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Voyage

  • 著者:スティーヴン・バクスター (Stephen Baxter)
  • 発行:初版・ 1997 / Voyager / 788ページ
     Kindle版:2011 / $7.99
  • 2012年5月読了時、本邦未訳。
  • ボキャブラ度:★★★☆☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 "Voyage"は長らく絶版状態でしたが、Kindle版が出たのを機に読んでみて驚きました。これは、宇宙開発SFの埋もれた傑作です。

 

 ケネディが暗殺から生き延び影響力を保った結果、1985年に火星有人飛行が行われるとういう、もう一つの宇宙開発史です。主な登場人物は架空ですが、ニクソンやフォン・ブラウンの権謀術数、NASAと議会との政治闘争、火星着陸船の受注競争などがリアルに描かれます。何より面白いのは、1970年代の技術を基にして火星飛行を行うための課題とその解決に関する考察です。サイエンス・フィクションならぬ「エンジニアリング・フィクション」といったほうがふさわしいかもしれません。

 バクスターは、本作品のために取材と軌道計算など綿密な準備を行ったようで、彼には珍しく巻末には飛行経路やロケットの形状の図解や解説もあり、その本気度が伺えます。

 

 登場人物の扱いは、今回もバクスターらしく、いじめ抜かれ、燃え尽き、脱落し、死屍累々です。キャラクター設定の欠点を指摘する書評もありますが、宇宙に飛びたい、飛ばしたいとう抑えがたい情熱がリアルに感じられるのは、取材に応じたNASA関係者やバクスター自身の思いの投影でもあるのでしょう。民間宇宙船や「宇宙兄弟」などが話題になっている今こそ、小説としての完成度とは別の次元で、日本でも読まれてほしい作品です。
 なお、本作で提案された火星へのフライトプランはかなり複雑ですが、YouTubeにそれを再現したすばらしいCG動画がUPされていますのでぜひご覧になってください。

 

 

 なお、本書"Voyage"と、以後に出版された"Titan"、"Moonseed"は、NASAを舞台にしているため「NASA三部作」と呼ばれますが、物語としては全く別の作品です。

  PS: NASA三部作レビュー:→Titan→Moonseed

 

●ストーリー●

 

 アポロが月着陸を目指していた1969年、泥沼のベトナム戦争が続く中、ニクソン大統領はアポロ後の宇宙計画について決断を迫られていた。ケネディ元大統領は狙撃で半身不随となり引退したものの、いまだに大衆への影響力を保ち、火星有人飛行を強く主張していたのだ。ニクソンは、自らの名声と選挙対策のため、スペースシャトル計画をキャンセルし火星を目指すことを宣言する。しかし、財政難のため、18号まで予定されていたアポロ計画は14号で打ち切りとなり、火星飛行のための開発予算は大幅にカットされる。火星の大接近は1986年で、それを逃せば2003年までチャンスはない。限られた期間と予算の中で、NASAの苦闘が始まる。

 

 主人公となる女性地質学者ナタリー・ヨークは、火星飛行決定のニュースを聞き、学者としてのキャリアを放棄して、幼いころからの夢であった宇宙飛行士に応募する。

 

 NASAでは、フォン・ブラウンらドイツ人技術者たちが、超大型の宇宙船を開発し火星に一気に6人を送り込む計画を立てる。その推進ロケットとして、極秘に開発が進められていた熱核ロケット・NERVAが採用されるが、その実用化は困難を極める。1980年、ようやくNERVAロケットの有人テストが行われることになり、ナタリーは控えの宇宙飛行士として管制センターで通信を担当する。世界が注目する中、悲劇は起こる。軌道上で熱核ロケットが爆発し、ナタリーの恋人を含む宇宙飛行士3人が放射線被ばくで死亡したのだ。

 

 NERVA開発は頓挫し、もはや目標の1985年の打ち上げは不可能に思われた。しかし、忘れ去られていた飛行計画がNASAを救う。ラングレー研究所の老科学者・グレゴリーが考案した、最小限の推力で火星を目指す「金星スイングバイ飛行」だ。

 

 計画は継続されるが、火星着陸船の建設は遅々として進まず、議会や世論の批判はとどまることを知らない。それでも、ナタリーをはじめ、自分の人生を宇宙飛行に捧げたスタッフや支援者たちの執念が、徐々に火星への扉をこじ開けていく……。

 



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