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PHASE SPACE

  • 著者:スティーヴン・バクスター (Stephen Baxter)
  • 発行:(2002)Voyager EUR10.15(ペーパーバック)
  • 2005年9月読了時、本邦未訳
  • ボキャブラ度:★★★★☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 Minifoldシリーズ3部作の外伝にあたる短編集です。シリーズ自体が多元宇宙がテーマですから当然といえば当然ですが、本編と直接の繋がりがある作品は少ないので、本書だけ読んでも楽しめると思います。バクスターのファンなら、必読の1冊でしょう。


 これまでバクスターは、特に長編においてプロットがアイディアに振り回されがちでした。しかし本書は短編集ということもあり、それぞれに独自の世界が構築され、十分に推敲されているようです。バクスターがクラーク同様、英国文学の伝統に連なる作家であることを強く感じさせる一冊です。


 ただし、密度が濃い分、単語、構文ともにやや難度が高いです。ちょっと読み飛ばすと意味が取れなくなるため、長編と比較すると読書スピードは半分以下に落ちます。

 ところで、本書を読んでいて、私がどうしてバクスターの宇宙観に惹かれるのか判った気がしました。絶望的なトーンと宇宙へのこだわりが、少年時代に耽読した光瀬龍の宇宙年代記にそっくりなんです。本書の「発進 3201」なんて、タイトルまでそれっぽいじゃないですか。光瀬龍の無常SFにはまった諸氏にはお勧めしたいと思います。


 なお、このペーパーバック、異様に活字が小さくて老眼が進む身には参りました。翻訳するときは、大きい活字でお願いしたい。ぜひ。

●ストーリー●

※邦題は勝手に付けました。ネタバレがありますので、原著を読もうという方はご注意ください(^ ^;)>

 

MOON-CALF [夢想家]

 70歳になった元アポロ宇宙船飛行士ジェイは、サイン会のためイングランドの古い町・ヘレフォードを訪れたが、その教会で月にまつわる不思議なものを見つける。

 [ Moon-calf : (名) 愚か者、空想にふけってむだに時を過ごす人、フリーク ]

○ OPEN LOOPS [開いたループ]
 宇宙飛行士グリーンバーグは、火星飛行の試験飛行として地球近傍小惑星ラ・シャロムへの有人飛行に成功し、帰還する。それは、ラ・シャロムとグリーンバーグとの1000年にわたる運命の始まりだった。

○ GLASS EARTH,INC. [グラス・アース(株)]
 2045年、人間はバーチャル環境に取り囲まれ、情報ストレスから心を守るためデジタル情報をフィルターする「天使」と呼ばれる人工知能とともに成長し暮らしている。
 ロンドン警視庁の刑事モーハイムは、自室から一歩も出ることなく、ネットで収集された映像情報を元に捜査を行う。しかし、その情報にも「天使」のフィルターがかかっている。彼は一件の奇妙な殺人事件を担当したことをきっかけに、「天使」について疑念を抱き始める。

○ POYEKHALI 3201 [発進 3201]
 ICBMを改良したA-Iロケットが、ユーリ・ガガーリンを載せて、カザフスタンの草原から打ち上げられた。打上は見事成功し、ガガーリンは、人類初の有人宇宙飛行を順調にこなしていた。地球は驚くほど美しかった。
 しかし、ガガーリンは妙な声が聞こえることに気づく。星々が妙に緑色に見える。そのとき、軌道上を飛ぶ彼のカプセルのハッチを誰かがこじ開けようとしていた・・・

○ DANTE DREAMS [ダンテの夢]
 死者を人工意識として蘇らせる行為は、国際協定で禁止されている。しかし、バチカンは、自殺した科学者で女性司祭だったヒンメルファーブを復活させようとしていた。調査のため国連意識警察から女性刑事フィルマスが派遣されるが、皇立科学アカデミーの責任者・ボイル司教は非協力的で何かを隠しているようだった。

 刑事フィルマスは、前短編集TRACES収録の"Darkness"からの再登場。

○ WAR BIRDS [ウォー・バード]
 アポロ11号は、月面着陸後に爆発した。その原因を調査するためにアポロ12号で月面に降り立った宇宙飛行士バーディックは、11号の残骸のそばにソ連のロボット探査機ルノホートを発見して破壊する。
しかし、その行為が、その後の世界の運命を大きく変えることになる。

SUN-DRENCHED [太陽がいっぱい]
 バドとシェイドが着陸船で月面への降下を開始したとき、月軌道上でアポロ司令船が爆発する。帰還不可能となり死を待つのみとなった2人は、月に着陸し報われることのない3日間のミッションを始める。
 アランドロンの太陽がいっぱいをを思い起こさせる雰囲気。元ネタがありそう。

○ MARTIAN AUTUMN [火星人の秋]
 火星で生まれ育った少年・ボブは、地球から避難してきた科学者に地球で起きた「リブート」についての記録を見せられる。
 2008年4月、イギリスの田園地帯の村に設置された粒子加速器が事故を起こした。当初は全く異常はなかったが、次第に村の池からオタマジャクシが消え、昆虫が消え、植物も枯れ始めた。そして、その異常は、村の外へと広がっていった。

○ SUN GOD [サン・ゴッド]
 「私」は、膨れ上がった太陽の第1惑星の調査に訪れた。惑星の衛星には、6台の人工物が放置されていた。「私」は、極めて原始的なその人工物は、かつて第1惑星に生存していた生命体が送り込んだものではないかと仮説を立てる。

○ SUN-CLOUD [サン・クラウド]
 年老いた太陽を巡る惑星の海を棲家とするサンクラウドの一族は、複数の生命体の共生により知性を獲得した種族だ。彼らの神話では、寿命が尽きると体を構成する生命体は散り散りになるが、心は海中深くに潜む「歌」に取り込まれて永遠の生命を得るといわれていた。しかし、一人の女性が、その神話と世界の真実の姿に疑いを持つ。

○ SHEENA5 [シーナ5]   こちらで原文が読めます。
 2030年、NASAは小惑星開発の経費引き下げのため、遺伝子改良でイカの知能を人間並みに引き上げ、作業を行わせようとする。知能を獲得したヤリイカ「シーナ5」は、小惑星「ラインムース」への片道飛行に打ち上げれられる。しかし、シーナ5は残されていた本能に抗しきれず、出発直前に密かに雄と交尾し受精していた。
 小惑星で子イカが誕生したことを知ったNASAは、生物虐待の批判を恐れプロジェクトを中断し闇へと葬る。
 だが、小惑星ではシーナ5の子孫達が、苦闘を重ねながら生き残っていた……。
 アナログ読者賞ショートストーリー部門受賞作。

○ THE FUBAR SUIT [めちゃくちゃ宇宙服]   こちらで原文が読めます。

 小惑星で遭難した私は、日本製の宇宙服に付いていた緊急生存装置のスイッチを入れた。宇宙服内に残された水と有機物(つまり人体)をナノテクで再利用して、脳だけを生かし続け救出を待つのだ。しかし、まさかあんなやつらが、宇宙服内に生まれようとは想像もしなかった。

  [ FUBAR : fucked up beyond all repair 修理不可能なほどしっちゃかめちゃか ]

○ GREY EARTH [グレイ・アース]
 Manifoldシリーズ第3作、ORIGINのサブストーリー。本編では、日本人宇宙飛行士ネモトが、赤い月からネアンデルタール人たちを救出し平行宇宙の原始の地球へ降り立ったが、その後日談を描く。

HUDDLE [集群]
 Manifold 2:SPACEのサブストーリー。
 マレンファントを追って「ガイジン」のサドル・ポイントに飛び込んだマデリンが戻ってきたとき、ウラシマ効果により、太陽系では10万年が経過していた。
 「クラッカー」との戦場となり極寒の惑星となった地球では、人類の末裔は過酷な環境で生き残るため自らを異形の姿に進化させていた。

○ REFUGIUM [退避]
 近傍の恒星の調査が進むにつれ、次々と絶滅した文明の痕跡が発見されるが、その星の周囲には必ず、直径3メートルほどの球形の宇宙船が無人のまま漂っていた。「バブル」と名付けられたその宇宙船に探査装置が入ると、自動的に超光速でどこかへと飛び去ってしまい、信号も帰って来なかった。
 ミッチェル・マレンファント(Manifoldシリーズ主人公マレンファントの孫)は、借金の肩代わりに、太陽系外縁で見つかったバブルに乗り込むことに同意するが……。

 ○ LOST CONTINENT [失われた大陸]
 老境に入った歴史学者が、大学時代の学友と、各地に残る「失われた大陸」伝説の信憑性について、議論を交わしている。学友は、とんでもない仮説をもち出す。しかし、それは証明する方法がないものだった。

 ○ TRACKS [わだち]
 ピーター、お父さんは残念だった。君は、お父さんは1973年の月着陸ミッションでおかしくなっちまったと思っているんだろう。だが今日は、テレビにも公式記録にも載らなかった真実を話そう。
 月に着陸して2日めのことだ。月面ローバーで付近を調査していた俺とお父さんは、とんでもないものを見つけちまったんだ。

○ LINES OF LONGITUDE [経線]
 大学からドロップアウトしたシーラは、失業者向け教養講座でアインシュタイン入門の講師を勤めていた。ある日彼女は、受講生の寡黙な中年男ジョージから、手紙を渡される。そこには、彼が幼い頃UFOに誘拐された経過が淡々と記されており、さらに、ホーキングの理論を引用して、ビッグバンのない宇宙のありようとUFOの関係について奇妙な仮説が展開されていた。

○ BARRIER [バリア]
 DNAを修復する長命化治療の普及により、経験に勝る高齢者が第一線で活躍を続けるようになった未来、職を奪われた若者たちは長命者を敵対視し、世界中で戦乱の火種となりつつあった。
 一方、NASAは、光速飛行が可能な恒星間宇宙船「ギーザー」の開発に成功する。プロキシマ・ケンタウリに向けた片道飛行には、長命者2人が乗り込むが、ギーザーは太陽系の辺縁に達したとき、奇妙なバリアに遭遇する。

○ MARGINALIA [余白の注釈]

 作家の元に、ある日、匿名の人物からアメリカの機関が情報公開した文書のコピーが送り届けられる。しかし、文書の内容より興味深いのは、匿名の人物が文書の余白に手書きした「傍注」の方だった。
 アメリカは、ニクソンとレーガン時代に、原子力ロケットによる有人火星飛行を行い、火星人への先制核攻撃を行ったにもかかわらず、その事実を納税者に隠蔽していると主張していたのだ。

   [marginalia : 余白や欄外への書き込み。傍注。]

○ THE WE WHO SING [歌う者]
 ビッグバンからわずか30万年後、濃密なプラズマの中で、知的生命体であるシャインたちの種族「歌う者」が誕生し、繁栄を謳歌していた。しかし、シャインの三位姉妹のコールドは、この世界は間もなく終焉を迎えると予言する。シャインらはその危機を乗り切ろうとするが、「宇宙の晴れ上がり」の瞬間は容赦なく訪れようとしていた。

○ THE GRAVITY MINE [重力鉱山]     こちらで原文が読めます
 アンリックは意識を取り戻したとき、超未来の人類の末裔のコミュニティの中にいた。人類はブラックホールで掻き集めたエネルギーを最後の糧として、意識だけの集合体として生き残っていた。しかし、そのあがきさえも永遠に膨張を続ける宇宙の中では、容赦なく潰えていく運命だった。

○ SPINDRIFT [波しぶき]
 アメリカが月面開発を再開する直前、ひとつの不都合な事実が明らかにされる。アポロに先駆けること4年前、ソ連は1965年に一人の宇宙飛行士を片道飛行で月に送り込んでいた。しかし、ソ連が帰還用のロケットを送ることに失敗し続けた結果、宇宙飛行士は月面で6年間生存していたというのだ。

○ TOUCHING CENTAURI [ケンタウリ接触]

☆本書PHASE SPACEの中心となる作品で、もう一つのManifoldシリーズといえる。

 スーパーハッブル宇宙望遠鏡により、4光年かなたのアルファ・ケンタウリに地球に似た惑星・A-4が発見される。元宇宙飛行士マレンファントと数学者コーネリアスの提案で、反射光で観測を行うため、A-4に向け強力なレーザー光線が発射される。そして反射光が帰ってくるはずの8年後、JPL(ジェット推進研究所)で発表会が開催されるが、反射光は観測されない。困惑を隠せないマレンファントに対して、コーネリアスは不気味に微笑む。そして、その日から宇宙に異常が生じはじめる。

○ THE TWELFTH ALBUM [11枚目のアルバム]
 私は、死んだ友人シックが勤めていたリバプールのホテルを訪れる。ホテルは古い客船を係留して改装したもので、シックはトルコ風呂を改造した宿直室に住んでいた。私は彼の部屋で、作成されたはずのない、ビートルズの11番目のLPレコードを見つける。彼は、このレコードをいったいどこで手に入れたのだろう。



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