにこんなプロトタイプじゃすぐに足がついちまうだろうし……」
 「じゃあ……」と喜々としたミニラの声を遮ったのはジャンボだった。
 「じゃあ数の内には入らない……なんだよ、最近ロボキューを見かけなくなって焦ってるというのに、余計な手間だったじゃねえですか!」
 「いや、そんなことはない。プロトタイプとは……しかしコイツはめっけもんだ。コイツを分解すれば開発のノウハウが手に入るぞ」
 「それはどういうことですかい?」ジャンボの不思議そうな目が先生に注がれた。
 「プロトタイプはだな、大量生産される前の手作りだから、電子部品や回路、サーボモーターなんかも市販品のあり合わせで作られることが多いんだよ。専用に開発されたICなんかは組み込まれちゃいないから、ロボキューなんかよりずっと分かりやすく出来てるはずだ。おそらく当時のパソコンなんかの部品が使われてるはずだから、それなら俺でも手に負える」
 「そいつはいいや。このロボットからそのノウハウがいただけりゃあ、泥棒の真似しなくても俺達だけで新しいロボットが作れるかも知れないんですね」
 「ああ、だがそんなに簡単な事じゃない。ロボット技術は宇宙開発以上に現代科学の最先端だ。タマゴッチやファービー人形の模造品を作るのとは訳が違う。しかし俺ほどの腕があれば決して不可能な話じゃない」
 先生は目を輝かせ、台に縛られたロボ子に近づいた。
 「しかしお前は興味をそそる。何から何まで驚きっぱなしだ。特にこのバイオバッテリーの内蔵化は芸術とまで言えるな。良くここまで作ったものだ。愛してるよ。鴨が葱背負ってやってきた、というやつだ」
 先生は白衣のような作業服を着ていた。その所々に緑色のシミが付いている。先生はその服の腕まくりを始めた。
 「ちょっと聞いていい?」
 「ああ、なんだ?」
 「あなた達が使っていた電波銃……あのロボキューの秘密をどこで知ったの」
 「なんだ、そんなことか。俺はメカが得意なんだよ。あんなの調べるのにわけないさ。簡単な装置だった」
 「ということは、ロボキューを分解したのね」
 「そうさ。お前の載っかっている、その台の上でだ」
 「そのロボキューはどうなったの?」
 「ああ、そこの倉庫にあるよ。最初の3台はおしゃかになってしまったが……おかげで後の作業は楽になった。尊い犠牲と言うやつだな」
 「この悪魔! わたしも分解する気!」
 「その通り。そうすりゃお前だって自分がロボットだと再認識できるだろうさ。でも心配するな。回路の調査が終わったら元に戻すように努力はするよ。努力はね。でもプロトタイプは初めてだから、ちゃんと動くかは保証できないな。もっとも、君自身が分解に協力してくれれば話は別だが」
 「誰があなたなんかに協力するもんですか!」
 「そうか、じゃあしょうがない。この電気メスはロボキュー分解用に俺が開発したものなんだが……」
 そう言いながら先生は、はんだごて状のメスを台の引き出しから取り出した。
 「お前にだって使えるだろう?」
 装置のスイッチを操作すると、そのメスはブーンという音を唸らせた。その電気メスがロボ子の腹部に近づいていく。
 「きゃーーっ、待って!」
 先生の手が止まる。
 「何か言い残したことでも?」
 「わたしの構造はロボキューとは違うわ。下手に穴を開けたら内部バッテリー液が漏れだして、電圧降下でシャットダウンしてしまう。一度シャットダウンしたら再起動できなくなるわ。再起動には40桁のパスワードが必要だから……そうなるとわたしの頭脳が調べられなくなるわよ。それでもいいの?」
 「じゃあどこならいい?」
 「うーん……」
 「言いたくなきゃいいさ。なんとか回路を解析してやるつもりだ」
 またも電気メスを持った先生の手がロボ子に近づく。
 「言うわ! 言うから待って!」
 「なんだい、俺の腕を信用してないな」
 「シャットダウンしてしまったら永久にブラックボックスよ。そうさせないためには……まず首筋を切開するの。そうすると内部にオレンジ色の動力ケーブルが見えるはず。これに外部から直流電源をバイパスさせておくの。そうしないと停電信号を拾ってシャットダウンを始めちゃう。わたしの頭部には小型UPS(無停電電源装置)が内蔵されていて、シャットダウン用の電源になっている。このUPSに停電信号が入らないようにすればわたしの頭脳は機能を継続できるわ」
 「ほほう、いいことを聞いた。それはロボキューにはない回路だな。お前にはずいぶんコストがかかっているな」
 「これだけロボキューが普及しても、まだ開発原価の償却が済んでないはずよ」
 「そいつはすごい。それをタダでいただけるなんて俺は幸せ者だ。お前の協力も得られるし……」
 「もう、負けたわ……いいわ、協力する。修復不能に壊されるよりはマシ……くれぐれも壊さないように注意してね」
 「ああ、まかせときな」

 先生が用意した直流電源は手押しのワゴンに乗せられ、ロボ子のすぐ脇に設置された。
 「中には太いパイプが走っている。それはバッテリー液の動脈だから傷つけないでね。穴が開いたら吹き出しちゃう」
 「ああ、気を付ける」
 先生は手にした電気メスをロボ子の首筋に近づけていった。
 「ホントに分解するんですか?」ミニラが心配そうにのぞき込んだ。
 「ああそうさ。こんなチャンスは放っておけない。俺が技術者を目指したのは子供の頃、拾ったテレビを自分の手で修理したことがきっかけなんだ。俺は今、その時と同じようにロボットを拾い、その時と同じようにワクワクしてるんだ。さあ、切開するぞ」
 ついにロボ子の首筋にメスが入った。その途端、ロボ子に痙攣のような振動が始まった。
 「先生、この震えは?」心配そうにミニラがまたのぞき込む。
 「メカの自己チェックとでも言うのかな。こんな人間そのままのロボットでもやっぱり機械だ。体中のサーボモーターが異常を検出して、ガタガタ騒ぎ始めたようだ」
 「あああ……」
 ロボ子の出す悲痛な声は、その振動と共に震えていた。

 ロボ子の切り開かれた首からは緑色のバッテリー液がどろりとしみ出し、その中にオレンジ色のケーブルが覗いていた。そこへ手押しワゴンの電源がつながれる時、小さなスパークが光り、それと同時にロボ子の下半身がピクッと跳ね上がる。
 「うっ、なんか見ちゃいられない……」ミニラは目を背ける。
 「ははは、気の弱いヤツだな。見ていてくれとは言わない、辛けりゃもう寝なよ。明日の仕事もあるだろうし」
 「そうします……俺、もう寝ます」
 ミニラは詰め所となっている二階へ上がっていった。
 「これからは先生の、お楽しみの時間ってわけだな」
 「ああ」
 ミニラに釣られたように、ボスとジャンボも大きな伸びをしながら二階へと上がっていった。


――――
 小さな窓から水平に近い光が差し込む。
 次の日の朝を迎えても、一味のねぐらにロボ子を救いに来るハントの姿はない。

 「先生、寝なかったんですか」
 朝一番に起きてコーヒーを作るのが下っ端、ミニラの役目だった。しかし役目だからと言うのではなく、それ以上にロボ子のことが気になって、それがミニラの目を覚まさせた。
 「はは、このロボットには驚かされぱなっしで、つい眠ることを忘れちゃったよ」
 そこにミニラが見たのは、首から下がもうバラバラに分解されていたロボ子。まるで魚を三枚に下ろすように皮膚と骨組みと内蔵機械がすっかり分解されていた。
 「あーあ、きれいさっぱりと……」
 「もう後は、この頭だけだ」
 次はロボ子の頭部の分解に着手する段になっていた。この頭脳部分が一番大変な作業になるであろうと、先生のメスを持つ手にも緊張が走る。
 「まるで生首ですね」
 「気を付けてね。ここからが一番繊細なところだから」
 「生首がしゃべった!」
 ミニラの驚きの声に、ロボ子はちらっとだけ眼球を動かした。顔を向けようにも首から下は切り離されていたのだ。
 「分かってるよ」と先生がロボ子に答える。
 「特にハードディスクには注意が必要よ、衝撃に弱いから」
 「わかったよ。何度もうるさいな」
 電気メスがロボ子のすぐ耳元に近づく。
 「ちょっと待ってください!」
 ミニラの声に、先生がガクッとうなだれる。
 「何だよミニラ。これからいい所なんだからじゃましないでくれ。……どうかしたのか?」
 「いえ、その子の顔をそのメスで切り刻むと思うと、何だか俺、耐えられなくって……」
 「そういえばおまえ、奈美ちゃんのファンだとか言ってたな……でも考えてみなよ、このロボットの分析が出来たら、同じロボットを何体でも作れるんだぞ」
 「あ、そっちのほうがいいや。ははは」
 「まったく……。分かったらおとなしくしていてくれ。俺はこれからメスに集中しなけりゃならないんだ」
 「すいません……」
 気を取り直し、再び先生は電気メスをロボ子の顔に近づけた。メスの発する低周波のうなりが、ロボ子の顔のそばまで近づくと高周波に変わる。
 「いやーっ! やっぱり顔はいやっ!」
 「だあーっ、うるさいな! ちょっと黙れよ。顔を取らなきゃ内蔵頭脳が取り出せないだろうが!」
 「でもー」
 「先生、コイツこう言ってますが、どうします?」
 「ほっとけ。可哀想に思うか? 顔はアイドルだが、一皮剥けば、中は金属と電子回路がぎっしりと詰まったただの機械なんだぞ」
 「それは人間だって同じでしょ。一皮剥けば肉と骨じゃない」
 「このロボット、口答えしますね」
 「頭脳がロボキューと違うんだよ。メカは手作りのせいかずいぶん荒削りだが……問題はその頭脳だ。こいつは人様に逆らいもするしビンタを張りやがる。量産のロボキューじゃあ絶対あり得ないことだ。プロトタイプはそれだけ自由度が高かったらしいな。しかしこのおしゃべりに俺は一晩付き合わされたよ。睡眠不足よりそっちが辛い……」
 「やめてもいいのよ」
 「誰がやめるものか……とにかくそっと分解してやるよ、後で戻せるようにな。だからお前もあまりジタバタするな。さもなきゃおしゃかだぞ」
 「分かったわよ」

 先生の腕は確かに高く、その繊細なメスさばきは、ロボ子の頭部を骸骨のようにむき出すまでに1時間を要さなかった。
 その間にボスとジャンボも目を覚まし、詰め所から下りて来ていた。パイプ椅子に座り、ミニラの煎れたコーヒーをすすりながらロボ子の分解を見学していた。
 「やっと電子基板が見えてきたぞ。おや、コイツは驚いた。はははは、このパナソニック製のICは、ニンテンドー・64のものじゃないか? 随分時代遅れの物を……今はニゴロの時代だぜ。それを使ってここまで組み上げるとは、そいつは相当の天才か大馬鹿者のどちらかだな」
 「映画に出てくるような天才バカ科学者を想像しますね」ミニラが分解の様子をソッと覗ぞき込んでいる。
 「マッドサイエンチスト……限りなくバカに近い天才というやつか」
 「いえ先生、それがですね、限りなく近づくとはそのものズバリだと、前見たホームページで読んだことがあります。そこには、ある物に『無限に近づく』ということは、即ちその物とイコールになるんだ、ということが数学的に証明されていて……」
 「つまり正真正銘のバカということか?」
 「博士をバカにしないで!」ロボ子のむき出しになったアゴがカチカチ音を立てる。
 「とにかく、そのバカ博士の技術を頂戴することにするか」
 「このコソ泥め!」
 「はははは、そうだよ、コソ泥で結構」
 「あなた達、そうやって笑ってられるのも今のうちね。今に見てなさいよ」
 「強がり言ってんじゃねえ」いつの間にかジャンボはその中に参加していた。「お前を助けに来る物好きはいねえよ」そう言うジャンボの手には、理科実験室にある様な骸骨の手が握られていた。
 「……これ、なーんだ?」
 「ああっ! わたしの手!」
 「この手が俺を2回もひっぱたきやがった」
 「かえしてっ!」
 「へへえーっだ。返してほしけりゃここまでおいで」
 「おいおい、いい加減バカはやめろ。このロボットいじめが目的じゃないんだぞ。それにその手だって大事なパーツだ。振り回して壊すなよ」
 「すいやせん。でもこいつ、ロボットのくせに生意気だから……」
 「たかがロボットの言うことじゃないか。気にするなよ」
 「でも先生……」
 「おい、ジャンボ。あんまり先生の邪魔をするんじゃねえ。それに今は、のんべんだらりと油売ってる場合じゃねえのは知ってるだろ。さあ、今日もロボキューを盗みに行くぞ。このプロトタイプは別枠で差し引いて、それと最初の三体は壊しちまったから……約束の10体まであと3体。納期までもう日がないんだ」
 「へいボス、すいやせん」
 ボスを先頭にジャンボとミニラがゾロゾロと出口へ向かった。
 「しかし、最近どうもロボキューの様子が変だ。どうも警戒されちまってるらしい。やりずらくなってきたぜ」
 そんなボス達3人に「くれぐれも、尾行されないようにな」と先生が声を掛けた。
 「分かってますって、先生」
 白いワゴン車は黒い煙を吐き出しながら、アジトの前の山道を下っていった。

 ボス達3人が出かけ、このアジトにはロボ子と先生だけとなった。
 「お前はもっとおとなしくしてな。いくら強がったって、何の抵抗もできやしないんだからよ」
 「なによ、弱い者いじめのくせに偉そうに……」
 「なんだと。俺を甘く見るなよ、優しくしてりゃあつけあがりやがって。そんな暴言はどの口が言う? この口か? ええ?」
 先生はロボ子の口をつかんで上下に振った。
 「あうあううう……えいっ!」
 「あいててーっ! 噛みつきやがった! 放せ! 放せったら、こいつめ!」
 先生は台の引き出しから慌ててスパナを取り出し、ロボ子を殴りつけた。パキッという音がしてロボ子のアゴの骨格が折れて外れた。
 「ちょっと、何すんのよ! 壊れちゃったじゃない!」
 アゴの根元に残った部分が声に合わせてカタカタ動いた。
 「ちっ、口の減らないやつだ……」
 先生は噛まれた指を押さえ、フーフーと息を吹きかけている。


――――
 小さな窓から垂直に近い光が差し込む。
 この日の昼を迎えても、一味のアジトにロボ子を救いに来るハントの姿はなかった。

 「ちょっと聞くが、このUSBはなんだ? 頭につながるほとんどの線がコネクターで切り離せたのに、こいつだけは最後まで残ってやがる。こんなのロボキューには無かったぞ」
 「パソコンとUSBインターフェースがあれば私の頭脳とリンクできるわ」
 「やけに協力的じゃないか。気味が悪いな」
 「さっきの暴力に負けたのよ。笑うなら笑って。壊されて修復不能になるよりマシと判断したからよ」
 「はは、いい心がけだ。やっと観念したか。それで中身が覗けるなら見てみたいもんだ……」
 「簡単よ。USBケーブルとリンク用ソフト『リンク・エディタ』があれば。あなた、持ってる?」
 「『リンク・エディタ』だと。ああ、あるよ。ビレッジ・ピープル社製のやつだろ? ずいぶん安いソフトを使ってるな」
 「あなたが言ったじゃない。市販品のあり合わせで作られることが多いんだと。まったくその通りなのよ」
 「それでお前の頭の中とリンクできるのか……うーん、そいつは魅力的な話だ」
 「見ることが出来たとしてもかなり制約された範囲だけよ。しかもモニターだけで書き換えにはパスワードが必要だし……」
 「いや、いいぞ。何かの参考になるかも知れない」

 先生は物置になっていた倉庫へパソコンを探しに入っていった。錆び付いたドアは半開きのままになっており、ロボ子は横目でその中を覗き込んだ。
 (あっ、ロボキュー達があんなところに……)
 その倉庫にはおシャカになったロボキューの他に、海外へ売り飛ばす為に改造された7体がきれいに梱包されて積まれていた。
 (きっと、助け出してあげるからね……)
 先生はからホコリを被ったノートパソコンを取り出してきた。

 ロボ子のUSBアダプタには先生の用意したパソコンがつなげられた。
 「さあ、パソコン用意したぜ。これから君の頭脳をレイプさせてもらうよ」
 「……勝手にすればっ」
 先生の右手は、親指を除く4本の指に「バンドエイド」が巻かれていた。その指をキーボードに叩き付け、先生はコマンドを打ち込んだ。
 「ハレルヤ! 認識したぞ!」
 パソコンの画面には、左上隅に『READY』と表示さた。
 「メニューを開くと……このダンプのツールがそうかな? ほう、お前のデータがどんどん表示される。アルファベットと数字ばっかりだ」
 まず画面の最初には『birth:Kawasaki 200*/3/3』と打ち出された。
 「誕生日はお雛祭りか。『Kawasaki』ということは、お前は川崎工場製か? この山を下りたすぐ側だ。確かにあそこは最新鋭の工場だが、作っているのは半導体だ。ロボットなんて作ってないはずだがな。ロボキューなら追浜か鶴見工場だ。まあいいや……『weight』が『51』ね。『height』が『158』だから、身長の割にちょっと重いんじゃないか?」
 「うるさいわね」
 「はは、ロボットでも体重は気になるものか? それから『hip』が『80』と、ふむふむ。『waist』……ウエストが『53』と。……ホントか? それで『bust』……バストが『2.3』……」
 先生は眉間にしわを寄せながらロボ子を見た後、ちょっと首を傾げる。
 「なんだこの『2.3』というのは。単位は何だ? まさかメートルはないよな」
 「literよ」
 「リッター? ……リットルか?!」
 「そう、胸のバッテリータンク容量よ。端数の『0.3』は、後から急遽追加された分なの」
 「ははは、そりゃ驚きだ。そういやお前はデカパイだったな。今は中身を抜かれてしぼんじまったが……こいつはいいや。おや、最後の『name』には『roboco』と入力されてやがる。お前の名前は『ロボコ』なのか?」
 「そうよ。ただし女の子らしく『ロボ子』よ」
 「がっはは、マンガみたいな名前だな」
 「うるさいわね。私が決めた訳じゃないわよ。……さあ、私が手伝えるのはここまでよ。後はセキュリティーバリアがあって無理。不可能とは言わないけど簡単にはいかないわ」
 「もっと知りたいな。そのバリアを除く方法を教えてくれよ」
 「私だって知らないの。何しろ私は軍事用だったので、こういうセキュリティーは何重にもなっていて私の力ではどうしようもない。侵入できるかはあなたの腕次第」
 「ずいぶんあおってくれるじゃないか」
 「もうずいぶん協力したでしょ。感謝してね。でもあなた、すごい執着心ね。この二日間、ほとんど寝てないじゃない」
 「お前だって寝てないだろ?」
 「私はあなたと違って眠る必要がないもの。でもあなた、一体何者なの。ミシビツの工場の事情も知ってるし……」
 「俺、か?」
 基本的には笑顔なのだが、先生の表情は憂いと切なさが混じり込む複雑なものに変わった。
 「そうだな、お前の協力に感謝の意味を込めて、俺の正体を少しだけ教えてやろう。俺はな、ただの泥棒じゃないんだ。こう見えても大学院でロボット工学の研究をしていた、れっきとした科学者さ」
 「やっぱりね。確かにあなたの腕は超一流だもの」
 そんなロボ子のおだてにも乗らず「どうかな」と先生はつぶやいた。
 「俺は、とある電機メーカー……そうだな、ミシビツのライバルメーカーとだけ言っておこうか……そこに引き抜かれて、ロボキューを越える新しいロボットを作るために働いてたんだ。そこで3年間、俺は研究に没頭したさ。実はいい線まで行っていたんだ。試作品も完成し……お前程じゃないが、お前のようにバッテリー内蔵型で、運動性能はロボキューの数段上を行っていた。ところが作ったロボットが安全検査にパスできなかったのさ。何回再挑戦してみても、結果はダメだった。
 「俺のロボット開発は失敗と見切られ、その電機メーカーも不発のまま、ロボットの市場から撤退を決定しちまった。そうなると節操無いもので、俺はすぐにクビだ」
 「それでもまだロボットを作りたいと思っている……」
 「そうさ。あんなロボキューを見せられたら、同じ研究していた技術者として黙ってはいられない。今はこうしてあのボスの所に身をゆだねてはいるが、いずれは会社を設立して独り立ちしてやる。今はその準備段階なのさ。
 「この建物はクビにされたメーカーの研究所だったんだ。以前はここに精密機械がぎっしり詰まっていたものだが、撤退と共にこんなガランとしちまって……俺が借金までしてもらい下げたというわけさ。
 「ロボット研究所になる前、元々ここは高電圧放電の研究所だったらしく、天井が高いのはそのせいだ。4メートルもある碍子が何本も収まってたんだとさ。その頃の様子を想像すると、ロボットじゃない、まるでフランケンシュタインでも作り出すような設備だったんだろうな」
 遠い過去に思いを馳せるように、先生は天井を見上げた。
 「盗みは確かに良くないが、見逃してくれ。俺の夢を叶えるための準備段階なのさ」
 「夢?」
 「ああ、夢だ。目標はロボキューに負けない、もっと性能が良くてもっと人間に近いロボットを作り出す事だ。第一号の名誉は逃したが、いずれ俺のオリジナルで作り上げる……それが俺の夢なのさ。そして俺にはそれが出来る技術がある!」
 拳を握りしめた右手を振り上げ、全身で自信を表現する先生だったが、その右手もすぐに力無く垂れ下がった。
 「……いや、そいつはウソさ。俺はまだまだだ。なぜなら国連の安全基準をいまだにクリアできずにいるんだからな。なんてったってあの検査は厳しすぎる……どう作ったってパスできなかった。ロボキューは銃どころかナイフだって拒否する事が出来るのに俺のロボットはダメだった。
 「その理由がどこにあるのか……盗んだロボキューを調べていくうち、どうやらその秘密は頭脳に組まれたロムにあることが分かってきた。行動の根本を司るROM。このROMに秘密があるんだな。じゃあ、とそのROMを調べてみたんだが、これがまるでちんぷんかんぷんだ。そもそもそのROMのプロトコル自体が分からない。こればっかりは俺にもお手上げだよ。そのROMの秘密を俺は解き明かしたいんだ」
 「そのROMの秘密を知りたい……」オウム返しのようにロボ子が繰り返す。
 「ああ、そうさ。ミシビツはこのプロトコルもアルゴリズムも公開しちゃいない。まあ、それこそ企業秘密なんだろうが、その秘密さえつかめれば、俺にはもっとすごいロボットを作ることが出来ると思っている。お前以上のロボットだって俺なら可能だ。そうしたらこんなやばい仕事から抜け出して、もっと大きなビジネスを目指すのさ。世界中を俺の作ったロボットで埋め尽くしてやるんだ。……なあ、ロボットに関しちゃあ今やミシビツの独占だ。しかし誰かがこれを切り崩さなきゃいけないと思わないか?」
 「……」
 「なあ、教えてくれ。プロトタイプのお前なら、このROMの秘密を知ってるだろ」
 「知ってるわ」
 「そうか!」
 「でも言えない。いいえ、正確には言いたくても私にも説明が出来ない。なぜならそのROMは偶然が生み出したものだからと言えるかしら」
 「偶然?」
 「軍事用に作られた私は、初期の基本データを収集していた。私の役目は次の世代への開発の基礎データをまとめ上げることだったの。その作業の中で私はある事件に遭遇したわ。それは強烈でインパクトのある……その事件が、私を軍事用に育て上げるどころか、武器も持てない平和を願うロボットに変えたの。おそらくその事件が私の人格の深い部分を作り上げたのね」
 「その事件のことを聞きたいな」
 「これ以上は言えないわ。例え言ったとしてもデジタルなROMの解析には役に立たないわよ。それに私をその事件から救ってくれた恩人を危険な目に遭わせてしまう事になりかねない」
 「そいつはお前の言っていた『強い味方』のことか?」
 「そうよ、わたしのためならどんな危険だってへいちゃら。その人にかかったら警察なんかも一ひねり」
 「ほう、そいつはお前の何だ? 身の危険も省みず、ロボットのお前を助けに来るナイト様って」
 「それは、わたしの……」
 「開発者か?」
 「違うわよ。わたしのだんな様……」
 「だんな様……と言ったか? おまえ、人間と結婚してると言うのか?」
 「驚いたでしょ。笑ってもいいのよ」
 「ははは、おっと失礼。でも驚いたよ。ただし結婚がじゃなくて、お前のその思考にだ」
 「?」
 「お前は自分を人間だと思っている。お前は人間がどんな行動を起こすかも知っている。そしてその通りに行動している。それに人間がどんな感情を持つか知っているし、その通りに感情を表している……それって、お前が本当に人格を持ってるという事になるんじゃないかな? そうすると、お前が自分を人間だと言い張るのだって、あながちウソじゃないという判断も出来る」
 「それは、わたしを人間として認めてくれたということ?」
 「ああ」

 アジトの搬入口のシャッターがガラガラと開く。ボス達三人組がロボキュー捕獲から帰ってきたのだ。
 ボス達は、銀色の袋に入ったロボキューをワゴン車から降ろし、ずるずると引きずりながら室内に運び込んでいる。
 「ほら先生、新しいロボキューだ。それも2体だぞ」
 「そりゃあすごい。後一体でノルマ達成だ。それにしちゃあずいぶん早かったな」
 「なあに、腕が上がったのさ……と言うよりは今日は楽勝だったぜ。最近、なりを潜めていたはずのロボキューが、また町を闊歩しはじめてやがる」
 「ほう、どうしてかな……」
 その先生の気のない返事は、ロボ子に夢中で深く考えなかったからだった。
 「この調子なら明日で数が揃いそうだ」
 「さあ先生、そうとなったらさっそくロボキューの改造頼むぜ。このアジトもヤバくなってきたことだし、早いとこ片づけて次のアジトを探そうぜ」
 「そうだな、じゃあそれまでこいつの分解はおあずけだ」
 直流電源につながれたロボ子の頭部だけが置物のように残され、分解されたボディはジャンボとミニラが倉庫に片づけた。
 「窮屈な思いさせて悪いが、ロボキューに場所を分けてくれ。お前はそこで見学していな。お前の分析の続きはその後だ」
 「どうぞお構いなく」

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