「触法精神障害者」の司法と処遇の私案

(メールマガジン2001年10月から)

今回は、かつて「保安処分」として議論され葬り去ったテーマに関連する。
法律の作り方によっては、重大な人権侵害を生むし、治安法規にも成りかねない危険もあるテーマだ。

そうではあっても、課題に解決策を作ることは必要なので、案を考えてみた。
引用する法律は斜め読みしただけなので、条文解釈に間違いがあることもあるので、そういうものとして読んでほしい。

1 案を作成する前提になる要点
(1)「触法精神障害者」に対する処遇の「期間の曖昧さ」
1)現在は、「触法精神障害者」も「一般精神障害者」と全く同じに、精神保健福祉法で取り扱っている。これが間違っている。
2)もともと精神保健福祉法は、刑罰でなく、治療のための法律制度。
3)一定の治療を終えれば、できるだけ「退院させる」ためにある。治れば明日にでも退院するし、治らなければ死ぬまで入院している。
4)つまり「措置入院」という処遇の継続、終了は犯罪の内容に関わらない。
5)この「期間の曖昧さ」を解決する必要がある。

(2)一定期間の中で「事件を起こす可能性」を予想することはできない
1)精神科医がきちんと診断すれば、その時点の「自傷他害のおそれ」は判断できる。
しかし、病状は変わる。環境で左右される。環境を含めた判断はいくつかの仮定(受診の継続、周囲のサポートなど)を置いたうえでアバウトに行う。
2)この判断の性質は、医師が行っても、裁判官その他の誰が行っても免れることはできない。
3)この「予見可能性のアバウトさ」を認めることをネグる案は、妥当ではない。

(3)「一般の人」と比べて
1)あの容疑者(大阪の小学校の事件、2001,6)にしても、他のリンチ事件(栃木)やストーカー事件(桶川)の加害者も、判断がまともでない、性格が偏っている、などは言えても、精神障害ではない「一般の人」だ。
2)一方、刑法39条「心神喪失者の行為は罰しない」により、「殺人(未遂)で不起訴になる」のは、年に100から150件とのこと。
3)刑法39条で不起訴にした後、どうするか?これが現在は何もない。即ち、立法の「すき間」がある。(cf.1(1)2))
例えば、(刑法の適用を免れる)少年法には保護処分としての「保護観察所の保護観察」や「少年院に送致」「保護観察所による家庭その他の環境調整」がある(第24条)。
また、成人でも「執行猶予」(第25条)の場合は、「猶予の期間中保護観察」に付する(第25条の2)。
4)「一般の人」であれば刑罰の対象になる行為に、何もないのは、おかしい。もちろん、「犯意」に関連して「事故と事件」の区別はある。棚の上の物を取ろうとしたら落ちて、隣に居た人に当たった。これは事故であり、事件ではない。それでも「業務上過失罪」というのはありうる。一方、刃物を自分の手に持って刺せば、どんな理由があってもこれは事件だ。
5)「心神喪失者」であっても、何らかの「結果責任」を設けることが、妥当だ。

(4)被害者にとっては「心神喪失で無罪」というのは受け入れられない
1)刑罰は、現行の立て前では「教育刑」だ。つまり更正が目的で、懲罰ではない。
しかし、法治主義というのは、個人が個々に復讐する権利を取り上げたところがある。
だから、実態としては「被害者感情」ということで、国家による復讐の代行という側面がある。
2)「心神喪失」と言っても、原因が「覚せい剤服用」「泥酔の繰り返し」「特段の理由の無い通院中断」などであれば、社会生活上の義務を果たしていないのだから、「免責という権利」も無しだろう。また、「病(やまい)」であれば、それをきちんと治すことは、加害者の被害者に対する責任の果たし方、償いになる。

(5)起訴便宜主義、不起訴
1)刑法39条による検察官の起訴裁量を制約する。
「犯罪行為が無くて(立証できなくて)不起訴」は当たり前。「犯罪行為が有って不起訴」は、刑法39条「心神喪失者の行為を罰しない」によるが、その判断は、検察官でなく裁判官がすることにする。
2)現在、検察官が不起訴にした場合は、「都道府県知事に通報する」(精神保健福祉法第25条)ことになっているが、これは「措置入院」を想定して司法から医療に管轄を移すためだが、仮に診察の結果「措置入院」にならなくても、既に司法手続きからは完全に離れたので戻ることはない(そのまま社会に規制も保護もなく「放り出される」)。
実際は、保護者に引き渡されるが(「保護者の引取義務等」第41条)、保護者が高齢であったり、引取拒否、監督放棄すれば、機能しない。また犯罪を行った者が、私的管理監督に任せられるという問題がある。
また、「精神障害者社会復帰施設の設置等」(第50条)の規定があるが、これは個々の「触法精神障害者」を具体的に援助することを義務づけたものではない。
3)起訴裁量の制約は、被害者を考慮した法律運用だ。また、現在検察官が行っている裁量が惰性に陥っていないか、妥当かに疑問を持つからでもある。これにより年に100から150件の刑事裁判が増えるが、制度の納得性、運用の妥当性を高めるために、必要なコストだろう。

(6)「触法精神障害者」の受療義務
1)結核は感染力が強く、かつて国民病と呼ばれ、今も無くなっていない。結核予防法では、治療を受けることを義務づけている。
2)刑法39条の適用を受けた「触法精神障害者」は、自分の病を治療する義務がある。

(7)刑法の「責任能力」
刑法は、「少年」や「故意、過失」(38条、罪を犯す意なき行為は罰しない)「犯意」などの扱いを見ると、「犯行を行う意志」「責任能力」を刑罰を課す前提にしているようだが、この関連で「心神喪失者」の行為を「罰しない」(39条)としているのだろう。(cf.上記、各項)

2 参考に比較する法令
(1)精神保健福祉法
(正式名称、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)
措置入院の「継続更新、解除」は、病院に所属する精神科医(精神保健指定医)の診断を受けて、都道府県知事が行う。
精神保健福祉法は、刑罰でなく、治療のための法律制度だから、「必要以上の長期化をしない」ことが指針になる。つまり同法は、患者の権利保護が重点なので、指定医は入院時は2人だが、退院時は1人の診断になっている。
(2)結核予防法
せきなどで、結核菌を撒いている状態の人は、結核療養所等に「入所命令」になる(第29条)。治療歴は保健所が「結核登録票」に記録する(第24条)。
(3)刑法
刑法は、「少年」や「故意、過失」(38条、罪を犯す意なき行為は罰しない)「犯意」などの扱いを見ると、「犯行を行う意志」「責任能力」を刑罰を課す前提にしているようだが、この関連で「心神喪失」者の行為を「罰しない」(39条)としているのだろう。
(4)少年法
年齢(20歳未満)によって、刑法の適用を免れて、矯正等のために「保護観察所の保護観察」「少年院に送致」「家庭その他の環境調整に関する措置」(第24条)などを行う。
(5)犯罪者予防更生法
受刑者等の仮釈放(第28条〜)や保護観察(第33条)について定めている。保護観察所(第18条)、保護観察官(第19条)、保護司(第20条)についての定めもある。なお、保護観察所は、「この法律又は他の法律により保護観察所の所掌に属」することを行う(第18条)となっている。
(6)執行猶予者保護観察法
刑法で「執行猶予」(第25条)になった場合に、「保護観察」(第25条の2)に付するが。その方法、運用の基準等を定めている。具体的には、法務省保護観察所(第3条)が、専従国家公務員である保護観察官と民間ボランティアである保護司によって、「就職」「医療」「宿所」「環境調整」「助言」「連絡」などの「補導援護」(第6条)を行う。
(参考)法務省保護局「更生保護」http://www.moj.go.jp/HOGO/index.html
(7)更生保護事業法
犯罪者予防更生法、執行猶予者保護観察法、その他とあいまって更生を助けるため、更生保護事業について定めている。対象者として「保護観察」等を掲げている(第2条)。なお、この第2条2項6号に、「訴追を必要としないため公訴を提起しない処分を受け、刑事上の手続による身体の拘束を解かれた者」つまり不起訴も挙げている。
また、「保護の実施」(第49条)は、「保護観察所の長の委託又は被保護者の申出」により行う、となっている。つまり、第2条2項6号にかかわらず不起訴者は現実には対象にほぼなっていないということ。
(8)保護司法
更生を助ける民間ボランティアである保護司について定めている。なお、「保護司には給与を支給しない」(第11条)となっている。
(9)民生委員法
厚生労働大臣が委嘱する民生委員について定めている。民生委員は、住民と社会福祉をつなぐ援助を行う(第14条)。

3 司法と処遇の私案
(1)刑法39条を廃止、改正または運用の厳格化
1)死刑に相当する犯罪を行った者が、「心神喪失」を疑われる場合、精神鑑定の結果により、死刑か無罪に分かれ、その間は無い。刑法39条が「心神喪失者の行為は罰しない」としているからである。(「減刑する」ではないことに注意)。刑法39条を廃止すれば、「酌量減刑」(第66条)との組み合わせで、例えば、無期刑や有期刑がありうる。日本の無期刑は終身刑ではない。経過により仮釈放もありうる。
「結果責任」で対処した方が、保安処分よりよほどすっきりする。
2)もしくは40条(いん唖者の行為は罰せずまたは刑を減刑する)にならって、「心神喪失者の行為は罰せずまたは刑を減刑する」に改正すれば、上記と同じ結果を得られる。
現在は、条文どおりに読めば、「100%有罪」か「無罪」か、あいだがない。
3)運用の厳格化、本来も犯罪にあたる行為や社会生活上の義務を果たさないこと(「覚せい剤服用」「泥酔の繰り返し」「特段の理由の無い通院中断」など)による心神喪失は除く。
4)「犯罪行為が無くて不起訴」は当たり前。「犯罪行為が有って不起訴」は制度の作り方の問題。具体的な結果が、説得力ある妥当なものになる仕組みを作る必要がある。

(2)「触法精神障害者」の「保護観察処分」
1)現行法で、「少年」(少年法第24条)、「執行猶予者」(刑法第25条の2)、「仮出獄者」(犯罪者予防更生法第33条)には、「保護観察処分」がある。
これらの「保護観察」は、法務省保護観察所(犯罪者予防更生法第18条、執行猶予者保護観察法第3条)が、担当している。保護事業としては、「就職」「医療」「宿所」「環境調整」「助言」「連絡」などを定めている。
2)犯罪行為そのものに着目すれば刑罰の対象になる行為を、「不起訴」や「無罪」にする場合は、執行猶予等に準じて、刑罰の代わりになる措置を行うべきだ。
3)例えば、刑法39条で「心神喪失で無罪」とするときは、判決の中で「保護観察処分の期間を付する」。
この期間は「病状ではなく犯罪内容の重大さに従って決める」。つまり不定期ではなく、犯罪の内容に着目して、通常であれば課されるであろう禁固期間を参考に、また上限にして決める。
4)上の「保護観察処分の期間」は刑法上のもので、精神保健福祉法上の措置入院とは別物なので、「措置入院の継続更新、解除」によって期間が変動することはない。(cf.1(1)「期間の曖昧さ」)
5)保護観察の要点
保護者との連絡、協力、生活状況の確認(定住、就労他)と、必要な援助の調整、「通院義務」の履行確保
6)保護観察の方法
「執行猶予」等に準じて、法務省保護観察所が行う。

(3)私案による「触法精神障害者」の処遇の流れ
1)検察官による起訴と裁判
検察官は、犯罪事実があれば、「心神喪失の疑い」がある場合も起訴する。
裁判によって、刑法39条の適用が決まる。あわせて犯罪事実の内容により「保護観察期間」を決める。
2)「特別措置入院」
「触法精神障害者」の「措置入院の決定、退院」は一般精神障害者と別に処理する。
医療判断と裁判所が関与する仕組みを作る。医療判断は、医学的に見て「いま、自傷他害のおそれがあるか」。 裁判所が行うのは「過去の犯罪歴」「退院後の治療継続」を含む判断。
3)一般精神科病院の中の専門病棟
「触法精神障害者」の入院は、一般精神科病院の中の専門病棟にする。
これは、刑法39条を適用するということは、医療を基本に処遇するということなので、一般的な医療動向を反映する一般精神科病院に入院する。
他方、「触法精神障害者」であるために、前記「保護観察」に対応した援助プログラム、司法手続きがあるので、「治療」と「特別措置入院のための記録」という異質な対応にノウハウを蓄積した専門病棟に入院する。
具体的には、人員体制、一貫した処遇といった観点から、国公立病院等を予め指定しておく。民間病院を指定するときは、病棟運営補助を付ける。設置者に処遇状況の定期的公開を義務付ける。
4)「特別措置入院」の退院
前記のとおり、「触法精神障害者」の「措置入院の決定、退院」は一般精神障害者と別に処理する。
医療判断と裁判所が関与する仕組みを作る。退院時には、蓄積したノウハウにより「退院後の援助プログラム」を作成する。
5)退院後の保護観察
「特別措置入院」中は、「一般精神科病院の中の専門病棟」の中で保護観察が行われる。
退院後は、外来通院を含む援助プログラムを、従前の保護者と法務省保護観察所で監督して実施する。
6)保護観察期間の満了後の処遇
司法上の保護観察期間の満了により、保護観察は終了する。保護者による監督だけになる。
一般原則である精神保健福祉法の外来通院、通報による措置入院で処遇する。
ただし、再び措置入院になったときは、以前「触法精神障害者」として処遇された者の「措置入院の入院、退院」は、「特別措置入院」の処遇、手続き(専門病棟、退院決定、援助プログラム作成など)による。
これは「触法精神障害者」だけに、無期限で特別の手続きを適用することになるが、「刑法39条による免責」を得た結果なので、止むを得ない。

(4)一般精神障害者の「措置入院」の改善
1)「措置入院」患者の後方病院
一般の措置入院では、現行の精神保健福祉法に定める国、都道府県立精神病院又は指定病院(第19条の8)に入院になる(第29条)。しかし、症状の程度、治療体制などにより、当該病院で入院治療を続けることが難しい場合がある。このときは、都道府県知事に申し出ることにより、より体制が整った病院に転院する調整を受けられる仕組みを作る。
2)退院の診断は指定医2人で行う(入院時に2人で行うのと同じになる)。
現行は、患者の権利を擁護する観点から、入院時は2人が診断するが、退院時はより簡便に1人で行う。ここに「病院側の都合」が入る余地があるので、より客観的に処遇を行うため、退院時も2人で診断することにする。

4 各団体等の要望内容その他
以前から各団体が要望を出している。以下に抄録するが重複するものは除いた。
このうち司法的保護観察や入院については、「触法と結果責任」から「期間の曖昧さが残るのはダメ」と考える(詳細は前述のとおり)。
1)精神科7者懇談会
(2001,6,29)「重大な犯罪を犯した精神障害者に関する緊急声明」
〜「保健医療福祉連携の継続医療、生活支援」
〜「触法精神障害者の入院退院評価、退院後医療継続に司法が関わる制度」
〜「触法精神障害者の特別施設新設は慎重であるべき。国公立病院等に専用病棟設置し地域医療の観点を失わずに」
〜「起訴前鑑定の実態調査、刑事責任能力評価のあり方見直し」「医療を受けつつ刑事責任能力評価できる制度」
〜「矯正施設内精神科医療の調査改善」

2)日本精神病院協会
(2001,8,2)「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇に関する新たな法制度について」
〜「結果責任のみ精神科病院や医師に押し付けられ」「一般精神障害者に対する偏見が増幅され」
〜「重大な犯罪を犯した精神障害者を対象に」「司法判断を行う立法措置を求める」
〜「精神医療審査会とは別に、司法精神医療裁判所(仮称)を新設」「(1)障害の医療的判断を踏まえ(2)犯罪の種類、程度、犯罪歴等を勘案し(3)人権擁護と社会的公共性、司法判断を行う」
〜「国立病院等に司法精神医療病棟(仮称)を併設する」「マンパワー」「専門治療プログラム」「鑑定留置も行う」
〜「退院後の保護観察制度の導入」「通院の義務付け」

(2001,3,23)「重大犯罪を犯した精神障害者の処遇のあり方についての提言」
〜「殺人を犯しても刑に問われず入院治療もしない例」「被害者、家族に不十分な情報、不全感」「重大犯罪を犯しても措置症状がなくなれば1週間でも退院可能」「精神科医師、病院の責務が過大」
〜「簡易鑑定がごく短時間の診察」「措置診察で入院不要となっても、(制度上)司法に戻せない」

(1998,1,29)「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律改正に関する要望」
〜「触法精神障害者のなかでも重大な犯罪(殺人、放火等)を犯した者は、一般の措置制度とは別に」
〜「精神医療審査会の機能に、病院管理者からの申請による公的病院等への入転院審査」
「精神科救急医療で1次、2次の民間病院からの後送システムがない」
〜「保護者の高齢化もあって、不法行為の防止義務を負わせることは困難、選任を拒否する扶養義務者も増えている」「後見人を自然人でなく権威ある機関も」
〜「医療保護入院の市長村長同意は形式的に止まっており、入院中の保護者義務、退院後の社会復帰への努力規定が必要」
〜「社会福祉事業法の身体障害者、知的障害者の第1種と精神障害者の第2種社会福祉事業を統一し、設立補助金、利用料などの差を解消する」「居住リハビリテーション施設、永住型居住施設を法定化」「施設利用の推薦を保健所長から病院、施設長に変える」
〜「障害者の雇用の促進等に関する法律の法定雇用率に精神障害者を含める」「精神障害者保健福祉手帳による福祉サービスの改善」

3)法務省厚生労働省合同検討会
あの事件(大阪の小学校の事件、2001,6)の以前である2001年1月29日から第1回を行い、9月11日に第6回を行っている。下記サイトから議事録にリンクしている。

4)精神保健福祉に関する情報一覧
官庁の法律等基礎資料が載っているサイトをリンクしている一覧。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/smtm/page5701.htm

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