漂流事故対策
− 救助されるために必要なこと −


救助された漂流事故に見る装備

 今年になって、漁船が他の船舶と接触して沈没した後、乗組員が漂流し、3日後に無事救助された事件がありました。助かった人たちには心から喜びを申し上げたいと思います。また懸命に救助にあたり、ヘリで彼らを洋上で発見し、連携して救助にあたった海上保安庁の船舶などの努力と成果に心からの賞賛を申し上げさせていただきたいと思います。

 ところでその救助の報道によると、大きな船と接触して沈没した船の船長は、自分の船舶の規模では法で義務付けられていなかったにもかかわらず救難ボート(筏という。)を装備していたとのことです。そして沈没時に直ちにそれに乗ったことで助かったということでした。

 彼らが救助されたときの救難ボートは以下のような状況でした。


(資料提供:海上保安庁)

 このボートはヘリが発見してその座標を救助に向かう船舶に知らせたそうです。しかしテレビの報道でも見られたように、当日は夕方でも夜でもなく、また霧も出ておらず、快晴の昼間でした。(もちろん、ヘリから洋上の小さなボートを目視で発見するという事は、日ごろの過酷な訓練があってこそのことであって、一般人が簡単にできるようなことではないと思います。)
 もし、この発見後、気象条件が変わって、急に海上に霧が出たら、あるいは発見が夕方であって、徐々に日が沈んできたら、などと考えると、状況によっては過酷な訓練を積んでいるヘリの搭乗員でさえ見つけられない、あるいは見つけた後に見失う可能性があったかもしれません。だからこそ、この発見が快晴の昼間であったということは、海保の方々の必死の捜索の努力がベースにあったことは明らかですが、この他に幸運もあったとも考えたくなります。もちろんこの幸運は、船長の、リスクを甘く見ずに、事前に自費でこのボート(筏)を装備していたからこそ呼び込めたと思います。

 ここで、彼らが捜索隊の捜索範囲内にいたとしても、それが快晴の昼間でなかったとしたらどうだったか、同じように海保の捜索でこのボートは発見されたか考えてみましょう。
 個人的意見ですが、私はできたのではと思います。(100%とは言い切れませんが、可能性は高いと思います。)
 その理由はこのボートの上部にある白い玉です。

 これは単なるビニールの玉(ボール)ではなく、レーダーに感知されるな機能をもった装置です(ビーチボールと同じくやわらかさ)。(興亜化工社製「レーダー反射器 KR−1」) 
 つまり、このボートでは、目視が困難な状況でも発見されるような準備ができていたという訳です。

 これまで、ダイバーだけでなく、サーファー、ボディボーダー、シーカヤックの乗員などは、実際に何度も漂流事故に遭っています。このようなとき、確かに信号弾や海面着色剤の効果は大でしょうが、いずれも「目視される」ことを条件とされています。海面に太陽の光が反射したり、雨が降っていたり、霧のときなどには、晴天のときよりは発見されにくいのではないでしょうか(照明弾は、万が一発射時に見張りが別の方面を見ていたら気づかないかもしれません。)。このようなとき、「目視のみに依存せず」、「常時発見される状況に自らをおいておく」ことこそが重要と思います。さらに加え、漂流者が捜索者の存在に気づかなくても、いつでも発見される努力を継続しておくことも大変重要です。

漂流者救助訓練の教訓

 ニュースの報道を見てこのようなことを考えていたところ、伊東市ダイバーズ協議会が、平成19年2月19日(月)に、静岡県伊東市の富戸港地先で、事故時の緊急対処訓練を主催し、実施したということを知りました。
 同訓練後の報告書によりますと、訓練1の洋上捜索・救助には、海上保安庁巡視船「いずなみ」が、また下田海上保安部伊東MPS(マリンパトロールステーション) 「ポラリス」が参加していました。そして訓練2の水中捜索・事故者応急処置では、静岡県県警本部機動隊潜水隊員と伊東市消防本部 対島支署救急隊が参加して実施されたということです。
 これは大変有意義な、素晴らしい訓練であったことが同報告書からも想像できます。
 今日は特にその訓練1について紹介します。
 この訓練は、ダイバーが単独で漂流しているところを「巡視船」が捜索と救助を行うというシミュレーションでした。
 訓練では、信号弾「RS-4」の目視可能性についてと、シグナルフロート「レーダー波反射タイプ(KRF−10)」の有効性の確認、そして事故者が音を出すことで発見できるかどうかについて検証されました。
 まず「照明弾」ですが、天気の良い日中でも、「照明弾」として分かる赤い光が確認されたということです。その結果、これは夕闇や夜間にも効果が高いだろうという評価がなされました。
 レーダー反射シグナルフロートは、海上保安部巡視船「いずなみ」のレーダーが、洋上約500mの距離で感知できることが確認・実証されたということです。
 また音響信号も洋上の船舶からも聞き取ることができ、その効果が確認できたということです。(※ただ私が知る漂流事故では、ダイブホーンをボートから10〜20m程度の距離で鳴らしても、別の方向を向いていたボートスタッフには聞こえず、結局漂流し、その後大規模に出動していた捜索隊にかろうじて救助されたという事例がありました。このことから、音響の効果は、風向きや周りの音などの条件によって状況は変化するのではと思います。)
 同報告書はこれらの機材を、「潮流のある海域でのダイビング、ボートダイビングを行うダイバーは、「漂流」等の不測の事態を考え、これらの「緊急用器材」の装備をすることを、推奨したい。」と結んでいます。

 ここまで見ても大変有意義な検証が行われたと思います。この訓練を実行し、かつ参加された方々に感謝するものです。
 私はダイビングの安全グッズとしてシグナルフロートが紹介されるとき、そこに人命を損なわない確率の向上に直接つながるレーダー反応機能が不可欠であると思います。また私は全てのシグナルフロートにレーダー反応機能が不可欠の機能として装備されることを願っています。

 次に、目視のみに頼らないレーダー反射シグナルフロートが救助隊からどのように見えたのかを知ることができる資料を紹介します。これは非常に重要な資料です。これまで海保の捜索時のレーダー画面について公開が許可されたことは初めてです。この資料の公開と使用をご許可くださった下田海上保安部伊東事務室(マリンパトロールステーション/MPS)に深く感謝いたします。
 この資料は、この訓練に参加した下田海上保安部伊東マリンパトロールステーション(MPS/事務室)が平成19年2月に作成した「救難信号等の視認状況について 海難救助展示訓練実施結果(2月19日実施静岡県ダイバーズ協議会緊急対処訓練内)」からのものです。


 
(「救難信号等の視認状況について 海難救助展示訓練実施結果」より。 / 資料提供:下田海上保安部伊東マリンパトロールステーション)

 
 この「レーダーシグナル確認位置図」を見ると、「目視確認位置」より遠方に「レーダー確認位置」があります。位置図上の距離は僅かに見えるかもしれませんが、それでも緊急事態にはこの距離が漂流者の生死を分ける重要な意味を持つことになる可能性が考えられます。しかもこれは光の海面反射や夕暮れ・夜間などの条件下でも同じになると考えると大きな意味をもつデータと思います。
 ここでは漂流者が岸の近くに位置していますが、これは安全のためこのような位置取りをしていると考えられます。本当に漂流して湾の中央部や外洋に流されたときなどには、レーダー上ではより一層目立つのではと考えられます。(※例えば「レーダーシグナル確認位置図」では左側にある漂流者が同じ距離で右側に位置していた場合、実際の場合にはその危機の度合いは格段に異なっています。こういった両側を一度にスキャンできるのはレーダーの特徴です。)

 なおこのレポートではダイブアラートの音響信号は同じ距離で確認できていないとありますが、海洋の場合は風の向きなどもあり、常に最高性能を発揮できないことは止むを得ないと思いますし、その逆に、特定の気象条件では性能限界を超えて音響信号が届く可能性もあるのではと思います。この機材の性能について別のページで次のような記述がありましたのでそれを紹介します。

「海上用緊急警笛です。ダイブアラートは空気ボンベの圧力を利用し、仲間やバディと離れてしまったり、遠くのボートを呼び寄せる時などに水上で最高約1.6km先まで汽笛音を発生させることができます。※汽笛音の到達距離は周囲の環境や気象状況によって変わります。 」「記載内容は、器材販売会社広告文による」
 これは条件によっては非常に遠方まで効果があることを示しています。

漂流者救助訓練(大阪編)

 平成18年5月25日、関西潜水連盟が三浜の海掃除を行った際に、京都府救難救済会所属船によってこのフロートの実証試験が行われたと聞きました。
 このテストでは、このフロートがレーダーに強く映り込んだことで、参加者の方々が驚いていたということです。

航空自衛隊の装備品としての調達

 平成18年3月、航空自衛隊がレーダー反射シグナルフロートを100本以上調達しました。(調達した事実は、当時防衛庁の広報を通じて確認しました。)
 自衛隊の装備品は要求品質や要求機能のレベルがそうとうに高いと考えることができますので、このフロートではこれらが高く評価されたと考えて間違いないと思います。なお調達の足掛け2年前からすでにこのレーダー反射シグナルフロートのサンプル調査が行われていたそうです。

ダイバーの方々へのお願い

 今年もダイビングのシーズンがやってきます。(もっとも1年中そうとも言えますが)
 ダイバーの皆さんは、プロ・アマを問わず、どうか漂流によって重大な事故に遭わないようにご注意ください。

 先に紹介したように、事故に遭った漁船の船長が、法で義務付けられていないにもかかわらず、自費で救難用の装備を装備していたことが命を救う手立てとなったことを、海に行く皆さんは決して忘れないでください。この船長の、危険の確率を甘く見ない姿勢と、それに基づく安全対策を実施した気持ちこそが、用心=リスクマネジメントの典型例です。人はよく(私もですが)、悪い状況になったときになって初めて、「ああこうしていれば」、あるいは「実はそのことは考えていたのに」などと考えます。それですむようなことならいいですが、今回のような事態ではそれは通じません。船長がそれを考えただけでなくその対策(考え)を実行していたことが、まさしく自分と他の二人の命を救ったのです。今回の事例は、漂流と発見の部分のみならず、その前のことを含めた全体として教訓とすべきと思います。

 3人の命を救ったボート(筏)こそ、安全グッズのもたらす意味(かっこよさなどではなく、実用時の性能力)を具現化しているのではないでしょうか

 皆さん、こういった教訓を忘れずに、どうか、用心というリスクマネジメントを実践してください。

 

参考ページ漂流時の発見確率を上げる器材  漂流者救助に向けた海上保安庁の検証  漂流事故について 
漂流事故とその生き残り対策について   漂流事故防止用レーダー派反射試験(実験)報告


平成19年3月14日

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