「GO」

2004.5.30

「GO」(金城一紀 kaneshiro kazuki、講談社文庫、2003.3、@448)

1 どんな本?
(1)小説で、自称「恋愛に関する物語」。だが、在日外国人、特に韓国籍、朝鮮籍の 人が置かれた状況を知ることができる入門書のような、1世から2、3世の状況、意識 の変化まで、初心者にも分かりやすい。
(2)父親はもともと朝鮮総連の活動家で、54歳になってハワイに行こうとふと思っ たのを機会に韓国籍に変え、活動も止める(転向する、転ぶ)。主人公が民族学校の中 学のときのこと。朝鮮籍から韓国籍に変えると社会生活で選択の幅が少し広がる。日本 の高校に行き、恋愛もする。しかし韓国籍でもいろいろ生きづらいことがある。

2 本の中から
(1)朝鮮籍から韓国籍に変える(P9)(P95)
 日本の植民地下では朝鮮の人も日本籍だった。日本の敗戦で植民地下の人の国籍をど うするかというときに、日本は一律に日本国籍を廃した。ドイツでは本人が選択できた。 地域名で「朝鮮」になったが、これは建て前では朝鮮半島を指す出身地名で国ではない、 なぜなら北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と日本は国交がないから。その後に南の国 籍を取ると韓国籍(大韓民国)になる。何もしなければ出身地名で「朝鮮」と表示され る状態が続く。
 海外渡航するには、朝鮮民主主義人民共和国のパスポートよりも、大韓民国のパスポ ートの方が便利だ。国交を結んでいる国が多いから。米国のハワイに行くには大韓民国 のパスポートが必要だ。
(2)総連から民団へ(P10)
 本国が北と南に分断して対立しているので、日本に住んでいてもどちらを支持するか で組織が分かれて、特に昔は対立もした。総連(在日朝鮮人総連合会)と民団(大韓民 国居留民団)。20数年前からか、どちらの組織にも属さない立場を取る人が2、3世 の中から出て来た。北でも南でも「在日」という今居る場所に着目した立場だ。
(3)帰国運動(P12)
北朝鮮に移住する運動だが、北側の「地上の楽園」という宣伝と、労働力不足があった。 移住しなくても北朝鮮に住む親戚に金や物を送り、祖国を助けるということがあった。 日本では就職など様々な不都合があったこともある。
(4)民族学校(P14-P18)(P57)(P69)
 学校はやはり総連系と民団系に分かれている。この他に日本の公立私立学校に通う人 ももちろんいる。
 ここで主人公は韓国籍に変わり、朝鮮学校から日本の高校に進学する。
(5)通称名で通う(P26)(P57)
 植民地下で創氏改名があったのと、日本の敗戦後も差別(商売がやりにくい etc.)が あったので、通称名を使うことが多い。学校や会社で。差別があっても負けずに民族に 誇りを持って生きようと、本名を名乗る場合もあるが、なかなか簡単ではない。社会生 活では通称名で、親しい人とは本名でと使い分けることもあるが、精神的には負担にな る。特に小中、高校といった青年期ではこの矛盾の負担は大きいだろう。
 矢沢永吉も居たロックグループ、キャロルのジョニー大倉は、本名を名乗った後は仕 事が来なくなったという。松田優作は本名を明かすことはなかった。亡くなって10年 後の集まりで日本人である奥さんが明かした。
(6)パチンコ(P31)(P34)(P51-52)(P72)
 在日韓国朝鮮人は日本の会社に就職が難しい。書類選考ではねられる。同じ在日が経 営する会社で働くか自営業をやる。自営業はパチンコ、焼肉屋が多い。
(7)豊臣秀吉(P32)
 秀吉は朝鮮に出兵したので朝鮮半島の側から見ると侵略者だから評判が悪い。これを 撃退したイスンシンは英雄。伊藤博文は植民地支配の責任者で、これを撃ったアンジュ ングンはヒーロー。日本の敗戦した終戦記念日は、植民地支配が終わった光復節。立場 が変われば意味が違う。
(8)儒教(P32)
 朝鮮半島の北も南も儒教の伝統がある。年上の人の前ではたばこを吸わない、電車で 席をゆずる etc.
 儒教とは別かもしれないが、血縁を重視する族譜という系図がある。父系の系図。夫 と妻は姓が違う。結婚しても妻は戸籍に入らないから。これは今の男女平等からする夫 婦別姓とは意味が違い、言わば女性は無視された形だろう。
(9)指紋押捺制度(P73)(P195)
 在日外国人の指紋押捺制度があった。押捺を始めるのが思春期の16歳で、日常生活 で蒙っている他の様々な不利益と相俟って「なぜ?」という思いは強い。一方、韓国で は全国民が「指紋押捺し身分証明書を常時携帯する」。北との軍事的緊張があるから。
(10)アイデンティティ(P6)(P20)(P79)(P88)(P128)(P131)(P133)(P151)(P201)
 アイデンティティ(自己同一性)、自分が何ものであるか。
 1世は朝鮮半島のどこかに生まれた故郷があり、その文化の中で育った。植民地支配 を経て、民族国家としての韓国、共和国を誇りに思う気持ちは強い。総連と民団という 組織にも帰属意識がある。
 一方、2、3世は日本で生まれ、朝鮮半島には行ったことがない。家庭では朝鮮の文 化、社会では日本の文化の中で育った。韓国、共和国を誇りに思う気持ちがあったとし ても、現実には祖国が「在日」という自分を守ってくれることは少ない。
 また韓国と日本のハーフ(ダブル?)といった場合は、より明確にふたつ(みっつ?) の立場に身を置くことになる。
(11)「在日」の先、俺は俺、俺は俺であることからも解放されたい(P246)
 前記(2)のとおり、1世から2、3世へ時が移る中で、帰属意識は総連、民団とい う朝鮮半島の本国に目が向いたものから、どちらの組織にも属さない北でも南でもない 今居る場所に着目した立場「在日」という考えが出てきた。20数年前のことだ。
「在日する朝鮮民族」という言い方もあった。(第1の立場)北か(第2の立場)南か とすると、(第3の立場)「在日する朝鮮民族」となるか?当時それは革新的な発想だ った。国際条約である国際人権規約は生活権で「自国民と外国人を同等にすること(内 外人平等)」を加盟国に求めていた。それは日本人でも外国人(韓国・朝鮮人を含む) でも国籍や民族によらず「生活する場」に着目した論理だった。
 作中、後半に出て来る宮本(P211)はこの立場だろう。主人公もこのことに異論はない、 同意している(P230)。ただ「もうこれ以上、大きなものに帰属しているなんて感覚を抱 えながら生きていくのはまっぴらごめん」(P231)だからグループに参加しない。
 「在日だとか日本人だとか、そういうのは関係なくなっていくよ」(P227)、「いつか 俺が国境線を消してやるよ」(P228)。

 バラ(P5)でもライオン(P246)でも在日(P246)でもモンゴロイド(P246)でも、「何かに 分類して名前をつける」ことをもう止めよう。止めにしよう。その先に「行きましょう」 (P252)。GO(P3)。

3 オヤジの人生訓
(1)広い世界(P17)
 「広い世界を見ろよ、あとは自分で決めろ。」
 「ずっと選択のしようのない環境に閉じ込められてきた僕にとって、それは初めて与 えられた選択肢だったのだ。」
(2)こぶしが引いた円の大きさ(P63)
 「こぶしが引いた円の大きさが--今のおまえという人間の大きさだ。その円の真ん中 に居座って、手に届く範囲のものにだけ手を出したり、ジッとしたりしていればおまえ は傷つかないで安全に生きていける。--おまえはそういうのどう思う?」「強いパンチ は強いフットワークから生み出される。」
(3)暗闇(P101)
 「暗闇を知らない奴に光の明るさは語れない、--でもニーチェは--誰であれ怪物と戦 う者はその過程において自らが怪物にならぬよう注意すべきである、長い間奈落を覗き 込んでいると奈落もまたこちらを覗き込むものだ--と。」
(4)根無し草(P232)(P101)
 オヤジが韓国籍に変えた理由は、本当はハワイではない。息子の足枷をひとつでも外 そうと思ったから(P228)。
 「(スペイン語で)俺は朝鮮人でも日本人でもない、ただの根無し草だ。」そうそら んじるオヤジにとって、主人公が本を読みまた生活の中で行う探究は、オヤジにすれば 既に検証し結論を得ているもの(P231)。主人公の課題は「その先に進み--世界を変える」 ことだ(P231)

4 人格の独立、美しい明日、幸福衝動
(1)人格の独立
 世界史の根底的な変革、「究極の目標」は、人格の独立だ。
ここも見てね究極の目標
(2)美しい明日
 『美しい明日』の経済的な基盤は(各個人の)「財政独立」。相対的窮乏(社会内部 や会社内部での貧富格差の分化、国と国の間の富の偏り)を緩和し、「誰かを搾取した り、不当に利益を得ていない」社会的公正を確保すること。人の足を踏ませないように、 しなければならない。社会の仕組みは、協調的である必要がある。
 もうひとつの基盤は「個(人)と個(人)のつながりが良好であること」。「悪意に 満ちた人の間では、まともな精神状態では居られない」から。予断、偏見に基づかず、 イデオロギ?、宗教対立、民族主義、人種差別、身分制・カ?スト、金、地位など、何 ものにも捕らわれない心で、理性に基づいて問題を解決することで、人間は動物と区別 される。社会的貢献、個人の幸福の追求が、他の人の幸福の追求と概ね同じ方向である こと対立していないこと。人の足を踏んで、その痛みを省みないならば、安寧を得るこ とはできない。
ここも見てね米を食う虫、美しい明日
(3)幸福衝動
 幸福衝動を満たすのは、外界との交渉、即ち、食物、異性、本、談笑、議論、活動、 消費したり働き掛けたりする事物など。

5 開かれた国益、協調的安全保障のために
(1)日本は特定国の利益や自国のみの利益でなく、「自他ともに利する開かれた国益」 を旨として、アジア及び世界での協調的安全保障の構築に努めなければならない。軍事 的には専守防衛が基本でそれ以外は取るべき道ではない。
 朝鮮半島の北朝鮮に国境を接する国は3か国ある。ロシア、中国、韓国。いずれも戦 争や急激な体制崩壊は、自国への影響から望んでいない。仮に北朝鮮が崩壊して韓国に 吸収された場合、ロシア、中国は米軍が駐留する国と地続きになる、それは望まない。
 であれば国際政治としては、「金正日が退陣して、より柔軟な集団指導体制になる」こ とが周辺国に受け入れられる目標になる。そのためには「どのようにして退陣に追い込 むか」「その間、軍備増強、暴発をさせないこと」が課題になる。
 「資金流入の阻止、国連物資の直接配布を認めさせる(軍に流用しないよう)、先端 技術の流入阻止、兵器輸出先をなくす、日本の防衛対処能力向上」。
(2)戦争をしてはいけない。その理由は、向こう側にもこちら側にも喜怒哀楽の中に 暮らす人々が居るから。傷付けてはいけない。

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<補足>

北朝鮮による拉致被害者の家族はようやく一部が一緒に日本で暮らせるようになった。 全面解決ではないけれど、一歩前進。6か国協議で包括的な解決を続け ることが大切になる。

北朝鮮へどう対処するかは、日本外交の目下の課題だ。
このことが「米国によるイラク戦争」にどう対処するか、判断の制約になり、引きず られている(これと絡めて日本政府が「米国によるイラク戦争への対処」を判断し決め ていることを否定する人はいないだろう)。
しかし結論から言えば、日本外交が取るべき基本の幅から外れている。基本の幅の中 に戻すために、もっと良く考えなければならない。日本は特定国の利益や自国のみの利 益でなく、「自他ともに利する開かれた国益」を旨として、アジア及び世界での協調的 安全保障の構築に努める。軍事的には専守防衛が基本だ。

開かれた国益、協調的安全保障のために。
以前に書いた「読書雑感、3題」で改めて振り返る。

[1] 「GO」(金城一紀、講談社文庫、2003.3、@448)
[2] 「奪還 引き裂かれた二十四年」(蓮池透、新潮社、2003.4、@1300)
[3] 「マンガでわかった北朝鮮問題」(共著、マイウェイ出版、2003.7、@1300)
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ここも見てね[随想]「奪還 引き裂かれた二十四年

ここも見てね[随想]「マンガでわかった北朝鮮問題

ここも見てね[引用]金嬉老(キムヒロ)服役囚、仮出獄の挨拶「日本人に対して」

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