『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第六章 開かれた世界へ

第1節 異邦人の孤立


〔注6−1〕

   "*Waiting for a bus a brick fell on my head."に見られるような「関係づけの誤り」が生じるという現実は、文頭の分詞句の働きに関する直感的な受容の在り方に一定の傾向がある可能性を示唆している。こうした分詞句の場合、英語を母語とする話者(そして受け手)にとって、そこに「副詞的勾配」(「勾配」については[6−6]参照)を感知することの方が自然な受容である可能性を示唆しているように思われる。文頭に位置する分詞句については「名詞修飾的付加詞[attributive adjunct]であるとする解釈は排除される」(KRUISINGA & ERADES, An English Grammar, 39.2)([2−19]参照)という感覚(判断ではない。[2−23]参照)が伴っている。別の観点から言うと、「名詞修飾的勾配」(「バスを待っていた(一つの煉瓦が)」)を感知する方が自然であるとすれば、あるいは名詞修飾的語群を発話しているという感覚があれば、その語群が過度に複雑な構造から成るのでない限り、関係づけの誤りは生じにくいはずであると言える。関係づけの誤りの原因については次のように推測されてもいる。「分詞や形容詞が、実際にはそうなってはいないのに、前置詞や副詞の力を既に獲得しているという意識的あるいは無意識的思い込みが恐らくは、大半の関係づけられていない分詞や形容詞、あるいは関係づけが誤っている分詞や形容詞の原因であろう。 」(H. W. Fowler, A Dictionary of Modern English Usage, UNATTACHED PARTICIPLESの項)

   文頭の分詞句に副詞的勾配が感知されている一例を紹介しておく。

   その序文によれば「中級から上級の学習者向けの、外国語としての英語[English as a foreign language]用練成演習教材」(xiii)であるAzarの前掲書(UNDERSTANDING AND USING ENGLISH GRAMMAR)第11章"Adverb Clauses and Related Structures- -I: Time and Cause and Effect"のPartV「副詞節を修飾句[modifying phrases]に縮約」中にある例文と解説によれば、「接続詞+-ing句/-ed句」や分詞句は「主辞を修飾する」のであるが、「副詞節と同じ意味である」。

(a) While I was sitting in class, I fell asleep.
     (In (a): an adverb clause)((a)の場合、副詞節)
(b) While sitting in class, I fell asleep.
     (In (b): a modifying phrases. It modifies the subject. (a) and (b) have the same meaning.)
     〈(b)の場合は修飾句。修飾句は主辞を修飾する(a) と (b)は同じ意味である。〉 (p.294) (下線は引用者)
   著者Azarが「修飾句[modifying phrases]」を形容詞要素と副詞要素のいずれと捉えているかは、「第八章では、形容詞節の修飾句[modifying phrases]への変換を吟味した。」(p.294)と述べる一方、第八章"Adjective Clauses"のPartUでは「形容詞節を形容詞句[adjective phrase]に縮約」(p.226)と記されていることを見れば、「修飾句[modifying phrases]」は「形容詞句」を指すことが分かる(Azarが「修飾する[modify]」をどう捉えているかについては[1−23]参照)。

   Azarは、「接続詞+-ing句/-ed句」や「分詞句」は形容詞要素であると判断しながらも、「副詞節と同じ意味である」と感じている。文頭の分詞句に副詞的勾配が感知されている、と判断する所以である。文中での「修飾句[modifying phrases]」の位置を調べてみると、PartV「副詞節を修飾句[modifying phrases]に縮約」中にある十八例の形態的分類は、「接続詞+-ing句」が六例、「接続詞+-ed句」が一例((g) When told to go to bed, the child started to cry.)、「-ing句」が十例、「形容詞句」が一例 ( (r) Unable to afford a car, she bought a bicycle.)という結果になる。計十八例中、修飾句が文末に位置する一例(He turned off all the lights before going to bed.)を除き、修飾句はすべて文頭の位置にある。文頭の位置と「副詞的勾配」の感知にある程度の相関性を見て取れる。

   ところで、日本の学校英文法の世界では文頭の分詞句はどのような役割を負わされているかのだろうか。

   田村泰『しなやかな英文法』には、高等学校の文法教科書群(1975年版)に見られる《分詞構文》の扱いを幾つかの特徴をもとに分類した一覧表があり、そこには《分詞構文》の位置を分類した結果も載っている(同書、p.142)。

   十種類の文法教科書全体の結果は、文頭(四十二例)、文中(四例)、文末(十八例)となり、圧倒的に文頭に位置する《分詞構文》の文例が多いことが示されている(-ing分詞と-ed分詞の別も分類して欲しかった。大胆な予測を述べると、文末の十八例のうち、殆どは-ing分詞句の文例であろうし、もしあるとしても数少ない-ed分詞句の文例は代わり映えしないもの、諸々の文法書に挙げられているとして既に紹介したものと似たり寄ったりの文例であろう。[4−6]参照)。これを百分率(小数点以下四捨五入)で表わせば文頭(66%)、文中(6%)、文末(28%)となる。

   実際の英文の世界を逍遥して調べてみると、同書にも指摘がある(啓林館『ランドマーク高校総合英語』から「分詞構文の80%以上、分詞は文末にくる。」(p.144)という記述を引用している)が、《分詞構文》(ただし、-ing分詞を用いた《分詞構文》、と言っておかねばならない)の位置は文末が最も多いとは言えよう(荒木一雄・安井稔編『現代英文法辞典』には、「分詞構文は文頭に現れることが最も多く、ついで文中[主として、主語の直後]と続き、文末が最も少ない。」(participial construction[分詞構文]の項)とある。ただ、《分詞構文》については記号「*」([1−24]参照)について指摘し得るのと同様のことを指摘し得ることを想起せねばならない)。位置の分類結果から窺い取れるのは、副詞的な意味合いをもっとも読み取りやすいと感じられる《分詞構文》、即ち、文頭に位置する《分詞構文》が無意識の内に選択されているかに見えるということである。個々の教科書を取り上げれば、文頭:文中:文末の比率にはかなりの違いが現れるが、全体としての数字には、無意識のうちの選択が垣間見られる気がする。教科書群が全体として表現しているのは、《分詞構文》を最も語りやすいのは文頭に位置する分詞句の場合である、ということであるように見える。教科書群が下しているように見えるそうした判断は間違ってはいない。

   文法教科書群が全体として示すことになった数字から窺い取れる《分詞構文》観は、日本の学習用文法書においても反映されているはずである。やや古いものとはいえ文法教科書群(1975年版)が示している数字は、日本の学校英文法の世界で、文末に位置し、その直前に位置する名詞句を非制限的に修飾する「カンマを伴う分詞句」が自覚的に取り上げられることがないという現実と相関的でもある(高校用教科書"New Encounter English T"にあげられている文例(6−12)"Many ships and planes have mysteriously disappeared in this area, known as the Bermuda Triangle."は例外ともいえるものである。本章第3節参照)。

   学習用文法書中の該当箇所にある《分詞構文》の文例についてのみ(《独立分詞構文》と《慣用的分詞構文》を除く)その数を数えてみる。手元にある文法書の内から適当に(殆ど無作為である)選んだ数冊についてのみ数えた。文末の《分詞構文》についてのみ、分詞の種類の別を示した。

@『英文法詳解』(総数十九例)
   文頭(十三例)、文中(二例)、文末(四例:-ing分詞句二例、having+-ed句一例、-ed分詞句一例)

A『英語表現文法』(総数二十例)
   文頭(十四例)、文中(一例)、文末(五例:-ing分詞句四例、-ed分詞句一例)

B『改訂版 英文法総覧』(総数二十七例)
   文頭(二十例)、文中(二例)、文末(五例:-ing分詞句五例)
   (注記)
   『改訂版 英文法総覧』には「分詞構文の中で、付帯状況(attendant circumstances)を示すものが最も多く用いられ、その半数以上が文中・文尾に位置する」(p.233)という解説が付されている。こう述べながらも、文頭の例を圧倒的に多くあげている。同書では他の箇所(「35.10.付帯状況を表わす表現」中の「35.10.1分詞構文」(p.525))にも文例があるがこれは数えない。

C『現代英文法』(総数二十五例)
   文頭(十九例)、文中(一例)、文末(五例:-ing分詞句四例、-ed分詞句一例)

D『ロイヤル英文法』(総数三十三例)
   文頭(二十四例)、文中(三例)、文末(六例:-ing分詞句六例)

   まとめると、総数(百二十四例)、文頭(九十例)、文中(九例)、文末(二十五例:-ing分詞句二十一例、完了分詞句一例、-ed分詞句三例)、百分率はそれぞれ、文頭(73%)、文中(7%)、文末(20%:-ing分詞句17%、having+-ed句1%、-ed分詞句2%)となる。教科書の場合、文頭(66%)、文中(6%)、文末(28%)であった。教科書の場合以上に、無意識的選択が行われているかにも見えるがどうでもいい。ここでも、《分詞構文》の文例には文頭の分詞句が選ばれることが最も多いことが確認できる。上述のように、文頭の分詞句は副詞的勾配を最も体験しやすい例である。本稿が分詞句を辿ろうとする際に起点とした選択した分詞句の場合とは対照的な事態を最も体験しやすい事例なのである。

   関係づけの誤りということでは、もちろん事情は多少異なるが、日本語の場合にも、主辞と述辞の適切な呼応関係の乱れ(誤り)が生じることはたびたびある。ラジオやテレビの野球中継で、特に解説者の発言中にしばしば耳にすることがある類の発話である。

   「私は、あの場面ではですね、得点差と、打者と投手の相性を考えればですね、強攻策は避けてバントだったですね。」

   ここでは、適切な主辞を発話することが求められているのではなく、主辞に適切に呼応する述辞を発話することが求められている。ただ、関係づけという点では、英語における文頭の分詞句の場合と共通する問題点がある。「呼応」は時には(特に、主辞とこれに直接呼応する述辞が隔たっている場合には)殊更に意識されることが必要なのである。こうした場合、発話に当っては「文章全体の包括的構想[comprehensive conception]を要する」(Jespersen, The Philosophy of Grammar, CHAPTER I Living Grammar, p.27)という言い方も可能だ。

(〔注6−1〕 了)

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