第五章 分詞句の解放に向かって
第3節 もう一つの「カンマ+-ed分詞句+ピリオド」

   前節で取り上げた「カンマ+-ed分詞句+ピリオド」の場合と同様、本節で取り上げようとしている「カンマ+-ed分詞句+ピリオド」についても、必然的な理由があって、諸々の学習用文法書中に適切な文例を見つけようとしても無駄であった([4−6]参照)。私の用例集から文例を挙げる。

(5−3)
Mr Hull said BMW wanted to move quickly with a sale of Rover Cars, worried that the market would pull its share price down if delays were incurred.
〈ハル氏が語ったところでは、BMW社はローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたが、(同社は)(処理の)遅れが生じれば市場で(自社の)株価の下落を招くのではないかと懸念していたのである。〉
(Phoenix buys Rover Cars for £10 By FT.com Staff, FT.com, May 9, 2000 ) ([1−10]参照)

   -ed分詞"worried"の暗黙の主辞は《一応》"BMW"と考えられる(ただし、《分詞構文》という約束事(第一章第2節参照)[5−8]に従ってこう判断するわけではない)。ここでの-ed分詞と暗黙の主辞の関係は、(3−3)(I read her favorite books, piled upon the oak dresser, and came to know ...)(第三章第1節参照)の場合に、"piled"の暗黙の主辞が"I"ではなく"her favorite books"であるのと同じくらい明瞭である。「私」が「オークの化粧台の上に積み重ねられている」はずがないと直ちに判断し得ても、「ローバー社」は「(処理の)遅れが生じれば市場で(ローバー社の)株価の下落を招くことになるのではないかと懸念していた」はずはないと直ちに判断し得ないとしたら、これらの名詞句に関わる非言語的脈絡が話者と受け手に共有されていないために、読解が部分的に(この場合は、-ed分詞の暗黙の主辞を把握すること)が妨げられていることになる。

   "book"は「本」であり、"dresser"は「化粧台」であるという置き換え能力はいわば英和辞書的な知識に属する。「本」や「化粧台」についてその物質的形態や世界内でのその機能に関するある程度の知識も百科事典を含む辞書的な知識(情報)であるといえる。ある語句に関する知識の内、どこまでを辞書的なものであり、どこまでを辞書外的なものであると言えるか、その区別を語ることは通常は極めてわずらわしい作業とならざるを得ないが、ここではその区別を語ることが比較的容易である。"BMW"はドイツの自動車製造会社、"Rover Cars"はもともと英国の自動車製造会社、この程度を百科事典を含めた辞書的な知識と見なすことができる。それぞれの名詞句の通時的属性であるといっていい。これに対し、両社の置かれている状況は時々刻々変化することを考慮すると、両社をめぐるある日の状況は次の日にはもはや両社について当てはまらないかもしれないことがら、つまりは一時的属性であると言えよう。今の場合、辞書外的情報に該当するのはこうした一時的属性のことである[5−9]

   「BMW社」と「ローバー社」の一時的属性とは具体的には次のようなものだ。「BMW社」は数年前「ローバー社」を買収して子会社にしたが、「ローバー社」の業績は悪化を続け、今や引き取り手(「買い手」などいない)を探すか、会社を清算するしかない状況に至っている、これがこの英文を読解する上で話者と共有することを求められている「BMW社」と「ローバー社」についての辞書外的情報である。新聞や雑誌の場合、こうした情報は記事本文から得られることもあるし、記事自体がそうした情報を当然の前提として読者(受け手)に求めている場合もある。「ローバー社」の株価は今やゼロに等しく、下がりようもない(実態は,マイナスとも言えるほどだ。同社には膨大な負債があるのだから)。この記事の見出し"Phoenix buys Rover Cars for £10"「フェニックス、ローバー社を10ポンドで買い取る」はこうした事情を如実に表現している。

   ところで、(5−3)中の--ed分詞句は、《分詞構文》の条件を充たしている-ed分詞句である。第三章第1節で挙げた(3−2)(Jones and Smith came in, followed by their wives.)(PEG, 280)〈ジョーンズとスミスは中に入り、彼らの妻が続いた。〉中の-ed分詞句がそうであったように、である。では(5−3)中の-ed分詞句は《分詞構文》という副詞要素なのか。というのも、ここでは前節(第五章第2節)で挙げた(5−2)(Clark left Netscape to found another company called Healthscape, later changed to Healtheon.)の場合とは少し事情が異なるように見え、-ed分詞"worried"の暗黙の主辞に相当する語句は-ed分詞句の直前に位置してはいない。つまり、-ed分詞句はその直前に位置する名詞句"Rover Cars"について叙述を重ねているわけではないのである。

   いずれにせよ、この分詞句には関わるべき暗黙の主辞がある。"later changed to Healtheon"〈後にHealtheon社へと変わった〉が"Healthscape"について常に語り得ることがら(即ち通時的属性)たり得るとしたら、"worried that the market would pull its share price down if delays were incurred"〈(処理の)遅れが生じれば市場で(自社の)株価の下落を招くのではないかと懸念していた〉は「BMW社」について常に語り得ることがら(即ち通時的属性)の一端というよりむしろ、「BMW社」の一時的属性――特別の状況下にあるBMW社についてこそ語り得ることがら――の一端である。この分詞句の暗黙の主辞としてふさわしいのは、単なる"BMW”というよりむしろ、特別の状況下にある"BMW"、「ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいた同社」、母節全体によってその「特定」が実現されている"BMW"と言える[5−10]。このような"BMW"こそ、分詞句に展開されていることがらの主体たるにふさわしいのである。

   こうした事情が本節の冒頭で「-ed分詞"worried"の暗黙の主辞は《一応》"BMW"と考えられる」のように《一応》と記さねばならなかった事情である。「Healthscape社は後にHealtheon社へと変わった[5−11]」のと同じように、「ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたBMW社は(処理の)遅れが生じれば市場で(自社の)株価の下落を招くのではないかと懸念していた」のである。

   ここでも、「分詞句読解の鍵はその暗黙の主辞との関わりの中に見出される」(本章第1節)(分詞句の暗黙の主辞を母節内に見出せない場合、その分詞句をどう考えたらいいのかについては第七章第4節参照)のであり、(5−2)(Clark left Netscape to found another company called Healthscape, later changed to Healtheon.)の-ed分詞句(later changed ......)と同じように、(5−3)(Mr Hull said BMW wanted to move quickly with a sale of Rover Cars, worried that the market would pull its share price down if delays were incurred. )の-ed分詞句(worried ......)もまた、その在り方には相違があるとは言え、暗黙の主辞について更に叙述を重ねる形容詞要素、つまり、ここでは「非制限的名詞修飾要素」である。カンマを伴う分詞句は、いずれにせよ、その位置を変えることによってその文法的機能までも変えるわけではない。

   -ed分詞句(worried ......)の暗黙の主辞は、母節全体によってそこに「特定」が実現されている"BMW"、即ち、「ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたBMW社」である、という事態は、結果的に、分詞句が関わるのは母節の主辞にとどまらず、母節全体であるという感じを受け手に与えることになる。また、受け手がこうしたことをひそかに[5−12]感じていればこそ、「BMW社は、遅れが生じれば市場で自社の株価の下落を招くのではないかと懸念していたので、ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んだ。」という日本語への置き換えがしばしば選択されることになる。もちろんこうした置き換えは読み違いではない。分詞句は母節全体と関わっているという感じは、その関わりの在り方の解読へと受け手を導き、解読の結果、(5−3)では、母節に示されている事態の原因が分詞句に見出されることになる[5−13]。更に言えば、「遅れが生じれば市場で自社の株価の下落を招くのではないかと懸念していたBMW社は、ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んだ。」という日本語に置き換えてもやはり読み違いではないのである。

   こうして見て取れるのは、「カンマ+-ed分詞句+ピリオド」という視覚的形態の-ed分詞句は、その暗黙の主辞との位置関係については相違があり、その結果、その文法的機能についても相違があるように感じられることがあるにせよ、等しく-ed分詞の暗黙の主辞に関わる「非制限的名詞修飾要素」であるということである。(5−2)(S+V …+名詞句[=分詞の暗黙の主辞]+,--ed分詞句.)中の-ed分詞句も、(5−3)(主辞[=分詞の暗黙の主辞]+V…,+-ed分詞句.)中の-ed分詞句も、等しくその暗黙の主辞について叙述を重ねる形容詞要素であると判断されるということである。これらの分詞句はいずれも非制限的名詞修飾要素であり、区別されるべきものではない。相違点があるとすれば、前者では暗黙の主辞の直後に分詞句が位置しているが、後者ではその間に他の語句が割って入っている、ということくらいである。ただし、分詞句とその暗黙の主辞との「隔たり」の程度の違いは、(5−2)(Clark left Netscape to found another company called Healthscape, later changed to Healtheon.)中の-ed分詞句は名詞修飾要素だが,(5−3)(Mr Hull said BMW wanted to move quickly with a sale of Rover Cars, worried that the market would pull its share price down if delays were incurred. )中の-ed分詞句は副詞要素である、という《揺れ》をもたらすに足るほどの示差的要素とはならないのである(「隔たり」に「示差的要素」を見出すという立場もあるだろう。この点については第六章参照)。「隔たり」がもたらすのは別の事態、把握すべき暗黙の主辞の在り方に一定の差異が生ずるという事態である。

   (5−2)中の-ed分詞句"later changed ......"は関係詞節に書き換え可能であると感じられ、(5−3)中の-ed分詞句"worried ......"は副詞節に書き換え可能であると感じられる、という違いは分詞句の文法的機能の違いに由来するものではない。違うという感じは、「カンマを伴う分詞句」とその母節(即ち分詞句の暗黙の主辞を含む節)とを、それぞれの意味内容の関係に還元した上で、その関係の在り方を解読することに由来すると言える[5−14]

  

(第5章 第3節 了)

(第5章 了)


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© Nojima Akira