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Anti-ice

  • 著者:スティーヴン・バクスター (Stephen Baxter)
  • 発行:(1994)Collins (マスマーケット)
  • 2003年5月読了時、本邦未訳
  • ボキャブラ度:★★★★☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 18世紀、南極で発見された超エネルギー源「アンチアイス」をめぐってヨーロッパが戦乱に突入する中、青年外交官が遭遇する驚異の体験が描かれます。


 本書が発行された1993年当時、SF界ではウィリアム・ギブスンの『ディファレンス・エンジン』などスチームパンクが一大ブームとなっていました。一方、バクスターはジーリーシリーズの『時間的無限大』がヒットしハードSFの旗手として注目を集めていた時期でした。

 条件は整っていたのですが、『アンチアイス』はあまり評判にはならず、日本でも翻訳されませんでした。


 理由いろいろ考えられますが、本書が読者がスチームパンクに期待するものと少しと違っていたからかもしれません。ジャンルとしてのスチームパンクは、善と悪、世界の秩序が単純だった時代を背景にした冒険を描き、現代のSFの複雑さから解放してくれます。しかし、本書は、核(反物質)技術を産業革命時代にストレートに外挿したSFであり、その結果生ずる問題を多数提示するなど理屈が先行しいるため、すっきりとしたカタルシスが得られません。

 一方、強力なエネルギー源があれば19世紀の技術で宇宙飛行が可能かという「技術的な妄想」と、血塗られた近代戦の描写などは、読みごたえがあります。結局、スチームパンクを期待して読むことが間違いだったわけです。後に、バクスター自身も「『アンチアイス』はオルタナティブSFとして書いたので、スチームパンクは意識しなかった」といってます。


 バクスターは、その後、宇宙開発のオルタナティブSF「NASA三部作」や、同じくビクトリア時代を描く『タイム・マシン』の続編『タイムシップ』などで、ヒットを出します。その要素の萌芽が見られるという意味で、本書はバクスターの作家としての守備範囲を広げるきっかけとなった重要な作品だと思います。


 残念ながら、現在本書は絶版状態のようで、米アマゾンから中古本を手に入れて読みました。今後も翻訳されることはないと思いますので、以下ではちょっと詳しくご紹介します。


  PS: 本書のスピンアウト短編集"Newton's Aliens"(2015)をレビューしました。


●ストーリー●  ※ネタバレあり。ご注意ください


 18世紀、イギリスの探検家が南極大陸で不思議な黄色い氷を発見する。低温化では安定しているが、熱を加えると周囲の物質と反応して膨大な熱エネルギーを発生するその物質は「アンチアイス」と名付けられ、大英帝国が独占する。


 1855年、クリミア戦争の最前線・セヴァストポリの戦いで、イギリス軍は、 技師ジョサイア・トラベラーが開発したアンチアイス弾により、ロシア軍を都市ごと壊滅させる。イギリスは、その後アンチアイスを動力源とした高速列車網や建設機械を開発し発展を続ける。


 イギリスの新人外交官ネッド・ヴィカーズは、1870年ロンドンで開かれた万博会場で通訳に従事していたが、そこでトラベラー技師と、謎のフランス人美女・フランソワーズと知り合いになる。しかし、その時、ペルシアーフランス戦争が勃発する。


 数週間後、ネッドは、友人のホールデンとともに、アンチアイスを動力として陸上を進む巨大客船「プリンス・アルバート号」の竣工式に出席するため、ベルギーに向かう。式典には、設計者であるトラベラー技師も蒸気ロケット「フィートン号」に乗って、到着していた。

 式典のさなかテロと思われる連続爆発が起こり、テッドらはトラベラー技師と共にロケット・フィートン号の客室に閉じ込められ、大空に打ち上げられる。気絶から覚めたときテッドが見たものは、青く輝く地球だった。

 操縦室へ通じるハッチは壊されており、推進剤も残り少ない。トラベラー技師が示した解決策とは……。


●覚えたい単語● --電子書籍のハイライト記録から

porthole (船の)丸窓、stovepipe シルクハット、stokehold (汽船の)汽罐(きかん)室、funnel 煙突, ジョウゴ、snifter ブランデー用グラス、artillery 大砲




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