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Blindsight

  • 著者:ピーター・ワッツ (Peter Watts)
  • 発行:2006/Tor Books $14.95 U.S
  • 384ページ
  • 本邦未訳 (2011年4月読了時)
       2013/創元社から邦訳
  • ボキャブラ度:★★★★★
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 作者のピーター・ワッツは、The Islandで2010年ヒューゴー賞中編部門を受賞し、注目の作品を発表し続けています。その中でも、本書、Blindsightは、ハードSFに新たな「ハード」を付け加えた重要な作品になりました。

 本書がスポットを当てた新たなハードとは「自意識と知性」です。

 これまでSFは、知性体は自意識を持つことを自明のものとして、異質な知性を描いてきました。人工知能研究でも自意識を持たせることが最終目標です。

 しかし、最近の研究(ベンジャミン・リベット:マインド・タイム 脳と意識の時間)によると、私たちが「何かをしよう」と意識する0.5秒前に、脳はすでに行動指令を出しているといいます。自意識は全てを司る存在ではなく、無意識や下位のサブルーチンの単なる記録係に過ぎないというのです。すると、知性とは自意識がなくても存在しえるものなのででしょうか? 自意識を持たない知性による文明は存在するのでしょうか? 本書では、さまざまなエピソードの中で、多くの知性のあり方が考察されています。

 なお、ほとんど同時期に伊藤計劃が「ハーモニー」の中でこの問いに取り組んでいることは、興味深いシンクロニティです。今後このテーマに挑む作品が出てくるか、注目したいと思います。

 

 しかし、Blindsightは辛気臭い思弁小説ではありません。

 地球を格子状に取り巻く無数の宇宙ホタル、古遺伝子から復活したバンパイア族、オールトの雲に潜むガス巨星でのファーストコンタクトなど、魅力的な道具立てが満載です。良質のホラー小説を思わせる筆致は、すれっからしのハードSFファンも満足させてくれるでしょう。受賞は逃しましたが2007年ヒューゴー賞にノミネートされ、お勧めできる傑作です。

 なお、単語は脳神経・精神医学、解剖学系の専門用語が頻出し、かなり手ごわいです。ワッツは作品のネット公開に積極的で、本書もここから無料でダウンロードできますので、kindleで辞書引きしなながら読むことをお勧めします。ただし、ワッツは裁判に巻き込まれ大変だそうで、なるべく本も買ってあげてください。

 

 PS.) 続編、Echopraxia(エコプラクシア)のレビューはこちら

●ストーリー●

 シリ・キートンは、幼いときに脳障害治療のために脳の半球を切除される。その結果、他者に対する共感の能力を失うが、それを補うように身体言語や状況把握力が発達し「自分の理解できない知識」を聞いて第3者に伝える能力を獲得し「統合者」としての職を得る。しかし、共感性の欠如した彼の元から、悲嘆した母親はコンピューターへのアップロードを望んで人口冬眠に入り、理解者だった恋人も去っていった。

 

 2082年、数万個の光るホタルのような小物体が地球を網のように覆った。ホタルは、宇宙の一点に向かって信号を発し、燃えて消滅した。シリは、バンパイアの船長サラスティ、4重人格の言語学者アマンダ、異星人研究者のSzpindelらとともに、調査船テセウスで信号が送られた地点に向かうこととなる。

 

 5年の冷凍睡眠から覚めたシリらは、オールトの雲の中で暗黒のガス巨星・ビッグベンと、その周囲をめぐる謎の巨大物体と遭遇する。突然、英語による通信が始まり、物体は自らをロールシャッハと名乗って彼らに立ち去るよう求める。まるで地球人同士のような気さくな通信が交わされる中、突然話のつじつまが合わなくなってくる。相手は巧妙な自動プログラムと思われた。

 

 ロールシャッハは無人と判断して上陸したシリらだったが、正体不明の何者かの襲撃を受ける。さらに船に戻った乗員らは、奇妙な感覚異常に悩まされ始める。

 ロールシャッハの正体は何か。そして、バンパイアの船長サラスティが乗組員に隠している秘密とは・・・。



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