「マンガでわかった北朝鮮問題」

2004.5.30

 北朝鮮の特徴(党内反対派の粛清、個人崇拝、経済の観念的な運営)を見ていくと、結論としてこの国が「生き延びたスターリン主義」だという判断に行き着く。 1956年のスターリン批判はほぼ世界の共産主義運動に影響を与えたが、この国では「スターリン批判勢力」の方が粛清され集団指導と指導者の交代が無くなった。これが、韓国側が軍事独裁から民主化した後も、北側が独裁体制のまま残っている理由だ。
 そして、年表を見ていくと、軍事統一方針が一貫している。南は学生による李政権打倒(1960年)で北進統一を放棄したが、北は放棄していない。今も北が南進軍事統一方針を堅持していることを(目先の経済不振を理由に)見誤ってはいけない。そもそも拉致は対南工作のためにあった。1976年-1983年頃の拉致が、1980年光州事件、1987年大韓航空機爆破事件に絡む工作につながったと考えるのが妥当だ。工作の全容を明らかにしないのは、対南工作、軍事統一方針を放棄していないことを自ら証明していることになる。それは6か国協議が目指すべき「朝鮮半島とその周辺の平和的安定」と対立する。
 6か国協議での、所謂「体制保証」については、「南北が軍事的不可侵協定を結び」、続いて「周辺、関係4か国(中ロ米日)が協定の尊重を宣言する」のが良い。北は、「軍事統一方針の放棄を内外に宣言し」「その証明として拉致問題の全容を説明する」ことになる。
 北が南との協定を受け入れず南の存在を無視することは、即ち「軍事的南進統一」を堅持していることの表明と見なされる。であれば、そういう国にいかなる「体制保証」も「経済支援」も有り得ない。つまり、北が所謂「体制保証」(=具体的には前述の南北軍事的不可侵協定とその尊重が良い)、「経済支援」を望むのであれば、南北協定に応じる以外にない。
 しかし、協定が現状の南北分断を固定するものであれば朝鮮半島「統一の悲願」に反する。そこで「将来的に平和的に統一する場合は、「南北連邦制の段階で永世中立を宣言」して「駐留する外国軍は撤退する」ことにより、(国境で駐留米軍と地続きになるという)中ロの懸念を払拭して、朝鮮半島全体が緩衝地帯になる(海を隔てて在日米軍は残るだろう)」ということも見通して、南北で合意するのが良いということになる。

「マンガでわかった北朝鮮問題」(共著、マイウェイ出版、2003.7、@1300)

1 どんな本?
(1)選んだ理由
 最近、こういう本は色々本屋に積んである。この本は著者が17人で多彩、例えば 「宅八郎、ほしのえみこ、神浦元影、鈴木邦男 etc.」内容が色々。「マンガでわかった」 とあるがマンガは間に数か所あるだけで、大部分は文章。写真も色々。
(2)例えば
 取り上げている題材が幅広い。「拉致事件、お笑い芸人、北朝鮮芸術、チュチェ思想、 先軍政治、出身成文、脱北者、南北分断、年表 etc.」。

2 抜粋
(1)「拉致事件クロニクル」(P30)
 拉致事件は家族にとっても長いこと「理由の分からない行方不明事件」だった。 {こ の頃の韓国、1973年金大中拉致事件、1979年朴大統領暗殺、1980年光州事件、全斗煥大 統領}
 1980年に産経新聞の記者が「アベック3組ナゾの蒸発」という調査報道をするが、政 府、報道機関、世論ともに何の反応もなかった。
 1987年大韓航空機爆破事件。「容疑者の教育係は拉致された日本人、リウネ」。 1976年の事件が注目を集め週刊誌や新聞の報道があった。それでもその後も長いこと 「疑惑」のままだった。
 1995年朝日放送が亡命工作員の情報を放送した。1997年に横田めぐみさんの実名公開、 朝日放送、産経新聞とアエラが報道。
 1991年〜日朝国交正常化交渉。拉致問題を提起したが、北朝鮮が否定して進展しない。  クリントン政権下の米朝核交渉や、欧州が国交を結ぶ中で、日本の交渉に決め手はな かった。
 結局、誰もが事実と認識したのは、米国の共和党政権の登場と北朝鮮経済の行き詰ま りを背景にした、2002年の首相の北朝鮮訪問で北朝鮮が認めたことでだった。
(2)ひらめき政治(P36)
 「将軍様の言動に疑問を挟むことは反動的」とされたために、誰もが指示待ちになり チェックせず、経済が非合理、非効率になった。その結果、外交の目的は「外国から援 助を獲得すること」になった。「拉致を認めたのは日本からの経済制裁を回避するため」。 だから毅然と要求すれば拉致問題は解決する。なぜなら「北朝鮮からの軍事攻撃は米軍 の反撃を招いて体制崩壊になるから」「核問題も援助を要求し、国内を引き締めるため」 だから。
 ひらめき政治の下では援助しても経済が回復せず、要求を繰り返すだけから「植民地 配36年にちなんで(一度に払わず)36年間の経済協力に引き延ばして、その間にできる だけ無害化するのが良い」。不正送金や麻薬密輸の監視など。
(3)金正日は金日成を偶像化する芸術作品の製作を指揮した(P72)
 讃える映画、巨大な建築物を作り、個人崇拝を進めた。
 (P110)主体思想はもともと中ソ対立の中で「朝鮮革命を自主的に進める」という意志 表示だったが、次第に「マルクスレーニン主義を超える唯一思想体系(金日成主義)」 に摺り替えられた。しかし内実は「普遍的な思想ではなく情勢に合わせて変化する現実 対処」うまくいかない現実の自己合理化にすぎない。
(4)党内反対派の粛清(P104)
 中ソ対立とそれに囲まれる地理的位置から、党内には延安派(中国派)とソ連派が居 て、その他に南側で独立闘争をした南朝鮮労働党、海外亡命していたパルチザン派(満 州派)と甲山派がある。
 まず朝鮮戦争の責任を押し付けて南朝鮮労働党を粛清し、次にスターリン批判を契機 にする「金日成個人崇拝批判」を理由に延安派(中国派)とソ連派を粛清した。更に対 抗勢力である甲山派を粛清すると、残ったのは自分の基盤であるパルチザン派(満州派) だけだった。
 更に金正日の場合は異母弟である金平一という肉親も追い落とした。
(5)途中下車がない権力レース(P106)
 上記のような自らもその形成に係わった権力闘争の環境(集団指導体制でない個人崇 拝体制)では、「降りて平穏な暮らしをする」という選択肢はない。「全ては生き延び るため」というのが金正日の行動原理と考えれば説明がつく。強烈なサバイバルは「金 正日個人の生存と快楽に収束する」。日本であれば一介の庶民であっても「映画も美食 もはめを外した宴会(キャバクラとか)も若く美しい女(ファッションヘルスとか)も」、 特別な権力も資産もなくても目の前にあり、その限りでは他に特別な害を及ぼさない。 個人崇拝の権力者にとってはそのようなことでも「外国映画を大使館から送らせたり、 一号宴会(秘密パーティ?)、喜び組、etc.」といった大掛かりなことになる。
(6)その他、イラク攻撃から北朝鮮へ(?)(P172)
 イラクの信任投票は100%で嘘、でもシリアも97.5%、エジプトも93.5%、ヨルダン、サウ ジアラビアは王制で投票自体がない(そういう国は北アフリカにも多い)。一方、親米のクウェー トも王制で投票がなく、またそもそもイスラエルは「パレスチナ人を国外に追い出して 帰還を認めていない」独裁国家だ。
 イラクはクルド人を弾圧したが、トルコも同じ。クルド人のことはそもそも欧米が機械的に国 境線を引いたことが遠因で独立闘争がある。シリアではイスラム同胞団を虐殺した、 イラクの南部シーア派虐殺は、米国がイランイラク戦争を煽り、シーア派蜂起も煽りながら、 梯子を外したことにも責任がある。一方、イスラエルは「パレスチナ人を国外に追い出 して帰還を認めない」独裁国家で、更に国際法に違反して、占領地であるパレスチナ地域に入植地を作り、 パレスチナ人の家屋を破壊し虐殺をしても、何も批難されない。米国の二重基準(ダブルスタンダード)に守られている。
 中東で、核兵器を確実に持っているのは、イラクではなくイスラエルだが、何も批難されない。核や化学兵器の「汚い爆弾」を今使っているのは米国。劣化ウランは、攻撃機から撃つバルカン砲、バンカーバスター、トマホークにも付いている。ベトナムでは枯れ葉剤だった。
 つまりイラク攻撃自体が、米国の二重基準(ダブルスタンダード)で、問題あり。

3 生き延びたスターリン主義
 北朝鮮の特徴(党内反対派の粛清、個人崇拝、経済の観念的な運営)を見ていくと、 結論としてこの国が「生き延びたスターリン主義」だという判断に行き着く。1956年の スターリン批判(P105)はほぼ世界の共産主義運動に影響を与えたが、この国では上記2 (4)のとおり「スターリン批判勢力」の方が粛清され集団指導と指導者の交代が無く なった。
 もしと仮定すれば、当時スターリン批判が成功して集団指導の国になっていれば、韓 国側の民主化後に「資本主義体制」「社会主義体制」のままの緩やかな連邦制ぐらいは 既に出来ていたかもしれない。

4 中ロが参加する6か国協議が有効
(1)巻末の年表は北朝鮮と日本の出来事を左右に対比しているが、それぞれの年でそ れぞれの国で書くべき内容量が違うのを、詰めてしまっているので年ごとの記載場所が ずれて対比しにくい。切り貼りして直すと「その時々での世界情勢の制約の中での選択」 「アクションとリアクション」が分かりやすい。
(2)良く言う「コメ支援」の、戦略の無い外交も、飢饉で本当に緊急に必要だったと きと、言いなりにただ出すだけのときがある。またクリントン政権下の核危機では米朝 合意に協力する必要(対米追従)があったし、北朝鮮の外交攻勢で欧米が次々と国交を 結ぶときには、日本が外交的に孤立する可能性も無くはなかった。
(3)年表を見ていくと、軍事統一方針が一貫している。南は学生による李政権打倒 (1960年)で北進統一を放棄したが、北は放棄していない。今も北が軍事統一方針を堅持 していることを(目先の経済不振を理由に)見誤ってはいけない。
(4)北朝鮮が軍事行動を起こすときは、その前年あたりにソ連、ロシアか中国を訪問 して友好協定のようなものを取り付けている。軍事行動の承認ではなく、「後門の守り を固める」や軍資金になる「経済援助を取る」ことだろう。(その後の報道によると、 金大中大統領との南北首脳会談でも、中国が座長をした6か国協議でも、開催をネタに 資金を得ている。)その資金は結果として、その後の強硬方針を支える原資になる。
 中ソの、片方を訪ねて成果がないと、もう片方を訪ねている。天秤に掛けているのだろう。中 ソ対立のときと違い、今は中ロも天秤に掛けられるだけではメリットがない。だから、 中ロが参加して「周辺国も困らない朝鮮半島の着地点」を合意する6か国協議が有効だ。 6か国協議であれば北朝鮮は「天秤」という戦術を取れないから。
(5)軍事統一方針を捨てていないことを中ロに説明し、拉致問題解決が「軍事統一方 針放棄の証明に必要」と説き、議題に必ず載せる。そもそも拉致は対南工作のためにあ った。1976年-1983年頃の拉致が、1980年光州事件、1987年大韓航空機爆破事件に絡む 工作につながると考えるのは妥当だろう。工作の全容を明らかにしないのは、対南工作、 軍事統一方針を放棄していないことを自ら証明していることになる。それは6か国協議 が目指すべき「朝鮮半島とその周辺の平和的安定」と対立する。

5 開かれた国益、協調的安全保障のために
(1)日本は特定国の利益や自国のみの利益でなく、「自他ともに利する開かれた国益」 を旨として、アジア及び世界での協調的安全保障の構築に努めなければならない。軍事 的には専守防衛が基本でそれ以外は取るべき道ではない。
 朝鮮半島の北朝鮮に国境を接する国は3か国ある。ロシア、中国、韓国。いずれも戦 争や急激な体制崩壊は、自国への影響から望んでいない。仮に北朝鮮が崩壊して韓国に 吸収された場合、ロシア、中国は米軍が駐留する国と地続きになる、それは望まない。
 であれば国際政治としては、「金正日が退陣して、より柔軟な集団指導体制になる」こ とが周辺国に受け入れられる目標になる。そのためには「どのようにして退陣に追い込 むか」「その間、軍備増強、暴発をさせないこと」が課題になる。
 「資金流入の阻止、国連物資の直接配布を認めさせる(軍に流用しないよう)、先端 技術の流入阻止、兵器輸出先をなくす、日本の防衛対処能力向上」。
(2)戦争をしてはいけない。その理由は、向こう側にもこちら側にも喜怒哀楽の中に 暮らす人々が居るから。傷付けてはいけない。
(3)6か国協議での、所謂「体制保証」について
 (ア)「南北が軍事的不可侵協定を結び」、続いて「周辺、関係4か国(中ロ米日) が協定の尊重を宣言する」のが良い。
 (イ)北が南との協定を受け入れず南の存在を無視することは、即ち「軍事的南進統 一」を堅持していることの表明と見なされる。であれば、そういう国にいかなる「体制 保証」も「経済支援」も有り得ない。つまり、北が所謂「体制保証」(=具体的には前 述の南北協定とその尊重が良い)、「経済支援」を望むのであれば、南北協定に応じる 以外にない。
 (ウ)しかし、協定が現状の南北分断を固定するものであれば朝鮮半島「統一の悲願」に反す る。そこで「将来的に平和的に統一する場合は、南北連邦制の段階で永世中立を宣言し て駐留する外国軍は撤退することにより、(国境で駐留米軍と地続きになるという)中 ロの懸念を払拭して、朝鮮半島全体が緩衝地帯になる(海を隔てて在日米軍は残るだろ う)」ということも見通して、南北で合意するのが良い。

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<補足>

開かれた国益、協調的安全保障のために。
以前に書いた「読書雑感、3題」で改めて振り返る。

[1] 「GO」(金城一紀、講談社文庫、2003.3、@448)
[2] 「奪還 引き裂かれた二十四年」(蓮池透、新潮社、2003.4、@1300)
[3] 「マンガでわかった北朝鮮問題」(共著、マイウェイ出版、2003.7、@1300)
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ここも見てね[随想]「GO」

ここも見てね[随想]「奪還 引き裂かれた二十四年

ここも見てね[夢幻]米を食う虫、美しい明日/アンダ−グラウンド工場の灯

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