第六章 開かれた世界へ
第4節 「カンマを伴う分詞句」の「暗黙の主辞」の在り方について

その四 文形式Aの場合
  

   続いて、文形式A(S[=分詞の暗黙の主辞]+V…,+分詞句.)中の分詞句を吟味する。

(5−3)
Mr Hull said BMW wanted to move quickly with a sale of Rover Cars, worried that the market would pull its share price down if delays were incurred.
〈ハル氏が語ったところでは、BMW社はローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたが、(同社は)(処理の)遅れが生じれば市場で(自社の)株価の下落を招くのではないかと懸念していたのである。〉
(Phoenix buys Rover Cars for £10 By FT.com Staff, FT.com, May 9, 2000 ) ([1−10]参照)

    この分詞句については第五章第3節の次のような記述を援用すれば足りる。

   "worried …..." は「BMW社」について常に語り得ることがら(即ち通時的属性)の一端というよりむしろ、「BMW社」の一時的属性(即ち特別の状況下にあるBMW社についてこそ語り得ることがら)の一端である。この分詞句の暗黙の主辞としてふさわしいのは、単なる"BMW”というよりむしろ、特別の状況下にある"BMW"、即ち「ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたBMW社」、母節全体によってその「特定」が実現されている"BMW"と言える。このような"BMW"こそ、分詞句に展開されていることがらの主体たるにふさわしいのである。

   要するに、この分詞句の暗黙の主辞は《一応》"BMW"であると判断し得るのだが、特別の状況下にある「BMW社」、即ち「ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたBMW社」であると判断する方がより適切であった。つまり、ここで見出せる暗黙の主辞の在り方は、文形式C(S+V…名詞句[=分詞の暗黙の主辞] +,分詞句.)中の分詞句の場合とは幾分事情が異なる。分詞句の暗黙の主辞をその直前の名詞句であると判断して適切であった文形式Cの場合とは異なり、(5−3)の場合、分詞句の暗黙の主辞は、単に母節の主辞というよりむしろ、母節全体によって「特定」が実現されている母節の主辞であると判断する方が適切であった。こうして(5−3)中の分詞句には母節の主辞との結びつきに加え、母節の述辞との、ひいては母節全体との結びつきも感じ取られることになる。

(6−17) Rather nervous, the man opened the letter. [6]
(6−17a) The man, rather nervous, opened the letter. [6a]
(6−17b) The man opened the letter, rather nervous. [6b] (CGEL, 7.27)
      (通し文例番号と下線は引用者)
       《男は幾分不安を感じ、その手紙を開封した。》(大意)([5−12], [6−6]参照)
   こうした文に見られる「形容詞節」"rather nervous"については次のように述べられている(本稿の用語では「形容詞句」([1−5]参照)、ここではその暗黙の主辞は"The man")。
形容詞節"rather nervous"は主辞と結びついているだけではなく、述辞[predication]とも結びついている[6−28]。(CGEL, 7.27)
   "rather nervous"を"The man"の指示内容の通時的属性の一端であるとは判断し難いため、その暗黙の主辞は単に"The man"であるというよりむしろ、母節全体によって「特定」が実現されている名詞句"The man"、特別な状況下にある"The man"、つまり、「その手紙を開封した(ときのその)男」であるように感じられるという事情がおそらく、「"rather nervous"は主辞と結びついているだけではなく、述辞とも結びついている」と記述させるのである(とは言え、正直な感想は、ここでも脈絡が決定的に不足している、というものだ)。

   こうして文例(5−3)中の分詞句の暗黙の主辞は《一応》"BMW"であるが、更に的確を期せば、「ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたBMW社」であると判断し得たのである。言い換えると、(5−3)中の分詞句は主辞との結びつきに加えて述辞との結びつきをも感じさせ、結果的に、母節全体との関係を密かに実現していると感じさせることになる。こうした分詞句("rather nervous"は形容詞句である)を副詞要素の地位に奉ずるにあたってCGELは、分詞句の「可動性」を主要な梃子とはしても、分詞句に感じ取れる「意味上の可能性の幅[the range of semantic possibilities]」そのものを表立った論拠にすることはないように見える[6−29]。しかし、CGELにおいても密かに[6−30]感じ取られている分詞句の「意味上の可能性の幅」とは実は、分詞句は、母節の主辞との関係のみならず母節全体との関係をも実現している、と感じられるということ、言い換えると、カンマを伴う分詞句の「暗黙の主辞」は時には母節全体によって「特定」が実現されることになる暗黙の主辞である、と判断されることがあるという事情と相関的な現実なのである。

   とはいえ、こうした暗黙の主辞の在り方にはまさに「勾配」が感じられ、暗黙の主辞は単に直前の名詞句である(あるいは母節の主辞である)と断じて殆ど欠如感の生じない場合もあるし、そう断じたのでは欠如感が生じる場合もある[6−31]。ただ、いずれにせよ発話の構成要素である名詞句については、その発話全体によって「特定」が実現されるに至ることを免れない([1−39]参照)。例えば、固有名詞の直後にカンマを伴う分詞句を置いてその固有名詞を非制限的に修飾する場合、その固有名詞については敢えて母節全体による「特定」の実現を見出す必要はないだろうが、発話全体は厳としてその固有名詞に覆いかぶさることになる。既に挙げた次の文例を元に考えてみる。

(5−2)
Clark left Netscape to found another company called Healthscape, later changed to Healtheon.
〈(Jim) Clarkはネットスケープ社を去り、Healthscape社(後にHealtheonと社名変更)という別の企業を設立した。〉
(The Missing Chapter from "The New New Thing" by NATHANIEL WICE, Timedigital, Thu., Jan. 27, 2000)

   分詞句の暗黙の主辞は"Healthscape"であると判断して殆ど欠如感は生じないが、この場合とて、「Healthscape社」とは「(Jim) Clarkがネットスケープ社を去って後、新たに設立した企業であるHealthscape社」であることを、受け手は既に示されてしまっている([1−18]中の文例@と関連する記述、更に[5−11]参照)。

   かくして、文形式A(S[=分詞の暗黙の主辞]+V…,+分詞句.)中の分詞句の「暗黙の主辞」について記述すべき方向が明らかになる。前掲教科書の判断について、改めて吟味する準備も整ってきた。

   同教科書が依拠しているように思われる判定基準、即ち、暗黙の主辞の直後に位置する「カンマを伴う分詞句」は非制限的名詞修飾要素であり、暗黙の主辞の後に位置するが、間を何らかの語句によって隔てられている「カンマを伴う分詞句」は《分詞構文》である(本章第3節参照)といった、分詞句とその暗黙の主辞との「隔たり」を拠り所とする判定基準に基づくと、(6−13)(He tried to remember the telephone number, repeating it over and over again.)中の-ing分詞句は《分詞構文》と判断されることになる。分詞句は母節の主辞と結びついていると同時に、母節の述辞とも結びついているように感じられるのである。「隔たり」は、分詞句の暗黙の主辞は単なる"He"というよりむしろ母節全体によって「特定」が実現される"He"であると受け手に感じさせることになる。「その電話番号を記憶しようとしていた彼」については、「その番号を何度も口にしていた」と語り得るが、単なる「彼」については同じことを語りにくいと受け手に感じさせるのである。受け手には、「その電話番号を記憶しようとしていた」は「彼」の通時的属性の一端であるというよりむしろ、「彼」の一時的属性の一端、特別な状況下にある「彼」についてこそ語り得ることがらの一端であると感じられるのである。ちょうど、(5−3)(Mr Hull said BMW wanted to move quickly with a sale of Rover Cars, worried that the market would pull its share price down if delays were incurred.)の場合、"worried …..."は「BMW社」について常に語り得ることがら、その通時的属性の一端というよりむしろ、「BMW社」の一時的属性の一端、特別の状況下にある「BMW社」についてこそ語り得ることがらの一端であると感じられたように、である。

   (6−13)について更に記述を重ねるとしたら、(5−3)について述べたことを繰り返しておけば足りるであろう。この分詞句"repeating…..."の暗黙の主辞としてふさわしいのは、単なる"He"というよりむしろ母節全体によって「特定」が実現されている"He"、「その電話番号を記憶しようとしていた彼」である。そのような"He"こそ、分詞句に展開されていることがらの主体たるにふさわしかったのである。(6−13)の場合、母節(He tried to remember the telephone number)が完結した段階で、「彼」とは「その電話番号を記憶しようとしていた彼」であることをこの発話の受け手は既に示されている(ただ、ここでも脈絡の決定的不足を痛感する)。発話の受け手は、母節の直後に位置する分詞句の暗黙の主辞は《一応》"He"であると判断はしても、その"He"とは実は「その電話番号を記憶しようとしていた彼」であることを既に告げられている。「その電話番号を記憶しようとしていた彼」が「その番号を何度も口にしていた」のである。

   文形式A(S[=分詞の暗黙の主辞]+V…,+分詞句)中の分詞句は、その暗黙の主辞との間に何らかの語句が介在し、その結果、暗黙の主辞から隔てられてはいるが、実のところ、文形式@(S[=分詞の暗黙の主辞]+,分詞句,+V….)中の分詞句の場合と事情は基本的には同じである。いずれの分詞句においてもその暗黙の主辞の指示内容について語り得る(と話者に判断されている)ことがらの一端が展開されているという点で、変わるところはない。

   相違するのは以下の点である。文形式A(S[=分詞の暗黙の主辞]+V…,+分詞句)の場合、分詞句の暗黙の主辞は母節全体によって「特定」が実現されることになる暗黙の主辞であると判断する方が適切であった。こうした現実が受け手に、分詞句は母節の主辞と結びついていると同時に母節の述辞とも結びついていると感じさせることになるのである。ところが、文形式@(S[=分詞の暗黙の主辞]+,分詞句,+V….)の場合、(6−16)(The company, known for its i-mode wireless mobile service, has pursued …….)のように、分詞句は母節の主辞と結びついていると判断する方が適切なこともある。分詞句の暗黙の主辞は母節全体によって「特定」が実現されることになる暗黙の主辞であるという判断が必ずしも適切ではない場合もあったのである。

   以下の文例は、分詞句はその暗黙の主辞と結びついていると同時に母節の述辞とも結びついていると感じざるを得ないような事例である。

(6−18)
The siren sounded, indicating that the air raid was over. ['…which indicated that …'] (CGEL, 15.59) (下線は引用者)
〈サイレンが鳴り響き、空襲の終わったことを告げた。〉([6−5]中の文例I、更に[6−28]参照)
   "The siren"という単なる「物体(ある種の音響を発する機械装置)」について「(サイレンという物体は)空襲は終わったことを告げる」とは語り得ないのではないか、そんな疑念がおそらく、分詞句の暗黙の主辞は「母型節全体である」(CGEL, 15.59)という判断を導くことになる。分詞句の暗黙の主辞は母節の主辞[The siren]単体というよりむしろ"The siren sounded"という母節全体であるという判断を導くのである(類似文例は[1−9], [2−1], [6−5], [6−9]参照)。ただし、ここでも、暗黙の主辞は「鳴り響いた(ある種の音響を発した)サイレン」であると、つまり、母節全体によって「特定」が実現されることになる暗黙の主辞であると判断して不都合はない[6−32]

   付言する必要があるかもしれない。(6−18)はこのままでも、関係詞節を用いて書き換えても、あるいは、"The siren sounded and indicated that …"と書き換えても、そこに「サイレンが鳴って、そして/その後で/それに続いて…を告げた」という類の「出来事の時系列的連鎖」を認知し得るわけではない。「鳴った」ということがそのまま「告げた」ということなのである[6−33]。こうした点、つまり、母節と分詞句の二箇所で展開されている二種類の陳述[6−34]の関係の在り方については後述する(第七章第6節「その七」)。

  

(第6章 第4節 その四 了)


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© Nojima Akira