2021年度後期 創作レポート

テーマは「そして明日!」です。恒例の創作レポート、3つの力作をご覧下さい。

LB20 Y・S 「ノアの方舟」

 『ノアの方舟』という伝説がある。人間を見限った神が洪水で世界を滅ぼすのだが、善良なノアにはお告げを下し、ノアと彼の家族、動物たちは方舟に乗って助かる伝説だ。
 それと似た事が明日、起きるらしい。俺を初めとする特定の人だけに神のお告げが下り、この方舟に集められた。しかし、集まった人々は皆人相が悪い。かくいう俺も殺人犯である。もしかしたら方舟には悪人しか集められていないのではと思った。善良ではない俺たちが方舟に乗れたのは疑問ではあったが、「世界が滅んでも自分は助かる」という高揚感の前ではどうでも良い事だった。
 そして明日。滅亡の日がやってきた。俺たちは歓声を上げて方舟を沖に進めたが、奇妙な事に方舟の上だけに嵐が発生した。その一方で彼方の陸地は穏やかな陽が射しているのである。
 やがて雷が方舟を直撃し、火災が発生した。海に飛び込もうにも嵐で荒れた波に飲まれるので助からない。その時になって俺たちは神に騙された事を悟った。滅ぶのは世界ではなく、悪人の俺たちなのだ。
 だが俺は神の真意に気づいた。神ならば大洪水を起こして人類を滅ぼす事もできたはずだが、ご丁寧にも悪人だけを選別して抹殺している。どうやら人間そのものはまだ堕落しておらず、生きる事が許されているらしい。
 人間にはまだ明日がある。そう思うと俺はなぜだか嬉しくなった。咎人として死んでゆく身だけれど「悪くない」と笑って地獄に堕ちられる気がした。


②LB20 K・I 「春を待って」

「倉庫の鍵もう一回開けていい?」私が聞くと、
「もう遅いから明日にして。」
目をこすりながら母は穏やかな声で答えた。
11月下旬のある日、
我が家では父の会社の冬眠休暇に合わせ、今晩から冬眠に入ることになっている。
ヒトの冬眠はクマと同様に、途中で意識が覚醒しないのだが、4ヶ月ほど過ごす室内はなるべく快適に整えておきたい。
一度寝てしまうと部屋の掃除もできなくなるので、ほとんどの家具はすでに倉庫に詰め込み、床も塵一つ残さず綺麗に掃除してある。
閑散とした部屋は平行に並べられた寝具だけが強い存在感を放っていた。
数週間前から準備をしていても、直前になると不思議と足りないものが見つかる。私は倉庫に詰めて忘れたままの新しい枕カバーを泣く泣く諦めることにした。冬眠用にとわざわざ買ったが、枕カバーなら春になっても使えるだろう。
私たちは最後の仕上げに取り掛かった。窓をきっかり10センチずつあけて新鮮な冷気を取り込み、体を布団に滑り込ませて干したての布団で隙間なく覆った。
やっと準備が整い部屋の電気を消すと、急に視界が奪われた。車のライトさえほとんど入らない。最近は地球寒冷化が進み、夜更かし好きの若者でも11月にはほとんど寝始めるのである。
体温によって布団が温まると徐々に自分の意識もぼんやりしてきた。
次に目が覚めた日はこの布団の中のような温かい陽気だろうか、想像しながら眠りについた。
そして明日―。


③LB20 K・K 「その笑顔は」

地獄の教室を抜けたその先に、彼は笑顔で立っていた。
4か月前。父が殺人を犯した。気性が荒いこともあったが、唯一の家族である私には優しくて、大好きな父だった。家族との幸せな時間が明日も、明後日も、永遠に続くと思っていた。同僚の言葉にかっとなって、勢いでホームから突き落としてしまった。泣きながら父は私に謝り続けた。
その日からすべてが変わってしまった。人殺しの娘、犯罪者の家族。どこからともなく囁かれる声。そんな時、彼に出会った。父と私は違う、と手を差し伸べてくれた彼の笑顔を今も忘れることができない。
一緒に帰る道。彼と共にいるときは教室で受けたひどい扱いも忘れてしまう。今日はどんなこと言われた?ひどいことされていない?と毎日心配してくれる。大丈夫だよ、こうやって隣に笑顔の君がいれば何も怖くない。そう呟くと彼は照れたように笑った。
そんなに俺の笑顔好き?
うん、好き。
そっか。
そう言って今日も彼は、大好きな笑顔を私に向けてくれた。昨日もそうだった。今日もそうだった。そして明日からもずっと続くはずだ!
じゃあ、また明日!と負けないくらいの笑顔で言った。明日こそ、笑顔だけじゃなく君自身が好きだと伝えたい、そんなことを考えながら。
「うん、バイバイ」
そのとき体が宙に浮いた。電車が迫りくる音がする。前には、大好きな笑顔の彼がいた。