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Traces

  • 著者:スティーヴン・バクスター (Stephen Baxter)
  • 発行:(1999)Voyager £6.99
  • 2005年10月読了時、本邦未訳
  • ボキャブラ度:★★★★☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 バクスターが1987〜1995年に発表した22作品を収録した短編集です。ジーリーやその他のシリーズとは繋がりがなく、テーマも宇宙開発、異世界・遠未来、多元宇宙など幅広いため、本としてのまとまりがない感があります。しかし、その分バクスターの様々な側面を、日替わりで楽しむことができます。また、後の長編に繋がるアイディアの萌芽が散見され、バクスターファンとしては興味深い一冊です。

 

 初期の作品は、90年代としてもやや古臭い感じもしますが、ストレートなハードSFであり、中高年の読者は安心して楽しめると思います。

 なお、巻末のあとがきでは、珍しくバクスター自身が作品についてコメントを付けており、作者がどういう所からインスピレーションを得ているのかが窺い知れます。

●ストーリー●

※邦題は勝手に付けました。ネタバレがありますので、原著を読もうという方はご注意ください(^ ^;)>

 

Traces [痕跡] / 1991
  宇宙船の雇われパイロットである私は、全キリスト第一教会の牧師で科学者でもあるディラードを乗せ、太陽系外縁部の彗星へ向かっていた。この飛行は、教会が有り余る資金を注ぎ込んだミッションで、太古の彗星の量子を解析することで、過去の宇宙の映像を掘り出そうとしていた。それによって「宇宙は人間のためにデザインされた」という教会の理念が証明されるはずだったのだが……。

Darkness  [暗闇] / 1995
  女性刑事フィルマスは、学生ヒレガスとともに、1816年のレマン湖の別荘に立っていた。ここはカリフォルニアにある大学のコンピュータ・シュミレーションの中であり、ヒレガスが違法に作り出した人工意識の現場検証を行っていたのだ。彼女は、詩人バイロンの人工意識と対面する。

The Droplet [しずく] / 1989
  会計士のピーターは、兄ジョージの妻のマリーから、ジョージの様子がおかしいと連絡を受け、勤務先のスタンフォード大学の素粒子研究所を訪れた。ジョージはビッグバンから1秒後の状態を加速器で作り出そうと、不眠不休で研究を続けていた。ピーターは、マリーと研究所のスタッフが、なぜかピラミッド型のアクセサリーを付けていることに気づく。

No Longer Touch The Earth [触れえぬ地球]
 ドイツ空軍のヘルマン・ゲーリング中尉は、南極の極まで200キロの補給所で、フォッカー三葉機に最後の給油を受けた。アムンゼンやスコットが確認した通り、南極からは巨大で透明な軸が天空へ伸びており、地球は地球儀と同じようにその軸を中心に回転していた。彼は、世界で初めて、空中からの回転軸到達を目前にしていた。
  しかし、彼が軸に到着したとき、そこにはアメリカの撃墜王リッケンバッカーの複葉機が、一足早く到着していた。ゲーリングは、激しい怒りに駆られる。

Mittelwelt  [中間世界]
  第1次大戦に勝利したドイツ帝国は、ヨーロッパ全体を手中に収めていたが、アジア・オセアニアでは日本が「東亜新秩序」を掲げて勢力を拡大しており、緊張が高まっていた。会社からドイツに派遣されていたアメリカ人技術者のマイケル・キルダフは、有人弾道ロケット・ヴェルデの初飛行に搭乗するはめになる。ヴェルデ号の本当の目的は、東京爆撃だった。
 (註) 題名のMittelweltは字義どおりなら「中間世界」だが、Mittel-Europaは「中欧」を意味するようで、暗喩があるのかも知れない。ネット検索では、パンゾフィの「 白魔術と黒魔術の歴史研究」でパラケルススの哲学の章に、1.マクロコスモス、2.ミクロコスモス、3.中間世界( Mittelwelt)などが見つかる。

A Jorney to the King Planet [惑星王への旅]
  長編 "アンチ・アイス" (1993刊)の世界を描く短編。
  19世紀、南極で通常物質と反応して巨大なエネルギーを放出する「アンチ・アイス」が発見される。大英帝国は、これを独占し、1882年、アンチアイスを動力源にした初の惑星間飛行船オーストラリア号を建造する。
  フランス人のコンセィエ教授と英国の記者・ホールデンは、試験飛行に招待される。
  しかし、発射予定の5日前二人が見学をしていたとき、無人のはずのオーストラリア号が突然発進し、宇宙空間に飛び出してしまう。

The Jonah Man [不吉な人]
  タウ・セチVに向かう宇宙船が、おうし座の赤い恒星の近傍で遭難する。船医のムーアは、乗員のパックと船客ウィンドルの2人と共に、救命ポッドで脱出する。しかし、ポッドの燃料は2人分しか残っていかった。パックはウィンドルを邪魔者扱いし、折りあらば殺しかねない。そのとき、ウィンドルが、赤い恒星を周回する塵の輪の中に、生命体のようなものを発見する。
  [ヨナ(Jonah)は、旧約聖書で巨大な魚に飲み込まれた小預言者。不吉な人の意味もある。]

Downstream [下流]
  ストーンの生まれた世界は、大気自体が「上流」から「下流」へ超高速で流れ続けるすさまじい世界だった。人間は「底」にしがみついて、「蜘蛛」の卵や「幼生」の体液を食べて暮らしていた。いったん底から引き剥がされれば、下流へ押し流され、二度と仲間に会うことはできない。上流からは、ときどき人間とは思えない異形の死体が流されてくる。彼らにとって、上流も下流も全く情報のない未知の世界だった。
  ストーンはある日流れに巻き込まれ、妹フラワーとともに「下流」へ流されてしまう。

The Blood of Angels [天使の血]
  地球は、いにしえの「衝突」により氷の惑星となっている。人類は自らに遺伝子改良を行い、海中でかろうじて生き残っていた。しかし、長い時を経て人類は、全く異る4つの種族に進化していた。
  冬眠から目覚めた「真人族」の女・ハンターは、獰猛なバスカー族の襲撃を受けるが、武器が消え失せていて反撃できず、仲間の半分を喰われてしまう。美しいが理性を持たない「天使族」が、いたずらで武器を隠したのだった。ハンターは、ある決意をする。

Brigantia's Angels [勝利の天使]
  1895年のイングランドの炭鉱町。ある嵐の夜、炭鉱夫の息子ジミーは、近所の変わり者の大工・ビルに力を貸して欲しいと頼まれる。ビルに案内され野原に赴くと、そこには手作りの人力飛行機が転がっていた。

  1995年、優れた歴史改変SF小説に贈られるサイドワイズ賞を受賞

Weep for the moon [月にむせび泣く]
  1944年、"キャプテン"グレン・ミラーは、アメリカ軍慰問演奏のため、パリへ向かう軍用機に乗り込んで出発を待っていた。(史実では、彼を乗せた飛行機は英仏海峡で行方不明となっている)
  そこへどこからともなく、アメリカにいるはずの兄ハーブが現れ、今すぐ飛行機を降りろという。ハーブは、未来のアメリカは「ヴィジター」に破壊され尽くしており、それを救うことができるのは、グレンの音楽だけだという。

Good News [グッド・ニュース]
  ファルコは、自分の新聞社の部下の正体が「彼」であることを、当局に通報した。「彼」は逮捕されたとき、お馴染みの青と赤のコスチュームにマントを着ていた。「彼」はその超越的な力で、アメリカと地球の多くの危機を救ってきたにもかかわらず、その細胞の秘密を調べる研究を妨害した件で、起訴されたのだ。

Something for Nothing [棚ボタ]
  私は地球近傍の宇宙調査中に、異星の探査機と遭遇した。探査機は無人で20億年以上飛行を続けており、クェーサーを調査するために発射されたものが偶然太陽系を通過したものと思われた。同僚の宇宙飛行士のハリスは、探査機の部品を外して持ち帰ろうと主張する。

In the Manner of Trees [木々のやりかた]
  宇宙船ファインマン号は、調査のため、数百年前に連絡を絶った殖民地惑星 ワッタ・プレース(何て素敵な場所)に到着した。調査員たちは、果物が実った木々が点在する草原の世界に、裸で暮らす4〜5歳の幼児たちを発見する。彼らは言葉を話せない状態に退化し、幼児の一人は妊娠していた。

Pilgrim [放浪者]
  1962年10月、シラーがジェミニ宇宙船で打ち上げられた日、世界はキューバ危機が引き金となって、全面核戦争に突入してしまう。シラーは、軌道上から、地球が滅びていく様子を目の当たりにする。しかし、そのとき彼は宇宙空間に浮かぶ光の枠「ドア」に遭遇する

Zemlya [大地]
  人類最初の宇宙飛行から3年後、1964年、ガガーリンは、秘密裏に人類最初の惑星間宇宙船ゼムリャに乗り、単身金星への片道飛行に飛び立った。金星には空気とジャングルや石油の海があるはずであり、迎えの宇宙船が着くまで、ガガーリンは金星で暮らすことになっていた。 しかし、着陸した金星は、灼熱・高圧の地獄の惑星だった。

     (SFマガジン 1997年10月号に邦訳あり)

Moon Six  [月その6]
 宇宙飛行士のバドは、アポロ計画で月に降り立ち調査を開始するが、同僚の宙飛行士もろとも着陸船が目の前で掻き消える。代わって現れたのは、ソ連の一人乗り着陸船、大英帝国の蒸気宇宙船など、存在するはずがない宇宙船だった。

     (アンソロジー「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」に邦訳あり)

George and the Comet [ジョージと彗星]
 ベアードが目覚めると、目の前に、ジョージと名乗る英語を話すキツネザルのような生き物がおり、彼自身もサルの体になっていた。そして、空には50億年後の赤く膨れ上がった太陽と、巨大な彗星があった。

     (SFマガジン 2010年11月号に邦訳あり)

Inherit the Earth [地球の遺産]
  多脚と触手、4つの口を持つ知性生物の一人・ルークは、棲み慣れた海底で死を迎えようとしていた。しかし、彼は渾身の力を振り絞り、ある真実を知るための巡礼の旅を決意する。50億年前、彼らの種族にキリスト教を伝えたという「人類」、そしてキリストはほんとうに存在したのだろうか?

In the MSOB  [管制センター]
  年老いた元宇宙飛行士が、身よりも無く、老人ホームで残された日々を送っている。彼は、老人ホームから抜け出そうとするが、鎮静剤を打たれ連れ戻される。

 目を覚ましたとき、彼は有人宇宙飛行管制センターで、打ち上げの準備をしていた。

 



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