『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第四章 そして不都合が生じた

第3節 欠落した範疇との対峙


〔注4−6〕

   諸々の学習用文法書中の「分詞の形容詞用法」を説明する頁には、補辞としての機能を発揮している場合を「叙述用法」とする記述はあっても、「名詞句を非制限的に修飾する分詞句」に関する記述は見当たらない([2−2]参照)。分詞句の「非制限的形容詞用法」が二重に欠落した範疇、欠落が意識されていない「欠落した範疇」であると言えた所以でもある。

   例えば、木村明『英文法精解』の「分詞」を扱った章に、「付加的用法の形容詞としての自動詞の過去分詞」という一節があり、文例として以下の四例が挙げられている。(この「付加的用法」とは多くの文法書では「制限用法」と記述される用法のことである。『英文法精解』の著者は、分詞の形容詞用法を「付加的用法」と「叙述的用法」に分け、「付加的用法」を「直接名詞の前、またはあとにつけて、これを修飾する」と説明するが、カンマの有無は論点として取り上げられることはない。)

@It was her sister Jane, just returned from her walk.
   (それはちょうど散歩から帰ったばかりの、彼女の姉のジェインであった。)
AHe was a young man newly come to our town.
  (彼は私たちの町へ、今度新しくやって来た青年であった。)
BIn days gone by things like these never happened.
  (このようなことは、昔はけっして起こらなかったものだ。)
CThey say that he is a man descended from a respectable family.
  (彼は相当な家柄の出身だ、という話しだ。)(p.510)(文例番号と下線は引用者)
   上記四例中に、「カンマを伴う分詞句」を含む文例が一例(文例@)ある。しかし、@〜Cの文例中に見られる二種類の-ed分詞句(@の「カンマを伴う分詞句」とA〜Cの「カンマを伴わない分詞句」)の違いに、つまり、カンマの有無に特別の感心が払われているようには見えない。「付加的用法」の理解が「直接名詞の前、またはあとにつけて、これを修飾する」にとどまっているために、カンマの有無は論点と感じられることがないのである。

   あれこれの学習用文法書を改めて広げてみて容易に気づくのは、文末に位置する-ed分詞句を含む文例が極めてわずかしか挙げられていないという事実である。手元にある文法書の中で《分詞構文》(もしくは「分詞句」)を扱った頁から、そうした文例を全て抜き出してもさほどの数にはならない。大した手間でもないから以下に挙げてみる。(以下、下線は引用者。日本の学習用文法書では殆どの場合、文例の和訳が添えられている。引用者の私訳についてのみ、その旨の断り書きを付す)

@PEGの分詞句に関わる頁を見る限り、第三章第1節で既に引用した2例のみ。
(3−1) She enters, accompanied by her mother. (PEG, 279)
           〈彼女は母親に伴われて入る。〉
(3−2) Jones and Smith came in, followed by their wives. (PEG, 280)
           〈ジョーンズとスミスは中に入り、彼らの妻が続いた。〉(下線は引用者)

APEUの分詞節に関わる頁にはゼロ。

B中原道喜『マスター 英文法』の分詞構文に関わる頁には二例。付帯事情(付帯状況)を表わす分詞構文の例として挙げられている。
She visited the school, accompanied by her mother. (彼女は母親に付き添われて学校を訪れた。)
He ran along, followed by his dog.(犬を従えて走って行った。)(p.394)(下線は引用者)

   二例とも、PEGに挙げられている文例の焼き直しであることはすぐに分かる。

C高梨健吉『総解英文法』の分詞に関わる頁にはゼロ。

D山口俊治『全解 英語構文』の分詞構文に関わる頁にはゼロ。同じ著者による『英文法講義の実況中継』の分詞構文に関わる頁にもゼロ。

E江川泰一郎『改訂三版 英文法解説』の分詞に関わる頁には次の一例だけ。
My problems are insignificant compared with the difficulties he faces.(彼が直面している難問に比べれば、私の問題はささいなことです)(p.352)(下線は引用者)

   この文例中の-ed分詞句はカンマを伴っていない。この-ed分詞句"compared with 〜"については第七章第4節で触れる。

F杉山忠一『英文法詳解』の分詞に関わる頁には一例。
He came home, utterly exhausted.(彼はすっかり疲れ切って帰宅した)(p.420)(下線は引用者)("exhausted”は形容詞とも考えられる…引用者)

G堀口・吉田『英語表現文法』の分詞構文に関わる頁には一例。
Susie entered the consulting room, accompanied by her mother. (スージーは母親につき添われて、診察室に入った)(p.211)(下線は引用者)

H安井稔『改訂版 英文法総覧』の分詞の章ではゼロ。「副詞的修飾語句」の章の「付帯状況を表す表現」という一節中に一例。
We went on, filled with wonder in these new and strange facts. 〈これらの新しい不思議な事実に対する驚きでいっぱいになりながら、我々は進んでいった。〉(p.525)(下線は引用者)

I清水周裕『現代英文法』の分詞構文に関わる頁には一例。
He entered, accompanied by his father.(彼は父親につき添われて入ってきた)(p.358)(下線は引用者)

J宮川幸久・綿貫陽・須貝猛敏・高松尚弘『ロイヤル英文法』の分詞構文に関わる頁にはゼロ。

K木村明『英文法精解』の分詞構文に関わる頁には一例。
He sat calmly on the bench, surrounded by many of his disciples.(多くの門人たちに取り巻かれて、彼はベンチに静かにすわっていた。)(p.522)(下線は引用者)

L吉住元廣『高校英文法 完成編』の分詞の章にはゼロ。

【参考】

M林語堂『開明英文法』(山田和男訳、文建書房)(中国人の学生対象に、1930年に英語でかかれた文法書)の分詞句の頁にはゼロ。

N荒木一雄編『新英文法用例辞典』の分詞構文に関わる頁には以下の三例。
The girl entered the room, accompanied by her mother.(その女の子は母親に付き添われて部屋に入った)(p.246)
He didn’t stop fighting, wounded seriously.(重傷を負いながらも、彼は戦うことをやめなかった)(p.247)
While the wives are busy working around the house, their “macho” husbands are idly dozing in front of the TV, unconcerned with other matters. (妻が家の周りで忙しく働いている間中、「威張りくさった」亭主は、テレビの前で、他のことには無関心で、何もしないで居眠りしている)(p.252)(下線は引用者)

   同辞典では上記の三番目の文例を、形容詞"unconcerned”の前の”being”が省略されている例(分詞構文の変形…(2) ”being”が省略されている場合)(ibid, pp.250--251)として挙げているが、ここでは"unconcerned”を-ed分詞に相当する語と見なして、この文例を紹介しておく。

O勝又永朗『大学英文法』の分詞構文に関わる頁には二例。
She looked very beautiful, dressed in white.
I went in, booted as I was. (p.179)(下線は引用者)
〈彼女は大変美しかった。白一色の装いだった。〉(私訳)
〈私は中に入った。長靴をはいたままだ。〉(私訳)

   これらの学習用文法書(『新英文用例辞典』は用例集)の多くは、小さな活字で500〜700頁以上にも及ぶ大部の書物である。それにしても文例の貧しさには目を覆いたくなる。この「貧しさ」は示唆的である。偶然ではない。「カンマ+-ed分詞句+ピリオド」について、経験豊富な英語教師が抱いている印象と、文法書に挙げられている文例の貧しさが示唆するものは何か。文法規則は豊富な実例の観察と分析を基に、そこに読み取れる規則性を記述したものなのである。   

(〔注4−6〕 了)

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