第2節 《分詞構文》という了解
〔注1−8〕
「《分詞構文》を日本語に置き換える」とは、《分詞構文》と「母節」(「カンマを伴う分詞句」の暗黙の主辞を含む節、を本稿では「母節」と呼称する。学校英文法の「分詞構文によって修飾される節」にほぼ該当。更に[1−10]参照)との関係の在り方を、その意味内容の水準で、受け手の内部で成立済みの「世界認識」を媒介にして、いわば受け手に備わる解読格子を通して解読し、その結果に基づいて《分詞構文》の意味内容を日本語での表記によって再現することである(更に本文の記述参照)。《分詞構文》と「母節」それぞれの意味内容の論理的関係を検討し、類推の結果として導かれた論理的関係が反映されるような在り方で《分詞構文》を日本語に置き換えるのである。こうした手順に基づく場合、例えば、以下の文例の下線部が「つま先立ちして歩い(てい)たので」という日本語に置き換えられることは極めて稀であろう。が、同時に、そうした置き換えはありえないことでも、許容されないことでもないであろう。
こうした読解手法は日本の学校英文法に特有のものではもちろんない。そこに感じ取れる「意味内容の関係」に基づいて文法を語って臆することのない文法書の例としてはKRUISINGA & ERADES, An English Grammarを挙げられる。こうした態度は例えば、「言語においては、重要なのは客観的な事実や諸関係では決してなく、そうした事実や諸関係の主観的な見方であることが常である」(An English Grammar, 129-2)という記述に現われる。CGELがこうした態度を丁寧に避けようとしているのとは対照的である。
Kruisinga & Eradesは「自由付加詞[free adjuncts]」([1−1]参照)の「意味」について次のように述べている。
ところでKruisinga & Eradesは"the rest, forming the bulk of the flock"(ibid, 33-1)に見られるような「付加詞」(下線部)を「完全に名詞修飾的付加詞[purely attributive adjuncts]」(ibid, 34-1)と呼んでいる(カンマを挟んで実現されているこのような修飾の在り方を見れば、この"attributive"を「限定的」という日本語に置き換えることの不適切は容易に了解できる。"a pretty girl"や"a dirty face"中の形容詞も"attributive adjuncts"である(ibid, 127-2))。同書巻末の"Text"によって補えば次のようになる。
言うまでもないことだが、「付随的状況を表わす副詞節」は主節の機能の一つであるとも、「独立文」はas節の機能の一つであるとも、文法として記述されることはない。
「そこに在る関係」と「そこに在る関係の在り方」は同じではない。「そこに在る関係の在り方」は「そこに在る関係」に対して従属的な下位範疇である。「そこに在る関係」を解読した結果、見出されるのが「そこに在る関係の在り方」、いわば「論理的関係」である。
「そこに在る関係」と「そこに在る関係の在り方」を考える上で、以下の記述は参考になろう。Arnauld et Lancelot, Grammaire générale et raisonné(『ポール・ロワイヤル文法』Grammaire de Port-Royalは通称)(以後 Grammaire de Port-Royal と表記)中の「属格」をめぐる「解読可能な関係の様態」についての記述である。
1.全体が部分に対して有する関係 caput hominis(caput「頭」+homo「人間」の属格)
2.部分が全体に対して有する関係 Homo crassi capitis(homo「人間」+crassum caput「鈍い頭」の属格)
3.主体が偶有性や属性に対して有する関係 color rosae(color「色」+rosa「バラ」の属格)、Misericordia Dei(misericordia「慈悲」+Deus「神」の属格)
4.偶有性が主体に対して有する関係 Puer optimae indolis(puer「少年」+optima indoles「この上ない才能」の属格)
5.結果をもたらす原因が結果に対して有する関係 Opus Dei(opus「作品」+ Deus「神」の属格)、Oratio Ciceronis(oratio「雄弁」+Cicero「キケロ」の属格)
6.目的因が結果に対して有する関係 Potio soporis(potio「毒薬」+ sopor「麻痺」の属格)
7.結果が原因に対して有する関係 Creator mundi(Creator「創造者」+ mundus「世界」の属格)
8.素材が複合体に対して有する関係 Vas auri(vas「器」+ aurum「金」の属格)
9.対象が人間の霊魂の活動に対して有する関係 Cogitatio belli(cogitatio「思考」+bellum「戦争」の属格)、Contemptus mortis(contemptus「軽視」+ mors「死」の属格)
10.所有者が被所有物に対して有する関係 Pecus Meliboei(pecus「家畜の群れ」+ Meliboes「メリボイオス(人物名)」の属格)、Divitiae Croesi(divitiae「富裕」+Croesus「クレッスス(人物名)」の属格)
11.固有名詞が普通名詞に対して、あるいは個体が種に対して有する関係 Oppidum Lugduni(oppidum「城市」+Lugdunum「現在のリヨンの古名」の属格)
これらの諸関係の中には相対立するものもあるため、時には暖昧さが生じる。というのも、vulnus Achillis[アキレスの傷]という表現では、Achillisという(Achillesの)属格は、「主体が有する関係」を示し、その場合この表現はアキレス[Achilles]が受けた傷であると受動的に受け取られるし、あるいは、この属格は「原因が有する関係」を示し、その場合この表現はアキレスが負わせた傷であると能動的に受け取られることにもなる。」(p.35)
属格に置かれた名詞節〔of + 名詞節〕が多様な論理的関係を実現している例をCurme, Syntax中に見ることができる。
APartitive genitive[部分属格]
BPossessive genitive[所有属格]
CAppositive genitive[並置的属格]
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