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――――ウソ――――

 「アイツは全くもってけしからん。またあの格好でわしの所へ押し掛け、ロボ子を助けるのに協力しろと脅してきおった」
 博士が野上に事情を説明していた。
 「聞けば、ロボ子がさらわれ、行方不明になったと言うではないか。アイツは町中のロボキューに会って、一人一人に協力をお願いしに歩き回ったと言っておった。人海戦術じゃな。その甲斐あってアジトを見つけ出しおったが、ロボ子が分解されてバラバラだと言いよる。いっしょに来てくれ、とな」
 「そういうことですか。しかしロボキューまで味方にするとは、あいつはいったい何者だ?」
 「わしも初めて知ったのじゃが、ロボキューはなぜかアイツの言うことに素直に従うのじゃな」
 「エヘヘ……」
 「その笑い方は、やっぱりロボ子、お前の仕業か……困った子じゃのう」
 そのやりとりに野上は眉をひそめていた。

 縛られた電線を解かれ、一味にはその代わりに手錠がはめられた。
 最初に気絶中のジャンボが担架に乗せて運ばれたが、用意した担架が標準サイズだったので頭と足がはみ出ていた。

 「運のいい一味じゃ。この日本ではまだロボットの誘拐は窃盗罪に留まっておる。刑期はせいぜい1年と言ったところかの。でもまあ、ご丁寧に盗んだロボキューのバックアップを取ってあるようじゃ。それがあれば元の家庭にまったく同じロボキューを返すことが出来る。じゃからして、それも良しとせにゃあ。しかしワシは思うが、ロボットの人権尊重の声が上がってきている。それを考えればロボットにとってはいい結果をもたらすかもしれん。こやつらのおかげじゃよ」

 「先生……」
 手錠を見つめ呆然と立つ先生に、ロボ子はそっと声をかけた。
 「ああロボ子、やっぱり悪いことは出来ないな。俺の研究は当分の間おあずけだ」
 「戻ってきてもロボットを研究する気はある?」
 「ああ、それが元々の俺の夢だ。何が何でも、いつかきっと、お前のような優秀なロボットを作ってみせるさ」
 「先生の腕ならきっと出来るわ」
 「そうか、君の言葉なら自信が湧くよ、ありがとう。それと、あのハントとかいう奴、無事に逃げ切ったようだな……良かったな」
 「まあ、ありがとう。うふふ……」
 「その笑い……まったくお前は人間だ。お前の祈りも神様に通じたようだし……お前を越えるロボットなんて……俺の夢へのハードルはずいぶん高そうだ」 

 野上の部下に腕を引かれ、残りの3人は一列になって連行されて行った。
 博士も事情を聞くために野上の部下に連れ出されていった。

 アジトの中はロボ子と野上だけになっていた。
 「さて、これだけ証人がいて、ハントハントと騒ぎ立てている。なあ、教えてくれないか。こいつは4年前にも聞いたことの繰り返しだが、そのハントとは、一体どこのどいつだ?」
 「それは……申し訳ありませんが、口が裂けても言えません」
 そう言うロボ子の壊れたアゴが、カタカタと動く。
 「ロボットのお嬢さん、揚げ足を取って悪いが、お嬢さんの口はもう裂けてますな」
 「あ……こんなもの、博士がすぐに直してくれます」
 「しかしだな……まあいいか。そういうことなら言わなくても結構。でもな、お前はハントが逃げ切ったと思ってるようだが、まだ勝負は決まっちゃいない。警察だって今までただ遊んでいたわけじゃないんだ。そのハントと言うヤツの事は何もかも調べ上げられているんだぞ」
 「ええっ!」
 ロボ子の驚いた(と思われる)表情に、野上がニヤリと笑い返した。
 「まあ、呑気にしていられるのも今のうちだ。かわいそうに……知らないのは本人だけさ」
 「じゃあ、アース・ピースだったことも知ってるんですか?」

 野上の、奥まった所に位置する瞳が、ギラリと輝いた。
 「……ほう、アース・ピースね。あの組織には陰の部隊があって、世界的に暗躍していると聞いたことがある。だから銃も持ってた訳か……」
 「えっ?」
 「ふふふ。あの男は食えねえが、お前さんは扱いやすいよ」
 「あっ……しまった! だましたのね!」
 「はははは」
 「あああ、警部さん、ひどい!」
 ロボ子にとって、目をキョロキョロさせ、アゴをカタカタさせるのが今できる精一杯のボディアクションだった。
 「騙して悪かったな、ロボ子くん。ははは、しかしそういった間抜けなところもお前は人間そっくりだ。まったく、労せずして耳寄りな情報が聞き出せたよ……ドジったな」
 「ああ!」とロボ子が嘆いた。
 「――ごめんなさいハント! わたし、また失敗しちゃった!」
 「いい情報をありがとう。これでやっと捜査の方向性が決まったな。素性が分かれば人物を割り出すのはすぐだ。あんなちんぴらどもなんか最初っから目じゃなかった。取り逃がしてはしまったがいい情報が手に入ったぞ」
 「ウソです! 私の言ったことはウソです!」
 「何を言う。ロボキューはウソを言わないように作られているんだよ。おまえだっていっしょだろ?」
 「いいえ、私はこう見えても人間です。だからウソだって言います!」
 「おや、人間なの? 確かに人間と夫婦になるくらいだものな。でもそりゃあ良かった。なら君の言ったことは法廷でも証拠として使えるぞ」
 「そんなあ」
 「ま、そう言うことだ」
 「ああ、人間なら証拠。ロボットなら真実。私はどうしたらいいの!」
 「何を言う、それはこっちのセリフだ!」
 野上が怒鳴り声を上げた。

 「……俺はお前と会ってから何事にも驚かないように心がけていたつもりだった。何しろこの世の中にSF顔負けのロボットがいたんだからな。4年前にお前さんに会って以来、俺は回りの人間がみんなロボットに見えて仕方なかったよ。ところがまた驚かされた。そのロボットが今度は自分を人間だと言い切るんだからな。これ以上驚くことなんか他に無い……だが信じてあげてもいいんだぞ。確かにお前は人間だと言ってもいいほど人間らしい。
 「しかしだ、警察の仕事はそんな曖昧じゃ済まされない。お前がはたして人間なのかロボットなのか、こいつは今後の捜査の上で大きな意味を持っている。おまえさんもこの際、一体どっちなのかはっきり決めないか? 俺にしたってどっちつかずの言動に振り回されるのは、もうこりごりなんだよ。さあ、お前は人間なのか? ロボットなのか? どっちだ!」
 「それは……」
 「それは?」
 「わたしは……」
 「私は?」
 しばらく考え込むロボ子だった。
 「……」
 「どっちだ?」

 「……はい、わたしはロボットです。この3日間、とらわれの身で、自分の頭脳をどんな風にされたか自分でも分かりません。わたしの発言は信頼性に欠けます。どうぞその点を考慮してください」
 「そうか……」野上に少しの間があった。「でもそれじゃあダメだな」
 「ええっ、どうしてですか?」
 「おまえは、ロボットの証言が法律的に無効になる事を知っている。その賢い頭でどう答えた方が得かを割り出した結果なんだろう。ところが、はっきり言うとだな、俺にとってはお前がロボットだろうと人間だろうとどっちだっていい事だ。聞いちまった以上、こんなおいしい情報をほっとけない。この情報を足がかりにすれば、あの男の正体や目的を追求することが出来る。この4年の無駄な時間を取り戻すことが出来るんだ。つまりお前は、ハントを助けるためには、こんな俺を説得しなきゃならないんだぞ」
 「……」
 「お前が言ったのは本心じゃない。自分がロボットとして扱われれば、うっかり言ってしまった男の秘密が、証拠として効力が無くなることを計算したんだろ?」
 「いいえ、そんなことは……」
 「本当にそうかな? そう言えばあの男が助かると思ったんだろ?」
 「……」
 「そうなんだろ?」
 「……」
 「そうだろっ!」
 「……は、はい、そうです。私はハントを助けたいと思って言いました」
 その返答に野上がほくそ笑んだ。

 「よし、やっと素直になりやがった。そこでだ、お前の返答次第じゃ黙ってやってあげてもいいんだがな」
 「ど、どうすればいいんですか!」
 「おやおや、すぐに飛びついて来やがったか……おまえのハント思いには驚かされるよ。……そうだな、俺だってこんな情報を握りつぶすんだ。言ってみりゃあ俺の刑事生命を掛ける条件だ。お前にだって痛い目を見てもらわなきゃ割に合わない……」
 「……」
 「そうだ、お前はあの男と夫婦だと言ったな。何考えてるのか知らねえが、そんな不毛なカップルを俺は許す事が出来ない。お前に鼻の下を伸ばすハントを想像すると、俺はぞっとするぜ」
 「ハントを悪く言わないで。だって、私が勝手に押し掛けたんだもの……」
 「やっぱりお前が押し掛けたのか……押し掛けられた方は百年の不作というやつだな」
 「百年の?」
 「出来の悪い妻が男を一生不運にさせる、という意味だよ」
 「……」
 「まあいい。おまえが自分をロボットだと言うのならあのハントという男と別れろ。もうあいつとは2度と会わない、あいつだってお前と別れたがってるに違いない。きっとお前のことだ、あいつの秘密を盾に居座ってるんだろ? あいつと別れ、博士の所へ帰る……それが条件だ」
 「えええっ!」
 「もういっぺん言おうか? ロボットならロボットらしく自分の分をわきまえろ。ハントと別れて研究所へ戻る。これが条件だ」
 「でも……」
 「でももストもあるか。そもそもロボットが人間と夫婦だなんて俺の人生観が許さないんだよ。これ以上俺の価値観を否定するような事は今の内に摘み取っておきたいんだ」
 「……」
 「さあ、以上をふまえてもう一回聞くぞ。お前はロボットか人間か……どっちだ?」
 「もし人間だと答えたら?」
 「そう思ってるならそう答えな。お前の意見は尊重してやる。捜査へのご協力に感謝状でも出してやるさ」
 「……うっ」
 「さあ、どう答える?」
 「……」
 「慎重に答えろよ。ゆっくり考えな……いつまでも待っててやるさ。良かったな、俺は気が長いんだ」
 「……」

 ずいぶん時間が経った。その間、野上はずっとタバコを吹かしながらロボ子の返事を待っていた。

 「わ、私は……」やっとロボ子が答えが出てきた。その答えは、
 「ロボットです」
 「ええ、なんだって? 良く聞こえないぞ。もっと大きな声で言ってくれないか」
 「私は、ロボットです!」
 「ほほー、よく言った。お前は自らロボットだと言い切るのだな」
 「はい、私はロボットです」
 「よーし分かった。お前はロボットだ。お前は血も涙もないただの機械の寄せ集め、ロボットだ」
 「……」
 「そうだよな?」
 「あっ、はい、わたしは血も涙もないただの機械の寄せ集め、ロボットだと宣言します。正真正銘のロボットです! だってそうでしょ? こんなにいっぱい機械が詰め込まれてて、しかもバラバラにされて、そんなわたしが人間であるなんて言えるでしょうか?」
 「……俺に泣き落としは効かないぞ」
 「そんなつもりはありません。誰が見たってわたしはロボット。人間であろうはずがありません! 私は頭のてっぺんから足の指の先まで、全てが作り物。だから……だから警部さん、お願いします」
 「じゃあハントと別れるんだな?」
 「それは……」
 「おいおい、それが約束出来なきゃダメだぞお」
 「は、はい。ロボットの私は人間と夫婦になるなんて大きな勘違いでした。変な夢を見てました。どこか狂っていたのでしょうか。博士に詳しく見てもらわないといけません……彼とは今後一切会いません。別れます」
 「ロボットならウソは言わないからな。ハントに二度と近づかないと約束出来るんだな」
 「は、はい。二度と近づきません。誓って約束します。わたしは博士の所へ帰ります。またミシビツの工場へ戻ります。ですから、ですから警部さん、お願いします! そうじゃなきゃ、彼は……ハントは!」
 ロボ子は泣き叫んでいた。それを見つめる野上はただ冷ややかだった。
 「はは、俺だって知ってるよ……アース・ピースの裏の組織がどんなものなのか。裏切ったヤツは命を狙われるんだろ? あいつを捕まえなくたって、俺がちょっと情報を漏らすだけでアース・ピースが代わりにあいつを捕まえてくれるという訳だ」
 「ああああ……警部さんお願いします。彼を助けてください! 私はロボットです」
 「どうしようかな……」
 「お願いします! 私はロボットです!」
 「念のためもう一回聞こう。お前は何だ?」
 「私はロボットです」
 「本当にそう思っているのかあ?」
 「はい! 本当です! 私はロボットです!」
 「こいつはイイや。ははは、お前は何だ」
 「ロボットです!」
 「もう一回だ。お前は?」

 バタンと言う音がして、野上はその音の方へ振り返った。そこには、四角いジュラルミンケースを重そうに持ち運ぶ鑑識官がいた。
 「私はロボットです」
 鑑識官はその声に一瞬ギョッとして立ち止まったが、野上が妙にニコニコしているのを見て緊張した表情を解いた。
 「そのロボット、どうしたんですか? ロボットがロボットだと言ってますが……」
 「ああ、ちょっと度を超したロボットを懲らしめるために教育し直してたんだ」
 「教育……ですか?」
 「ああ、こいつは自分を人間だと思い込んだ奇特なロボットだ。しかし俺が今現実の厳しさを叩き込んでいたところなんだ、ロボットはロボットなのだとな。お前も色々聞いて、ボロを出さないか試してみないか」
 「へえーっ、自分を人間だと思い込むロボットですか。そいつは面白そうだ」
 鑑識官は重いケースを床に置いてロボ子の載せられた台に近づいた。
 「そうです、私はロボットです! もう大丈夫です。私はロボットです。私はロボット。私はロボット。私は……」
 「このロボット、気味悪いですね……」
 「いいから、ちょっと聞いてみなよ。こいつに『お前は誰だ』と」
 「はあ、聞けばいいんですね。分かりました。では……お前は誰だ?」
 「私の名前はロボ子、ミシビツ製人間型ロボットです。私は今までの工業用ロボットとは異なり外見を人間に似せてあります。それは単なる機械としてではなく感情のある人間的な生き物に近づけたいという発想を基に開発されたからです。あっ……でもあくまでわたしは単なるロボットです。人間に似せただけのロボットです」
 「おや、慌てて言い直したぞ。さては腹の底では人間だと思ってるな」
 「いいえ、私はロボットです!」
 「そうか、ロボットか。はいはい、そうだよな、俺もそう思うよ……警部、こんなもんでどうでしょう」
 「何だよ、弱腰だなあ。もっと色々聞いてみなよ」
 「ええ、そうですか。じゃあ……ロボットならウソは言わないんだな」
 「はい。わたしはロボットです。人間のために作られた忠実な働き者です。決してウソを言ったりしません。しかし、ご家庭の秘密は何があっても守ります」
 「ははは、ロボキューのCMみたいだ」
 「そうです、わたしはロボットです。わたしは決して人に危害を与えません」
 「そう? じゃあ、もし人命に関わる危険が迫っていたらどうする?」
 「人命の尊重はわたしの使命です。例えわたしが死ぬことになっても助け出します」
 「あっ、こいつ『死ぬ』と言いましたよ。ロボットが死ぬなんておかしいぞ。まだ自分を人間だと思ってるんじゃないですか」
 「いいえっ、そんな!」
 「あっ、口答えするなんて人間みたいだぞ」
 「いいえっ、ごめんなさい! 私はロボットなんです! 私は、私は、私はロボット。……ロボット、ロボット、ロボット……」
 「ははは、こいつおかしいや。狂ったみたいに『ロボット』を繰り返してる」
 「私はロボットです。ただのロボット。機械のロボット。私はロボット……」
 この時、さっきまでいっしょに笑っていたはずの野上の顔に笑みが消えていた。
 「それ、もう一回だ。お前は何だ」
 「私はロボット。私はロボット。私はロボット。私は……」
 「あはははは、お前は誰だ?」
 「私はロボット。私はロボット。私はロボット。私は……」
 「ははははは。お前は何だ」
 野上が小さく「やめろ」と呟いたのに、鑑識官は気づかなかった。
 「私はロボット。私はロボット。私はロボット。私は……」
 「ははは」
 「もういい……やめろ」
 「お前は……」
 「やめろと言ったら、やめろっ!」

 その地響きを起こすほどのだみ声に驚き、鑑識官はロボ子からのけ反るように離れた。
 「けっ……警部?」
 「……鑑識官!」
 「はい?」
 「そういや見かけない顔だ、お前は新人だな? もうお遊びはおしまいだ。付き合わせて悪かったな。いいか、このアジトの中、この山のようにある遺留品と指紋を徹底的に調べ上げろ。何一つ見逃すな。……足の指の指紋だって見逃すな」
 「はあ? 足の指ですか? そんなものが残るような状況だったんですか?」
 「さあな、もしもの話さ。いいからさっさと仕事に就け」
 「は、はい!」
 慌てて仕事に取りかかる鑑識官は小さな声でぼやいていた。
 「さっぱり分からないや。『やれ』と言っといて『やめろ』と怒鳴られ……俺の方がおかしくなっちまう」
 「ハント……」
 か細い声のロボ子は、4年前の情景を思い出していた。

――――
 防衛庁のデモンストレーションでミシビツの期待を見事裏切り、しかも警察の取り調べには一切口を結ぶロボ子。ミシビツの工場内ではロボ子を危険と見て「潰してしまえ」と言う意見が盛り上がってきていた。
 潰されることは免れたものの、その後の外出を一切禁止され、研究室に閉じこめられていたロボ子。
 そのロボ子がふと足元を見ると研究机の下に鑑識が採取し忘れた足跡が銀色に残っていた。
 「これはあの人の残した足跡。あの人なら……あの人ならきっとわたしを受け入れてくれるはず……」
 そんな思いで過ごしていた。
 ハントの残したその足跡を毎日眺めていた。間違って消えないように、踏まないように気を付け、他の人に気づかれないようにそっと隠し、大事にしていた。
 商品化されたロボキューが大ヒットし、ロボ子に対する風当たりも弱まり、少し自由になったのをきっかけに研究室を家出した。
 行き先は当然、ハントの所以外に考えていなかった。
――――


 「さて、どうしたものか……」
 ロボ子の眼球が野上の背中を追う。
 「――おまえの言った言葉には、この日本ではまだ証拠能力がない。これは事実。それにそんな不確かな情報を元に捜査をすることも禁じられている。これも事実。もっともそのロボットの証言が元で俺が担ぎ出されていたんだが……まったく厄介な話だ」
 「……」
 口ごもったきりロボ子には言葉が出てこなかった。

 「死にかけてるロボットが『死んでも守る』か……なんにも出来やしない、子供よりまだ無力のくせして……守る相手は当然ハント、だろうな」

 ロボ子の側に寄り、野上は小さな声で囁きかけた。それは鑑識官に聞かれないように気を遣ったためだった。だみ声のささやきは聞き取りづらいものだが、ロボ子には良く聞き取れた。
 「――約束だ。さっきのは聞かなかったことにしてやるよ。従ってハントなどという奴の存在すら俺は気づいていない」
 「あああ、あう、ああう……」
 「言葉が出せないか……下手なこと言ったら揚げ足取られるからな……ずいぶん意地悪してしまったようだな、俺は。お前がどれだけ人間に近づいたのか確かめたかっただけだ。許せよ。しかしお前の熱意には負けたよ。そうだな……今のお前の姿は、確かに誰が見たってロボットそのものだ。しかし俺に言わせりゃ、お前は人間以上に人間だ。お前には驚かされっぱなしだ」
 「いいえ、いいえっ、わたしはロボットです!」
 「ははは、もういいんだよ……本当に騙してすまなかった。さっきの条件はウソだ。戻りたきゃああの男の所へ戻りな。ホントはそうしたいんだろ? ……しかしハントに会ったら……おっと、……そのハントという男がホントに実在するのなら言ってやれ、俺はお前を捕まえることを放棄した訳じゃない。今度また事件を起こしたら、その時は覚悟しろよ、とな」
 「……はい」ロボ子は小さな声で、力無く返事を返した。
 「それともう一つ、……こんないい娘に気に入られて、お前は幸せ者だと言ってやれ」
 「あ……」
 ロボ子の返事には、すっかり元気が戻っていた。
 「はいっ!」


 パトカーに乗り込み、野上は一人考えていた。
 「あいつはアース・ピースだったのか。道理であの事件をきっかけに、ロボットの平和利用が叫ばれるようになったわけだ。……4年前にも感じたが、俺の睨んだ通り、根っからの悪人ではなさそうだ。いや、それどころか、ロボット達にしてみればヒーローかもな。国連の動きも世論の動きも、全てあの事件がきっかけになっている……それでロボキューが言うことを聞く訳だ……」
 「警察の仕事は善良な市民の生活を守ること。アース・ピースだって方法さえ度を超さなきゃあこの考えはいっしょだ。ロボットはまだ市民権を持っちゃいないが、善良さは人間以上。そんな善良な者達の願いを汲んで、ここは一つ……そっとしておいてやるか。ああなんてこった。これじゃああの小娘ロボットの思う壺かもな……ま、それでもいいか……」


 博士の持っていたPHSで助手が呼び出され、その助手が用意したライトバンに、バラバラになったロボ子が積み込まれていた。
 「こりゃー、またずいぶんと徹底的に分解されたもんですね。直すのが大変だ」驚きを隠さない助手だった。
 ロボ子は研究所までの移動のために、助手の用意した緊急用のバッテリーにつなぎ換えられていた。
 ライトバンの後部座席にそっと載せられながらロボ子は、「もう元へは戻れないのでしょうか」と不安げに博士に尋ねた。
 「まあ、何とかなるとは思うのじゃが、しかし修理出来たとしてお前はどうする気じゃ? また家出して、あの男の所へ戻る気じゃろう?」
 「えっ?」
 あまりに図星を突かれ、ロボ子は一瞬、返答に詰まってしまった。
 「いやその……それなんですが、正直に言って、どんなことがあっても彼の元に帰ろうと思ってます」
 博士は苦笑いの表情で「やっぱりな」と思った。
 「――いえ、『思っていた』と言う方が正しいかしら。……実は今回の事件でわたしには考えるところがあります……博士、無理ばかり言って申し訳ないのですが、お願いがあるのです」
 「願いとな……なんじゃ?」
 「やはりわたしはロボット。一味や野上警部とのやりとりではっきり自覚できました。そんなロボットのわたしが彼との生活を続けるには限界がありました」
 「ほう……どんな?」
 「心は人間に近づけても、でも体はロボット。このわたしの今の状態を見れば誰だって分かること……どう転んだって、これはどうにもならないことなのです」
 「お前、それで何かつらい思いでもしたのか?」
 「いいえ逆です。そんなわたしを彼は愛してると言ってくれます」
 「愛……とな。これはこれは……」
 「でも彼だって、こんな私に押し掛けられなければ違う人生を歩んでいたはず。それはもっと楽しくてもっと幸せな生活だったのかも……それなのに、私に否応なしに押し掛けられ、そのくせイヤな顔一つしないで……。でもわたしは、彼に無理をさせていたんじゃないかと気づきました。このまま彼の元へ帰ったとしても、そんな無理をしている彼を見るのがつらい事だと感じるのです。だから、もし修理出来たとしても、このまま彼の元へ帰る自信がないのです!」
 「……ううむ。それは、困ったことじゃのう」
 「この気持ちを苦しいというのでしょうか。私には今まで、もやもやした気持ちがありました。私と彼の間柄には何か大事なものが欠けているんじゃないかとずっと感じてました。どうすればいいのか一番の答えが出なかったのです。――でも今、それが何なのか分かったような気がします。人間とロボットの間柄が不毛だと言うのならば、……ならばいっそのこと、あああ……」
 重大決心を前にロボ子の口が止まった。
 「ロボ子や……勇気をお出し。いったいどうして欲しいのか、お前の考えを言ってごらん」
 よく事情が飲み込めない助手は、この浮世離れした会話をドキドキしながら聞いていた。

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