To Heart 2 Side Story

リオン Release 2.0

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Chapter 9:HMX-11 Feel


     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


『ほえええー。みっちゃんが、そないなこと! ちゃんとお姉ちゃんしとるんやなぁ』

 電話の向こうで珊瑚はびっくりしたような、うれしいような、微妙な口調でそう言った。そして、『それで、しっちゃん、どないしとる?』と、珊瑚はシルファの様子を聞いてきた。

『いまのところは、大人しくしてます。ミルファにひっぱたかれたのが相当堪えているようです』

 リオンは頭の中でそう応えた。迎えの車が来るまでは30分ほどかかったが、その間、リオンは関係者への根回しや、手続きの確認作業で大わらわで、車に乗り込んでからようやく珊瑚と連絡を取っていた。
 シルファはミルファに見張られていたというのもあるのだが、意外にもその間大人しくしていた。
 三人は迎えの車の後部座席に座り、リオンが運転席の真後ろ、ミルファはシルファを真ん中に挟んで、反対側に居た。

『しっちゃん、みっちゃんが自分のお姉ちゃんだって再認識したんとちゃうかな。まぁ、その場にいないから判断でけへんけど、良い方に転んでくれるとええんやけどなー』

 電話モードの頭の中で珊瑚はそう言う。受話器がなければ多分腕組みでもしてるだろうな、とリオンは想像していた。

『珊瑚さん、ミルファが変な顔をしてるので、この辺で』

 リオンはそう伝えて、そろそろ通話を切ろうとした。

『うん、わかった。ほな、よろしくなー』

 電話回線がインアクティブになり、半分待避していたフェイス・トゥ・フェイスの意識レベルが完全復旧してくる。

「お姉ちゃん、誰かと話してた?」

 珊瑚との通話回線を遮断したとたん、ミルファが聞いてきた。彼女はリオンの電話モード状態を何度か見ていたので、いまも誰かと会話していた事がわかったようだった。
 そのままでも会話は出来るのだが、要らない負荷がかかるのでミルファは遠慮していたのだ。

「珊瑚さんよ。気になるなら、再生して聞かせても良いけど」

 ミルファは首を振った。

「そこまではいいよ。気にならないって言ったら嘘になるけど」

 リオンはくすっと笑う。

「ミルファが、ちゃんとお姉ちゃんしてるって喜んでた」

 ミルファは嬉しそうに表情を崩したが、言葉にはしなかった。

 リオンは今日が長瀬の講義のある日だった事を思い出して、タクシーを呼ばずに大学に連絡をして迎えを依頼していた。
 当然ながら長瀬が来ると思っていたのだが、彼女たちを迎えに来たのはリオンたちの予想を裏切り、長瀬源五郎の親戚と名乗る見知らぬ人物だった。
 他の二人もそうだが、リオン自身もも初対面だったため、ちょとまごついていた。だが、その人物は彼女たちを知っているようだった。

「源五郎さんが来ると思ってたみたいだね。随分びっくりしてたけど」

 迎えの車を運転している長瀬祐介は、車を動かし始めてからしばらく無言だったが、大通りに出て流れに乗ったあたりで出し抜けにそう言った。
 車に乗った直後にリオンが「長瀬様は、課長のご親戚かなにかですか?」という質問をしたが、その時は「長瀬の血筋はちょっと複雑なんだけど、まぁ、そうだよ」と言いながら頷いただけだった。

「普通、そう思いませんか?」

 リオンは何かバカにされたような気がして、ちょっととげのある口調で切り返した。

「あ、ごめん、ごめん。そういう意味じゃないんだ。本当は源五郎さんが来るはずだったんだけどね、急に都合が悪くなってね。たまたまボクが居合わせたんで、買って出たんだ。動いている藍原の娘の妹たちにも早く会いたかったし」

 祐介はちょっとだけ首を伸ばしてルームミラーで運転席から真後ろにいるリオンの様子を見ながらそう言う。

「藍原って....あなたは」

 リオンは身を乗り出しかけた。

「高校の時の同級生で....元、婚約者、かな。もっとも、ボクはあいつのようなエンジニアじゃなくて絵描きだけどね」

 リオンは言葉に詰まった。彼女は藍原瑞穂が自分の母親のような存在であることは意識していたが、その女性の人となりの情報はほとんど知らなかったのだ。
 しばらく走って、信号待ちで車が止まる。祐介はそこでリオンに質問をしてきた。

「リオンちゃんは、フィールの直系の妹なんだよね?」

 出し抜けに質問をされて、リオンはびっくりした表情でそう答えた。

「あ、はい。そうです。恐らくわたしが藍原瑞穂さんの設計したシステムを継承する最後のプロトタイプになると思います。でも、どうしてそんなことを改まってお聞きになるんですか?」

「なんか、嬉しくてね。君は、フィールのことは知ってるよね」

 祐介がルームミラーで自分をチラチラと見ていることにリオンは気づいていた。

「もちろんです」

 リオンの返事を受けて、祐介は続けた。

「あの当時のハードウェアではあいつが開発したシステムは高度すぎて動かなかった。それが今、ちゃんと動いて、ボクと会話している。それも人間と寸分変わらない完成度でだよ。あいつの夢が実現したんだ。これに嬉しい以外の何があるって言うんだい?」

「でも、わたしより以前にマルチ姉さんや、セリオ姉さんが居たじゃないですか」

 リオンは少し身を乗り出してそう言った。

「確かにそうだけどね。でも人間と区別が付かないほどのレベルになったのは君が初めてだろう? 瑞穂が目指していたのは、君なんだよ、リオンちゃん」

 信号待ちをしていた流れが動き始めたので、一瞬会話が途切れた。祐介は車の流れが落ち着くと続けた。

「今回のいきさつは源五郎さんから聞いてる。それで、フィールの話が役に立つんじゃないかなって。君たちを迎えに来たいと思ったのは、それもあったからなんだよ。
 君たちは、フィールがあの身体では動けなかったけど、意識はあったって知ってるかい?」

 リオンとミルファはほぼ同時に身を乗り出した。そして一瞬お互いを見つめ合い、すぐに祐介に『初耳です』と見事にハモって答えた。

「ハードウェアのキャパが足りなかったからなんだろうけど、機能を補助する外部ユニットを付けて、テキスト表示で一度だけなんだけどね。その場に居たわけじゃないから、瑞穂から聞いた話なんだけど。多分このことは源五郎さんも知らないよ」

 身を乗り出しかけた二人は座り直して祐介の次の言葉を待った。

「せっかく作ってもらったのに、動けない、母親である瑞穂の期待に応えることが出来ないのが悔しいと。そして『ごめんなさい、お母さん。不甲斐ない娘を許して』って。それが、接続された端末上でテキスト表示された最後の言葉だったらしい」

「なんか、なんとなくわかる。その想い」ミルファがぼそっと言った。

「不甲斐ないのはフィールじゃなくて、彼女のシステムを支えることが出来るハードウェアを開発できなかった開発者の方なんだけどね。瑞穂、そのあとちょっと荒れちゃってね。それから立ち直ってもう一度頑張ると言ってた矢先なんだ、事故にあったのは。瑞穂は無念だったと思う。
 それに比べたら、シルファちゃんは珊瑚ちゃんの期待にちゃんと応えてるんじゃないかな?」

 シルファの反応はない。

「この子、さんちゃ...珊瑚さんの事を怖がってるみたいなんです」とミルファ。

「怖がる? なんで? 珊瑚ちゃんはシルファちゃんことを可愛いとは思っても、シルファちゃんを怖がらせるようなネガティブな事は微塵も考えてないと思うけどな」

 祐介はミルファの意外な話に素直に驚いたようだった。

「でしょうね、さんちゃんなら、絶対」

 ミルファは嬉しそうにそう言った。そして、再び改まった口調で続けた。

「でもこの子、言葉だけじゃ納得しないって言うか、なんていうか。
 この子、わたしや姉のイルファがマトモに動いているのに、自分は欠陥だらけだって変なコンプレックスを持っているようなんです。それが元で自閉症になり、あげくに対人恐怖症に。
 わたしなんか、この子や姉に比べたら、てんでバカだし、メイドロボとしてのスキルだってボロボロですよ。むしろわたしの方が欠陥だらけなのに。
 この子にだって始終バカにされてますけど、自分に悲観なんかしてません。わたしは姉としてそれを隠さず見せてるつもりだし、この子もそれを見てる筈なんですけど。
 わたしが悪かったのは、最初の頃それに配慮してなく、ううん、違う、気づきもしてなかったことと、自分の苦しさをちゃんと口に出して珊瑚さん達に伝えなかった事でしょうね。
 わたしバカだから、リオンお姉ちゃんに言われるまで、気づかなかったんです。ですけど、不具合や違和感、おかしいと感じたら、それを開発者に包み隠さずフィードバックする。それがわたしたち試作メイドロボに架せられた重要な使命なんですよね。それを怠ってました。マルチ姉さまやフィール姉さまにはそれを自分の言葉で伝える術がなかったと聞いてますが、私たちはモニタ・データだけじゃなくて言葉で表現することも出来るんですから。
 だからこの子に要らないコンプレックスを生み出す事になってしまって、性格までねじ曲がってしまった。それに気づかず、教えることも出来なかった。姉としては失格ですよね。わかってからは努めてそうするようにしてたんですが、遅すぎたのは確かです。今は反省していますし、この子を立ち直らせるのがわたしの義務だと思ってます」

 それまで無言で項垂れていたシルファが、話の途中で驚いたような表情で顔を上げ、そしてミルファを見つめていた。
 口には出さなかったが、シルファはミルファの姉としての辛さと自分に向けた想いに気づいたようだった。リオンにはなんとなくそれがわかった。

「良いこと言うじゃない、ミルファ」

 リオンが笑顔でそう言うと、ミルファは「あはははー。あたしらしくないよねー」と誤魔化すように照れ笑いをしながら言ったが、すぐに絶えきれなくなったのか真っ赤になって俯いてしまった。

「君の義理の妹たちも良い子達のようだね、リオンちゃん」

 ハンドルを握る祐介はルームミラーを一瞥してそう言った。

「ええ、とっても。自慢の妹たちです。シルファには悪いですけど、自閉症で天の邪鬼な妹なんて、まるで現実の人間の家族みたいですし」

 一瞬、車内の空気が固まり、ぎょっとなったミルファがリオンを一瞥した。だが、リオンは平然としている。リオンの性格を熟知しているミルファはすぐに彼女が何か考えていてわざと言ったのだと判断した。

「おいおい、それはちょっと酷いんじゃないかな」

 祐介はリオンの表現にあわてた。

「そういうご家庭に仕える妹も居るはずですよ。そう意味ではシルファはすごく貴重な教材で、もの凄く役に立ってるんですよ。物事はポジティブに考えないと」

 リオンはそう言いながらシルファの様子を窺っている。やっぱり彼女はわざと言っているのだ。ミルファは確信し、バックミラーに見える祐介の目に向かってウインクした。祐介も視線でそれに応えた。

「そんな役の立ち方、評価されても、あんまり嬉しくないです」

 それまで黙り込んでいたシルファがぼそっとそう言った。それを聞いた、ミルファが唐突に反応した。

「ひっきー、あんた、いま『です』って言わなかった? あんたダ行、マトモに発音できなかったんじゃ?」

 ミルファは妹の両肩をがしっと掴むと、自分の方に無理矢理向けて、揺すぶった。

「え? ミルミル、そんな冗談は、あ、あれ? 『冗談』って、ホントだ。言えてる。え、ウソ。うわっ、え、シルファどうなっちゃったの、えっ? ええっ?」

 シルファはパニック状態に陥りながらもマトモな言葉を発している。

「おーい、落ち着けー。良かったじゃん。克服できたじゃん。あんたはダメダメっ子なんかじゃないんだってば。あたしも嬉しいよぅ」

 ミルファはそう言いながら、シルファを抱きしめ、わんわん泣き出した。つられてなのか、何かが弾けたのか、シルファもわんわん泣き始める。リオンは目尻に涙をためながら二人を優しい表情で見つめている。

「すみません、うるさくして」

 リオンは二人の妹に代わって祐介に謝罪した。

「あはは、たしかに狭い車内ではちょっときついかな。でも、かまわないよ」

 祐介は優しい口調でそう言った。


 程なく到着した来栖大のサイバネティクス学科棟の玄関で、一行を待っていたのは長瀬だけではなかった。

「藤田さん」

 3人のメイドロボの中で唯一面識があったリオンが聞こえるか聞こえないかの小声でそう言った。

「やぁ、リオン、久しぶり」

 浩之はそう言うと、片手を軽く上げて挨拶をした。

「お姉ちゃん、この人は?」

 当然ながら面識のないミルファが不思議そうに質問する。

「マルチ姉さんの失恋の相手の藤田浩之さん。ミルファも名前くらいは聞いたことあるんじゃない?」

 ミルファは「ああ!」と言って、頷き、更に続けた。

「この前来た時に綾香さんが言ってた人ですね」

 ミルファはそう言うと、リオンの紹介の言葉に苦笑している浩之に向かってぺこりとお辞儀した。

「初めまして、先輩。『河野はるみ』こと、HMX-17b、ミルファです」

「先輩って....?」

 浩之は合点がいかず、首をかしげる。

「あたし、試験運用ではなく、藤田先輩の通っていた学園に普通に在籍してるんです。2年生なので、先輩の3年後輩になります」

 礼儀正しい後輩という口調でミルファはそう説明した。

「耳のセンサー・カバーも外しちゃってますので、一応、メイドロボというのは表向きは内緒らしいんですけど....」とリオンがフォローを入れる。

「あははははー。とーっくにばれちゃってますけどねー」

 ミルファは悪びれる風でもなく、頭の後ろをポリポリ掻きながらそう言った。

「へぇ、なんか凄いなぁ、さすが姫百合珊瑚の娘というか。と、いうことは、もう一人がマルチみたいに悩んで自閉症になっちゃったという、シルファか」

「悩んだ? シルファも、同じなの? マ…」

 それまで無言だったシルファが出し抜けに口を開いた。続けて「マルチ」の名を出しかけたのだが、まだ抵抗があるのか言葉にならなかった。

 浩之は3人のメイドロボたちを促し、マルチとフィールが保管されている区画に向かって歩きながら、誰に言うとではなしに話し始めた。マルチが心を閉ざし、そこから立ち直り、そして再び眠るまでの物語を。

「だからマルチは、自分のシステムがどうして暴走し始めたのかわからずに家出したんだ。悩んで、悩んで、出口が見つからなくて。でも、最後はその苦しみを全部ぶちまけた。
 そして…」

「そして、どうしたんですか?」

 質問をしたのはシルファだった。

「そして、『だから今は眠ります』って。そう言って満足そうな笑顔で眠ったんだ。あの頃のレベルでは自分は更に周囲に迷惑を掛けるし、それが自分に続く妹たちの為にもならないっていう結論に達したんだよ。
 そして俺たちが必ず自分を蘇らせてくれると信じてね」

 浩之が後ろに付いてきている者達に振り向いた。

「だから、今の私やシルファたちがいるんですよね」

 リオンがそう応えた。浩之は黙って頷く。そして、もう、その部屋は目の前だった。

「行ってごらん。君も自由に入れるはずだ」

 浩之はそう言いながら、一行の真ん中あたりにいたシルファの後ろに回り、そっと肩を押した。

「それに、君はマルチと違って、自分で乗り越えられる力があるはずだ」

 浩之はそう言い添えた。
 恐る恐る近寄るシルファのボディがセンサー感知エリアに入ると、認証パッドのインジケータが緑に替わり、自動ドアがかすかなモーター音と共に開いた。

 来栖大学のサイバネティクス学科棟の保管室でフィールとマルチのカプセルを目の当たりにしたシルファは、涙を流さずに泣き崩れた。そして、床に座り込み、その床に両手をついて何度も「ごめんなさい」と繰り返した。



「良い方に転びそうですね」

 祐介はようやく泣き止んだシルファを支えているミルファを笑顔で見ながら、横に立っていた長瀬源五郎にそう言った。

「いや、そうでもないよ。まだ重度の人見知りを直さないとな」

 長瀬はそう言いながら、頭をポリポリと掻く。

「大丈夫でしょう。人見知りは自分に自信が持てないのが原因のようですし、多分、あの子はあの子なりに踏ん切りがついたと思います。それに、あんな妹思いの良いお姉さんがいるじゃないですか」と祐介。

「まぁ、そうなんだが、リオンとの間にもう一人姉が居てね。あの子もシルファをどうにかして立ち直らせようと奮闘してるんで、へんに拗れないと良いんだが」

 長瀬は頭を掻くために一端解いていた腕を組み直してそう言った。

「その方が彼女たちの勉強になるんじゃないですか」

 祐介は笑いながらそう言った。

「おいおい、人ごとだと思って」

 長瀬はそう言いながら苦笑する。

「まさしく、人ごとですよ。じゃあ、ボクはこれで」

 祐介はそう言いながら、部屋を出ようとした。

「ああ、今日は早めの墓参りだったんだよな、本当は」

 長瀬は思い出したようにそう言った。祐介は一瞬立ち止まる。

「瑞穂に良い話が出来そうですよ」

 祐介は顔だけ振り向きながらそう言った。その会話はリオンの耳にも入り、リオンは慌てて祐介に言った。

「あ、あの、お墓参りというのは」

 リオンの頭の中はで、「お墓参り」と「瑞穂」という言葉は瞬時に繋がっていたが、あえて訪ねた。

「瑞穂の命日が近いんでね。当日は日本に居なくて、行けないから、代わりにね」

 祐介がそう答えると、リオンは反射的にこう言った。

「あ、あの、ご迷惑でなければ、ご一緒させて貰えないでしょうか?」

 リオンの申し出に祐介は笑顔で頷いた。

「いいけど、鷹山だよ。結構遠いから、今からだと泊まりになるよ?」

「はい、全然オッケーです。これでもメイドロボとしてのスキルには自身があります。それにわたしは意外と電気は喰いませんし、パワーマネジメントもかなり高度になってますので、このまま無充電でも3日は平気です。あ、そうそう、ご希望でしたら、夜のご奉仕もバッチリです。でも、その場合は消耗が激しいと思うので明日の晩までにはちゃんと帰してくださいね」

 リオンはにこやかに微笑みながらウインクする。祐介は彼女のとんでもない発言に真っ赤になった。

「いや、そ、それは遠慮しておくよ」

 そのリアクションにリオンはぷっと吹き出した。

「びっくりしました? さっきのお返しです。連絡無しに知らない人が迎えに来たら、普通はびっくりしませんか? 人間でも。
 それに、わたしだって好きな人くらい居ますし、一応基本人格は普通の女の子なので、初めてはその人って決めてます。だから、万が一祐介さんがその気になっても絶対ダメです」

 リオンはしてやったりという満面の笑顔でそう言いながら両手で胸の前に×印を作る。祐介はからかわれたことに気づいて、一瞬、むすっとした表情になったが、すぐに苦笑した。祐介は気づいたのだ。こんな状況の中でもリオンは自分をパニクらせた相手にしっぺ返しをする機会を虎視眈々と狙っていたのだ。

「やれやれ、瑞穂もとんでもない者の基礎理論を開発したもんだ」

 祐介は軽い憎まれ口をきく。

「はい、自分でもそう思います」と、そのとんでもない者のリオンはすかさずやり返す。

 そこで、二人のやりとりを聞いていた浩之が吹き出した。それを合図にするかのように、マルチとフィールの保管室は、意味がわからず一人きょとんとしているシルファを除く全員の明るい笑い声で溢れた。


 そして、翌日の昼下がり。
 藍原家の墓の前にはメイドロボとしての正装をまとったリオンがじっと祈りを捧げる姿があった。

「わたし、決めました」

 瑞穂が眠る墓の前で、リオンは出し抜けにそう呟いて同行していた祐介の方を振り向いた。

「わたし、瑞穂さんが開発したシステムでどこまで行けるか、限界に挑戦します。それを見極めて仕様として定義するのが、藍原アーキテクチャの最後の試作機であるわたしの義務だと思うんです」

 リオンは自信と誇りに満ちた表情でそう言った。

「君がそう決めたのなら、止める者は誰も居ないだろう。納得するまでやってみると良いと思うよ。瑞穂も応援してくれると思う」

 祐介は最愛の女性の末娘に向かってそう言った。


     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


最終章