練習 「子供の頃、おばあちゃんの所へテレポートしたのが最初なの。家族で田舎に遊びに行こうって新幹線を使って。わたし、おばあちゃん子だったからすごく楽しみにしてて、気づいたらお墓参りしてるおばあちゃんの所に立っていた。でもおばあちゃんはちょっとしかびっくりしなかった。むしろ驚いたのは私の方。だって、さっきまで新幹線に乗っていたはずだったのに……」 ―――― 「おや由香里ちゃんじゃないの。早かったねえ。ママは? パパは? お姉ちゃんは?」 「おばあちゃん!」 「わあ、おやおや、大きくなったんだねえ。ばあちゃん、由香里の勢いに押されちゃったよ」 「会いたかったのぉ」 「この子はそんなにしがみつかないでも……ばあちゃんは逃げも隠れもしやしないよ」 「おばあちゃん!」 「まあ、ほほほほ、可愛らしいこと。でも由香里ちゃん、ほんとうにママはどうしたの?」 「わかんない……」 「おやおや、それは困ったねえ」 ―――― 「……ママとお姉ちゃんがあとからやって来て……真っ青になって……それを私が出迎えたの。パパは駅で大騒ぎしていて……そんなことが今まで二、三回あって、でも高校に入ってからはなかったんだけど……」 「ふーん……お前の家族はこの事、知ってるんだ」 由香里は「こっくり」と頷いた。「みんなわたしのこと、心配してるわ」 「でもマンガや小説だったら悪の組織と戦ったりとかするだろ? お前のその能力だって、きっと何かの役に立つ時が来るはずさ」 「さあどうかしら。そんなこと考えたこともなかったわ。私にとってはただ煩わしいだけ。浩介はかっこいいと言ったけど、私にとっては病気のようなもの。まるで夢遊病……」 「そんなの気の持ちようさ。そうだ、もう一度練習してみろよ。コントロールさえ出来れば悩まなくてすむんだろ? 病気だなんて考えずに、自分だけの特技にしちまえよ」 「特技……ふふ、そんな考えも初めてだわ」 「何事にも道を究めるには訓練が必要なのさ。どうだ、ちょっと練習してみないか」 「そうね、わかった、どうせダメだけどいいわよ。どこがいい? 言ってみて」 「そうだな、俺には一度行ってみたい所があるんだけど」 「……どこ?」 「東京ディズニーランド」 「浩介、行ったことないの?」 「ああ」 「でも私は何度も行ったから今更……それに浩介が行ける訳じゃないのよ」 「そうか、そうだよな……じゃあ、考えをもっとワールドワイドに変えて、……天安門なんかどうだ?」 「天安門? 中国の? ダメよ、ぜんぜんイメージ湧かないわ。もっと分かりやすいところを言ってよ。それに行くことが出来たとしても戻る時のことも考えなくっちゃ」 「分かったよ、じゃあ渋谷のハチ公。そこなら最悪、電車で帰ってこれる」 「いいわ、渋谷のハチ公ね」 目をぱちくりさせながら由香里は「うーん」と眉間にしわを寄せてしかめっ面になった。両手を握りしめ、その手を合わせたり、頭上に持ち上げたりする。 「それがお前の念じるポーズなのか?」 「……集中してるの……話しかけないで……」 「でも見ようによっては便秘に苦しんでるみたいだな」 「……」 由香里はお構いなしに念じるポーズを続けた。 これからテレポートの瞬間を目撃することになるかも知れない。何だか俺の手にも汗がにじんできた。 「ふう、やっぱりダメ」 「なーんだよ!」 「なんだよとは何よ」由香里は念じるポーズをやめ、また口をとんがらせた。 「すぐに諦めやがって、思い入れが足りないんじゃないか」 「そうかもね、だって別に行きたいわけじゃないし……浩介が邪魔するし」 「やれやれ……使えねえ超能力だ」 「まあっ、やらせといて!」 「ま、いいか……でも」 「でも?」 まじまじと由香里を見てみる。こんな子の何処にそんな秘密の能力が隠されているんだろう。俺の目は、奇異な物を見る傍観者の目になっていたかも知れない。 その俺の観察を止めるように由香里が立ち上がった。 「わたし決めた」 「何を」 「アメリカに行く」 「アメリカか。うん、そりゃあいい。俺も一度行ってみたいよ。でも戻って来る自信はあるのか?」 「そうじゃないの……テレポートの練習じゃなくって、前々からママに行かないかって勧められていたの」 「勧められた?」 「そうね、もうすぐ春休みだしちょうどいいわ」 「だからどうして?」 「私の秘密がクラスメートに知れたら、もう学校にいられない。あなたのことだもの、みんなに言いふらすでしょ。そうなったらきっとみんなから気味悪がられるわ」 「おい、見くびってもらっちゃ困るな。そんなの言いふらしたってバカにされるのは俺の方だ。きっと誰も信じちゃくれない。それほど俺はバカじゃないぞ……しかし逃げ出すなら何もアメリカじゃなくたって、国内だっていいじゃないか。いきなりアメリカって事はないと思うんだけど」 「逃げ出すんじゃないわ。実はこんな私をママが心配して、色々と治す方法がないか調べたの。超能力を専門にする機関とか……そしたら一つだけアメリカにあったのよ」 「なんてとこだ?」 「それはね、……あら何だったかしら。ええっとー……何か可愛らしい怪獣のような名前だったような……」 「怪獣?」 「確か、なんとかゴン、とか……」 「ナントカゴン? ……お、おい、まさかペンタゴンだなんて言うなよ」 「ああーっ、それそれ、ペンタゴン!」 俺の口は、開いたままふさがらなくなっていた。 「叔父がアメリカの大使館に勤めているの。ママがそれとなく聞いて調べたら、ペンタゴンの派出機関にそれらしい研究所があるんだって。さすがアメリカね」 聞けば、由香里の家庭は意外と国際派だった。 その時、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。 「いっけなーい、もうこんな時間。たいへん、次は科学よ。今日は別棟の実験室じゃない」 「由香里ーっ」 声に見上げると、別棟の4階、実験室の窓から由香里の友人が手を振っている。手に教科書を持って指差しながら「あなたの持ってきてあげたわよ」とジェスチャーしている。由香里は手を合わせて感謝のジェスチャーを返していた。 「お願いだからみんなには内緒よ」と言い残して、由香里は実験室へ向かって駈けだしていった。 同じ窓から達幸もこちらを覗き込んできた。左の方を指差して「お前のはまだ教室に置いたままだ」とジェスチャーしていた。 何日か過ぎた。 俺はちょっとした物音でも目が覚めるようになった。しかしあれ以来、由香里がテレポートしてくることはない。 由香里がアメリカへ行く事は、いつの間にかクラス中に知れ渡っている。しかし理由は体験留学。 そりゃそうだ、手に負えない超能力を治しに行くなんて言えるはずないものな。 |