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Echopraxia

  • 著者:ピーター・ワッツ (Peter Watts)  →著者のサイト
  • 発行:2014/Tor Books
  • 384ページ
  • 本邦未訳 (2014年9月読了時)
  • ボキャブラ度:★★★★★
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 2014年に星雲賞を受賞したピーター・ワッツの傑作、ブラインドサイトの続編です。 宇宙ホタル襲来後の同じ世界が舞台ですが、ストーリーには直接のつながりはありません。 地球から宇宙へ、バンパイア、ハイヴ、ゾンビなど異質な知性が絡み合いながら真の理解と超越を探す旅が描かれます。

 タイトルのEchopraxia(エコプラクシア:反響動作)とは、自閉症などで見られる無意味・無目的な模倣行動のことだそうです。


 まず最初に言ってしまうと、これは読者を選ぶ作品です。 ブラインドサイトの評価も傑作派と難解すぎるという否定派の両極端に分かれましたが、本書では否定派がさらに増えそうな予感がします。


 まず、タイトルもそうですが、ウィキペディアにも載っていない専門的な用語が次々と現れます。造語かと思ったら、実は最近成立したばかりの学術用語だったりするのでなおさら厄介です。

 また、意図的なのか本当に下手なのか、状況の描写が分かりにくいのも相変わらずです。


 ストーリーの展開にはさらに問題があります。ブラインドサイトでは辛うじてエンターテイメントのフレームに踏み留まったと思いますが、本書はその一線を越えてしまった感があります。その理由は、詰め込みたいアイディアが多すぎ、ストーリーテーリングを邪魔しているのです。それでもアイディアを回収しきれなくて、巻末に数十ページにわたる解説が付いているほどです。アイディアの絞り込みと、物語とのバランスをどう取っていくかが、今後ワッツがメジャーを目指すための課題だと思います。


 では面白くないのかというと、全くそうではありません。 ブラインドサイトや伊藤計劃の「ハーモニー」などの読者で、脳と意識について最新の動向に興味を持っている人なら、ワッツの提供する一歩先の思考実験を楽しむことができるでしょう。今回の大きな目玉は、超知性における信仰・神です。やはりハードSFの醍醐味は、宇宙の真実を喝破する「大ぼら」にあるのであり、少なくともその点においてはワッツは今最前列を走っている旬の作家だと思います。


 本書では、さらに多くの異形の知性が登場します。バンパイアやアップローダーに加え、集団知性を持つバイカメラル(ハイヴ)、自意識をカットしたゾンビ戦闘員(ショッカーか!?)、そして「神」。さながら知性動物園のようなアイディアの嵐を楽しめます。

 創元社から翻訳出版予定だそうなので、またじっくり読みたいと思います。


 なお、ワッツは本書の「前日談」として、サブキャラクターであるムーア大佐とハイヴとの出会いを描いた短編 The Colonel を発表しています。
  Kindle版のほか、Tor.com のサイト で無料で公開されていますので、先に読んでおくとEchopraxiaのモヤモヤ感が少し減るかもしれません。30ページと短く本書に取り込んでもよさそうな内容なのですが、主人公目線で描くためにあえて分けたんでしょうか。


 蛇足ですが、ワッツは作品をビジュアル化するのが大好きのようで、自分のサイトには、凝った宇宙船のモデルや架空論文などが多数掲載されています。このオタクっぷりを見ると、先に述べた作品の弱点も意図的なものにすら思えてきます。アイディアを本編、後書き、ネットで自ら弄り倒すという、新たなメディアミックスを目指してたりして……。恐れつつ、次作を待ちましょう。


●ストーリー●

 宇宙ホタルの襲来後、オールトの雲に向かったテーセウス号は行方不明となり、世界の混乱は続いている。この時代、サイボーグ化に対するタブーは失われ、多くの人々が薬剤や手術で知的能力を強化している。一方、少数ながら人体改造を嫌悪し拒否する人々もいたが、彼らは「ベースライン」と呼ばれ軽蔑されていた。


 生物学者のダン・ブルックスも、ベースラインの一人だった。彼は、自分の研究が大規模テロに悪用されたことを恥じ、オレゴンの砂漠に隠遁し野生動物の遺伝子汚染調査を続けていた。

 しかし、ある日突然、武装集団に襲撃され砂漠の修道院に逃げ込んだことから、彼の運命は一変する。修道院には、脳内の癌をコントロールして知能を高め集合知性を獲得した「ハイヴ」が巣食い、謎の研究を行っていた。彼を襲った武装集団はバンパイアのヴァレリーと彼女の配下のゾンビ戦闘員で、本当の目標はこの修道院だったのだ。


 ハイヴの僧侶たちが、宇宙船「イバラの冠号」で脱出したとき、ダンも同行を余儀なくされる。船には、僧侶たちのほか、アドバイザーのムーア大佐、通訳者のリアンナなど、手術で知能を強化した乗員が乗り組んでいたが、無能力者=ベースラインであるダンは、一行の寄生虫・ペットとして扱われる。さらに驚いたことに、敵だったはずのヴァレリーとゾンビ戦闘員たちも、乗船しているのだ。

 謎だらけの呉越同舟の中、ダンにも徐々に僧侶たちの旅の目的が垣間見えてくる。一方、他の乗船者たちもそれぞれの思惑を隠し持っていた。バンパイア・ヴァレリーは船倉の闇に潜み旅自体に罠を仕掛けようとしていた。また、ムーア大佐は、前巻でテーセウス号と共に行方不明となったシリ・キートンの父であり、息子の行方を探すためにこの旅に加わっていたのだ。


 理解不能の超知性に囲まれ、ダンは彼らの真意を知ることができるのか。

 太陽近傍の目的地には、驚くべき存在が彼らを待っていた。



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