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Ancillary Justice

  • 著者:アン・レッキー
        ( Ann Leckie ) →著者ブログ
  • 発行:Orbit (October 1, 2013)
  • 2014年9月読了時、本邦未訳
      邦訳:「叛逆航路」(2015/11)
  • ボキャブラ度:★★★☆☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 女性SF作家、アン・レッキーのスぺオペ3部作の第1巻です。初長編にして2014年の英米SF賞5冠(ネビュラ賞・ヒューゴー賞 ・BSFA賞・クラーク賞・ローカス賞)を総舐めにしました。
 地球の名も忘れられた遠未来。生身の人間として生きることとなった戦艦の人工知能が、復讐に燃え孤立無援、銀河帝国の隠された陰謀に挑む様を描きます。


 この作品が高い評価を受けた理由に、これまでにない実験的な文章表現があげられます。一つは、同時進行している別の場面を全て「私」の一人称で描くという、小説作法を無視した離れ業です。数百人の兵士がリンクして同じ意識を持っている、という設定を表現する試みですが、拡大した知覚のシミュレーションとして面白い効果を実現しました。
 もう一つは、舞台となった世界では言語も生活もジェンダーの区別がなくなっているという設定を元に、男女とも全て「She」と表記され、肉体的なジェンダーがあいまいなままで物語が進行することです。

 最初の3分の1までは、読んでいて性別を確認したくなり何度も読み直すなど、非常に困惑させられました。しかし、不思議なことに徐々にその幻惑感が一つの魅力になってきます。英語は性別が言語構造に直結していますから、ネイティヴ読者にとってはより斬新な試みとして評価されたのではないでしょうか。

 表現に慣れれば、ストーリーテーリングはスぺオペラらしい謎解きとアクションで、一気に読ませます。


 ただ、本書がSF賞5冠に値する傑作なのかというと、個人的には疑問が残ります。新しい表現方法に比べ、21世紀のSFとしての革新が感じられないのです。複数の脳にダウンロードされた人格の表現や、主人公がネットワークから切り離された不安など、せっかくのSF設定はあっさりと描かれ、普通の人間が演技しているようにしか見えません。
 異なる知性を描いたSFとしては、無冠だったワッツのブラインドサイトのほうがはるかに深いように思います。
 まあ、ハードSF老人の無い物ねだりなんでしょう。娯楽スぺオペとしては水準以上の出来といえる作品ではあります。第2巻・Ancillary Swordも待ち遠しいです。


 作品に人間臭い厚みを持たせているのが、主人公ブレクに拾われ相棒になるセイヴァーデンです。最初は麻薬中毒で廃人同様で欠点だらけの人間ですが、ブレクとお互いに嫌悪しながらも影響しあって成長していく過程が描かれ、面白いサブテーマになっています。可愛くないピノキオ(または鉄腕アトム)と傲慢なサンチョパンサというところでしょうか。


 なお、本シリーズはなぜかKindle版が出ていませんが、電子書籍としてはKobo版Google Play版で読むことができます。


 PS: →シリーズ第2巻:Ancillary Sword のレビューはこちら


●ストーリー●  (ネタバレあり。ご注意を。)


 地球の名さえ忘れられた遠未来。人類の星間帝国ラドチは、圧倒的な軍事力で数千年間にわたり支配域を拡大し続けていた。その戦力の中心を担ってきたのが、軍艦に装備された人工知能と、その意識を生身の脳に上書きされたAncillary(属体)とよばれる兵士たちだ。属体は脳を初期化された人体で、所属する軍艦の人工知能が上書きされ、数百人の兵士が同じ意識を持ち常時リンクして行動する。そして、支配者である皇帝ミアナイ自身も、千体のクローンがリンクした不死の存在だった。

 しかし、帝国にはかすかな影が差し始めていた。異星人との紛争や反乱の発生や政策の急激な転換など、不穏な動きに軍内部にも動揺が起きていた。


 主人公であるブレクは、極寒の惑星で行き倒れていたかつての上官セイヴァーデンを救う。ブレクの正体は、戦艦アンシラリー・トーレン号の人工知能を上書きされた属体だった。帝国内に起きた陰謀に巻き込まれたトーレン号は、本体を破壊され、生き残ったこの一体だけが目的を果たすためこの惑星にたどり着いたのだ。


 その十数年前、戦艦トーレン号は人間の将官を補佐し、新たに帝国の植民地となったシシューナ星に駐屯していた。彼らは、地元の宗教を尊重し現地人との融和に力を注ぐが、ある日、何者かが隠匿した武器が沼地で発見される。そのとき突然、皇帝ミアナイ自身がシシューナ星を視察に訪れ、集まった地元民の虐殺を命ずる。
 理由が分からないまま住民を射殺し艦隊に戻った彼らを待っていたのは、激高したもう一人の皇帝ミアナイだった。


 皇帝の真意は何なのか。そして生き残ったブレクが目指すものは何か? 銀河帝国の存亡をかけたドラマの幕が上がる。


●覚えたい単語● --電子書籍のハイライト記録から

insigniaー記章、seditionー扇動、infirmaryー医務室、retchingー吐き気、qualmー良心のとがめ




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