第七章 開かれた世界から第6節 何が曖昧なのかその七 「相[aspect]」の曖昧さ

〔注7−85〕

   以下の文例Aの解読も同様の了解に基いている。

@ Taking off his hat, he entered the house. (⇒(a)(イ))
(彼は帽子を脱いで家に入った。)
A He entered the house( , ) taking off his hat. (⇒(b))
(彼は帽子を脱ぎながら家に入った。)
(清水周裕『現代英文法』、p. 358)(○数字は引用者)
(「⇒(a)(イ)」とは「時系列」に分類されるということであり、「⇒(b)」とは同時性「〜しながら」に分類されるということである。カンマの有無は問わないことを含意する( , )という表記については本章第1節参照)
   この筆者は、@の文頭の分詞句に「〜帽子を脱ぎつつあった/脱ごうとしていた/脱ぐところであった」という進行中ないしは未完結の動作活動を読み取るのはどこか馬鹿げているとおそらく感じた([7−78]参照)ために、@に時系列を見出したのかもしれない。ただし、この筆者の了解によれば、文頭に位置する-ing分詞句については「〜しながら」という読み方は許されていないわけではない。

   「(b)「〜しながら」:同一の主語による2つの動作が同時に起こる場合は、通例その一方を現在分詞で表すことができる。」の例として次の文が挙げられている。

Holding the steering wheel with one hand, he reached for his mobile phone with the other.
= He held the steering wheel with one hand and, while he was doing so, he reached for his mobile phone with the other.
(彼は一方の手でハンドルを握り、もう一方の手で移動電話を取ろうとした。)
(清水周裕『現代英文法』、p. 357)(この文例については[7−79]参照)
   カンマのある場合の文例A"He entered the house, taking off his hat."については、脈絡が不足しているとしか言いようがなく、並置分詞句という了解をもとにした読解はこれを保留せざるを得ない。本文の続く記述参照。

   別の学習用文法書にもほぼ同一の解読を見ることができる。ただし、カンマの扱いに差がある。

分詞句の位置によって時間関係が異なる場合もある。
      (a)Taking off his hat, he entered the room. 〔述語動詞より前〕
      (b)He entered the room taking off his hat.〔述語動詞と同時〕
(a)は「彼は帽子を脱いで部屋にはいった」、(b)は「彼は帽子を脱ぎながら部屋にはいった」
(中原道喜『マスター 英文法』、p.393)((b)にカンマがないのは原文通り)
   (a),(b)中のいずれの分詞句も《分詞構文》と見なされているようである(明確な記述はない)が、本稿は、(a)中の分詞句については並置分詞句、(b)中の分詞句については主辞補辞と判断する(本章第1節参照)。

   せめて継起の《分詞構文》に関わる約定(「(イ)同一の主語による第1の動作にすぐ第2の動作が続く場合は、第1の動作を現在分詞で表すことができる場合が多い。」(「この場合は、分詞は文頭に置かなければならない」))が念頭にあれば次のような記述は生まれないはずだ、とも言えるのかもしれない。

ところで継起の分詞構文では分詞句の位置についてもう少しつけ加えるべきことがある。(3)の継起の分詞構文(以下に示した…引用者)のうち、cはかなり不自然である。それは次の理由による。いくつかのできごとが継続生起する場合、それを知覚する人にとってきわ立つのははじめのものと、それ以上に最後のものであろう。(これは人間の記憶に関係する。)文や談話そのものも言語要素の時間における継続生起であり、はじめととりわけ末尾がきわ立つのが当然である。従って(2)の連結文(John took out a cigarette, lighted it, and smoked quietly.…-引用者)でも、各節の間に重みの差がないのではなく、実際には知覚の特徴からいって話し手にとっても聞き手にとっても最後の節がきわ立ち、情報的に重くなる。(3)cが少し変になるのは、このような話し手にとって最もきわ立つできごとの情報を背景に落として弱めているためである。従って(3)cが自然な文だとすると、それは分詞句が追想付加の場合であろう。
(大江三郎『講座第五巻』、pp.226--227)
   「(3)の継起の分詞構文」とは次の通り。
(3) a. John, taking out a cigarette, lighted it and smoked quietly.
      b. John took out a cigarette and, lighting it, (he) smoked quietly.
      c. John took out a cigarette and lighted it, smoking quietly.
     (ibid, p.225)(下線は引用者)
   “smoking quietly”の暗黙の主辞は何であるかを、即ち、「タバコを吸う」は、「取り出す」や「火をつける」とは異なり、一定時間継続する動作活動であることを考慮しつつ、どんな人物についてなら“smoking quietly”と語り得るのかを考えると、(3)cは「ジョンは静かに煙草を吸いながら煙草を取り出し火をつけた。」とでも読むしかない。「静かに煙草を吸っていた」のは、即ち“smoking quietly”の暗黙の主辞は「煙草を取り出し火をつけたジョン」であり第一章第4節及び第五章第3節中の文例(5−3)に関わる記述、更に第六章第4節「その四」参照)、「取り出す」や「火をつける」は「タバコを吸う」という活動に包含されると判断し得るのである。"took"と"lighted"と"smoking"との間に単なる「時の継起[TIME-SEQUENCE]」を見出したいのであれば、単純過去形を並べて"John took out a cigarette , lighted it, and smoked quietly."と書けばよかったのである(「時の包含[TIME-INCLUSION]」及び「時の継起[TIME-SEQUENCE]」については[7−88]参照。「連続して出現する動態動詞[dynamic verbs]」については[7−79]参照。文末に"smoking ......"という分詞句の現れる例としては第七章第6節「その七」の文例(7―45)参照)。かくして(3)cは「少し変」ではなく、変である。火のついたタバコをくわえているのに更に新しいタバコを手にして火をつけるという重度の喫煙者には珍しくもない経験には事欠かぬ私ではあるけれども。本文の続く記述参照。

   しかしながら、"He tiptoed past her door and went outside, closing the door silently for fear of awakening her."(荒木一雄・安井稔編『現代英文法辞典』participial construction[分詞構文]の項)(下線は引用者)が「(b)継起」に分類され([7−81]参照)、「彼は彼女の部屋のところをつま先で歩いて通り過ぎ外に出た、そして彼女の目を覚まさないように静かに戸を閉めた」(ibid) (下線は引用者)と読むことが許容されるのであれば、(3)cを「……そして煙草を吸った」と読むことも許容されることになるのかもしれない。ただし、「閉じる」は、「通り過ぎる」や「外に出る」と同様、「タバコを吸う」のような一定時間継続する動作活動に比べれば、瞬間的な動作活動に分類し得ることを考慮しつつ、どんな人物についてなら"closing ......"と語り得るのかを考えると、「静かに戸を閉めた」のは「彼女の部屋のところをつま先で歩いて通り過ぎ外に出た彼」であると判断し得るし、上記の如き読み方が危うさなしに成立するけれども、「彼は、彼女の目を覚まさないように静かに戸を閉めながら、彼女の部屋のところをつま先で歩いて通り過ぎ外に出た。」という読み方は成立しがたいという事情は指摘しておかねばならない。

   ちなみに同辞典では、"John, taking out a cigarette, lighted it and smoked quietly."(ジョンは巻きタバコを取り出して火をつけ静かに吸った)(ibid) は「(b)継起」に分類されている。

(〔注7−85〕 了)

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© Nojima Akira