リオン Release 2.0
Chapter 4:HMX-17a Ilfa
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え?」
リオンがそう言うのと、オフィスのドアがバンと開くのとはほぼ同時だった。
「…から、お姉ちゃんは出しゃばってこなくて良いのよ。ダーリンのところにはわたしだけで充分なんだから」
力任せにドアを開いた赤毛の跳ね髪の少女が後ろを向きながら入ってくる。「お姉ちゃん」と言ってるところをみると、彼女がミルファなのだろうと、リオンは思った。どういうわけか、見覚えのあるセーラー服を着ていて、メイドロボと判別させるための耳のセンサーカバーを着用していない。
「ミルファちゃん、それが姉に対して言う言葉なの?」
イルファ、随分雰囲気が変わったな、とリオンは意識レベルで呟いた。不思議とシルファの素体を見たときのような不快感は湧いてこない。最初に会った時のイルファはプラグ付きの白いレオタードのようなスーツ姿でもっと機械チックな雰囲気だったが、今は以前リオンも着ていたメイドロボ専用のワンピースを着ている。ただ、リボンの形がリオンの幅広の大きな物とは違い、紐に近い細い小振りの物だった。彼女は一目でメイドロボとわかるセンサーカバーを耳に装着している。
「姉って言ったって、アプリケーション開発は同時じゃないの、たまたま先にロールアウトされたからって、いちいち年長者面されたんじゃ、こっちがたまらないわよ」
「メイドロボにとって五ヶ月の経験値は天と地の差があります! それに、またセンサーカバーを外したまま歩き回るし」
口論しながら入ってきた二人は、リオンとセリオの存在に気づいていないようだった。
「んっ、んっ!」
セリオが咳払いをして、ようやく二人は先客が居たことに気づいた。
「セ、セリオ義姉様」
とっさにセリオの名前を言うミルファ。慌てて姿勢を正している。
「申し訳ありません、お恥ずかしいところを見せてしまって」と、とっさに取り繕うイルファ。さすがに半年近く早くロールアウトしただけあって、誤魔化し方も身についている。
「貴女達姉妹の口げんかは今に始まったことではありませんから、わたし自身は気にはなりませんが、少しは場所をわきまえてください」
自分に向けた物とは全く異なる、きつい口調にリオンまで背筋を伸ばす。
「セリオ義姉様、そちらの方は。シルファちゃん、じゃ無いですよね」
イルファはセリオと向かい合って座っているリオンを見て、おそるおそるそう言った。
「あの出来損ないはブロンドのおさげでしょう。この娘(こ)の髪は緑でショートじゃない。それに庶務のお姉さんたちの制服だし....」
妙に萎縮している姉を小突くように言ったミルファはそこで、はっとなった。
「もしかして、リオン義姉様....」
ミルファの口調もすっかりおそるおそるな状態に急変した。
リオンはすぐには口を開かず、僅かに頷いた。
「はい、わたしがHMX-16、リオンです」
リオンはそう言いながら、立ち上がり、二人の方を向いた。
イルファとミルファは慌てて近寄ると深々と頭を垂れた。
「は、初めまして。わたし、リオン義姉様と同型のボディの改造版を頂戴してHMXシリーズの末席に名を連ねさせて頂くことになったHMX-17a、イルファ、で、こっちがHMX-17bのミルファです。先ほどは大変失礼しました」
イルファは一気にそうまくし立てた。リオンはそれに対して表情を変えずにお辞儀で応えた。
「イルファとは二度目の筈ですよ。まぁ、以前会った時はこの髪ではなかったですし、正式には名乗ってませんでしたから、わからなくても無理はないですが。
それより、わたしは昨日付けで来栖大学のフィールド・テストから戻ったのですが、お二人は見かけませんでしたね。やはり、どこかでフィールド・テストを?」
シルファはあのとおり調整中だし、ミルファもロールアウトしたばかりだとリオンは聞いていた。半年近く前にロールアウトしているイルファはともかく、ミルファが研究所に居らず見かけなかったことを、リオンは不思議に思っていた。彼女は来栖大学に行くまで半年近く研究所でテストを繰り返していたのだ。
その問いにはミルファが応えた。どういうわけか、彼女の服装は長瀬のデスクに置いてある写真の中のマルチが着ていたのとよく似たセーラー服だった。それは珊瑚が来ている物と同じだということに、リオンは気づいていた。
「いえ、わたしはフィールド・テストをすることなく、マスターのもとにリリースされています。イルファ姉さんも居ますし、リオン義姉様とほぼ同型ボディなので、必要ないだろうとの判断で....」
−ちょと待って。それって、どういう事よ!
リオンはこれから先も色々なフィールド・テストの予定が組まれている。先刻セリオから説明を受けた西園寺女学院への一時編入もその一貫だ。
「リオン! ダメっ! この子たちはあなたとスクリーニングのカリキュラムが違うんです」
セリオは瞬間的にリオンの異変に気づいて、とっさに声を掛けたが、時、すでに遅し。リオンの体表面のオゾン濃度が一気に跳ね上がった。体内の電装系に一気に負荷がかかり、酸素がイオン化して重合したのだ。
「わたしは、あなたたちの踏み台じゃない!!」
爆発した叫び声に辺りはシンと静まりかえった。
あなたたちと言われた二人の少女型のメイドロボは、硬直したような表情でよろよろと後ずさりし、トンと壁に寄りかかった。
「わたしと同じ顔で、同じ体で、好き勝手やって。わたしは、わたしは、なんのために生まれてきたのよ!! なにがDIAよ。このセリオ姉様やマルチ姉様、設計図だけで終わった他の姉様達を開発してきた人たちの思いの詰まった体は、わたしと、わたしの本当の妹たちのものよ。その妹たちの開発も、あなたたちのおかげで1年も先送りになって....。わたしは、わたしたちは、横入りのあなたたちの踏み台なんかじゃ....」
リオンはボロボロと涙を流しながら、ぺたんと座り込んでしまった。
その様子を表情を変えずに見ていたセリオは、優しい表情を浮かべながら彼女の横にしゃがみ込んだ。
「気は、済みましたか?」
「姉さん」
緑の髪の少女型メイドロボは声を掛けて来た少女の優しい表情を見つめると、わぁっと泣き出した。
「....義姉様....。ご、ごめんなさい....わたしたち、そんなつもりじゃ....」
壁により掛かっていたイルファはそれだけ言うのが精一杯だった。
「イルファ、ミルファ、外してくれませんか。この子を落ち着かせたいので。それと、シルファには絶対言わないように。あの子の心では耐えられないかも知れません」
セリオは氷のような冷たい表情でそう言った。
「はい、申し訳ありません」
イルファはそう言うと、ミルファを促して後ずさりで部屋を辞した。
「どうしたんだ」
メイドロボ達の喧噪を耳にした所員達がわらわらと集まってきた。
「神楽坂君、あの二人を追いかけてくれ。彼女たちのフォローを頼む。場合によっては昨日の一件を教えてもかまわん。それと、セリオ、ここは任せて良いかな?」
オフィスの責任者である長瀬がすぐに指示を出した。セリオは一瞬だけ長瀬の方に顔を向けると頷き、すぐに妹を抱きしめた。そして、泣きじゃくる妹を促して、鍵の掛かる会議室に場所を移した。
リオンはその後も泣き続け、涙用の生理食塩水の低減アラームでようやく「涙を流す行為」を止めた。
セリオはそんなリオンを胸元で抱きしめ、ずっと髪をなで続けていた。
リオンがようやく落ち着きを取り戻し、自分のコンパートメントに戻ったのは、それから更に1時間ほどしてからだった。
セリオはそのあともしばらくリオンを見守っていたが、終業時刻を告げるチャイムが流れると、リオンから「もう大丈夫ですから、綾香お嬢様のところへ戻ってください」と言われて、渋々その場を後にした。
それから少しして、外があかね色から夕闇に迫ろうとしていた頃、何も考えることが出来ずぼーっとしていたリオンの元を尋ねてきた者が居た。
コンパートメントのドアを開けたリオンの目の前にピンク色のセーラー服の少女が一人で立っていた。
「姫百合る....ちがう、珊瑚さん!?」
眉間に皺を寄せた厳しい表情の少女は、イルファ達の人格プログラム、そしてDIAの開発者である姫百合珊瑚だった。
彼女はいつもとあまりにも雰囲気が違い、リオンも一瞬、性格のきつい妹の方と勘違いしかけた。
リオンは珊瑚の姿を見て思わず身構え、きつい口調で「何の用ですか?」と言いかけたが、それより先に珊瑚の表情が涙を浮かべた悲痛なものに崩れた。そして頭を垂れながらこう言った。
「りっちゃん、いや、リオン。堪忍な」
目の前の訪問者を拒絶するように身構えたリオンに向けられた言葉は意外なものだった。
「ほんまに、アカン娘たちで、堪忍な」
いつもはどこか気が抜けた、この娘(こ)のどこがエンジニアなのだろうと思うようなふんわりとした雰囲気の珊瑚だったが、リオンにとっては初めて見る真剣な表情だった。その目にあるものは長瀬や本多、胡桃達のようなどこか鋭さがあるエンジニアのそれだった。
「あの娘たちは充分反省してると思うんやけど、でも、リオンにも、瑞穂お姉さんにも申し訳なくて」
珊瑚の口から出た意外な人物の名前に、リオンは戸惑った。「瑞穂お姉さん」、リオンたちの思考ロジックの基本設計を完成させた、いわば母とも言える存在、藍原瑞穂のことだ。
「珊瑚さんは、瑞穂さんと」
「よう知っとるよ。まだウチが小学生の頃やったけど、優しいお姉さんやった。いっちゃん....ううん、イルファたちのDIAも、元はといえば瑞穂お姉さんの理論を下敷きにしてるんや。『珊瑚ちゃんが瑠璃ちゃんのお友達を創りたいのなら、教えてあげる』って。当時のハードウェア技術やととても実現出けへんけど、ウチが大きくなった頃ならきっと実現出来る言うて」
涙で潤んでいた珊瑚の瞳から、雫が一筋頬を伝った。
「あんな事が無ければ、DIAはもっと早く実現出来た。ウチじゃなくて、瑞穂お姉さんの手で。ウチがダイナミック・インテリジェンス・アーキテクチャを“大根・インゲン・あきてんじゃー”って言うのは、まだ小学生でちゃんと発音出来なかったのを、瑞穂お姉さんがメチャメチャ気に入って、『それでも良いよ』って言ってくれたからなんや」
「…」
『あんな事』、多分瑞穂が他界した交通事故のことだろう。リオンは言葉を返せなかった。
「瑞穂お姉さんは、まんがチックなオブジェクト図、今見直すと、ちゃんとしたハレルチャートなんやけど、それを使ってDIAの基本概念をウチに教えてくれた。ほんま、凄い人やったんや。いまでも大好きやし、尊敬もしている。永遠に越えることが出来ない、ウチの目標や」
ドアの前に立ちっぱなしの珊瑚がそこまで言ったところで、リオンは「とにかく、中に入って座ってください」と言い、ベッドサイドのスツールを彼女の前に置いた。珊瑚は「気い使わせて、ごめんな」と言うと、リオンが進めたスツールに腰掛け、涙をぬぐった。
リオンは珊瑚が座ったのを確認すると、「とりあえず、お茶でも煎れますね」と言って、部屋の隅で支度を始めた。彼女自身は味覚サンプリング以外の飲食はしないが、たまに研究員が遊びに来たりするので、茶器のセットくらいは置いてあるのだ。
「紅茶で良いですか? 緑茶も....あ、玄米茶しかない.....」
「気にせんでええよ、もてなされるような立場ちゃうし」
珊瑚はそう言うと、目尻に涙を浮かべたまま普段よく見せる笑顔を浮かべた。
「紅茶もティーバッグのダージリンしかなくて、こんなので申し訳ありません」
リオンはそう言いながら、テキパキとお茶を煎れると、湯気の立つティーカップをソーサーに乗せて珊瑚に勧めた。
「あ、ありがとう」
珊瑚はそう言いながらティーカップを受け取ると、ひとくち、口に含んだ。
「あ、おいしい。いっちゃんはまだこの域には達してへんな」
「わたしは、DIAを搭載していないので手抜きが出来ませんから」
リオンは嫌みとも取れる言葉を吐きながら、珊瑚と向かい合うようにベッドに座った。
「そやね、いっちゃ....イルファたちはちょっと目を離すと手ぇ抜きよるし、ちょっとわざとらしいところがあるねん。まぁ、イルファはかなり学習が進んで、合格点と言えるくらいまでまで良うなったけど」
珊瑚は自嘲的な口調でそう言った。
「ほんまは、ウチがあの娘(こ)たちに自分の立場をもっとちゃんと言って置けば良かったんや。浩之にいちゃんから聞いたらしいけど、あの娘たちを基にしたHM-17型のメイドロボットは量産されへん。だって、HMX-17の量産機はりっちゃ...じゃなくて、リオンの妹たち、HM-16なんやもん。ミルファが何を言ったのかも聴いたよ。元々ちょっとがさつな娘やけど、自分の今の状況があんたの犠牲の上に成り立ってるってこと、ちいとも気にしとらへんかったようなんや」
珊瑚はもう一口紅茶を口に含んだ。
「りっちゃ....リオンに怒鳴られて、みっ...ミルファもイルファもかなり堪えたみたいや。自分たちの今の生活がいろんな人の犠牲の上に成り立ってること、今頃気づいたみたいで。いっちゃ...イルファは....」
珊瑚がそこまで言ったところで、リオンが口を挟んだ。
「ご無理なさらないでください。いっちゃんにりっちゃん、慣れた呼び方でかまいませんよ。そう呼ばれるのはわたしも嫌ではありませんから」
リオンはそう言うと、微笑んだ。
「うん、そうさしてな。で、いっちゃんなんやけど、あの子も言葉では言ってるけど、実感は無かったんやろうな、かなりしょげとったよ....。あっ....」
珊瑚は喋りながら改めてリオンの表情を見て、少しびっくりしたような声を出した。
「どうかなさいました?」と、リオン。
「同じ顔のはずなのに、りっちゃんの笑顔、いっちゃんと全然ちゃう」
「えっ?」
それはリオンにも意外な言葉だった。たしかに、イルファ達とは違う構造の心を持つ彼女だが、メイドロボットであることには替わりはない。いわば工業製品であるし、頭部はリオンもイルファ達も規格も構造も全く同一な筈なのだ。区別出来るのは若干差を持たせた体格と髪型や髪の色くらいなのだ。
「りっちゃんの笑顔、せっちゃんに似てる」
「せっちゃんって、セリオ姉さんの事ですか?」
セリオの雰囲気にはあまりにも似つかわしくない呼び方に、リオンは苦笑した。
「そう、そのせっちゃんに似てる」
珊瑚のその言葉に、リオンは多分そうだと思えることを口にした。
「多分、心の構造が違うからだと、わたしは思います。わたしの心は、珊瑚さん、あなたが開発した多重クラスタ理論ベースのカーネルの上に乗ってはいますが、基本的にはマルチ姉さんのものの発展型です。セリオ姉さんにも、ハードウェアの制限でフルスペックとは言えませんが、マルチ姉さんと同じ感情プログラムが搭載されています。きっと、その差なんだと思います」
珊瑚は考え込むような表情を見せた。
「長瀬のおっちゃんが言ってたの、思い出した。マルチは感情優先、セリオは機能優先にチューニングしているけど、基本的には同じアーキテクチャの双子やって。ウチはそのマルチっていう娘には会ったこと無いけど、多分そうなんやろうな」
眉間に皺を寄せた彼女の表情は普段の珊瑚とはかけ離れて、どちらかというと、機嫌が悪いときの瑠璃に近いものになっていた。リオンは瑠璃とは2回しか会ったことがないが、こういうところがやはり双子なんだな、と思った。
「そう言う意味では、わたしは初の融合型らしいです。でも意外です。マルチ姉さんの不具合が見つかって、ご自分の意志で機能停止されたのはほんの2年前ですよ? たしか、珊瑚さんはその頃すでに来栖大学を頻繁に訪ねられていたと聞いていますが」
珊瑚は少し考え込んだ。
「あー、そう言えば、家出メイドロボットの騒動があったような」
珊瑚はすぐに思い出したようだった。
「その家出娘がマルチ姉さんです」
「そやー、家出するメイドロボなんて、なんや凄いなぁって思った記憶があるわ。一度会うてみたいと思ってたんやけど、それはかなわんかったんや」
「マルチ姉さんが自ら眠ることを選んだ為ですね?」
珊瑚はこくんと頷いた。
「確かに、いっちゃん達もその気になったら家出くらいはするやろうけど、2年前のハードウェアとアプリケーションのレベルやと、驚異的な事なんや。やっぱ瑞穂お姉さんは、ウチなんか足下にも及ばないとんでもない天才やったって、改めて思い知らされるわ」
「でも、珊瑚さんはその年齢で....」
「そんなことあらへん。ウチは先人が居たからこの歳で出来たんやけど、瑞穂お姉さんと同じ時代を生きてたら、絶対無理や」
珊瑚は首を振るとそう言った。
「さっきも言うたけど、ウチのDAIは瑞穂お姉さんの基本理論をベースに構築したものなんや。瑞穂お姉さんが居なかったら、実現したかどうかめっちゃ怪しい。それを知ってるのは、ウチと瑞穂お姉さんの二人だけ....ううん、いま話したからりっちゃんを入れて三人や。それに、ウチのDIAはとりあえず今のレベルでは完成しとるけど、完全型にはほど遠い状態や。今のままじゃ、自立させるまでに何年もかかってしまう。あの子たちも、瑠璃ちゃんがいっちゃんを無理矢理外に連れ出さなければ、たぶんとっくに鉄屑やもん」
「そうらしいですね。わたしもお父様....長瀬課長からそう伺っています」
「でも、りっちゃんのような完成した思考プログラムにDIAを融合出来れば、もっと凄い娘が出来る。だから、あの娘たちを嫌わんといてほしいんや」
リオンは珊瑚がイルファ達を自分の娘として考えていることが痛いほどわかった。でも、リオンには理解出来ない部分もあった。
「別に嫌っているわけではありません。でも、珊瑚さん、それは望まれる形態なのでしょうか? わたしは行き過ぎだと思います。
確かに、イルファ達は私よりも柔軟な思考を持っていると伺っていますし、珊瑚さんが何故彼女たちを開発したか、それは、瑠璃さんのお友達を創りたかったからだったと聞いています。
でも、人間はいずれ齢を重ね、土に還ります。その時、齢を重ねることが出来ないイルファ達が残されてしまうじゃないですか。あるいは逆に耐用年数が過ぎて、突然壊れてしまうかも知れません。あなたや瑠璃さん、それにイルファ達にはその覚悟があるんでしょうか?」
リオンのまっすぐな意見に珊瑚も真剣な表情を見せた。
「そか、歳をとるアンドロイド、面白そうやな」
「ヌニエン・スーンですか、あなたは」
リオンはくすっと笑った。
「でも、りっちゃん、それはあんたかて一緒やん」
「ええ、そうです。そのとおりです。だからこそ、市販されるわたしの妹たちは過度の思考は持たないようになっているんです」
聞いている珊瑚の表情は緩んでいたが、目は真剣だった。
「イルファ達はわたしと同様に“生”を受けてしまいました。だからこそ、市販される妹たちのために色々な試験を受けるのは義務だと思うんです。ですから、わたしが彼女達を怒鳴ったのは、同じ来栖川製のメイドロボットとして、その義務を全うしていないどころか、わたしのフィールドテストが玉突きされてしまい、量産型の妹たちの開発計画がそのままずれてしまう事が許せなかったのがかなりの部分を占めています。でも....」
リオンはふっとため息を吐いた。
「でも、あの娘(こ)たちは、あなたの私物でもあると同時に、そのデータはわたしのそれと同様に妹たちや姉たちに反映されるんですよね。違う形ではありますが」
珊瑚はこくんと頷いた。
「りっちゃんの言いたいことはよーわかったよ。ウチも考えてみる。このまま話し続けてもすぐには答え、出そうになさそやし」
リオンは答える代わりにくすっと微笑み頷いた。
「せやけど、今の話はめっちゃ面白かった。また相手してな!」
珊瑚はそう言うと先ほどとは打って変わった明るい表情で立ち上がった。
「はい、喜んで」
リオンはそう応えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第5章 >>
作者註:「ヌニエン・スーン」…STAR TREK:THE NEXT GENERATIONのデータ少佐(彼、殉職したので大佐扱いの筈ですが)の開発者。彼が最後に製作したアンドロイドは自分の妻のレプリカで、実際に年をとります。それを知ってるのはデータ自身と、上官だったピカードとライカーくらいかな。