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 −誘拐さる−

 <3月17日(誕生から2週間目)18:20>
 宵闇に紛れ、その男は侵入してきた。
 それまでその男は研究室の様子をずっと伺っていた。工場の脇を走る道路へグレーのワゴン車を停め、工場の窓に時々現れる人の姿を追っていた。そして助手が帰り、博士もどこかへ出て行ったのを確認し、工場を囲う金網フェンスをワイヤーカッターで切って侵入してきた。
 その侵入者に対し、赤錆だらけの旧工場には防護する装置など何もなかった。
 「ホントにここがそうか?」
 その無防備ぶりはその侵入者をかえって心配にさせるほどだった。

 しかしその無防備はスポンサーになるべき防衛庁にも気がかりな点だった。
 VIPを前にしたデモンストレーションは明日取り行われる。重大イベントを明日に控え、視察に来た一等陸尉はその無防備ぶりを更にデフォルメして報告したらしい。
 「国家機密に値することをそんな野ざらしのままにしておくわけにはいかん!」
 陸将の鶴の一声で公安に警護が依頼された。自衛隊なら自分で警備すれば良さそうなものだが何の要請もなしにおいそれと出動するわけにはいかない。そう言った事情から公安の出番はやってきた。
 助手は妻の元に帰宅したが、博士は今日も研究室をねぐらにしようと決めた。それは、警護の警官が入るという電話連絡が入り、そうなったらどうせドタバタと始まるだろう、と帰宅をあきらめたからだった。
 博士は場内の道案内役として工場正面守衛室に警官達の到着を待っていた。
 侵入者にとって最大のチャンスは、実は最大の危機と隣り合わせだった。

 「スニーカー」とは「忍び足」が語源であるが、緑色の防塵塗装ではかえって音を立ててしまう。スニーカーのウレタン底がその床とこすれて「キュッキュッ」と音を立てる。
 工場内への潜入は難無く成功したものの、その音が気になって男はなかなか先へ進めずにいた。
 彼は「いっそのこと」と、スニーカーを脱ぎ、両手で持って先へ進むことを選んだ。まるで間男が裏口から逃げ出すような無様な格好ではあった。
 「靴下ぐらい履いてくりゃよかったぜ」とその男は嘆く。

 やっと研究室の入り口へたどり着き、男は部屋のノブに手を掛けた。その手には薄手の皮手袋。
 すんなりと開くドアには鍵が掛けられていなかった。男はそれでも、中に入ってから室内を用心深く見回した。
 研究室の中程まで入ると、制御盤のせいで見渡せなかった部屋の隅に、何かがぼんやりと浮かび上がっているのが見えた。それはディスプレイの明かりに照らし出されたロボ子の顔だった。
 「だっ、誰だ、お前!」
 本来なら家主が侵入者に対して投げかけるべき言葉。それを叫んだのは侵入者の方だった。しかし、そんな叫びにも返事は返ってきた。
 「あなたこそ誰ですか?」
 「あれっ、お前は...どうしてこんなとこに...いや、まさかそんな...」
 「私、尾室奈美に似てると言われます」
 「おお、確かにそうだ...しかしまだ人がいるとは知らなかった。ミスったな。まあこうなったらしょうがない。おい、お前」
 「お前とは誰のことですか?」
 「俺とお前以外に誰がいる? すっとぼけやがってなんだか憎たらしい娘だな...まあいいや、アレはいったいどこにある」
 「アレ?」ロボ子は小首を傾げる。「アレではわかりません。それにあなたは知らない人です。私と知り合いになりたいのですか?」
 「おれはナンパをしに来た訳じゃないんだぞ、憎たらしい上に呑気ときた。この恰好を見りゃあ分かりそうなもんだがな...」犯人の懐から銃が取り出され、その銃口がゆっくりとロボ子に向けられる。「これなら分かるだろう? しかし騒ぐんじゃねえぞ」
 「それは銃と呼ばれるものですか?」
 「その通りだよ...あんまり驚ろかねえようだがこの銃は本物だぞ。しかし安心しな、俺は人間は撃たねえ主義だ。その主義を変えて欲しくなかったら早くアレを見せろ。どこに隠した? ここで密かに作ってることは分かってるんだぞ」
 「ですから『アレ』とは何ですか?」
 「あくまでとぼける気か? へっ、知ってるんだぜ。ここですごいロボットを作ってるってな...」


 「今回護衛するロボットというのはそんなにすごいんですか?」
 「まあ、見てからのお楽しみじゃ」
 博士のもったいぶった態度に少し怪訝そうにしながら警官達が博士の後に付いてくる。段ボールが壁のように積まれた廊下を、到着した警護の警官達を引き連れて、博士は研究室へ先導していた。
 「さあ、ここが研究室じゃ」若い警官達5名を引き連れた博士が研究室のドアを開ける。
 「だっ、誰じゃ、お前は!」
 今度のセリフは正当な家主の口から出た。
 「しまった、もう帰ってきたか、こうなったらしょうがない、博士にも協力してもらおうか」
 「何事ですか」と狭い戸口から警官達がのぞき込む。
 「おまわりさん、さっそくじゃが早くも賊が入りよったようじゃ」
 博士も捕らえようと一歩踏み出した男だったがその陰に警官の姿を見つけ、数歩後退することになった。「なんだ、ずいぶん手回しがいいな」と動揺を隠して言ってるうちに警官たちがぞろぞろと部屋へ入ってくる。
 「ちきしょう、お前たち、あんまりゾロゾロ入ってくるんじゃねえ」そう言いながら賊はロボ子の手をつかみ後ずさりを始めた。
 「貴様、何者だ!」
 「お巡り達、動くんじゃねえ。この銃が目に入らないか!」男は高く掲げた銃をロボ子の眉間に突きつけた。その行為は警官達の身動きを止める事に成功した。
 「ようし、いいか、みんな動くな。そしてよーく聞け」

 とりあえず素直に聞こうとする博士や警官達に犯人はいきなり「ああ困った!」と叫ぶことから始めた。
 「ああ困った! 銃の安全装置が外れている! それに撃鉄も上がっている。しかもこんな緊迫する場面でおれの手はガタガタと震えていやがる。俺にその気はないがお前達がちょっと動いただけで間違って引き金を引くかも知れねえ。そうすりゃ一番近いとこにいるのはこのかわいこちゃんだあ...」
 その芝居がかった侵入者を警官達は呆然と眺めているしかなかった。
 「なあ...そんな事になったらかわいそうだろう?」
 目出し帽で顔は隠れていたがニヤリと笑ったのが博士にも見て取れた。
 「さあ、女。こっちへ来い」
 「知らない人には付いて行けません」
 「いいから来い!」
 「ダメなものはダメです」
 「さっきからこの女は、もう...来いったら来い!」
 「ダメったらダメ!」
 その押し問答に見かねて博士がロボ子に指令を与えた。
 「ああ、ここでお前を失っては元も子もない。抵抗をおやめ。そしてしばらくはその男の言うことに素直に従いなさい」
 「はい、分かりました」こっくりと頷き男への抵抗をやめるロボ子だった。
 「よーし、いい子だ...この子を助けたかったらお前達、そこで貝のようにじっとしてるんだな。それともアクションドラマのように撃ちまくるか? そうなると俺だって反撃しないわけにはいかないぜ。俺の銃の腕前を見せてあげてもいいが、この状況では正確に狙いを外す余裕がない。お前達の命、二階級特進より安いと言うなら別だが?」そう言いながらもじわりじわりと窓際へ下がっていく。窓を開け、まずロボ子を抱えながら外へ出す。その窓からは男の用意したワゴン車が最初に侵入したルートよりずっと近くにある。
 「心配するな。逃げ切れたら帰してやるよ。じゃあな、あばよ」
 軽々と窓を飛び越し、左脇にロボ子を抱え、侵入者はその侵入のルートをバイパスしてワゴン車へ戻っていった。
 急発進したワゴン車を警官の一人が走って追いかけたが追い付くことは叶わなかった。もう一人が駐車場に停めたパトカーを急いで北側へ回し、犯人の逃走経路を追いかけてみたが、地面にへたり込んでゼーゼー言っている同僚を回収するに留まった。
 研究室には男のスニーカーだけが残されていた。

 <同日、19:00>
 駆けつけた野上警部は「鑑識課」の腕章をつけた男が床に這いつくばっているのを見つけた。
 「おい、何か見つけたのか?」
 鑑識官にはそのダミ声で振り返らずとも声の主が分かった。
 「はい野上さん、犯人の指紋がかなりの数採取出来ました」
 「おお、指紋を残していったか。こりゃ楽勝だな」
 「それがそうとは...」
 「何を弱気になっている。そんなコソ泥にはきっと前科があるはずだ。本部のデータベースに照会すればものの数分で割り出せるさ」
 「それがただのコソ泥じゃないようですよ。なにしろコンバット銃を持っていたらしいですから。それに指紋といっても足の指の指紋なんです。県警本部にも照合するデータベースそのものが、きっと無いでしょう」
 「足の指だと? どうしてそんなものが採れる?」
 「そうですね...きっとこれが理由でしょう」そう言って鑑識官の差し出したビニール袋にはナイキのスニーカーが包まれていた。「おそらく靴を手に持って、抜き足、差し足...」
 「これはごくろうさん、容疑者が見つかればこの靴は...足の指紋も共々、立派な証拠になるさ」
 「ええ、ウチらもそう期待します。しかし聞けば、人質になったのはロボットだそうじゃないですか。とんだ世の中になったもんです」忌々しい顔をして鑑識官が野上を見上げた。
 野上が研究室に入ると開け放された窓の向こうに、別の鑑識官が走り去ったワゴンのタイヤ痕を採取しているのが見えた。

 みすみす犯人を取り逃がした警官達は一列に並べられ、野上にとっちめられた。
 「君らこれだけ雁首そろえておいて逃げられるとはなんたる失態。警備部の尻拭いのために刑事部があるんじゃないぞ。これじゃあぜんぜん警護になってないじゃないか」
 しかし野上の叱咤に弁明を始める者がいた。警官の中の一人が代表となって敬礼をしながら一歩身を乗り出してきた。
 「すいません警部殿。しかし犯人の方が役者が上でした。着任早々、出会い頭の事だったので私達、心の準備がないところへもってあの余裕と迫力...あいつはただ者ではないと思います」
 「馬鹿野郎!」と野上が怒鳴る。「そもそも人質はロボットだったのだろう。なぜ飛びかからん。お前達、電子レンジを人質にした犯人を逃がしたのといっしょだぞ」
 「お言葉を返すようですが」とまたも代表が申し訳なさそうに言い訳を始めた。「人質がロボットだと分かったのは逃がしたあとです。私達の誰も、あの時点ではロボットだと知らなかったんです」
 「おいおい、知らなくても見りゃあ分かるだろう、ふ・つ・う・わっ!」
 野上はあきれ顔で研究室中央の椅子に勢いよくふんぞり返った。
 「いててて、何だこの椅子は。妙にごつごつしてるな。健康椅子か?」
 「その椅子には電極が埋め込まれとる。非接触でロボ子のデータをインターフェースする椅子じゃ」
 「何ですって、ロボ子? ...あなたは?」
 「野上警部、こちらがロボットを開発された博士です」と警官の一人があわてて紹介する。
 博士は犯人の逃走経路の実況検分から戻ったところだった。
 「これはこれは、あなたが博士でしたか。この度はとんだ災難でしたな。しかし、さっそくですがさらわれたロボットとはどんなものですか? 私の持っている情報では女性型ロボット、となっています。そもそもロボットに男性女性の違いがあること自体、私には理解できないのですが...」
 「おお、確かに女性型じゃ。それも人間そっくりのな。あまりにソックリなので、この警官の方たちも思わず犯人逮捕をためらったほどじゃ。そんな彼らをあまり責めてはかわいそうじゃよ。それにあの様子じゃあ犯人も人間だと思い込んどるようじゃしの、ほっほっほ」
 「いくら似せてもロボットはロボットでしょう。そんな馬鹿な話があるもんですか」
 実は野上は、ロボット誘拐などとはずいぶん馬鹿げた事件にかり出されたものだ、と不機嫌に感じていたのだった。
 「まあそうすぐに決めつけないで、百聞は一見にしかず。ここにそのロボットを撮影したビデオがあるのじゃが、それを見てもらえればあなたも納得するはずじゃ。助手君、さっきのビデオをもう一度用意してくれたまえ」
 助手もこの緊急事態に自宅から呼び戻されていた。よほど慌てて駆け戻ったのが、助手の足がサンダル履きであることからも伺い知れる。そのサンダルをパタパタさせながら助手がビデオのセッティングを始めた。
 「ビデオ?」
 相変わらず仏頂面の野上に、若い警官達の代表が前置きをした。
 「警部殿がイメージするロボットは私にも容易に想像がつきます。きっと骸骨みたいなヤツを思い浮かべられたことでしょう。しかしこのビデオを見れば我々が躊躇したのも納得するはずです」
 「と言うことはおまえ達は見たんだな、そのビデオ...まあ、話の続きは見てからだ」野上は不機嫌そうな態度をやめない。

 助手がハンディカメラをテレビにつなぎ「これがロボ子の活動を記録したビデオです」と言ってテープを再生させた。そこには最初、ロボ子が町を歩く姿が映し出された。
 「おいおい、ロボットは何処にいる? アイドルのイメージビデオと間違ってないか?」
 「いいえ、間違いではありません」と若い警官が答える。
 「しかしこの子は俺も知ってるぞ。テレビで人気のアイドルだ」
 「もうちょっと見てもらえれば分かります」
 「しかしここで、こんなビデオを見せられるとは...」
 次にテープは、どこかの公園で跳んだり跳ねたりするロボ子の姿が映し出された。相変わらず映し出されるビデオにはロボ子しか映っていない。
 わずか5分程度の短いテープではあったがロボ子の人間ぶりが見事に記録されていた。しかし野上にはこの映像の意味がまだ掴めていない。
 「何とも、要領を得んなあ...」
 しかし最後の1分になって野上は驚愕した。それは、人工皮膚を切開されて内部ユニットを取り出されるシーンだった。モニターにはロボ子の内部構成ユニットを分解調査する状況が映し出されていた。その作業中もロボ子はアイドルのようにカメラに微笑み続けている。
 「おい、まさかこの子がロボットだと言うのか?」ロボ子の椅子から野上が跳ね上がった。
 「ほらね、そう思うでしょ。どうです? この子が銃を突きつけられたらどうします...この女の子こそがロボットです。そしてこの子が我々の警護するはずだったロボットであります」
 「...! ウソだろっ、どう見ても...人間だぞ」
 「我々だって疑いもせず、そう思いました。ですから人質の安全を第一にと思い...」
 野上はその後の警官の声も耳に入らないほどに仰天していた。最初からリプレイさせてはモニターを食い入るように見つめ、あんぐりと開けた口で追加した。
 「奈美ちゃんはロボットだったのか...」

 <同日、19:30>
 野上の気持ちが落ち着くまでに30分を要した。
 「あのビデオがテレビで流れたら、みんな奈美ちゃんがロボットだったと思うでしょうな。私もてっきり本人だと思いました。しかしその実は、アイドルに似せて作られた『ロボ子』という名のロボット...」
 冷静に戻ってから野上は再び博士と向かい合った。部下が集めた資料をパラパラめくりながら腰掛けた博士をやぶにらみする。
 「単に『ピー』と呼ばれる事もあるようです」と部下が注進する。
 「これは博士、おふざけになったようですな」
 「いえいえ、『ロボ子』と言うのはロボット研究を表す英語『ロボット・コンシダレーション』の略で、本来は『ROBOCO』が正しい。今回出来上がったのがたまたま女性型じゃったので女の子らしく『子』にしたまでで、本当は『ROBOCO・P』が正式名称ですのじゃ。だから単に『ピー』とも...Pの方はバージョンナンバーでしての、1から始まって10番目からはアルファベットを使いました。1から9とAからP、数え直せば...」博士は指を折りながらぶつぶつとアルファベットを唱えた。「25代目ですかの。初めて自立思考出来た第一号ではあるのじゃが」
 お遊びで作ったと思われてはしゃくに障るので出任せで理由をこじつける博士だった。しかし言ってはみたものの苦しいごまかしになった。本当のロボット開発はロボ子で30代目である。期せずしてロボ子は芸能界ではありがちな年を鯖読む結果となった。
 「なるほど...冗談ではないことがよく分かりました。続けて読むと『ロボコップ』になるのも単なる偶然なのですな」
 「はいそうで...おや、そいつはおもしろい。言われて初めて気づきましたぞ、さすが刑事さんは目の付け所が違う。はっはっは」
 うんざり顔で野上が続けた。「...ところで人質がロボットだとなると話が変わってくる。その『P』をリモート・コントロールする方法があれば教えて下さい。手っ取り早く、緊急停止とか出来るとこの状況ではとても便利ですよねえ。犯人にこれといった抵抗もせず、いそいそ付いていく節操無しのロボットだから」
 「それが残念なことに遠隔操作の機能は全くございませんのじゃ」野上の皮肉に気がつかないのか博士は素直に返答をする。
 「それじゃあ打つ手なし、とおっしゃる」
 「しかし、そうまでせんでも...確かに大事なロボットですが、犯人は我々と鉢合わせになって慌てて人質に立てたのでしょう。そうであればそのうち返して来るんじゃないですか。犯人も最後にそう言っとるしの」
 「いいえ、仮にもロボット研究室に忍び込む奴です。まだその目的ははっきりしませんが、現金狙いならもっと手頃にコンビニや郵便局を狙うでしょう。犯人の狙いはロボットに関する何か、と見るのが自然です。途中でロボ子がロボットであることに気づけば、そいつにとっては勿怪(もっけ)の幸い、返すつもりも前言撤回、そのまま頂き、ということは十分考えられます」
 「ワシの実地試験ではバレたことなど無かったですぞ。それに正体を明かすなと教えてある」
 「それは考えが甘いと言わざるを得ませんな。我々は常に最悪の事態を想定しなければならないでしょう。犯人追跡の手を緩める訳にはいきませんし、ただ黙って待つ手はありません」
 「しかしロボ子に通信機能がないのは今更どうこう出来ることではなし、他に手があるわけじゃなし...何しろ人間の体格の中に人間と同じ様な機能を持った機械を詰め込まねばならなかったのじゃから、そりゃあ苦労の連続でしたわ。自立歩行のためにはその動力源のバッテリーにずいぶん体積と体重を占められて...現在の科学であれ以上コンパクトにするのは無理でしょうな。全てがギリギリに切りつめられ設計されておるんじゃ。それだから本来の人間には無い機能はあと回しになったのじゃ。
 それじゃから省略した通信機能を補うために、ロボ子にはPHSを持たせておる。これなら無線の免許も要らないし、良いアイデアじゃろう?」
 椅子を押し飛ばして野上が立ち上がった。
 「それを早く言ってください。そのPHSで居場所が分かる! 博士、ロボ子は今もPHSを持っていますか?」
 「ええ、ちゃんと持って行ってますよ。これだけはなくすなといつもポケットに入れてあったからのう。番号はそこの壁に貼っておる...でも虜となったロボ子に電話を掛けて、そこはどこだ、はいここはどこどこです、といったやり取りを犯人が黙って聞いているはずはないと思うのじゃが...」
 「おい君、至急事業者に協力を要請して居場所を探し出せ。番号はそこの壁だ!」と野上は部下に指示しながら再び博士に向き直った。「いいえ博士、PHSは一種の発信器です。常に電波を出しているのでPHS事業者の協力があればすぐに居場所がわかるのです。なぜならPHSは発信だけではなく受信もしなければならない。それがその理由です。PHSに着信させるには事業者にとって端末がどこの場所にあるのか把握する必要があるわけですからね。電波を拾う基地局が割り出せれば、その基地局の半径数百メートル以内にいる事が分かる。そして他の基地局の電波の強度を分析すれば、なんと誤差数十メートルにまで絞り込むことができるのです。犯人もまだいっしょに居るならそこで取り押さえることだってできる。こちらから電話を掛けて聞き出す必要なんてありません」
 「おや、なんと。そんな機能があったとは...」
 「その切り札を無駄にしないためにこちらから電話を掛けるのは禁止しましょう。犯人もこのことを知っていたら元も子もなくなります。もっとも、電話を掛けてロボ子に攻撃命令を出せるなら別ですが...ロボットに犯人を取り押さえてもらう、なんて虫が良すぎる話でしょうか?」
 「フーム...攻撃と言ってものう、犯人をやっつける機能は...せいぜい平手打ちじゃからのう」
 「平手打ち?」と野上が顔をしかめて博士をのぞき込んだ。
 「さよう、町中を歩かせると時々痴漢に遭うのでその対策にと撃退術を教えたのじゃが、それからはサッと身構えるようになったので痴漢防止に役立った。しかしその平手打ちに殺傷能力はないし、この状況では決め手に欠けると言えるじゃろうな」
 「それが最大にして唯一の攻撃...それで良く防衛庁に売り込もうという気になりましたね。ロボコップには銃が内蔵されていたし壁をぶち抜くパワーがあったじゃないですか。それが平手打ちだけとは、ははっ、お笑いだ」
 「ロボコップと違う? だからお笑いじゃと? ...ふあっはっはっは、笑うのはこっちの方じゃ。刑事さん、大きな勘違いをしているようじゃな」
 今まで黙って聞いていた助手も「全くその通り、映画といっしょにされては困る」と大きく頷いた。
 「ロボコップは人間の脳を使っておる。それじゃからあれほどの付加機能が盛り込めたのじゃ」
 しかし、これに助手は「そうじゃないだろ」と思った。
 「ワシも実現できるのなら脳が欲しかった。これほど完璧で機能に富んだ頭脳は脳をもって他にあるまい。あんなにコンパクトでありながら無限の可能性を秘めておる。
 しかしロボ子は人工頭脳じゃ。コンパクトにするには現代の科学では限界がある。そのスペース確保のためにアレを割きコレを割き、学習機能のためにココを割きソコを割き、一切の無駄を省いてやっとここまで辿り着いたのじゃ。ロボコップなどとは違い、純粋に科学の寵児なのじゃ。
 今の段階では普通の人間並までで精一杯、遠隔操作もできないスタンド・アローンじゃ。しかしマシンガンだって戦車だって教えれば上手に使いこなす事が出来るじゃろう。学習能力は人間以上じゃからな。軍事用だからと言ったって、おぬしまさかバルカン砲が内蔵されてるとでも思ったか。肘からミサイルが飛び出すとか空を飛ぶとか...」
 「これは失礼...でも、ちょっと思っておりました」
 「漫画の見過ぎじゃ」
 少しピントが外れた者同志の言い合いではあったが、まんまと野上警部をたしなめる博士に助手は素直に感激した。

 「いててっ」
 一息ついて野上がまたロボ子の椅子に腰掛けたとき、部下が慌てて駆け寄ってきた。
 「何か掴めたのか?」
 「はい、PHSの電波は横浜市内で検知されました。迷走しながら南下を続けています。でも、どこへ行こうとすぐに調べがつきます」
 「良しっ、署から車を出して追跡させろ!」

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