「21世紀の国富論」
新技術を生み出す会社・資本の仕組み

2009.9.27

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【要点抜粋】
○ 米国型企業統治が産業を衰退させる/米国金融資本主義(ギャンブル資本主義)は誤り
○ 「短期的に株価を吊り上げて売り抜ける」/製造業を窮地に追い込み、社会的に有用な企業も崩壊させる
○ ROE(株主資本利益率)経営は「既にあるもの」の整理・効率化はできても「今はないが将来作るもの」の 価値最大化はできず、むしろ切り捨てる指標で、新技術・産業を生み出せない
○ 時価会計は投資ファンドの立場で、事業家の立場ではない/企業の成長は長期スケールで観察する必要があり、時価会計は間違った見方を生み出す/長期のリスクを取って新産業を起こす、研究開発型のベンチャー企業等は消えてしまう
○ かつて創業者は「どんな企業でありたいか」理念に基づく経営をして、ビジネススクール出身者は経営の数量化が得意な参謀だった。/この参謀(「手段」のことしか知らない人)が社長になると、「数字自体が企業の目的になってしまった」。手段は目的に成り得ないという自制が無い
○ 「株主・CEO・社外取締役」が一体になり短期利益を求めて会社・産業を衰退させる/「総会に社外取締役を推薦するのはCEO」で、実態は気心が知れた知己(家族の知人やゴルフクラブの友達)を就かせる」ため、CEOと馴れ合うイエスマンで監視機能を失っている(p127ーp135)。社外取締役による企業統治とは「絵に描いた餅」のような絵空事。
○ 「理想的なコーポレート・ガバナンスに必要なのは、経営している人々の理念」/本来の企業目的、株式公開企業は「有用な製品・サービスを提供して社会に貢献する」のが目的で、「株主の利益はその結果に過ぎない」。企業は従業員や顧客、仕入先を含むパブリックなもので、「株主のもの」ではない。
○ ヘッジファンドは、株価・原油等の振れ幅を大きくしただけなので、ヘッジファンドを規制・排除する/実需をベースにした値動き、市場に実体経済を反映させる。
○ 「短期間での売却」という「インセンティブ・取り分を(法律経済制度により)小さくして」「物言う株主」を封じ込め、撤退させる。
○ 社会のあり方の変更/目的と手段の転倒を正す/アメリカンドリームの「金持ちになると幸せになれる、幸福の定義」に問題がある。金が無いと惨めだが、金で買ったもので自分は満たされない。/「何が幸せで、何を人生の目標にすべきか」考え直す時期に来ている
○ 現実のプロジェクト、事業計画の説明では、「利益を求めるだけの株主」など「相手が持つ価値観の軸に沿った説明」をしながら「自分の理想も実現するように設計する」/「営利企業が組織として決断できるようにする」
○ 「人間が幸せになることが一番の目的だが、お金を目的に取り違えて、その考え方が個人・社会に拡がるのが現在の資本主義の欠点」/「何をやりたいのか、何を一番重要と考えるか、理念、理想を忘れてしまってはいけない」
○ 東京証券取引所の中に「中長期の経営・投資のためのサブ市場を作る」(中長期の株式保有義務、短期的な資本を排除)
○ 社会貢献こそ企業の目的、人生の幸せ(の基準)
○ 「新技術・基幹産業を生み出す」「会社・資本の仕組み」、「日本への提言」
○ 近江商人の「三方善し」、商売人は「お客様のために善し」「世の中のために善し」「自分のために善し」の「順番を守りぬけ」。顧客に喜ばれ、社会に貢献し、それがやがて利益になって自分に返ってくる。/「世の中の役に立つ」ことは仕事の根幹で、思想ではなく、国や文化を超えた本質論だ。

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 経済とは「経世済民」だそうだ。「いざなぎ越え」の景気と言われながら、株主への配当が増える一方で、若年層の正社員比率は半分以下になった。いかに「国民の生活を豊かにする」か。数ある経済指標も、この観点で見なければ「意味が無い」。
 米国の金融資本主義は、見直しが必要になっている。それは日本では御手洗・竹中・八代・小泉の「改革」の見直しに他ならない。
 衆議院選挙の結果、自民党連立から民主党連立へ政権移行する現在、日本の「これからの経済モデル」「新技術を生み出す会社統治・資本の仕組み」を提言して国家目標を明確にして、「猛獣型資本主義・市場原理主義」から「富国有徳・修正資本主義」へ、明確に軌道修正することが必要だ。

「21世紀の国富論」(原丈人、平凡社、2007.6、@1400)

1 どんな本?
 著者は、「中央アメリカの考古学に没頭するために、まずビジネスで資金を作るために ビジネススクールに入り(2年間国連開発計画・資本開発基金の専門管理職勤務の後)会 社設立事業計画書を書いたが、技術開発を担当するエンジニアを雇えないため自ら工学部 大学院に入り直し、製造管理工学も含めて学び、実際に開発した製品と設立した企業を売 却して、得た資金でベンチャーキャピタリストになった」(p179ーp181)(p198ーp199)。
 即ち、技術者でベンチャー企業を育てる事業家で、米国資本主義の真ん中に居る。
 この人物が、「米国型企業統治が産業を衰退させた」仕掛けを説き、社会貢献こそ企業 の目的、人生の幸せ(の基準)と断言し、「新技術・基幹産業を生み出す」「会社・資本 の仕組み」を特定し、「日本への提言」を行う。

2 米国型企業統治が産業を衰退させた/米国金融資本主義(ギャンブル資本主義)の誤り
(1)企業目的が「売却益のため短期間に株価を上げること」になった
(ア) 「短期的に株価を吊り上げて売り抜ける」VS「出資企業の株式を長期的に持ち成長を 見守る」
 米国流の企業統治(コーポレート・ガバナンス)が「企業は株主のもの」という間違っ た考え方を突き詰めた結果、企業目的は「売却益のため短期間に株価を上げること」にな った。01-02年のエンロン、ワールドコムの不正会計・破綻は、「この株主の利益とストッ クオプションで利害共有したCEO」が起こした(p20ーp22)(p58ーp60)。
(イ) 米国の工作機械業界が1970-80年代に衰退した
 工作機械業界は「(不況時にメーカーが設備投資を控えるので)構造的に景気による売 り上げ・損益の変動が大きい」、この波に合わせて企業買収・売却を繰り返すと投資ファ ンドは売買差益を得るが、これにより工作機械業界が衰退した(p24ーp25)。
(ウ) 金が金を生む、市場万能型資本主義(市場原理主義)は破綻に向かって突っ走ってい る(p25ーp26)。
(エ) 米国の減損会計等時価会計では、景気が悪くなるときに値下がりする株、土地を誰も 買わないので、更に下がり、景気の振幅を大きくして、製造業を窮地に追い込む(p30)(p55)。
(オ) 「企業は株主のもの」という考えが社会的に有用な企業も崩壊させる
 短期的な収益を志向して「企業をも商品化」して「株主の利益以外の全てを犠牲にする」 (p42ーp46)。
(カ) 「三角合併」は「虚業が実業を飲み込む」
 他の会社を吸収合併するのに、現金でなく親会社の株式で支払う。これは米国企業が、 ROE向上のために買収に使える(内部留保等)資金を吐き出してしまったことが背景。
 一時的なものでも合併時の株価が高ければ、有利に相手企業を子会社にできる。企業の 業績・実態を反映しない株価で、実態があっても株価が安い企業を買収する。まともな経 営から逸脱(p79ーp84)。
(2)ROE(株主資本利益率)が産業を衰退させる
(ア) リストラ人員削減(従業員解雇)や資産圧縮(工場売却・外注化)によるROE向上は、 「縮小均衡」による利益創出の演出(p26)(p44)。
 1980年代後に米国経済が回復した後も、大企業はリストラを続けて、「業績を良くする」 と従業員を削り、景気と雇用状況が関連無くなった(p152)。
 ROE=利益/(資産ー負債)×100%、「テクニックでは分子(利益)を大きくするのでな く分母(資産ー負債)を小さくすればROEはすぐに上がる」が、製品・サービスで社会に 貢献することのない邪道のファイナンステクニック(p50ーp51)。
 金融資本主義の中で、ROE(株主資本利益率)重視という経営を行うと、計算式を見れ ば明らかなとおり、「固定資本を持たない」ことが数字の改善になる。
 このため、「製造設備を中国やインドに外注化する」「研究所や開発投資を削る」とい う手段を取り、(短期利益を得て、会社役員は多額の報酬を受け取り)結果として、産業 が空洞化する。
 株価・業績の指標はROA(総資産利益率)やEPS(1株当り予想利益)もあり、ROEは 「会社は株主のもの」という指標。
 ROE経営は「既にあるもの」の整理・効率化はできても「今はないが将来作るもの」の 価値最大化はできず、むしろ切り捨てる指標で、新技術・産業を生み出せない(p51ーp53)。
(イ) 粗利益率を上げ易いのはソフトウェア産業で、製品をオンラインネットワークで送れ ば(設備費を最小にして)理論上100%も可能、他方、機械や鉄鋼は(生産設備を持ってい るので)平均10%にしかならない。物を作る以上、設備費や材料費が掛かり粗利益率は低 くなる(p22ーp24)(p35ーp36)。
 米国経営学大学院(ビジネススクール)は経営要素を数量化、客観化したが、「粗利益 率が低いハードウェア産業の重要性が低い」ということは全くない(p47)。
(ウ) ハードウェア産業よりソフトウェア産業が株価時価総額を高くし易い
 かつてコンピュータのハードウェアとソフトウェアは車の両輪だった。「ハードもソフ トもアジア諸国に下請けに出し」て、ハードウェア産業からシステム構築サービス・ソリ ューションに重点を移した結果、IBMはパソコン事業を中国企業レノボに売却した。また アップルはパソコンに加えて音楽事業、グーグル等は技術を利用したサービス業でソフト ウェア産業に属する(p13ーp15)。
(エ) 物作りで「研究開発部門と生産部門を切り離すとフィードバックが断たれてメーカー としての強みを失う」
「結果を出すのに数年以上掛かる研究開発部門を廃止する企業は自滅する」(p29)。
(オ) 時価会計は投資ファンドの立場で、事業家の立場ではない
 本業がうまくいっても資産(土地等)価値が下がると営業収益が下がるから、資産(工 場等)を持たない、外注化することになる。
 長期の資産再計算はともかく、四半期ごと等では短期的な企業業績・景気の振れ幅を大 きくする。企業の成長は長期スケールで観察する必要があり、時価会計は間違った見方を 生み出す。
 長期のリスクを取って新産業を起こす、研究開発型のベンチャー企業等は消えてしまう (p53ーp58)。
(カ) ベンチャーキャピタリストがファンドマネジャーに変質
 資金量が多くなった結果、「技術の育成」から「短期の収益(リターン)」に関心が移 った。長期の技術の可能性とリスクを見極めて、引き受けることができなくなった(p39ーp42)。
 他方、ヘッジファンドは、かつて現物の価格変動リスクを回避(ヘッジ)する目的だっ たが、今はモメンタル・プレイヤー(株価等の勢いで短期利益を得る投機家)になり、株 ・通貨・原油等の価格を実勢値より大きく上下させる。
 市場規模に比べて資金量が増えて儲からなくなり、信用取引やレバレッジ(他人資本を 使い利益の倍率を高くする)も行うので、「価格を歪める力」になっている。
 これは会社にとっては、自社の株価・通貨為替・資源価格等が経済実態と乖離して動き、 中長期の計画を立てにくい経営の不安定要素になっている(p65ーp70)。
 また「物言う株主」は、「遊休資産を売却・増配し、株を短期売り抜け」る。もっとも らしい発言をしても、中長期の投資・経営、本来の企業価値向上はどうでもいい(p70ーp73)。
(キ) ビジネススクールの誤り
 かつて創業者は「どんな企業でありたいか」理念に基づく経営をして、ビジネススクー ル出身者は経営の数量化が得意な参謀だった。
 この参謀(「手段」のことしか知らない人)が社長になると、「数字自体が企業の目的 になってしまった」。手段は目的に成り得ないという自制が無い(p48ーp49)。
 cf.トヨタ自動車 CI(コーポレート・アイデンティティ)
 フォードで欠陥車事件が起きたときにビジネススクール出身者は「欠陥車改善費用と犠 牲者補償費用とどちらが安いか」比較した。この比較は無意味で、「どちらも手を打つ、 以外の選択は無い」ことが分からない。
 また経営数字を良くするためとして、研究開発費を削り、「物を作る」メーカーである ことを忘れている(p49ーp50)。
 ベンチャー企業の損益計算書・貸借対照表は倒産直前の会社の財務諸表に似ていて、ベ ンチャー企業の可能性は数字だけでは把握できない(p160)。
(ク) CEO(最高経営責任者)ゴロ
 「短期で売り抜ける株主」とストックオプション(将来の自社株を現在の価格で買う権 利)を持つCEOが企業を蝕む。
 外部から来るCEOは、必要以上のリストラ・将来負債の引当て等で特別損失を計上して、 株価を下落させた底値でストックオプションを行使する。
 リストラ・IR(広報活動)で「見かけ上の再建」をすれば株価が上がり、CEOは濡れ手 に粟の所得を得るが、「企業や社会に有用な何か」は生み出さない(p59ーp65)。
(3)「株主・CEO・社外取締役」が一体になり短期利益を求めて会社・産業を衰退させる /米国型企業統治・金融資本主義
(ア) クローニー・ボード(馴れ合い社外取締役)
 CEOは副社長以下の人事権を持つ。また建前では、CEOは人事委員会が「CEOを選任し四 半期ごとに業績を評価し厳重注意し解任もする」。
 この人事委員会や報酬決定、業務監査等の諸委員会を決めるのは社外取締役という「資 本の側に居る人々」。更に社外取締役を信任、解任するのは株主になる。
 ところが公開企業の大株主は年金基金等で株主総会は有効な意思決定機関としては限定 的にしか機能せず、「総会に社外取締役を推薦するのはCEO」で「外見上は会社やCEOと無 関係だが、実態は気心が知れた知己(家族の知人やゴルフクラブの友達)を就かせる」た め、CEOと馴れ合うイエスマンで監視機能を失っている(p127ーp135)。社外取締役による 企業統治とは「絵に描いた餅」のような絵空事。
(イ) 一体になり短期利益を求める「株主・CEO・社外取締役」
 マネーゲームになった市場の中で「株主は短期的な株価上昇・配当を求め」「CEOはス トックオプションでの利益を求め」「社外取締役はCEOと馴れ合い」、株主=ファンドマ ネジャーは短期間でのパフォーマンスを狙い、CEOは短い在任期間で稼ぎ、中長期の視点 で経営をする人はいない(p133ーp135)。
 「会社は株主のもの」で、株主の下に社外取締役、CEOが居て、その下に従業員が居る (引用者:まるで奴隷・農奴だね)。

3 新しい基幹技術が必要
(1)新業種への人材・資本の集中
 1970-80年代に、優秀な人材は「ソフトウェア・通信技術・バイオテクノロジー」の新 業種に就職し、資本・ベンチャーキャピタルも資金提供した。ただしビジネスモデルを支 える構成技術が未完成のために、ITバブルは崩壊した(p15ーp20)。
(2)新産業
 金融政策と財政政策だけで景気を良くするのは無理。根本的に必要なのは「雇用を生み 出し、人間生活を豊かにする」新産業(p27)。
 製造業の発展は、繊維・鉄鋼・エレクトロニクス・自動車・半導体・コンピュータ等と 変遷した。次の基幹産業を構想することが重要(p27ーp28)。コンピュータの延長上の技 術改良では不十分(p30)。
 かつてコア技術としての内燃機関(エンジン)の発明が、機関車・自動車・飛行機等と 輸送業等の周辺技術、産業の開発、発展を促した(p114ーp116)。
(3)パソコンの次を構想(第2章は略述)
(ア) パソコンは3つの技術分野「インテルのマイクロプロセッサ、マイクロソフトのOS、 オラクルのクライアント・サーバ型リレーショナル・データベース」で構成する(p100ーp101)。
 このリレーショナル・データベースは「属性が固定的なデータ(ストラクチャード・デ ータ)を高速処理するが、属性をうまく定義できないデータ(アンストラクチャード・デ ータ)を扱えない」(p109ーp114)。
 人間が考えていることを、そのままデータ化し検索できる、柔軟なデータ構造が「機械 が人間に合わせる」核心になる(p117ーp118)。
(イ) 次の新技術ではハード・ソフトが一体化する(p104ーp109)
 パソコンの3つの技術分野の延長で構想しても、新しい基幹技術にはならない(p125)。 新技術ではハードとソフトの設計が依存し合い、組み込みを重視する。
 従って、利益率が高いソフトウェア産業だけを取り出して、ハードウェア産業を外注化 する米国型の会社経営では、新しい基幹技術を産業化することはできない(p106)。
 開発力(p89)、「物作り」を保持している日本が優位になる(p106)。

4 新技術を生み出す会社統治・資本の仕組み
(1)「米国型企業統治の誤り」「産業衰退」の核心は、「会社は株主のもの」と考えること
 本来の企業目的、株式公開企業は「有用な製品・サービスを提供して社会に貢献する」 のが目的で、「株主の利益はその結果に過ぎない」。企業は従業員や顧客、仕入先を含む パブリックなもので、「株主のもの」ではない。長期の株主ならともかく、短期で売り抜 ける株主のものでは絶対にない(p22)(p58ーp60)(p135ーp136)(p176)。
 「消費者に製品・サービスを提供し、従業員を幸せにし、地域社会に還元する」ことが 目的で、本来の企業価値(p45)。
 「産業を通じて雇用を作り、人々を幸せにするための新しいルールが必要」(p58)。
 「理想的なコーポレート・ガバナンスに必要なのは、経営している人々の理念」(p136)(p176)。
(2)公開企業・上場企業のストックオプションを廃止する
 まだ利益が出ないベンチャー企業・未公開企業は、給与が十分でないので、創業に係わ る全ての従業員に士気を高める自社株購入権を与える。貢献度に合った持ち株・所得を分 配する。
 「ベンチャービジネスでは、アイデアを持つ創業者・出資するベンチャーキャピタル・ マネジメント担当者が、株式を持ち利益を得られるようにする」。
 公開後の株価、短期的な株価上下は、マクロ経済等外部要因の影響があるので、CEO等 わずか数年の在任期間の株価変動は業績とほとんど無関係で、ストックオプションを与え ることは理論的におかしい。
 また短期間のリストラ等でCEO等上層部だけが巨利を得れば、所得分配を歪め、従業員 もやる気を失う(p61ーp65)。
(3)ヘッジファンドを規制・排除する
 実需をベースにした値動き、市場に実体経済を反映させる。ヘッジファンドは、株価・ 原油等の振れ幅を大きくしただけなので、資金引き上げをしても、市場原理主義の弱点を 修正するだけで実害は無い(p73ーp76)。
(4)「物言う株主」を封じ込める
 個別企業による「企業防衛」でなく、(法律経済制度により)「短期間での売却」という 「インセンティブ・取り分を小さくして」撤退させる。例えば内部留保を取り崩して増配 するときは過去の株主にも遡及させる。
 株の大量・敵対的買収をすると5年程度保有(して事業に係わること)を義務づけ、すぐ には売却できなくする(p76ーp77)。
(5)内部留保が経営に不可欠
 「研究開発は失敗することもあり、うまくいっても資金をすぐには回収できないから、 中長期に関わることが必要」(p33)。
 研究開発の「資金は内部留保を使う、なぜなら金融機関からの借入金はハイリスクに合 わない、株主からの調達(割当増資等)は賛否が分かれて」機動的に決定できない(p34)。
 「災害や経済環境など外部要因の急激な変動に際して、企業が従業員や顧客に責任を果 たす」には内部留保を使う(p34)(p71ーp72)。
 「蓄積した内部留保を配当金として分配してしまえば、次への投資を行うことができず、 企業・産業は競争力を失い衰退する」(p46)。
(6)ベンチャーキャピタル/事業持ち株会社が新技術を育てる
(ア) 仮に利益率の高いソフトウェア産業でも、製品開発はリスクを伴い、収益を上げるま でには長時間掛かる。リスクを引き受けて、資金・経営ノウハウを提供して、基幹産業を 育てる(p37ーp39)。
 ベンチャーキャピタリストは「将来性のある技術を見出して資金を提供して、企業とし て育成する事業家(事業持ち株会社)」(p137)。育成手法はハンズオン(自ら手を下し て行動する)でハンズオフ(自らは手を下さない)ではない(p1165)。
 「開発者と話して技術の方向性を定め、経営担当者のリクルート(採用)、クリアすべ き目標設定、試作品・製品見本の顧客探し、業界標準にするための学会活動・トップセー ルス」等を行い、資金を出すだけでなく、経営に参画する(p138ーp140)(p143ーp144)。
 経営への積極的な関与によってリスク自体を減らしていく(p163)。
 失敗したときの損失を、出資者が負うのが投資で、資金の受け手が負うのは融資。成功 (アップサイド)の利益を得るならば失敗(ダウンサイド)の損失を引き受けるのが投資 の原則で、失敗したときに創業者に個人保証、返済義務を負わせるのは融資(p164ーp166)。
 投資であれば、失敗しても創業者は個人資産を取られない(p166)(引用者注:違法行 為が無い限りにおいて)。
(イ) 開発期間には「学術理論から作る試作品・新技術が本当に動くか:テクノロジーリス ク」「製品が市場・顧客に受け入れられるか:マーケットリスク」がある(p141ーp142)。
(ウ) ベンチャーキャピタルは、自己資金に加えて裕福な個人・財団や大学のファンド・年 金基金等から出資を受けながら、開発期間に中長期の資金を提供し、開発の成功時に株式 公開・大企業との合併等で投資分を増やして回収する(p142ーp143)。
(エ) 発明・発見型の企業では、開発者は研究開発担当部長・副社長に就き、管理能力が必 要な社長は外部からスカウトする。役職は適性に応じて振り分けるので上下関係ではなく、 報酬の多寡でもない。
 特異な才能を持つ人(開発者)は、マネジメント能力を持つ人(社長)より少なく、需 給関係を反映した報酬では、エンジニアの報酬が社長より高いことは珍しくない〔役職機 関説〕(p145ーp148)。
(オ) 新技術は「エンドユーザーとして自分も使ってみたい製品」「ビジョン、現実的な事 業計画」に投資する(p160ーp)。
(カ) 他方、国家予算、税金を使う基礎研究では、民間企業が持つ目的意識が曖昧になる(p42ーp43)。
(7)クリエイティビティ(創造性)を発揮させる組織構造
 小さな技術改良(イノベーション)でなく、根本的な発想の転換を促す発明(インベン ション)、発見(ディスカバリー)に必要な、個人の能力を集団の中で最大限に発揮させ る組織構造は、「社長と社員の間にあまり差のないフラットな組織のネットワーク型の中 小企業」。縦割りの階層的組織でなく、「社長の周りを円形に取り囲むイメージで、各部 門が他部門の状況を理解し、コミュニケーションを取りながら能動的に助け合う」。
 運営方法として「週1回の執行役員会議で各部門長が順番に議長を務める、その部門長 は前もって他の部門を回り現状のヒアリングをしておく、これにより他部門への理解を深 めた上で自部門の仕事を遂行することになり、会社全体の事業目的を見る意識の上で社長 と従業員のギャップを埋められる」「信頼できる仲間という組織」(p152ーp159)。
(8)現行制度でできる/事業会社が出資できるリスク・キャピタルの仕組み
 企業が一部分を取り出して子会社を作ることをカーブアウト(切り出し)と言う。新事 業は分社化して、親会社のノウハウ、人材を集めて、外部から資本を呼び込む(p168ーp169)。
 複数の事業会社が特別目的会社を設立して、研究開発費を提供する。技術開発のテクノ ロジーリスクがある初期段階に投資する(p170ーp172)。
(9)会計制度・税制を変更する/リスク・キャピタル振興策
 長期的投資を資産として時価会計で処理すると、出資企業の業績も影響を受けるので、 複数年度の研究開発費として処理する。
 特別目的会社は「行使価格が低い新株予約権を発行」すれば、出資企業が投資リターン を得られる(p172ーp173)。
 国は、特別目的会社に民間と同額出資したり、投資する研究開発費を税制で損金処理し たり、投資リターン利益の再投資を課税繰り延べするなど、振興策を行う(p172ーp175)。

5 社会のあり方の変更/目的と手段の転倒を正す
(ア) ベンチャーキャピタリストは「資金はないがアイディアがある人に機会を与え、新事 業を成功させて社会に影響を与える」面白さがある(p182)。
(イ) 企業公開でビリオネア(億万長者)を生むが、アメリカンドリームの「金持ちになる と幸せになれる、幸福の定義」に問題がある。金が無いと惨めだが、金で買ったもので自 分は満たされない。
 「何が幸せで、何を人生の目標にすべきか」考え直す時期に来ている(p182ーp183)。
 「金持ちになると幸せになれる」と信じ込ませる米国型価値基準に代える、新しい価値 判断の基準・価値観を作って、日本から世界へと、(新技術とともに)発信したい(p184ーp185)。
(ウ) 新技術がコミュニケーションを変え、民主主義を変える。階層的なクライアントサー バ型でなく、全てのクライアントが「考える発信点」であるフラットなピア・トウ・ピア 型ネットワークのコミュニケーションに移行すると、民主主義を支える新たな情報交換手 段になる。十分な議論を可能にして、政治的権利を行使する機会が選挙に限られる、現在 の欠点を修正する(p185ーp188)。
 また新技術が発展途上国に高機能で安価な通信インフラを可能にする(p188ーp189)。
(エ) 途上国援助の方法に(新技術を使って)事業として成り立つ利益のあがる仕組みを作 れば、「支援する・される」一方が負担を負う関係を変えて、資金の循環を可能にして事 業の持続性を高め、かつ慈善団体でない一般事業者の参入も可能にする(p194ーp197)。
 紛争・災害時の緊急支援など生命に係るものは収益事業にはできないが、それ以外は税 金を損金扱いにして個人や企業の資金を呼び込むことも必要(p197ーp198)。
 他方、「国連組織であること」が必要な活動には、民間人を出向等で取り込む、キャリ アパス(採用、登用経路)を作る(p199ーp200)。
 更に「儲けた金を株主に配当する株式会社」でなく「全額を公共的な特定目的のために 再投資するNPO法人」など目的に合った多様な組織を活用する(p201ーp202)。
(オ) 「会社・企業の存在価値は、事業を通じて社会貢献することで、株主の利益は結果で 目的にはなりえないが」、現実のプロジェクト、事業計画の説明では、「利益を求めるだ けの株主」など「相手が持つ価値観の軸に沿った説明」をしながら「自分の理想も実現す るように設計する」。
 例えば「グーグルのサービスをバングラデシュでベンガル語で提供するには、世界で5 番目の2億人の人口、マーケットの将来性、今、商機の足掛かりを築くこと(の先見性、 先駆性)を説明して、営利企業が組織として決断できるようにする」(p203ーp204)。
(カ) 「会社・企業は、仕事を通じて生きがいを作り、結果として個人がお金や社会的充実 感を得る」ためにあり、「人間が幸せになることが一番の目的だが、お金を目的に取り違 えて、その考え方が個人・社会に拡がるのが現在の資本主義の欠点」
 「何をやりたいのか、何を一番重要と考えるか、理念、理想を忘れてしまってはいけな い」(p205ーp207)。

6 日本への提言(各論抜粋)
(ア) 大学・大企業研究所・政府等の新しい才能を発掘する(p225)。
(イ) 新技術を企業トップが「きちんと判断・決定」する(p226)。新製品を「まず自分が 使ってみて」決める(p230)。
(ウ) 大企業が中小企業との提携の過程でアイデアを横取りするようなことが無いよう、他 人のアイデア・知的所有権を尊重する(p227ーp228)。
(エ) ベンチャー投資の「出口」株式を公開する市場を整備する(p233)。少量の売買で株 価暴騰・暴落が無い市場規模にする。投資家がリスク判断できる情報開示を公開予定企業 に義務付け、違反や虚偽に罰則を適用する(p235ーp238)。
 東京証券取引所の中に「中長期の経営・投資のためのサブ市場を作る」(中長期の株式 保有義務、短期的な資本を排除)(p241ーp242)。
(オ) (引用者:「新産業が生まれ易いように税率が低い国」「税収が伸びる前は医療費等 を抑制」は論外で、各種税率は政策需要を満たすよう設定した上で、「投資減税等を組合 わせて、新産業に投資する人にとっては結果として税金が安い」ため「個人の資金が研究 開発投資や発展途上国援助に循環する」租税特別措置法のようなものだろう)(p244ーp245)。

7 (参考、補足)朝日新聞2009.9.20「仕事力(田原総一郎)」から
(ア) 近江商人の「三方善し」
 祖父母から習ったのは、商売人は「お客様のために善し」「世の中のために善し」「自 分のために善し」の「順番を守りぬけ」。顧客に喜ばれ、社会に貢献し、それがやがて利 益になって自分に返ってくる。
(イ) 「世の中の役に立つ」ことは仕事の根幹で、思想ではなく、国や文化を超えた本質論だ。
(ウ) あらゆる仕事が社会に必要
 「箱根山、籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草履を作る人」。籠を担ぐ人も、草履を作る 人も必要なのが、この世界であり、認められるべきだ。

8 引用者の考察:日本型価値基準/会社統治、国造りの価値観
(1)企業・会社統治について、「CI(コーポレート・アイデンティティ)」の復活・推奨  CIは、少し前に企業で流行だった。民間会社で働く基本は営利追求なので、「社会との 関係で何故働くか」という理由は自分で設定しないと無い。それが無いと、定型的業務 (ルーティン)以外の部分、プラスアルファーが出て来ない。会社の共通の意識が無い状 態になる。例えば食品会社が「金儲けの○○会社」でなくて「健康に貢献する○○会社」 と会社の理念を出す。中期運営計画の改訂作業等の中で策定する。
【Corporate Identity 略称:CI
 企業が持つ特徴や理念を整理し、簡潔に表したもの。一般顧客からみて企業を識別でき る、その企業に特有のもの。また外部に公開することでその企業の存在を広く認知させる マーケティング手法。基本要素は以下の3つから成る。「登記社名や商標」「シンボルマ ーク、デザイン化した文字列」「企業のキャッチコピー、経営理念を表す簡潔な言葉」。】
(2)国造りの価値基準・価値観について、「富国有徳・修正資本主義」
 「富国強兵」ではなく、世界に貢献する「富国有徳」、「人間は協力して生きるべきだ」。
また資本主義を放任すれば「好況と不況を繰り返す」から、公共事業で需要を作り出した り金利政策、為替政策でいつも修正しながら社会が破綻するのを回避する他ない。結局、 経済学上は、修正資本主義としてしか存続し得ない。
 方法論としての純粋資本主義はいち早く1929年(世界大恐慌)に破綻している。「見え ざる手」の「神」は資本主義の修正(=修正資本主義)を人に命じたのだ。それは「他人 を蹴落とす」ために命じたのではなく、「より多くの人が幸せになる(=諸国民の富)」 ために命じたのだろう(cf.p184ーp185)。

9 (参考、補足)引用者のWebサイト
(ア) 「究極の目標」http://www.hi-ho.ne.jp/t1997/m-kyuukyokunomokuhyou.htm
(イ) 「米を食う虫、美しい明日」http://www.hi-ho.ne.jp/t1997/m-utukushiiasu.htm
(ウ) 「市場経済の選択」http://www.hi-ho.ne.jp/t1997/m-shijoukeizainosentaku.htm

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ここも見てね[引用]友情とお金
ここも見てね[随想]映画「若者たち」三部作上映会

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