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 その週

 次の日もまた、私は良介君に襲われる夢を見ました。これで二日続けての事になります。
 当然同じ夢を良介君も見ていたはずです。
 この夢の中でも良介君は非常に暴力的でした。

 「こ...今晩は、良介君さん、また...会ったね」
 私は最初からびくついていました。自分の意志に関わらず、今日もまた夢で良介君に会ってしまったのです。実は昨日あんな結果に終わったので今日は良介君と会いたくなかったのです。
 そんな私を見て良介君は「ふふふ」と不気味に笑っていました。
 「良介君、今日は仲良くしましょう...ね?」
 明らかに私は良介君に怖がっていました。でも出会ってしまった以上、これ以外の対応の仕方は出来ませんでした。
 「そうだね、仲良くしようね。じゃあこっちへおいで美子ちゃん」
 「うん...でも昨日みたいなことしない?」
 「しないよ、昨日みたいなことは」
 「ほんと? じゃあ行く」
 私は良介君の言葉を信じて近くへ寄っていきました。
 「よーし、よく来たね。本当に今日は昨日とは違うよ」
 「うん、そうしてね」
 「もちろんさ。今日は昨日と違ってもっと激しく行こう!」
 私はいきなり良介君に衣服を引き裂かれました。現実の世界では物理的に不可能だと思うのですが、私は一遍で素っ裸にされてしまいました。
 「いやーっ!」
 「何が『いやー』だ、ホントは喜んでるんだろう? この俺様に征服されたいんだろう? その望みに答えてあげようじゃあないか、あーっはっはっはっ」
 夢の中の良介君はまるで悪魔でした。


 そしてこんな夢が今週ずっと続いたのです。
 会社では良介君と会ってもほとんど言葉も交さなくなっていました。でも夢の中では相変わらず出会ってしまいます。毎晩、毎日出会ってしまいます。その度に私は夢の中で良介君のおもちゃにされ続けました。
 会社で見る良介君は「俺にも止められないんだよ」と言ってる表情を見せ、俯いて私のほうへは目を合わせられないようでした。
 加奈子は色々と相談に乗ってくれましたが夢の中に助けに出て来てはくれません。
 私はこの一週間でずいぶんやつれました。その痩せ方は、これほど効果的なダイエットがあるのならみんなに紹介したいほどです。


 反撃!

 「ずいぶんやせたね、夢のせい? 相変わらず?」
 加奈子が見た目にやせていく私に気遣って声を掛けてくれました。今では私を親身に心配してくれるのは加奈子だけです。
 「うん、あんな夢、もう見たくないから寝ないように毎晩遅くまで起きてるんだけど、結局見ちゃうの。昨日なんか1時間しか寝てないのに、それでも見ちゃうの。そしてやっぱり高木くんが現れて襲われちゃうの。高木くんがこんな人だとは思わなかった」
 私は夢と現実がごっちゃになってしまい錯乱寸前でした。この夢のことになると私はすぐに涙がこぼれ落ちそうになります。
 「かわいそうに、でも夢の中でだなんてなんて卑怯な奴なの」
 あまり親身になるあまり加奈子も夢の話と現実がごっちゃになってきたようです。
 「ねえ美子、このまま高木くんのしたい放題にさせておくことはないよ、だって夢なんでしょ? 美子も反撃してみたら? 夢の中ならあなた、もしかしたらスーパーマンになれるかもよ」
 「反撃?」
 「そう、反撃よ。夢なんだからあなただって好き勝手やりたい放題出来てもいいはずよ。いっしょに高木くんに反撃するアイデアを練りましょうよ」
 この加奈子の提案に一筋の光が射した気がしました。


 ここは最近分譲されたニュータウンと呼ばれる所のようです。朝からご近所のおばさん達が井戸端会議を始めていました。今日はゴミを出す日なので、集積所へゴミを出しに来た主婦達がうわさ話や悪口などを言いに自然と集まる習慣になっているようです。
 「ねえ奥さん、お宅の隣へ引っ越してきた若夫婦、どう?」
 「ああ、私も知ってるわ。あのヤンママ奥さんね」
 「最近の若い子は礼儀を知らないって言うからねえ。それでえ、やっぱり茶髪?」
 「そうなのよ。それでね、奥さん、鼻にピアスしてるのよ」
 そこへ良介君がやってきました。スーツはしわだらけ、頭はボサボサ、両手に持ちきれないほどのゴミ袋を抱え、電車の時間を気にしながら駆け足でやってきました。
 「まあ、高木さんの旦那さん。おはようございます」
 「あ、おはようございます」
 「まあこんなにたくさん、たいへんですわねえ」
 「ええ、赤ん坊のおむつやらなにやらいっぱいたまっちゃって」
 「まあそれは大変で...」
 良介君は両手に抱えたゴミ袋を集積所へポンと放り投げました。

 ここからが私の出番です。団地の2階の窓から私は良介君を呼びました。
 「ちょっとあなた、このゴミも出して行ってよ!」
 その窓から顔を出した私は奥さん連中の噂通り、鼻にピアス、頭は茶髪のネグリジェ姿でした。
 「だっておまえ、それは燃えないゴミだよ」
 「いいじゃない、ゴミ袋に入っていればどうせ分からないんだから」
 「おいおい」
 良介君はこの筒抜けの会話に回りの奥さん連中の顔色を伺っていました。
 「この団地、ただでさえ狭いんだから、それくらい気を使ってよ」
 そう言って私は二階の窓から燃えないゴミが入った袋を良介君めがけて投げつけ、窓をぴしゃっと閉めてやりました。
 良介君はあわててそのゴミ袋を取りに戻り、頭をかきながら集積所へ戻りました。
 「このゴミは今日が燃えないゴミの日の隣町へ出してきます」
 良介君は奥さん連中に「ペコリ」と頭を下げ、ゴミ袋を抱え駅へ向かって走っていきました。
 回りの奥さん連中はあっけにとられてポカンと口を開けていました。

 電車の中でゴミ袋を持った良介君が回りからじろじろと見られている姿が見えました。
 「俺はいったい何やってるんだ?」
 そんな風に思っていたのでしょう。
 <今日はなんだか快感!>
 夢を見ながら私は思いました。


 私はこの一週間上機嫌です。夕べも8時間じっくり寝ることが出来て肌の艶も戻ってきたような気がします。
 それとは対照的に良介君はさえない感じです。この1週間、寝た気がしなかったことでしょう。この1週間は私の仕返しの憂うべき目に遭い続けているのです。

 おとといは薬局へ生理用品を買いに行かせてやりました。
 昨日は給料が安いからと言って新宿の呼び込みのアルバイトをさせました。
 今日はそれでも稼ぎが足りないと、オカマバーでアルバイトさせました...ホステスとして。
 そのほかにも男性ヌードモデルや大学病院の死体洗いなどをやってもらっています。
 これは全て夢の中での出来事ではありました。

 私は時々自分自身が怖くなることがあります。
 夢の中に出てくる「私」はそれはもう意地悪な私です。
 私は今まで明るくて優しい子と言われていました。私も自分はきっと明るくて優しい人なんだと思ってきました。
 しかし夢の中で見せる私は全く別人です。明るくて優しい人があんな意地悪をどうして出来るのでしょう。
 もしかしたら私の奥底には自分でも気がつかない意地悪な自分が潜んでいるのではないか、と思うようになりました。この頃の夢はそういう私の奥に隠してある意地悪さが出てきてしまったのかも知れません。
 あんな夢さえ見なければこんな思いをしなくて済んだのにと歯がゆい思いをする私でした。

ヌード

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