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     人騒がせなエスパー

 俺はしばらく呆気にとられていた。いいや、はっきり言えば、彼女が謝る意味がすぐには理解できなかったのだ。
 「ホントは黙ってようと思ったんだけど、浩介が悩んでるようだったから白状しちゃうわ。ごめんね、悩ませちゃって」
 「や、やっぱりお前だったのか! 一体どうやった!」
 男だったら胸ぐらに掴みかかるところだったが、一応ペチャパイでも女の子は女の子だ。グッとこらえて右手の握りこぶしに怒りを封じ込めた。
 「どうと言われても……」
 「だから、どうやって俺の家に入った? そしてどうやって……消えたんだ?」
 またも俺から目をそらし、横顔のまま由香里は口をとがらせている。
 「信じてもらえないかも知れないけど……わたし、時々、瞬間移動しちゃうの」
 「時々、しゅっ……」
 俺は聞き間違いだと思い「今なんて言った?」と聞き直した。
 「瞬間移動よ。テレポートとも言うわね」
 「何をこのバカ……テレポートだなんて、そんなことが現実社会にあり得ることだと思ってるのか!」
 「あ、仕返しされちゃった……でもこのことは浩介が一番自覚してるはずでしょ。目撃者なんだもの」
 「う……」
 まったくその通りだった。
 「そりゃそうだが、でもそんなバカな話があるもんか」
 「そう、馬鹿げてるけど、ふざけちゃいないわ。私にもよく分からない現象なの」
 向き直った由香里のドングリまなこが俺をじっと見つめる。ウソを言ってるようには見えなかった。
 そして由香里は時々左の胸をさすっている。
 「今朝あなたの部屋にいた女の子はこのわたし。夢でもないし生き霊なんかでもない、正真正銘のわたし自身なの……証拠を見せてあげられないのが残念だけど、ここに浩介の歯形が残ってるわ」
 「歯形? 胸に? ……やっぱり俺、噛みついたのか?」
 「痛かったわよ。あんなことされるなんて……乙女の純情が傷ついたわ」
 テレポートを信じるにはまだ抵抗があったが、噛みついたことは事実だった。
 「すまない、メロンパンに食いつく夢を見てたんだ」
 「メロン? あっはは……でも、さぞ食べ応え無かったでしょうね。どうせその夢に出てきたのは『プチ・メロンパン』だったんでしょうから」
 「いやそれが、その、お前、見かけに寄らず……いや、なんだその……」俺はしどろもどろになっちまった。「……その話はイイや。じゃあその話が本当だとして、あの後、お前はどこへ消えたんだ?」
 「なんとか自分の家へ戻れたわ、テレポートで。……どう? 信じられないでしょ」
 「んんん、信じられないけど……信じるしかないよな。何しろ、消えちまったんだから……」
 「それは信じてないって事ね」
 「いいや、信じるってことさ」
 「うそつき。信じられないって顔してるわよ」
 「信じるったら信じるよ。じゃあどんな顔すればいい? こんな顔か? ムニュ」
 「あ、あははははは」


 「そうか、超能力か……」自分の顔をつぶす手を離し、俺はまじまじと由香里を見た。「なんかカッコいいな」
 それを聞いた由香里は「むっ」とした表情を隠さなかった。
 「かっこいいだなんて、どうせ人ごとだと思ってるんでしょ」
 「だっていろんな所へテレポート出来たら便利じゃないか」
 「それがそいうい訳にはいかないのよ。だってこの超能力、いつ、どこへテレポートしてしまうのか分からない代物なの。それに意識してテレポートしようとしてもうまくいったことがないし」
 「なに、行きたい所に行けないとは、変な超能力だな。ぜんぜん便利じゃないぞ」
 「だから言ったでしょ。……沖縄やハワイ、グアム、ニューカレドニアなんて憧れたから、そこへ飛んじゃえ、と念じてみたんだけど、どんなに念じたって何にも起こらない」
 「俺だったら、期末試験の時に念じるな」
 「それもダメだった」
 「なんだ、実践済みかよ。ほんとに役に立たないんだな、その超能力」
 「……」


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