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―――救いの手―――

 「あざやかね。良くダミーの発信回路を見つけたものだわ」
 「なあに、大量生産品だ。海外向けにある回路をわざわざ日本のためだけに無くすはずはないだろうと思ってね、簡単な推理さ。例えこのクロック発生装置を除いても、海外向けに元々の回路がプリントされてるだろうと誰でも気づく話さ。さすがにクロックの素子は基板に組み込まれちゃいないが、取り外した受信機のものがそのまま使える。俺の作業は、日本だけの余計な回路の取り外しと、素子レベルの移植、そしてディップスイッチの設定を変えることだけだ」
 「それにしたってこの蜘蛛の巣のような配線をいちいち取り外すのは大変な作業。この三日間ろくに寝てないじゃない。大丈夫なの?」
 「完全な海外製に見せかけなきゃならないから手は抜けない。しかしこの1体の改造が済めばこのアジトともおさらばだ。その後ゆっくり休むさ」
 先生はロボキュー解体に腕を振るっていた。
 「先生、そいつの改造が済めばいつでも出発出来ますぜ」
 「何とか暗くなる前に片づけたいが、あと4時間は待ってくれ。普通なら丸一日かかる作業を半分でやってるんだ。これでも精一杯大至急なんだ」

 ロボ子が捕らえられてから三日目。一味はついにノルマの10体目を手に入れていた。
 倉庫にあった完成品のロボキューは、ロボ子の分解された部品と共にワゴン車に積まれていた。神戸への脱出には10体目のロボキューの改造待ちとなっていた。

 「こいつが済んだらこのアジトともお別れか……長かったな。この設備の準備だけで半年もかかった。神戸でこれだけの設備がまた揃えられるかが心配だよ」
 「先生、安心してくださいな。このロボキュー密輸がうまくいけば、シンジケートがアジトを提供すると言ってくれたぜ。シンジケートがバックに付いてくれたら、何だって夢じゃない。通信カラオケだってミラーボールだって、欲しい設備は何でも揃えてくれると言ってくれたぜ」
 「そんなものはいらないが……それは心強い。いいスポンサーだ。ボスのおかげだよ」
 「へっ、お互い様。俺だって先生に感謝してるぜ」


 先生の約束通り、4時間後にはロボキューの改造が終了していた。先生は汗を拭い、フラフラと後ずさりながらドスンとパイプ椅子に腰を下ろした。
 「よし、出来た。あとは梱包頼む。俺は……休む」
 「待ってました!」
 その時、アジトの中に大きな音が響き渡った。

 このアジトは一階と二階が吹き抜けになっている。その二階は建物を取り囲むような渡り廊下になっている。
 その音は、その二階の扉が勢い良く閉まる音だった。
 「風か?」とボスがその扉の方を見上げた。
 確かに今までに何度か風のいたずらで扉が大きく音を立てることがあった。誰かが閉め忘れた扉が、風が吹いた時の気圧の変化による風圧で突然閉まることがあった。
 いつものようにその音の発生源が風であることを確認するために、一味のみんなが音の方へ振り向いた。
 確かに音の発生した位置は、いつもの音を出す扉の位置だった。
 しかし……
 彼らの振り向く行動は、彼らが現在立つ任意の位置から、建物全体を相対的に判断して、その扉の絶対的な位置を割り出そうとする確認の行為でしかなかった。
 ところが、その位置の確認はできたものの、「やっぱりそうか」と元の方向へ向き直った時、脳へ投射される映像に、一人の人物が残像として残っていた。
 一味は振り向いた顔をすぐ元に戻そうとしながら、しかしまたその振り向いた方向へ再び振り向いた。
 そこまで来て初めて、残像が虚像ではなかったことに全員が気が付いた。
 「誰だ!」
 判断の速いボスはそう叫んだ。
 判断の鈍いジャンボは、再び首を戻して、この1階のフロアー上にいる人物の確認作業を行った。このフロアーに味方の4人が全員揃っていることを再確認してから後、階上の人物が仲間でないことに気がついた。
 「誰だ!」

 そこには、ぶかぶかのトレンチコートに目出し帽を被ったハントが構えていた。
 「ハント!」
 「待たせたなロボ子。もうちょっと早く来たかったが色々準備してたら遅くなっちまった。しかし、おまえ、本当にロボ子か? 随分変わり果てた姿になりやがって……」
 「助けてハント! わたし、バラバラにされちゃった!」
 「貴様、何者だ。警察か!」ボスが大声を張り上げた。
 「警察? 残念ながら俺も警察に追われる側の人間だよ。しかし、事と次第によっちゃあ、警察の方が良かったと思うことになるだろうぜ。それに悪いが、おまえ達の悪巧みは潰させてもらう。これはそこにいるロボ子の願いなんだ」
 「ははあ、お前がロボットの言ってた『味方』だな。顔なんか隠して気取りやがって。4対1で勝ち目があると思ってるのか?」
 「いや、思わないよ。だから俺は強い味方も連れてきた。そいつは、これだ」
 トレンチコートの中から銃を取り出し、ハントは一味へ狙いを定めた。それを見た一味は「おおっ」と言って一歩後ずさった。
 「動くんじゃねえ! そこからでもこの銃が見えたようだな? 俺にはおまえ達の動きがよーく見えるぜ。俺の射撃の腕は、自分で言うのも何だが超一流だ。しかも俺はサツと違って引き金を引くのに躊躇しないぞ。さあ、誰が一番最初に撃たれたい?」
 「だめよ!」とロボ子が叫んだ。「あなたはもう銃なんか持たないと言ったじゃない。危険な仕事から足を洗ったんでしょ。やっとほとぼりが冷めた頃だというのに、あの頃に逆戻りよ!」
 「……そうだな、俺だって無駄な玉は使いたくない」
 しかしハントの構える銃は一味に向けられたままだった。一味の4人は、お互いに顔を見合わせながら、ゆっくりと両手を上に上げた。
 「目尻の下がったボス風の男と、青白い顔した学者風。やたら図体のでかいのと小さいのと、しめて4人。……おいロボ子、この他にはいなかったか?」
 「私が知る限りはその4人だけ」
 「そうか、じゃあ玉は十分足りるな……」
 ボスは上げた手を左右に振ってジェスチャーを始めた。
 「おい、悪い冗談はよしてくれ。俺達を殺す気か?」
 「さあな、どうして欲しい? その前におまえ達、銃を隠し持ってるなら今のうちだ、ゆっくりと取り出して放り投げな。ゆっくりとだぞ。変に動くと俺は条件反射で引き金を引いちまうからな」
 「おい、落ち着け」と先生がハントをなだめようとする。「――悪かった、ロボ子は返すよ……ちょっと傷んじまったが、すぐに直す」
 「弁解はいいから、さっさと言うことを聞け」
 「待てよ、俺達は銃なんか持ってやしないぜ。そうだ、銃と言っても……」
 ボスがそう言いながら懐に手を入れた。それを見て、ハントは即座に銃の構えをボスに向け直した。
 「わわっ、待て待て早まるな! 違うよ、俺が出そうとしたのはこれだよ、これ!」
 ボスは慌てて両手を高く上げ、これこれと大きくジェスチャーしながら懐の中身をつまんで床に落とした。
 「……電波銃だ。こいつが効くのはロボキューだけだ。ホントに銃なんか持っちゃいねえ!」
 「ホントかどうか、これから身体検査だ」
 「無いものはいくら調べたって無いぞ。俺達はそんなギャングじゃねえ」
 「ほう、そうかい。じゃあ何だ」
 「ほら、盗難車を車体番号を消して海外に売り飛ばすのがあるだろ。あれといっしょ。盗んだロボキューを海外向けに改造して売り飛ばすケチな稼業だ。そんな銃を見せられたらおとなしくなるよ」
 「よーし、いい子だ。じゃあこれから俺の言うことに従ってもらおうか」
 言葉には出さず、うんうんとうなずく4人だった。
 「おいそこの一番でっかいヤツ。そこに転がっている電線で一人づつ縛り上げな」
 ジャンボは左右に立つ仲間の表情を確認してから、呼ばれたのが自分であることを認識した。 「へい」と言ってジャンボが、ハントに言われたとおりに3人を縛り上げる。
 「ぎっちり縛れよ」
 「へい」
 「いててて、おいジャンボ、ちょっとは手加減しろよ」ボスが悲鳴を上げた。
 「へい」
 「おい、どっちの言うことを聞いてるんだ? 涙を流すくらいきつく縛りな」
 「へい」
 「あいてててててっ、きしぇーっ!」
 「ははははっ」

 それぞれが後ろ手に縛られた3人の手は、また別の電線で一つにくくられ、そのくくった電線の端がロボ子の乗せられた台の足に縛られた。その様子をハントは2階の手すりに肘をついてニヤニヤ眺めている。

 「さて、と……おいロボ子、ずいぶん隅々まで調べ上げられたようだが、こいつら俺の秘密を知っちまったかな?」
 「いいえ、大丈夫。まだそこまでは解析されてないわ」
 「そうか……じゃあおまえ達、命拾いしたな。俺の秘密を知ったら生かしちゃおかないところだった」
 「お前の秘密だと? ロボ子と結婚してることか?」
 先生のその言葉に、ボスとジャンボとミニラが「結婚!?」と声を合わせた。
 「ばっ、バカ言うな。誰がこんなロボットなんかと……」
 そう言った時ハントはハッとしてロボ子の方に振り向いた。
 「まあ、ひどーい!」
 分解されたロボ子の表情は分からなかったが眼球ユニットの焦点が冷たくハントに降り注いでいた。
 「ちがう、ロボ子。売り言葉に買い言葉だ。気を悪くするな」
 「ふんっ!」
 「なんだおい、ハントとやら、ここで夫婦げんかを始める気か」ボスがにやけた笑顔で言った。
 「ちきしょう、何でこうなる? やっぱりおまえ達、生かしちゃおかねえ!」
 再び銃を一味に構えるハント。ジャンボは耳を手で押さえて目をぎゅっとつむった。縛られた三人は何とか抜け出そうと必死にもがいた。
 「おい、バカな気起こすな! 俺達に八つ当たりするんじゃねえ!」
 「はっはっはっは、冗談だよ。おまえ達もこのロボ子には手を焼いただろ?」

 カツッ

 何の音かとその音の方へ4人の目が降り注ぐ。
 カツッ、カツッ、カッ、カッ、カ、カ、カ、カ、チッ、チッチチチチ……

 ハントのポケットからこぼれ落ちたものが階段を撥ねながら、一味の足下に転がった。
 その丸い粒にボスの視線が集中する。数秒の後、ボスの目はギョッと見開き、そのすぐ後に眉間にしわを寄せハントを睨みつけていた。
 「……ハントとやら、ちょっと尋ねるが、その銃は本物か?」
 「あ? なぜそんなことを聞く?」
 「なぜってか? なぜならここに転がって来た玉を見たからだよ。俺の見間違いじゃなきゃあ、こいつは……BB弾だ!」
 「……」
 「なぜこんなものが転がってくるんだ?」
 「……」
 「なんとか言えよ!」
 「……ははあ、さては疑ってやがるな、俺の銃がおもちゃじゃないかと。じゃあどうだ、本物かどうか試してみるか? この引き金を引いてみれば簡単に分かることだ」
 「貴様、ハッタリじゃねえだろうな」
 ハントはにやりと笑ったあと狙いをボスに定めた。
 「やめてー!」ロボ子の悲痛な叫び声が上がる。

 「バスバス」という発射音と共に「ビシビシ」という音がロボ子の耳元に響く。そして、「いていてーーっ!」という叫び声も。
 「おや?」とハント。
 「てめえ、撃ちやがったな! 痛えじゃないか! やっぱりそいつは……」
 「動くなと言ったろ!」

 バスバスバスバス……

 いったい何発入っていたのか、その玉も切れて銃の音は「スカッスカッ」に変わった。銃のBB弾は撃ち尽くされた。
 「……確かにこいつはエアガンだな」
 「いててててて、この野郎! ふざけやがって!」
 ボスはお尻の辺りを揺すっている。
 「痛かったか?」とハント。
 「痛いなんてもんじゃない。お前、俺の尻を狙ったろう? でもな、2発ほど尾てい骨に当たったんだよ! 飛び上がっちまうぜ」
 「お仕置きだ」
 「ふざけるな! 銃がなければ怖いことはない。おいジャンボ、隠れてないであいつをとっ捕まえな!」
 「へ、へい!」
 ジャンボがハントのいる2階めがけて駈けだしていく。
 「じゃあ次は……と」
 ハントは空になった銃を放り投げ、コートの懐から別の銃を取り出した。
 「あっ、あいつ! まだ持ってやがる!」

 バスバスバスバス……

 今度はジャンボの尻に命中するBB弾。
 「いててててっ、やめてっ! お、同じ所ばっかし、うわっ! いてーーっ!」
 フロアーのジャンボは、まるで踊っているようだった。
 「しまった、こいつもエアガンだ」
 再び空になった銃を床に捨てるハント。
 「……こいつ、どこまでもふざけやがって」
 「おい、ちょっとまてまて、今度のはどうかな?」
 「あっ、まだ持ってやがる。一体何丁……」

 バスバスバスバスス……

 「いたーーっ! いたいたっ」
 再び踊るジャンボ。
 「あちゃーっ、こいつもか……」
 「次から次へと……」
 「じゃあ、今度のは?」
 「もうその手に……」
 ジャンボはパイプ椅子を盾にかざし、ハントに飛びかかろうと考えた。
 「いいや、こいつは俺の切り札だ」

 バン!

 今度のハントの銃からは、大きな破裂音が轟き、白い煙が立ち上がった。
 更に大きな音を立てたのはジャンボが放り投げたパイプ椅子で、ジャンボは「うわーっ」と叫びながら作業台の下に潜り込んで身を伏せた。そのあわてぶりたるや、潜り込むときに頭を台の足にぶつけ、その音もフロアーに響き渡った。
 「すまねえな……」と言いながらハントの銃は再び「バン!」という破裂音を鳴らす。
 腕を縛られた一味はその音にいちいち身をすぼめる。

 バンバンバン!

 続けざまに残りの3発が轟いた。
 しばらくの静寂に一味はそっとハントの方をうかがい見た。ハントのまわりに煙が立ちこめている。
 「……こいつは音だけなんだ」

 この時ボスは、垂れていたはずの目尻をつり上げ、顔を真っ赤にしていた。
 「ちきしょう! どこまでもなめやがって!」
 さらにハントのトレンチコートから銃が出る。今度のモデルはウージーピストル。サブマシンガンだった。
 「しかし悪いな、まだ持ってるんだよ。相変わらずおもちゃだが、今度はすごいぞ。こいつは電動式だ。いったい何連発なのか俺も知らねえ。……当たると痛いぞ」
 「やっぱりハッタリだったじゃねえか!」
 「ああそうさ」
 「てめえ、本物の銃なんて持ってないな」
 「いいや、確か一丁だけホンモノがあったはずなんだが……」
 「ウソつけ……おいジャンボ! なに隠れてる。あいつに飛びかかれ!」
 「見た目と違って、そいつは気が小さそうだ」とハント。
 「ずいぶんなめられたもんだな。なあ、そんなおもちゃにひるむジャンボ様じゃないよな……さあ、とっととあいつを捕まえてくれ!」
 ボスの号令に、のそのそと台の下からジャンボが這い出てくる。
 「動くな!」
 ハントはマシンガンをジャンボに構えている。
 「今度のこいつはすごいぞ。死にはしないだろうが、当たり所によっちゃあ血だって出る。目に当たったりしたら大変だ」
 「ボス、あんな事言ってますぜ……」
 「ひ、ひるむんじゃねえ!」
 再びパイプ椅子を手にし、ジャンボは一気に階段まで走り寄った。そのまま一気に階段を駆け上がろうとするジャンボ。ハントのウージーピストルがそれを迎え撃った。盾にしたパイプ椅子のシートに穴が明き、何発ものBB弾がめり込む。しかしジャンボはひるまずに階段を駆け上がっていった。
 「であーーっ!」
 「ちっ!」
 ジャンボが階段の中程まで上がった時、ハントはコートのポケットから袋を素早く取り出し、その中身をばらまいた。ばらまかれた、その袋の中身は二千発のBB弾。
 「うわっ!」
 そのBB弾に、踏み出したジャンボの右足は大きく左側へ滑り、その大きな体が右へ傾いた。両手はパイプ椅子から離さなかったせいでバランスを取り戻すことが出来ず、ゴンという音を立てて階段の角に頭から打ちつけた。ジャンボは一瞬「びくっ」と動いてからすぐに凍ったように固まり、失神したのか白目をむいたまま、ザラザラと音を立てながらパイプ椅子ごと下まで滑り降りてきた。
 「あーあ、こいつ、自滅しちまいやがった」
 「おいっ、ジャンボ! 目を覚ませ!」
 自分も滑らないように足でBB弾を払いのけながら悠々と階段を下りるハント。
 「おまえ達、殺しゃあしないから、おとなしくしろ!」


 ハントは縛られた三人に近づき、縛り上げられた3人の顔を一人一人確かめながらボスの前で立ち止まった。
 「お前だな、悪巧みの張本人は。改造ロボキューの密輸……確かにいい金になるだろうな。誰に売りつけようとした?」
 「俺達の相手はだな、世界を股にする組織だ。俺達はただのコソ泥じゃあないんだよ!」
 「じゃあ聞かせてくれよ、そのおまえ達の取引先をよ」
 「ああいいさ、聞いて驚くな、『シン・シンジケート』だ。知ってるか?」
 「『シン』だと?」
 どうだ驚いたかと、ボスの唇の端がつり上がる。
 「はっはっはっはっは、ああ知ってるよ。金になることなら何だってするせこい組織だ。あそこは今、統率力が無くてバラバラだと聞いている。ああそうかい。そこがスポンサーなのかい。道理でいい加減な仕事をしてるわけだ。なんだよ、俺をがっかりさせないでくれよ。マフィアとか九竜とか、もっとマシな組織かと思ったじゃないか。なーんだ……」
 「なにいっ!」
 「まったくせこい相手だ。『シン』が考えるとしたら、ロボキューの行き着く先は東南アジアか?」
 「うっ……」
 「お前達みたいな小物にエアガンはもったいなかったな。パチンコ級だ」
 「こ、こいつ……」
 再び真っ赤になるボスだった。

 「ハント、来てくれてありがとう。でもどうやってここを見つけたの?」ロボ子の壊れたアゴがいっしょにカタカタと鳴る。「発信器は役に立たないと言われたわ」
 「ああ、全くダメだった。お前がさらわれてからずっと見失って、途方に暮れていたよ」
 「まあ……」
 「ここを見つけたのは、人海戦術だよ……いいや、正確にはロボット海戦術、とでも言うのかな」ハントは一味の前を二、三回うろつき回り、再びボスの前に立ち止まった。「どうだお前達、気づかなかったか? なりを潜めていたロボキューが、急にずいぶん歩きまわっていただろう?」
 「ああ気づいたさ。しかし、それが何だって言うんだ」
 「ロボキューには最初、そのロボ子の命令で外出禁止令が出ていたんだ。だからロボ子が囮としてつかまることが出来た。……しかしそのロボ子を見失った時、俺は逆にどんどん出歩けと命令変更したんだ。その代わり、白い川崎ナンバーのワゴン車を探せと言ってね……ナンバーはロボ子がさらわれるときに俺が見ている。最近のロボキューは携帯やPHSを持ち歩いてるのもいるから結果が出るのは意外と早かったぜ。おまえ達が使った車がロボキュー達に次々と目撃されたんだよ。あとはその目撃点を時間でプロットして、最終地点はこの山道のどこかだと分かった。こんな怪しい建物だからすぐに割り出せたぜ」
 「いけねえ、あの車から足が付いたのか。迂闊だった……それにしても、ロボット達に横のつながりがあるとは夢にも思わなかったぜ。しかしハントとやら、カッコつけた割にはやることが地味じゃねえか。しかし何だってロボットがお前の言うことを聞くんだ?」
 「さあな……ロボキューも人を見るんだろうさ。ああそうだ……もういいぜ。入ってきてくれ」
 そのハントの声に促され、正面のドアを開けて入ってくる人物がいた。
 「誰だこいつ。新型ロボキューのプロトタイプか?」
 「何を言う、人間じゃぞ。見たとおり、初老のな」そこに立つ人物は、ぼさぼさの白髪にヨレヨレの白衣を着ていた。「何を隠そう、ワシはそこにいるロボ子の生みの親じゃ」
 「博士!」ロボ子が叫んだ。
 「すると、おまえがバカ博士……」
 「なに! 初対面の、しかも目上の者に向かって、バカとは何じゃ!」
 「博士、博士っ」
 「おお、おお、ロボ子や……わっ!」
 ロボ子へ駆け寄ろうとする博士の一歩が、床にばらまかれたBB弾で滑り、危うく転びそうになった。
 「博士、気をつけなよ……どうだロボ子、連れてきてやったぜ、博士を。このアジトの下見した時、お前が分解されているのが見えたから呼んできてやった」
 「ハント君、その表現は正しくないぞ。ワシは呼ばれてやってきた訳じゃない。君に無理矢理連れてこられただけじゃ」
 「そいつは、すまねえ……」素直に謝るハントだった。
 「まあしかし、ロボ子に久しぶりに会えたことじゃし、良しとするか……じゃがこれはずいぶんとバラバラにされてしまっとるな」博士はロボ子のむき出しになった頭部をしげしげと眺めた。「おや、アゴの骨が折れておる。乱暴なことをしよるわい。……取り外した部品は全部残っておるのかな? この初期型の部品は今となっては調達が大変なのじゃ。ケーブル一本にしたってインピーダンスが微妙に異なる代物じゃ」
 「おい、博士でもサジを投げるのか?」
 「それはなんとも言えん……部品があってもなくても、こりゃあ修理に半年はかかるぞ。組み立てるのはバラすより難しいからのう」
 「あなた、半年よ、半年だけ待って。それまでに帰らなかったらわたしは修理不可能だったと思って」
 「おいおい、やっと再会することが出来たと思ったら、また家出する算段か」
 「ごめんなさい、博士」
 「ま、お前が帰ってくることも、博士の腕も、当てにしてないから安心しな。ロボ子、お前の探偵ごっこもこれで決着だ。後は博士に生き返らせてもらいな」

 「さーて、後はこの一味をどうするか、だが……」
 腕組みをして一味を見下ろすハントだった。一味はばつの悪そうにしかめっ面で横を向いている。
 「こういうことは専門家に任せた方がいいかな……警察を呼んで、ブタ箱に放り込んでもらうとするか」
 一味が一斉にうなだれた。
 「ハント、じゃああの車はあなたが呼んだの? ここから見える窓の外に白黒の車がいっぱい停まっているわ」
 「なに!」ロボ子の言葉に顔色を変えるハント。
 「ハント君、そう言えばさっきから、どうも外の様子が騒がしいんじゃが……」
 「なに、なにい!」

 窓に駆け寄り、外の様子をそっと覗くハント。そこにはロボ子の言う通り、パトライトを消して密かに集結する神奈川県警の車がうごめいていた。
 「ロボ子……おまえは目もいいんだな」
 「ははは、誰が通報したのか知らないが、お前もすねに傷を持っていそうだな。なあ、仲良くいっしょに捕まろうぜ」ボスが喜々としている。
 「やなこった。でもどうしてここを嗅ぎつけやがったんだ?」
 キョロキョロと辺りを見回すハントだったが、おろおろしている博士と目と目が合った。
 「――まさか!」
 「……そう、わしのPHSがいけなかったじゃろうか?」
 博士の手に、ポケットから取り出されたPHSが握られていた。
 「しまった、またやっちまった! 博士はロボットに関しちゃマークされてると見るべきだったな。ミスったぜ……しかし日本の警察は勤勉すぎていけねえ。これで逃げる時間が無くなっちまった。こいつは計算違いだ……いけねえ、早いとこ退散しねえとえらいことになっちまう」
 「とんずらかよ」
 ハントは一味にお構いなしに逃げ出そうと、倉庫の扉へ駆け出した。
 「しばらくお別れね、あなた!」
 「『あなた』はやめろっ!」
 「ははは、せいぜい慌てろ!」とボス。

 その時、正面の扉がバンと開き、機動隊が突入してきた。その数は十数名に及んだが、先頭を切って入ったうちの二人が、床にばらまかれたBB弾に足を滑らせて転倒した。
 その防弾ベストと防弾ヘルメットで武装した隊員の陰に、同じく完全武装した野上が立っていた。
 「なんだここは! 足下に注意しろ!」
 「野上警部」
 ロボ子の声など耳に入らないように、野上が「全員動くな!」と、そのだみ声を響かせた。
 その制止を素直に聞くはずはなく、ハントは倉庫の扉を開けて逃げだそうとしていた。しかし何かに引っかかったのか、銃を持った左手を扉に挟んで、その手をジタバタさせている。
 「あそこだ!」野上がその位置を指さす。
 「しまった! コートを挟んじまった! 身動き取れねえ!」扉の陰でハントが叫んでいる。
 「ハント! 早く逃げてえ!」
 「おまわりさん! あいつが犯人です!」どさくさ紛れにボスが叫んだ。
 「うそ! 違うわ! 騙されないで!」

 「おい! そこのトレンチコートの男、動くな! お前には色々容疑がかかっているが、今日はとりあえず、博士の誘拐容疑だ!」
 扉に挟まれた手が銃を握ったままジタバタともがいている。
 「逃げる素振りを見せたら銃撃するぞ! 銃から手を放せ!」
 数人の警官が銃を構え、三日月状に広がる態勢を崩さずに、扉への距離をじりじりと狭めていった。
 防弾用の大盾が隣同士でぶつかり合い、ゴツゴツと音を立てる。
 「やめてー! 警部さん、撃たないで! ハントは悪い人じゃないわ、信じてください! 今回だって盗まれたロボキューを救おうとしたまでよ。助けてあげて!」
 「その声はロボ子か? やっぱりお前も一口かんでたんだな。でもな、悪いがロボットの言うことは聞けないんだよ」
 「私は人間です! ハント、銃を捨ててぇ!」

 バン!

 最初に大きな音を響かせたのはハントの銃だった。その音とオレンジ色の閃光に警官達は一斉に身を低くさせた。

 バン!

 次に音を響かせたのはバリケードの先頭に立つ隊員からだった。
 「バカ、まだ撃つな!」
 野上の制止も次々と反射的に撃たれる報復射撃にかき消えた。
 最初の一発がはずみとなって、何発もの銃弾がハントに向けられ撃ち込まれた。
 「違うの! あれは音が出るだけのモデルガンよ!」
 そんなロボ子の叫びも飛び交う銃声の中に消えていた。鉄製の扉にいくつもの火花が飛び散った。

 銃弾はハントの隠れる扉に命中し、いくつもの穴を開けた。
 それを境に左手は力無く垂れ下がり、手からこぼれたグロックがゴトンと床に落ちた。
 そこで初めて銃声が止まった。
 「ゆっくりとだ、ゆっくりと近づけ! まだ油断出来ないぞ!」
 「ああああ……ハントのバカ! だから……だから言ったのに!」
 隊長の指を振る合図で、突撃隊は穴の開いた扉の裏側へ一斉に突入した。彼らの手にした銃は、なおも扉の陰のハントへ向けられていた。

 その銃口の全てが下を向いた後、銃をホルスターに納めながら一人の隊員が出てきた。その様子はがっくりと肩を落としている。
 「死んだのか?」野上はその隊員の表情を読んでいた。
 「あああああ、ハントぉ!」

 「いえ警部、そうじゃありません。犯人が消えてなくなってます!」
 「何、消えた? バカなこと言うな! そこに見える、その手は何だ!」
 「ここにあるのは……左手だけです」
 「……だけって事があるかっ! 本体の方はどうした!」
 「見あたりません。左手だけ、コートごとナイフで扉に打ちつけてあります」
 「何だと! 手を取り外して逃げたと言うのか! そんなバカな……さてはあいつもロボットだったのか!」
 「え?」と驚く博士達。
 「いいえ、この左手は、どうやらデパートで売っているマジックハンドのようです」
 「マジック……」
 「かなり精巧なギミックです……ラジコンのように操作して、コップを持ったりボールを投げたり出来るんです。こいつはうちの息子も欲しがってたやつですが、かなり値が張るんですよ」
 「おもちゃか? おのれ! そいつは警察を引き留めるための『手』だったか!」
 それを聞いた博士が「はっはは、その通りじゃのう」と笑った。
 「ああ、ハント……」
 ロボ子の安堵の声は、力無くささやく程度にしかならなかった。
 「くそ、ヤツに時間稼ぎさせちまった……」

 キキキキ、キリキリキリキリ……

 表で車が急発進する音が上がった。1台のパトカーがタイヤの空転させて飛び出そうとしている。
 「裏口はどうした!」
 「裏口も固めてます」
 「きっと二階から出たんでしょう。あいつがやって来たのも二階からだし、倉庫の中は避難口でつながってますからね」先生が野上に説明した。
 「じゃあ今飛び出した車がやつにちがいない! 追えっ!」
 「はいっ!」
 あわててパトカーに戻る隊員達。
 走り出したパトカーを追いかけて、更に数台のパトカーが勢い良く発進していった。


 野上はアジトに残っていた。野上は追跡に回ったパトカーからの連絡を無電で待つことにした。その間も残された左手やハントの残していった銃を見ている。
 「まったくおもちゃのオンパレードだ。このエアガンの数……あいつは一体何丁持って来たんだ。特にコイツは良くできている。このグロックはまるでホンモノ……いや、しかし、こいつは……」

 「ねえ、警部さん。俺達をいつまでこのままにしとくんですう?」ボスがたたずむ野上にじれて声をかけた。
 「おまえ達がロボットの誘拐団だな。後でじっくり取り調べてやるから、しばらくそうして待っていな。……しかしおい、あの男はどうして、危険を冒してまでここへやって来たんだ? このアジトの場所を知ったのなら警察へ通報すればすむ話だ。……おまえ達、あいつから何か聞かれなかったか?」
 「そういえば『俺の秘密』がどうだとか……」ボスがボソッとつぶやいた。
 「あっ」とロボ子が露骨に都合の悪い声を上げた。
 「ほう……それだ! ヤツは自分の隠している秘密がロボ子から漏れた可能性を考え、おまえ達の命を狙った……と。で、おまえ達はその秘密を知ってるのか?」
 「いいえ、それがどうもはっきりしないんですが、一つだけ言えるのは……あいつ、そこのロボットと夫婦らしいってことですかね」
 「夫婦!」
 骸骨になったロボ子に向き直る野上。
 「おまえ、あの男と夫婦だと言うのか?」
 「いけない?」
 その返事に、ただ呆れた表情を返すしかない野上だった。
 「驚いた……このロボットには驚かされっぱなしだが、また驚いた……」
 「刑事さん、このロボットを知ってたんですか。でもこいつのことだから、きっと押し掛け女房でしょうよ」
 「そりゃそうだろう。誰が好き好んでロボットなんかと結婚するもんか」
 「まあ、勝手に決めつけないで!」ロボ子がアゴをカタカタ鳴らした。
 「でもあいつの様子じゃあそれが秘密という訳じゃないようでしたぜ。それに、その秘密を知っていたとして、ヤツに何が出来ると言うんです? あいつはせいぜいエアガンを打ちまくるだけのおもちゃオタクでしたぜ」
 「おもちゃね……」
 そうつぶやきながら、野上は床に転がる無数のBB弾を眺めた。
 「じゃあいいことを教えてやろうか。あの左手が握っていたこの銃はな……」
 と言って野上が犯人の残したグロック銃を一味の目の前にかざした。
 「――本物だよ」
 「ええっ!」と一味が一斉に顔を青く変えた。
 「さっきの騒ぎで、最後まで取ってあったのを使っちまったのだろうが、おまえ達のために用意したと考えるべきだろうな」
 「あいつ、ホンモノを……持っていたんですか?!」
 「なんだおまえ達、今更命拾いした様な顔して……」
 「そういえばあいつも命拾いだと言っていた……そんな、あいつ、本気だったのか? ちきしょう、何考えてやがる! 俺達はただのコソ泥だぞ!」

 扉を勢い良く開け、外からあわてた様子で部下が野上に駆け寄った。
 「どうした」
 「はい、追跡中の車から入電。走り去った車は路肩に停車、包囲に成功、とのことです!」
 「よし、良くやった。まだ銃を持ってるかも知れないから気を付けろと言ってやれ」
 「それなら大丈夫です。運転手はもう取り押さえたとのことです」
 「やったじゃないか!」と野上。
 「ああ」とロボ子。
 アジトの内部は電磁遮蔽されていたので、無線装置は屋外に置かれていた。部下は無電の続報を聞きに再び外へ出ていった。

 「よし、いいぞ。今回の作戦は大成功だな。このアジトも見つけ出せたし、おまえ達コソ泥もお縄だ。別件ではあるが、4年前の事件もついでに解決だ……博士のPHSをマークしたのが正解だ。用心深いあいつのこと、博士に直接張り込みは出来なかったからな。それに、前回の失敗の轍を踏まないよう、今回はいきなり強行突入だ。あの左手には騙されたが、今度こそ、あいつにも年貢を納めるときが来たようだ」
 喜々とする野上は、床に転がっているパイプ椅子を見つけ、それを開いて腰掛けた。
 「いててっ、なんだこの椅子? 穴だらけじゃないか」
 すると、先ほど飛び出していった部下が、同じ勢いで駆け戻ってきた。
 「警部、新たに入電! 取り押さえた運転手は、犯人ではないようです」
 野上は「なに!」と、パイプ椅子を飛ばしながら立ち上がり、「じゃあ誰だ!」と部下に詰め寄った。
 「今回のこの作戦に参加した隊員の一人だ、とのことです」
 「ばかな! ヤツじゃあなかったのか? ヤツじゃないなら、その間抜けは、何で急発進なんかして飛び出したんだ?」
 「それが、野上警部の指示で、大至急山の東側へ回り込めと無電が入ったと言っています。犯人が山へ逃げたので挟み撃ちにする作戦だ、と言われたらしく……」
 「ちきしょう! その伝令が犯人だ! まんまとだましやがって! じゃあヤツはどこへ行った。誰かあいつを目撃した奴はいないか!」

 今度は直接無線を取ろうと、野上も外へ駆け出していた。
 そこではマイクに懸命に話しかける者がいた。
 「12号車応答せよ、12号車応答せよ!」
 「どうした?」
 「はい、警部。それが……追跡に発車した中の一台だけ、さっきから連絡が付かないのです。どうしたものなのか呼びかけ続けてるんですが……もしかしたら犯人を追跡中かも知れません」
 その時12号車から応答が入った。
 「こちら12号車。こちら12号車……聞こえましたら野上警部へ伝えてください、どうぞ」
 その応答を聞いて、無電のマイクを引きちぎるように野上が奪い取った。
 「俺だ! 俺が野上だ、どうぞ」
 「ああ、そのダミ声は確かに野上警部だ。憶えてるぜ……どうぞ」
 「……おい、貴様誰だ? その車で何してやがる! どうぞっ!」
 「……ははは、この車は乗り心地最高。ドライブにはもってこいだ。このまま手放すのが惜しいくらいだぜ……でもパトカーじゃあ目立ってしょうがないな。……逃げ切れたら無傷で返すぜ……以上」
 ブツッという音を最後に12号車からの連絡は途絶えた。
 「ちきしょう! この車こそあいつだ! またあいつに一杯食わされた!」
 野上の八つ当たりに、今度は本当にマイクが引きちぎれた。

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