横浜フィルハーモニー管弦楽団の第58回定期演奏会(2007年11月)で、パウル・ヒンデミット作曲・交響曲「画家マティス」を取り上げました。あまりおなじみのない曲なので、少し調べたことを書いておきましょう。
この曲に関しては、まず概要の予習として、既に存在するサイトを紹介しておきましょう。
(1)まずは、インターネットの百科事典Wikipedia
(2)個人のホームページで何らかの解説を載せているのもの
ただし、ちょっと注書き:
ナチスは、反社会的として排除しようとした芸術を十把一絡げに「頽廃芸術」と呼びました。そのうちの音楽が「頽廃音楽」です。「頽廃音楽」として排除の対象となったものには、1つにはユダヤ人作曲家の音楽があります(メンデルスゾーン、マーラー、ツェムリンスキー、シェーンベルク、クルト・ワイル、コルンゴルトなど)。もう一つは、いわゆる「モダニズム」に属する音楽で、このような「伝統的ドイツ」にそぐわない芸術を、ナチスは「文化的ボルシェヴィキ」と呼びました(「ボルシェヴィキ」とは、レーニンが率いてロシア革命を導いた政党名。ロシア語で「多数派」を意味するそうです)。ヒンデミット、ヴェーベルン、ベルク、クルシェネクなどが該当します。
Aこんな
画家マティスの解説サイトもありました。
2.画家「マティス」と「イーゼンハイムの祭壇画」
画家「マティス」とは、どの解説にも書いてありますが、近代フランスのアンリ・マティス(Henri Matisse, 1869〜1954)ではなく、中世ドイツのマティアス・グリューネヴァルト(Matthias Grunewald, 1470/1475頃〜1528)のことです。グリューネヴァルトについても、
Wikipediaのグリューネヴァルトの項を参照下さい。
この解説を見ると、グリューネヴァルトの代表作は、ミュンヘンの「アルテ・ピナコテーク」(Alte Pinakothek)という美術館にあるとのことですので、私も見ていた可能性があります。(→こちらのドイツ美術館見て歩き記事)
このマティアス・グリューネヴァルトの描いた
「イーゼンハイムの祭壇画」が、交響曲の各楽章のモチーフとなっています。
イーゼンハイムの祭壇画の構造
まずは、イーゼンハイムの祭壇画が展示されている、フランス・アルザス地方のコルマールという町にある
「ウンターリンデン美術館」のホームページを見てください。(フランス語ですが・・・)
この祭壇画は、聖アントニウスの像を納めた祭壇を取り囲む外面や扉に描かれた絵です。日本の仏壇を想像して、その側面や扉に絵が描いてある、しかも、その扉が二重の扉で、それぞれ表と裏に絵が描いてある、と思えばよいと思います。
「イーゼンハイムの祭壇画」の展示風景のページで、画面左の祭壇らしき部分をクリックすると、祭壇の各部分の絵を見ることができます。まずは、
第1面(外側)の絵が出てきます。
第1面(外側)=上の平面図の青:扉を閉じたときの、正面(扉外側)と側面、台座部分。
・正面(扉外側)がキリスト磔刑の図
(付記)この絵を見ると、バッハの「マタイ受難曲」を思い出します・・・。ちなみに、キリスト磔刑の図で、左にたたずむのが聖母マリア様。いわゆる「スターバト・マーテル」(悲しみの聖母)です。
第2面=上の平面図の橙:扉を開いたときの扉裏面(両側)と内扉表面(中央)
・中央部(内扉の表面)に「キリスト降誕」(この左側が「天使の合奏」)
第3面(最内面)=上の平面図の緑:内扉(第2面)を開いたときに、聖アントニウス像を安置した
厨子が現れる。このときに両側に見えているのが内扉(第2面)の裏面。
・中央部:像3体(中央に聖アントニウス、左が聖アウグスティヌス、右が聖ヒエロニムス)
(おまけ)
そこで紹介されていたのは、まずヒンデミットが生まれたフランクフルト郊外のハーナウという街。ここの博物館に、ヒンデミットの肖像画や「画家マティス」の手書きスケッチ帳が展示されているようです。(このハーナウという街は、どちらかというとグリム兄弟の生誕地として有名だそうです)
ウンターリンデン美術館を実際に訪問した人の記事(その1)、
記事(2)、
記事(3)もありました。ご参考まで。
3.交響曲「画家マティス」の各楽章の解説
イーゼンハイムの祭壇画を見た上で、交響曲「画家マティス」の各楽章を眺めてみましょう。
第1楽章:天使の合奏 "Engelkonzert"
イーゼンハイムの祭壇画の第2面、3人の天使が右半面の聖母子に音楽を奏でている部分に相当。オペラの前奏曲で、音楽としてはマティスが絵のインスピレーションを得る場面だそうです。
この楽章は序奏付きソナタ形式で、序奏部分でトロンボーンが奏でるのが民謡「3人の天使が歌った」。
第2楽章:埋葬 "Grablegung"
「墓に横たわったキリスト」ということで、イーゼンハイムの祭壇画の台座部分の「ピエタ」の部分が相当するといわれています。オペラでは最終の場の前奏曲ですが、オペラの最後でもマティス自身への祈りとして再登場するそうです。
第3楽章:聖アントニウスの誘惑 "Versuchung des heiligen Antonius"
タイトルとしては、イーゼンハイムの祭壇画の第3面の右側、魑魅魍魎や悪魔に誘惑される聖アントニウスを描いた「聖アントニウスの誘惑」の部分に相当しますが、第3面の左側の「聖アントニウスの聖者パウロとの出会い」にも対応するようです。オペラの中には直接該当する部分はなく、オペラのクライマックス部分を要約した形となっているとのことです。
では、曲を見て行きましょう。
"Ubi eras bone Jhesu / ubi eras, quare non affuisti / ut sanares vulnera mea?"
と書かれています。「迷い」と「試練と苦難」なのでしょう。(このラテン語の典礼文は、イーゼンハイムの祭壇画にも書き込まれているそうです)
次に、「1」と「2」の間 "Sehr Lebhaft" (非常に活き活きと)から始まるテンポの速い主部。ここは、オペラで、マティスに次々と現れる苦難の幻影の主題だそうです。確かに、怒濤のごとく迫り来るグロテスクな魔物たちを彷彿とさせます。
「13」の6小節目から急に静かになり、弦楽器中心の中間部となりますが、ここは誘惑する女性として現れる聖女ウルスラの幻影です。(マティスはウルスラを愛している)
その後、「17」の10小節前(Lebhaft:活き活きと)からは、再現部で前の2つの部分のさまざまな再現です。
「31」からがコーダ。ここで、木管にコラール風の主題が登場します。ここには楽譜上にラテン語で "Lauda Sion Salvatorem" (シオンよ、救い主を讃えよ)と記されており、どうやらこの木管の主題はグレゴリオ聖歌に関係するようです。
この部分がクライマックスに達したとき、「35」の6小節前から、金管による "Alleluia" (アレルヤ)が鳴り響きます。これは、「聖アントニウスの聖者パウロとの出会い」(イーゼンハイムの祭壇画の第3面左側)に相当するとのことです。オペラでは、苦難の幻影の最後で聖者パウロが聖アントニウスに正しい道を示した部分に相当するそうで、マティスの「芸術家の確信」を象徴しているのだと思います。
4.フルトヴェングラーのいわゆる「ヒンデミット事件」について
交響曲「画家マティス」は、1934年3月にフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルによって初演されています。初演は成功だったらしいのですが、ヒンデミットの音楽は、芸術を含めた大衆操作をもくろむナチスと折が合わなかったことから、ヒンデミットの作品の演奏はナチスによって妨害されるようになります(上に掲げた「頽廃音楽展」ポスターのデザインからも、ナチスが嫌った音楽の傾向が想像できます)。フルトヴェングラーは、ナチスの妨害に対してヒンデミットを擁護する論文を新聞に掲載し、ナチスと対立します(1934年11月)。いわゆる「ヒンデミット事件」です。詳細については、こちらの「第三帝国における音楽」をご覧下さい。
ただ、ヒンデミット自身はグリューネヴァルトを「権力に反抗して自己の信念を貫く芸術家」として、自分の化身のように共感してこの曲を作ったのでしょうか? どうも、必ずしもそうではないようです。
なお、全く本質とは関係ありませんが、ナチス関係の記事によく出てくるのが、ナチス時代のドイツの呼び名「第三帝国」です。これは、中世の「神聖ローマ帝国」=第1帝国、鉄血宰相ビスマルク率いるプロイセンによる統一ドイツ帝国=第2帝国、第1次大戦後の共和国時代(敗戦国としての惨めなドイツ)を経て、ヒトラーによる「世界に冠たるドイツ」の復活を、ヒトラー自身が「第三帝国」と呼んだのでした。ご存知でした?
(おまけ)
また、2007年がベルリン・フィル創立125周年であるのを記念して、この封印されてきたナチス時代のベルリン・フィルのドキュメントが、DVDとして発売されました。興味のある方は見てみてはいかがでしょうか(日本語字幕つき)。
<HMVのコメントより>
DVD「ベルリン・フィルと第三帝国〜ドイツ帝国オーケストラ」(原題:The Reichsorchester)
5.交響曲「画家マティス」のおすすめCD
ヒンデミットはあまり聴いていなかったので、気の利いたガイドはできません。
(1)フランツ=ポール・デッカー/ニュージーランド交響楽団(1994録音)
です。
その他、検索してみると、サロネン/ロサンジェルス、アバド/ベルリン・フィル、サヴァリッシュ/フィラデルフィア、バーンスタイン/イスラエル・フィルなんていうのがありますね。自分のひいきの演奏家、曲想にマッチした演奏家を選んでみたらどうでしょうか。なお、ヒンデミットの自作自演もあるようですが、録音は相当に古いでしょう。
↓個別にリンクも作成してみました。
ヒンデミット/交響曲&管弦楽曲集(交響曲「画家マチス」他)(ブロムシュテット/サンフランシスコ交響楽団、他) 3枚組 \2,669
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」他(アバド/ベルリン・フィル) \1,803
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」他(サロネン/ロサンジェルス・フィル) \2,118
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」他(バーンスタイン/イスラエル・フィル) 国内版:\1,800
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」他(サヴァリッシュト/フィラデルフィア管) \1,803
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」他(ビエロフラーヴェク/チェコ・フィル) \2,118
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」他(イッセルシュテット/北ドイツ放送響) \1,803
ヒンデミット/交響曲「画家マチス」他(クレツキ/スイス・ロマンド) \740
おまけ:
交響曲の元ネタとなった歌劇の方を聴いてみたい方には、歌劇の全曲盤もあります。(私は聴いていません)
こんな
交響曲「画家マチス」のCD聴き比べサイト(何と33種!)
もありました。ご参考まで。
6.参考文献
(1)「第三帝国と音楽」(明石 政紀・著) 水声社 (1995/11)
(2)「第三帝国と音楽家たち」(長木 誠司・著) 音楽之友社 (1998/04) (これは廃刊のようで中古のみ)
(3)「第三帝国のR.シュトラウス―音楽家の“喜劇的”闘争」(山田 由美子・著) 世界思想社 (2004/04)
(4)「カラヤンとフルトヴェングラー」(中川 右介:著)幻冬舎 (2007/01)
また、タイトルとなっている画家マティスことマティアス・グリューネヴァルトのこと、グリューネヴァルトが描いて交響曲の各楽章のタイトルとなっている「イーゼンハイムの祭壇画」など、あらかじめ知っておいた方がよいことも書いておきます。
1.ヒンデミット、交響曲「画家マティス」に関するもの
インターネットの百科事典Wikipediaのヒンデミットの項。
@
musikerさんのサイト
musikerさんは、
クラシック音楽夜話、
ベートーヴェン音楽夜話のメールマガジンを発行している方です。
(メルマガ購読希望者は上記のリンクからどうぞ))
ヒンデミットは、ナチスに迫害されたのでユダヤ人だと思われがちですが、ユダヤ人ではなく、れっきとした「アーリア人」(いわゆる純正ドイツ民族)です。その前衛的な音楽が、既存の伝統を破壊する革命的なのものであったことが、ナチスに否定された理由のようです。
ヒトラーは、1929年のヒンデミットのオペラ「今日のニュース」初演を見て、その中の入浴シーンに激怒し、ヒンデミットの音楽を反社会的と決めつけたようです。
なんだか、ショスタコーヴィチのオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を見て不快に思ったスターリンが、いわゆる「プラウダ批判」(音楽の代わりの荒唐無稽)を展開し、「社会主義リアリズム」芸術を強要したのと似ていますね。
「頽廃音楽展」なるイベントが、1938年にデュッセルドルフで行われています。
この「頽廃音楽展」のパンフレットは、クルシェネク作曲/歌劇「ジョニーは演奏する」をモデルにしたもののようです。(ダビデの星を胸につけた黒人のジャズ奏者!)(クルシェネクは、
マーラー/交響曲第10番の補筆完成に登場します。マーラーの次女アンナと結婚、その後離婚しています。また、歌劇「ジョニーは演奏する」は、小澤征爾氏がウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任して、初めて新演出で取り上げた演目です)
頽廃音楽展の詳細は、
「頽廃音楽のルネッサンス」、
「頽廃芸術とは」などを参照してください。
1938年にデュッセルドルフで開催された「頽廃音楽展」のパンフレット
(注:「アルテ・ピナコテーク」のホームページで、英語モードにして「Tour」をクリックし、見取り図からUpper Floor の「U」の部屋(初期のドイツ絵画)を選ぶと、グリューネヴァルトの絵を見ることができます。ちなみに、隣の「W」の部屋にダ・ヴィンチの絵もあります。)
また、ドイツの代表的な画家デューラーと同世代とありますが、デューラーはニュルンベルクで活躍し、私のニュルンベルクのマイスタージンガーの記事でもちょっと触れています。
「イーゼンハイムの祭壇画」については、いろいろな解説サイトがあり、純粋に美術的な説明はそちらに譲りますが、どのサイトを見ても、この絵の全体像がつかめません。この祭壇画は、複雑な構造をしているようなので、調べてみました。
このページの上から5行目ほどにある、
「le retable d'Issenheim 」のリンク部分を押してみると、そこに
「イーゼンハイムの祭壇画」の展示風景を見ることができます。一見教会の中のようですが、もともとあったイーゼンハイムの修道院ではなく、美術館内(この美術館自体が古い修道院の建物を利用しているらしい)の元礼拝堂に、分解して3列に並べてあるようです。(本来、扉の裏表になっているものを、表と裏を分離して展示しているようです)
この絵の大きさは、
同じくウンターリンデン美術館のホームページ写真で、人の大きさと比べてみると分かります(祭壇画の台座部分しか見えませんが)。結構大きな絵ですね。
次の写真からも、かなり大きいことが分かります。(
フランス政府観光局公式ホームページの「コルマール」のページより借用)
ウンターリンデン美術館でのイーゼンハイムの祭壇画の展示風景
この構造を、簡単な平面図(祭壇を上から見たところ)にしてみました。
美術館には、この祭壇の構造そのままではなく、第1面から第3面を3つに分解して、扉を開けたり閉めたりしなくとも見られるように分割・分離して展示してあるようです。美術書などの写真も、第1面から第3面をそれぞれ別々に掲載しています。(だから全体の構造が分かりづらい)
イーゼンハイムの祭壇画の平面図(上から見た図)
そのページの左に、3段の祭壇画のアイコンがあり、そこをクリックすると、3面の各々の絵を見ることができます。(
第2面、
第3面)
これを、各々の面が立体的にどの部分に相当するかを示したのが、下記の平面図(上から見た図)です。各面の写真と見比べてみると、ようやく全体の構造と、絵の位置が分かります。(図中に赤字で示したのが、交響曲「画家マティス」の楽章に対応する絵です)
(平日には扉が閉じられ、この絵が見えていた。平日面または第1面)
・左側面には聖セバスティアヌス、右側面には聖アントニウス
・台座部分が「埋葬」の図。一般には「ピエタ」(哀歌、悲しみ)と呼ばれる。
イーゼンハイムの祭壇画第1面
(日曜日のみに扉が開かれ、この面が見えていた。日曜面または第2面)
・左パネル(外扉裏面)に「受胎告知」、右パネル(外扉裏面)に「キリストの復活」
イーゼンハイムの祭壇画第2面
(聖アントニウスの祝日にのみ開かれた)
・左(内扉裏面)に「聖アントニウスの聖者パウロとの出会い」、右(内扉裏面)に「聖アントニウスの誘惑」
・台座部分には、キリストと12使徒の像。ちなみに、台座部分の第1面の内側には絵はないようです。ここは、扉ではなく、単なる覆い板なのでしょうか。
イーゼンハイムの祭壇画第3面
先日(2007年5月末頃)、NHKの「名曲アルバム」(5分番組)で「画家マティス」を取り上げていました。そこまでメジャーになったか、と思いました。
5分でどうやってこの曲を?と思いましたが、1楽章の前奏から再現部に飛ぶという、この「名曲アルバム」お得意の手法で、みごと第1楽章を5分間に収めて放送していました。
そして、曲の元となったオペラの主人公グリューネヴァルトに関連して、
「イーゼンハイムの祭壇画」が、ウンターリンデン美術館にあると紹介されています。そして、ナチスの時代に生きたヒンデミットが、宗教改革の時代に生きたグリューネヴァルトに対し、ともに困難な時代を生きた芸術家として共感して作曲したと紹介していました。
以下は、オイレンブルク版スコアの前書きを参考にしながら、スコアを眺めてみた曲の解説です。ただし、元となっているオペラを観ても聴いてもいないので中身を知らないこと、題材・素材・背景となっている聖書やグレゴリオ聖歌のことをよく知らないことなどから、誤った記述があるかもしれません。正確さは保障できかねますので、半分眉に唾して読んで下さい。
(オペラの全曲盤を聴きたい方ははこちら)
テンポが上がると提示部で、第1主題は練習番号「3」(以下カッコ付きは練習番号)の8小節前から始まるフルートとヴァイオリンの主題。第2主題は「7」からヴァイオリンで演奏されます。「10」からのフルートの一節は、とても印象的ですが、構造的には単なるつなぎか第3主題と呼ぶべきか、よくわかりません。
「12」の4小節前から展開部に入ります。第1主題と第2主題が絡み合い、クライマックスとなったところで、突然「16」から「3人の天使が歌った」が再登場。
これが終わった「18」から、テンポが落ちて第1主題が出ますが、ここは展開部の最後なのか、再現部の始まりなのか、よく分かりません(第1主題が完全な姿で出てくるのはここが最後ですが、提示部の調とは違っている)。
「20」からは明らかに再現部で、最初にフルートの第3主題が再現されて、「22」の3小節前から第1主題の再現(変形されているが、提示部と同じ調)。第2主題の再現は、ほとんどコーダといってよい「23」の6小節前にちょっとだけ。すでに盛り上がっていて、そのまま終結部へなだれ込みます。再現部はかなり簡略化されているので、終わりはちょっと唐突な印象ですね。まあ、元々がオペラの前奏曲なので、そんなものでしょうか。
第1、2楽章が、既にでき上がっていたオペラから引用したのに対して、この楽章は、オペラのドラマ構成に迷っていたヒンデミットが、突如オペラの構成のインスピレーションを得て、オペラに先立って書き上げたそうです。オペラのクライマックスは、マティスが聖アントニウスのように厳しい試練と苦難を経験する幻影の中で、本当の自分の気持ちを受け入れる場面で、ローマ教会の画家として仕事をしながら、ルターの宗教改革やそれを支持する農民戦争に共感し、最終的に農民の側に付いて教会画家を放棄するに至るプロセスなのでしょう。この楽章は、迷い→試練と苦難→芸術家としての確信、という心の軌跡を音楽にしたもので、それは、スコアに記されたラテン語の書き込みにも現れています(下の説明を参照下さい)。
まず序奏。オペラでは、第1楽章になっている「天使の合奏」の絵のインスピレーションも含む、マティスが試練と苦難の幻影を見る場面の導入部に相当するそうです。
第3楽章の冒頭には、楽譜上に
(主よどこにいらしたのですか? どうして、ここにいらして私の傷を癒していただけなかったのですか?)
まず最初(Lebhaft)は「10」の部分の再現ですが、リズム的に複雑に変化しています。
「21」からは中間部の再現。
「24」の6小節前から出るホルンの主題は、中間部後半(「16」の4小節前の Sehr Breit )に出る音形の再現です。
「25」の7小節目から始まる金管の主題は、主部の冒頭(「1」と「2」の間の "Sehr Lebhaft" )の変形した再現。
「28」の14小節前(ここも "Sehr Lebhaft" )からの弦楽器による細かい音形は、おそらく序奏の変形だと思います。「28」の9小節目から出てくるクラリネットの主題(後でホルンに引き継ぐ)は、明らかに序奏1小節目の音形です。(これ、12音による音列主題かと思ったのですが、音が11個しかないこと、うち重複するものが1つある(=B)ことから、12音のうちの10個しか使っていませんね・・・。ちなみに、ない音はCとFです。これは何かを象徴しているのでしょうか?)
オペラでは、このラテン語 "Lauda Sion Salvatorem" の部分は、マティスの歌で中断され、その歌詞が上記の第3楽章冒頭に記された「迷い」と「試練と苦難」の典礼文なのだそうです。
フルトヴェングラーは、純粋に芸術的観点から論文を執筆したようですが、当時のナチスは芸術も「政治的」な道具と考えており、このような世間知らずの発言によってフルトヴェングラーは政治的に窮地に立たされ、ベルリン・フィル主席指揮者を含む全ての公職から辞任させられます。結局は、フルトヴェングラーが妥協する形で、演奏活動を許されるようになりますが、それゆえに戦後「ナチス協力者」とみなされることにもなります。芸術家といえども、社会体制とは無縁ではいられない20世紀の悲劇の一つでしょう。
この曲が作曲された1933年は、ナチスが総選挙に勝利して政権を握った年ですが、ヒトラーの政権はそう長続きしないと考えられていたようです。また、1933年11月に発足したヒトラー政権下の「全国音楽院」(総裁:R.シュトラウス、総裁代行:フルトヴェングラー)の「作曲家職分団」の指導評議員にヒンデミットが招聘されており、翌1934年2月の全国音楽院の「第1回ドイツ作曲家会議」設立祝賀演奏会では、ヒンデミットの「弦楽合奏と金管のための音楽」が演奏されたということです。ということから、ヒンデミット側には、ヒトラー政権と対立しようという政治的意図はなかったようです。
逆に、それまでかろうじて許容範囲内とみなされていたヒンデミットが、フルトヴェングラーの純粋に芸術的で「政治音痴」な行動に対して、ナチスに反対する勢力や国際社会が政治的英雄のように取り扱ってしまったことに対するナチスの警戒感によって、急激に危険分子のレッテルを貼られて攻撃・排除の対象となっていったということのようです。
ドイツ、そしてベルリン・フィルにとって、このフルトヴェングラーの「ヒンデミット事件」を始めとするナチスとの関係は、思い出したくない、そしてあまり語りたくない汚点として、長らくタブー視されてきました。また、ナチスに協力した指揮者たちは、戦後しばらくの間、「非ナチ化」が証明されるまで、演奏活動を禁止されたのでした。フルトヴェングラーしかり、カラヤンしかり。その混乱の中で、ドイツ人でなかったゆえにベルリン・フィルの活動を支えたチェリビダッケは、フルトヴェングラーやカラヤンが復帰した後、数奇な運命をたどることとなります。(この辺は、参考文献にも挙げた
「カラヤンとフルトヴェングラー」(中川 右介:著)幻冬舎 (2007/01) を参照下さい。
映画『ベルリン・フィルと子どもたち』の監督、エンリケ・サンチェス・ランチが手がけたドキュメンタリー。125年という楽団の長い歴史の中でタブー視されてきた1933年〜45年までのナチス政権下にスポットを当てた作品です。1936年ベルリン五輪で指揮するリヒャルト・シュトラウスの初出映像をはじめ、ヒトラー生誕記念前夜祭でのフルトヴェングラーの第九、楽団をバックに演説するゲッベルスの映像などを収録。当時を振り返りながら語る楽員へのインタビューを元に第三帝国下の楽団を検証していきます。
私は持っているものは、
(2)ブロムシュテット/サンフランシスコ交響楽団(1988録音)
(1)は、昔とにかくラインナップをそろえておこうと買ったナクソス盤です。無名の団体ながら、ナクソスが世界中から選んだだけあって、なかなか健闘しています。録音の鮮明さ、「切れ」は抜群です。(このオケは、同じナクソスの「日本作曲家選輯」シリーズで黛敏郎、芥川也寸志なども録音しています。現代ものが得意なのでしょう)
(2)は、今回演奏するに当たって買い増したもので、オーソドックスで重厚な演奏。3枚組で、ヒンデミットの管弦楽曲が一通りそろいます。
↑このHMVクラシック のサイトで、左下の「各種検索」で「作曲家→ ヒ →ヒンデミット」を選択すると、検索結果のCD/DVDが表示されます。(このサイトの検索機能は、なかなかのスグレモノです)
「画家マティス」がお目当てなら、左の「スタイルで絞り込む」の「交響曲」を選べば、さらに絞り込まれて近いところが表示されます。
一通りの管弦楽曲と、ヒンデミットの楽器であるヴィオラと管弦楽による「葬送音楽」「白鳥を焼く男」も入っています。
聴いていませんが、最もメジャーな演奏でしょうか。
聴いていませんが、評判は良いようです。
一番お安いのはこれ。でも、演奏は良いようです。オイストラフが弾いたヒンデミットのVn.協奏曲(ヒンデミット指揮ロンドン響)(この曲かっこイイ!)、若き日のアバド/ロンドン響の「ウェーバーの主題による交響的変容」も入っているようだし。
ヒンデミット/自作自演集(ヒンデミット/ベルリン・フィル) 3枚組 \2,512
1950年代の録音です。上のWikipediaにも載っていますが、ヒンデミットは1956年のウィーン・フィル初来日に指揮者として同行しているそうなので、当然指揮者としても一流なのでしょう。
ヒンデミット/歌劇「画家マティス」全曲(シモーネ・ヤング/ハンブルク歌劇場) 3枚組 \3,379
女性として初めてウィーン・フィルを指揮した女流指揮者シモーネ・ヤングが、ハンブルク歌劇場で上演した歌劇「画家マティス」のライブ録音CDです。輸入盤で歌詞対訳は付いていないのでそのつもりで。
