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Aurora

  • 著者:キム・スタンレー・ロビンスン
        ( Kim Stanley Robinson ) →著者情報サイト
  • 発行:Orbit (2015/7/7)
  • 2015年11月読了時、本邦未訳
  • ボキャブラ度:★★★★☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

   →Amazon(Kindle版なし)  →楽天Kobo版  Google Play版

 キム・スタンレー・ロビンスンは、火星三部作でハードSFの旗手となりましたが、本書はロビンスンの新たなマイルストーンになるかもしれません。


 16年前の火星三部作は、火星のテラフォーミングを鮮やかなイメージで描写してSF史に残る傑作となり、アメリカの火星計画にも影響を与えたといわれます。
 そのロビンスンが恒星間殖民をテーマに新たなSFを執筆をするということで、火星三部作の再来が期待されたのですが、予想は大きく裏切られました。<オーロラ>は、「他の恒星系への殖民は実現可能なのか。そもそも行くべきなのか」について、根本的な疑問を投げかけた作品なのです。


 (以下、ネタバレあり。ご注意を。)


 物語は、主人公の少女の成長の旅として始まりますが、宇宙船内の不安定な生態系、惑星の未知の自然環境など、科学技術がなすすべを持たない問題が次々に襲い掛かり、徐々に陰鬱で悲惨なサバイバル・ストーリーへと変貌していきます。


 作品で示された疑問の一つは、究極の複雑系といえる世代間移民船や他の惑星の生態系を、人間は本当に理解しコントロールすることができるのか、という点。もう一つは、人類の科学技術と発展には、潜在的な限界があるのではないか、ということ。そして、倫理的な問題として、致死的かもしれない未来に子孫を送り出す権利が人間にあるのか、という疑問です。
 人類の未来をポジティヴに賛美するSFではなかったため、それを期待していた読者からは失望の声が上がる一方、生命と宇宙に関して新たな視点をもたらしたという高い評価も多く、欧米での評価は2分しているようです。


 なお、本書の重要なサブテーマが、機械知性と自意識です。この本自体が、船のコンピュータが記述したものという設定で、その中で「物語を紡ぐコンピュータは自意識を持っていると言えるのか」など、言語と物語、意識をめぐって興味深い考察が交わされます。


 さて、欧米の読者の評価の中に、環境問題やテロに対する作者の考えが前面に出すぎて物語を損ねている、という意見が多く、同感できる部分もあります。しかし、世代間宇宙船内のリアルで鮮烈な描写や、読者を深い思索へとさそう展開は、やはり火星三部作と地続きの「ハードな」SFであることに間違いはありません。賛否はあるかもしれませんが、古参のハードSFファンならぜひ読むべき一冊だと思います。


※ ロビンスン自身が出演した作品の解説動画がYouTubeで公開されています。タイトルになっている衛星の名「オーロラ」はアシモフの「裸の太陽」からの借用だそうです。


●ストーリー●


 27世紀、世代間殖民船「シップ」は、160年の飛行を経て目的のタウ・セチ(くじら座タウ星)にあと10年と迫っていた。

 「シップ」は、長さ10kmの機関軸と直径15kmの2本の居住リングで構成され、乗員2200人は4kmごとに区切られた24個のバイオーム(気候生物帯)に分かれて暮らしている。乗員は世代交代が進みすでに7世代目が誕生していた。


 6世代目にあたる主任技術者・デヴィは、船の管理を行う量子コンピュータ(単に「シップ」と呼ばれている)と連携し、バイオームの維持管理に当たっている。彼女は高い問題解決能力で乗員の信頼を得ていたが、実は、バイオームの生態系の変調に苦しめられていた。温度や水、日光の管理は完全なのに、植物や微生物の変異が多発し環境が悪化し続けているのだ。人間にも異常が生じており、世代を重ねるごとに身長は小さく、寿命は短くなり、知能にも低下の兆しが現れている。地球から送信されてくる科学情報には新たな進展はほとんどなく、デヴィは地球の技術に不信と限界を感じ始めていた。


 デヴィは、医者である夫のバディムと娘のフレイアと暮らしていた。14歳になったフレイアは、身長が2mになり低身長化が進む船内では目立つ存在だったが、仕事に没頭する母と感情的にすれ違い、自分の居場所を見失っていた。フレイアは、「野生児」と名乗る若者のグループとの出会いをきっかけに、居住リングを巡る一人旅に出る。彼女は、ボランティアをしながら全てのバイオームを巡り、数年後には住民のほとんどが知る人気者になっていた。しかし、デヴィが過労で倒れたことから、フレイアは家に戻り母の仕事の助手を務めることになる。いよいよタウ・セチへ向け最終減速が始まったとき、デヴィはガンを発症しフレイアに後を託して息を引き取る。


 船の委員会は、タウ・セチの惑星を調査し、第5惑星の衛星「オーロラ」を定住地に決定する。大気圏外からの観測では、オーロラに生命は検出されず、重力は地球の83%、大気は16%の酸素を含み、広大な海に小さな大陸が広がり、理想的な新天地に思えた。さっそく200人の先遣隊が着陸し、探検とインフラ整備が開始される。

 しかし、オーロラには、人類が経験したことのない罠が待ち構えていた。フレイアたちの200年にわたる地獄のような苦闘が始まった。


●覚えたい単語● --電子書籍のハイライト記録から

rubric 規程、libration(衛星の)ひょう動、biome 生物群系、archaea 古細菌、phosphorus リン、schism 分離,分派




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