週末 「美子ちゃん、ごめんよ」 「いえ、いいの、お仕事忙しいんでしょ?」 「うん、どうしても今週中にまとめなきゃならない報告書があってさあ、金曜は残業確実だし、土曜も休めないんだ。でも日曜日は大丈夫だから、どこかへ思いっきり遊びに行こうよ」 「二人の初デートね。じゃあ、私からリクエストしていい?」 「なになに、どこかいいとこ知ってるのかい?」 「そうね、でも良介君のまだ行ったことのない所なの。これがヒント」 「ええっ、どこだろう? 行ったことがない? 俺の行ったことがない所は...いっぱいあるなあ、アメリカもドイツもホンコンもチェニジアも...」 「あはははは、そんな遠くじゃないよ」 「じゃあ、箱根とか日光とか熱海とか? ああ、そう言えば熱海は会社の研修で行ったことがあるんだよ。でもホテルに缶詰で観光は出来なかったから何のために行ったのやら...熱海?」 「ブーーッ、はずれ...もっと近くで」 「そうなると...東京タワーは行ったことあるしなあ」 「もうちょっと離れたところよ」 「...わかった、ディズニーランド!」 「ピンポーン!」 「そっかー、ディズニーランドか...確かに俺、行ったことないよ」 「本物の『ビッグサンダーマウンテン』がどんなものか教えてあげるわ」 「すると、美子ちゃんは行ったことがあるんだな」 「もう何回も、でも何回行っても楽しいわよ」 「おや、誰と行ったの?」 「うふふ、気になる?...実は会社の加奈子ちゃん達とよく行くの、加奈子ちゃんは彼氏なんか連れて来るんだよ。私、いつも当てられっぱなしでいつか見返してやろうと思ってたの」 「俺じゃあ返り討ちになるよ」 「そんなことはないよ、絶対に」 「じゃあ俺、車出すから迎えに行くよ」 「車はだめよ、すごく混むのよ。電車にしましょうよ、その方が早いわ」 「そう? うん、まあいいか、じゃあそうしよう。どこかでおちあわせだな、俺の家の方が遠いから、西船橋の駅に朝9時...どう?」 「うん、それがいい」 夢と現実とで交わされた二人の会話を要約すると以上のようになる。 私と美子ちゃんは(現実の)初デートに向けて着々と段取りを進めた。 日曜日 二人の初デートは浦安のディズニーランドだった。 私はマイカーを持っていたが、美子ちゃんの言う通り電車を使った。 事前に決めた通り、西船橋の駅で美子ちゃんと待ち合わせをした。 「良介くーん」 待ち合わせ時間に待ち合わせ場所へ到着するとおめかしをした美子ちゃんが手を振って合図をしていた。回りの目もあって少し照れくさかったが、一方自慢げでもあった。あそこで手を振っているかわいい子は私を呼んでいるのだ。 <さあ、みんな見てくれ、あのかわい子ちゃんは私の彼女だ! そしてこの私が彼女の彼氏だ!> 私は大声で叫びたいほどだった。 「ビッグサンダーマウンテン」は1時間待ちだったので後回しにした。一日でディズニーランドの全てを回るのは最初から無理だと判っていたので、比較的空いていた「シンデレラ城」から入った。 実際の「ビッグサンダーマウンテン」は夢で見たものとは全然違っていたが夢で見たとき以上に楽しかった。何と言っても隣に本物の美子ちゃんが座っているのだ。 これは決して夢ではない。夢ではないが夢のような話だ。夢が縁でこうして二人仲良く同じ時間をいっしょに過ごすことが出来る。 彼女はよく笑った。そして私も笑った。 そして楽しかった一日が終わろうとしていた。私にしてみれば二人の初デートは大成功だ。 ディズニーランドでひとしきり遊んだあと二人は西船橋の駅前のレストラン「デニーズ」で夕食を取った。電車で来たことが幸いして二人はワインで乾杯した。ワインを飲み交わすのは初めて夢で会って以来だ。 私はあまり酒は飲めないが、初めてのデートの締めくくりにワインが必要だった。私なりにしゃれたつもりではあった。 美子ちゃんも酒は飲めないが私の演出に付き合ってくれた。 レストランのウインドウの向こうにさっきまでいたディズニーランドのスポットライトがここからでも見えた。 「カチン」とグラスを合わせた二人がそのウィンドウに鏡のように映っている。そろそろ二人のお別れの時間が来た。 「今日はありがとう、とても楽しかったわ。また会いましょうね」 「それじゃあ今夜も夢で」 「うん!」 今ではお別れに「夢で会いましょう」が二人の合い言葉になっていた。 二人は別れてもまた夢の中で会うことが出来る。それが二人の当然の日課になっていた。 私はこの夢がいつまでも続くものと思っていたし彼女もそれを楽しみにしているようだ。 彼女はきっと「今夜はどんな夢になるだろう?」と思いながら眠りに就くのだろう。そしてそれは私も同じだった。 <さて今夜はどんな夢を見よう> 「だめっ! やめて!」 「なんだよ、抵抗するなよ」 今日の夢の中の私は暴力的であった。 <なんだかいつもと様子が違うぞ>夢を見ながら私は感じた。 「そんなことをする人だとは思わなかった!」 「何言ってるんだい、誰もがみんなやってることだぜ。なあ、いいだろう」 「いやあ! 触らないでえ! 痛いっ!」 「大丈夫だよ、俺にまかせなよ。悪いようにはしないからさっ」 「ううう、放してえ」 「そう言う君だって、ほらっ」 「いやーっ!」 女の子である美子ちゃんの力は私の制御下にあった。美子ちゃんの精一杯の抵抗は私にとってたやすく払いのけることが出来た。 <ばか! やめろー!> 現実の私は夢の中の自分に向かって叫んだ。しかし本人であってすら夢の中の私を止めることは出来なかった。 いつものように全てがリアルだった。それだけに余計に質が悪かった。 この日の夢は、とても文章にして書けるような代物ではない。 |