| ◇◆◇ こころの窓 ◇◆◇ |
|---|
| ここでは、芹沢文学を愛する皆様による作品の読後感、芹沢文学との出会い、芹沢氏に関する思い出など、皆様と芹沢文学の触れ合いをとりあげていきたいと思います。芹沢文学はこころの文学。皆様方一人一人のこころの交流の場となれば幸いです。(投稿は新着順です) 現在は、原稿募集中です。投稿フォームより、芹沢氏、芹沢文学との思い出をお送りください。 |
| 90 - 81 80 - 71 70 - 61 60 - 51 50 - 41 40 - 31 30 - 21 20 - 11 10 - 1 |
| [87] サイト開館14周年おめでとうございます 2012.03.09 |
|
「芹沢光治良文学館」の開館から14年周年、誠におめでとうございます。 私が芹沢文学に出会ったのも今から14年前です。14年間、私はただ作品を読んでいただけですが、管理人さんはこんなに素晴らしいサイトを開設され、芹沢先生の作品のほとんど全てを読まれ、要約された…。 その愛と情熱に唯唯敬服し、感謝の気持ちで一杯です。 これからもずっと「芹沢光治良文学館」が継続、維持されますよう願って止みません。 |
| (宮城県仙台市 バク様) |
| [86] 平成二十四年(2012年)『巴里に死す』復刊! 2012.03.01 |
|
来年の3月は芹沢光治良没後20年。現在はその前年の2012年2月。芹沢光治良の名作『巴里に死す』がこの混迷の時代に復刊されるのは驚きであり、「芹沢文学とその精神の復活が近い将来必ずや沼津から世界を救い、日本を救う福音となる」ことを確信するに至った私には、近来にない朗報です。本書は、昭和前後のセピア色となった時代を背景に、人間の本質的普遍性と巴里やスイスの美しい風景が、また日本とフランスの習俗が、実によく描かれています。 本書の復刊が成功すれば、つぎは欧米をはじめ今なお世界に衝撃を与え続けている福島原発事故の連想で、プロメテウスの禁断の火、原爆の悲惨さと人間の美しくも悲しい本質を主題にした『サムライの末裔』かと----想像に羽根が付き連想が止まりません。世界に住む日本人の方たちのみならず日本語のわかる方たちにもぜひ本書をはじめ芹沢作品を手に取って読んでいただきたいとの思いでいっぱいです。 |
| (神奈川県横浜市 則天去私様) |
| [85] 芹沢氏の事など 2011.11.11 |
|
芹沢氏を一言で言えば。 無神論者を唱える神の僕。 神社仏閣に毎日欠かさずお参りするする人々が彼の文学の前では嘘臭く思えてしまうぐらいの宗教人であり、芹沢氏の作品の全てがバイブルに思えてしまうのは私だけか? 読者自身彼の宗教否定に共感を覚えてしまい、最後には逆に”神様っているんじゃないかな?”と思わしてしまう所まで全て計算された文章である。 彼自身それがわからないほど目に見ない力(神の力)に書かされてしまっている。(後期の著述では無く初期から) 長くなるのでここらへんで・・・ |
| (静岡県熱海市 ENSHODOU様) |
| [84] 芹沢先生の思い出 2011.06.01 |
|
佐賀県のいわお俊志(しゅんじ)と言います。このサイト開かれてから12年になるそうですね。不明にして知りませんでした。芹沢先生を偲ぶサイトを運営していただきありがとうございます。 私は「神は存在するのか?」「神が存在するのならなぜ、神は悪の存在を許しておくのか?」という問題を30年間考えました。そんな時に芹沢先生の著書を友人から紹介され、三鷹(吉祥寺?)のご自宅に伺ってお話を聞きました(20年ぐらい前のことだと思います)。 その時にすぐに神の存在が分かったわけではありませんが、私にとっては大変ありがたい示唆を受けました。 その時のことを数年前に私のブログに書いていますので、以下にご紹介させていただきます。 「 私が神の存在の問題を考え始めたのは 15年前ぐらいのことです。 そのころ、東に神を見たという人がいれば 会いに行き、西に自らが神だという人がいれば 話を聞きに行っていました。 結論から言えば 自らが神だという新興宗教の教祖や霊能者は ほとんどが信用できません。 なぜか。簡単なことです。 神は普遍的で根源的なものですから、どんな人のどんな 問いにも答えられるはずです。 もちろん問う側の機根(まあ心構えと言い換えてもいいでしょうか) が熟していない時に沈黙をもって答えることもあるでしょう。 あるいは個別の細かいことに答えることは もちろん不可能でしょう。 しかしいずれにしても問う人間をはぐらかしたり、 ごまかしたりすることはないはずです。 そのことはイエスや釈迦やソクラテスなどの先哲の言行を 見れば簡単に分かることです。 彼らはどんな人にも一人一人真摯に対応しています。 そういう目で見れば私が実際にこの目で確かめ、 話を聞きに行ったほとんどの自称「神様」や「霊能者」は 中途半端か、欲が前面に出ている俗人かどちらかでした。 その中で「あっ、この人は本物だ」と思ったのは 芹沢光治郎さんでした。 芹沢さんは当時90歳、静岡の熱心な天理教の家に生まれ 若いころは経済人だったものの80過ぎた時に 神がかりとなり 「神を説け」という天啓のもとに小説「神々の微笑」など 神々シリーズ5部作を書いていました。 私は画家の乗田さんと伊万里のコスモス村の池田さんと 3人で芹沢さんのお宅に訪れたのですが 私の質問は2点でした。 ひとつは 「時間とは何か」 ということと もうひとつは 「神は存在するのか。もし存在するならそれはどうやって 証明できるのか」 ということです。 芹沢さんは一点目については 「私には分かりません」 と言われました。 二点目については当時もうだいぶ悪くなっておられた 白内障の目をいっぱいに見開かれ 「ああ、神はいますよ。それが分からなければね、あなたね。 朝にね、窓をいっぱいに開けてごらんなさい。 その露にぬれた木の葉やね、小鳥のさえずりの中にね 神はいますよ。」 と言われました。 もちろんその時にすぐに私が神を理解したわけでは ありません。 しかし、その時私は「この人の言うことにうそはない」 と直感できたのは事実です。」 |
| (佐賀県有田町 いわお俊志様) |
| [83] 生誕115周年記念日に 2011.05.04 |
|
今日は芹沢光治良氏の生誕115周年の記念日でした。 芹沢文学愛好会のKさんから、別の用事でお電話を頂いた時、そのことを申しましたら、 「やはり芹沢先生のご縁ですね」と感慨深げなご様子でした。 芹沢文学の愛読者って、みな不思議な<ご縁で繋がっているのですよね。 毎月楽しみにしている管理人の月報、なかなか今月号が掲載されなくて心配していましたが、今日拝見できて嬉しかったです。これからもずっと楽しみにしています。 |
| (伊豆市 バク様) |
| [82] (no title) 2011.04.05 |
| 私は天理教の教会に生まれ、何故か親のように天理教一筋になれなかった。親の信じたものをわかりたかった。芹沢作品によってこのことが分りそうでうれしいです。芹沢先生を知ったのは最近です。これから全作品読んでみます。 |
| (埼玉県入間郡 RG様) |
| おたよりありがとうございます。もし無料本をご希望でしたら、メールアドレスがありませんでしたので、メールアドレスを記入してお申し込みください(管理人)。 |
| [81] 芹沢文学を学べる大学院 2011.03.27 |
|
はじめまして。3年前より昨年逝去された安田善次郎様に薦められて芹沢作品を読み始めました。 今まで読んだどの近代文学とも違って、運命の出会いを感じています。 来年大学院に進学予定ですが、都内から通える範囲で、芹沢文学を研究されている先生はいらっしゃいますか? 検索してみたのですがわかりませんでした。 関西でもかまいません。初めての投稿で質問とは大変ぶしつけですが、どうかお時間の許すときに、お返事頂戴できれば幸いです。 (1番すきな作品は『巴里に死す』です) |
| (東京都港区 nori様) |
|