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     校庭

 「座っていい?」
 「座っていいか悪いかは、椅子に聞いてみなけりゃわからないな」

 校舎の中庭で、プイと顔を横に向けながら由香里がベンチに腰掛ける。
 「あっ、お前が座ったところに鳥のフンが……」
 「ふんっ!」
 お約束のジョークに、由香里もワンパターンの反応を示す。
 しまった。茶化したおかげで言いたいことを言うタイミングを逸してしまった。習性とは恐ろしい。俺のこのクセにはホントに困ったものだ。
 「あのさ……」
 気を取り直して口を開いてはみたものの、うまく切り出せなかった。
 「何の用?」
 「その前にお前、俺に言いたいことないか」
 彼女は少し考えてから「あるわよ」と口を開いた。
 「そうか、そうだろ、そう思ったよ。なんだい? 言ってみろよ」
 「それはね、呼び出されておいて、先に言う事なんか無いってこと」
 「そ、そうだよな……」
 俺はどう切り出していいものか途方に暮れた。しばらく黙り込んだら由香里の方が業を湧かしたようだ。
 「言いたいことがあったらはっきり言いなさいよ。笑わずに聞いてあげるから」
 「じゃあ言うけど、聞いても変に誤解するなよ」
 「なによっ」
 「実はな……」

 かくかくしかじかと、汗をかきながら、俺は朝体験したことを打ち明けた。俺は小説家でも脚本家でもないから説明には骨を折ったが、今朝体験したばかりの事件だ。生々しく、ありありと、ありのままを説明した。
 「……な事があったんだ」

 ありのままを言い終わり、少し気が晴れた気がしたが、その話が話だけに、俺は由香里を直視できずにいた。

 「バっカじゃないの。そんなことが現実社会にあり得ることだと思う?」
 「そ、そうだよな……」
 「夢でも見たんでしょ」
 「俺も最初はそう思ったさ……いや、そう思いたかった」
 「今日はいつもと様子が違うと思ったら、そんなつまらないことを悩んでたの?」
 「あ……ああ、つまらないことで悪かったな。でも間違いない。どうしたって夢じゃ説明付かないんだよ。科学的に説明するとしたら、あれはお前の生き霊というやつなのかな。……いや、それも科学的とは言えないな」
 「ホントに見たと言うのね」
 「ああ」
 「あら、そう……そうなの……」

 由香里が大笑いを始めるのか、軽蔑の眼差しを投げかけてくるのか、どっちかの反応を待っていた俺だ。
 由香里は横を向いたまま、なかなかリアクションを見せてこない。ツッコミがない時ほど辛いボケはない。俺は恐る恐る由香里の横顔を覗き込んでみた。
 そうすると由香里は、俺から視線を逸らしたまま、ぽつりと口を開いた。
 「じゃあ謝らなきゃ……ごめんね、突然現れて……」


 

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