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15年後の24時間テレビに苦闘
24時間テレビ・富士登攀で酸欠
24時間テレビ・富士登山のドラマ
24時間テレビ・修羅場となる瞬間

15年後の24時間テレビに苦闘
第1回目の24時間テレビにかかわってから時は流れ、15年目になって、再びこの番組とかかわるようになった。

この年から24時間テレビは、その内容を今の形態に変えた。
24時間マラソンが始まり、各地でチャレンジする障害者たちの奮闘する姿を紹介し、武道館に数々の芸能人や有名人が集まってそうした人たちへの応援歌を歌う。
『愛の歌声は地球を救う』という企画になったのだ。

この模様替えに伴って企画された「24時間コンサート」の制作・運営を任され、まずは会場を決めることから始まった。
企画当初、このコンサート会場から24時間マラソンがスタートし、間寛平さんが武道館にゴールすることを目指していた。
マラソンランナーとしても有名な寛平さんだから150kmから200kmを走ることができると考えていた。

その企画に沿って会場を探したが、なかなか見つからない。
何せ24時間のコンサートを行うのだ。
民家が近ければ深夜の騒音で苦情が来る。
あまり人里を離れると人が集まらないし、出演者やスタッフの移動もたいへん。
大きなステージも築かなければならないということも考慮に入れなければならない。
また、夏の24時間マラソンだから、途中あまり山坂がない方がよい。

そうこうしているうちに、マラソン班から大問題が持ち込まれた。
いくつもの都県をまたぐと警察からの道路使用許可が下りないというのだ。
結果、それぞれが別の企画として進むことになった。
とはいえ、難問はひとつが解消されただけに過ぎなかった。

出演者との交渉は、その頃一緒に番組を作っていた日本テレビの庄司プロデューサーに任せ、私は会場選びに奔走した。
そうして決まったのがヤマハが運営している「つま恋」だった。

フォークソングの大イベントを開催した実績がある。
宿泊設備もあるから出演者のケアもできる。
実際会場を見ると申し分のない場所だった。
ヤマハからも全面的な協力を得られることが約束された。
何より心強かったのは担当者になってくれたのが木下さんという、吉田拓郎さんからも全面的に信頼されている人だったことだ。

会場が決まってからは、企画に紆余曲折はあったものの、大きなトラブルもなく復帰戦を飾ることができた。
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24時間テレビ・富士登攀で酸欠
『24時間テレビ16』は出会いがテーマだった。この年から富士登山という企画がスタートしたと記憶している。

前年の盛り上がりから、24時間マラソンがこの番組の縦軸を構成することになっていた。
それに匹敵するような、視聴者に感動をあたえる企画の一つとして採用されたのだ。
最初は「富士山の頂上で働くお父さんにお弁当を届けよう」というテーマだった。
その後この企画は、身障者が、それぞれに持っているある夢を託して富士山に登るというテーマに変わってゆく。

この企画の一番のポイントは富士山を登る人たちを生放送するという技術的な面にあった。
番組全体の構成に従い、中継を入れる時に登攀隊がいるはずの場所を想定。
そこに最も近い場所からマイクロ波を使い、映像と音声を全国に届けなければならないのだ。
そのポイントを決めるためにスタッフは毎年放送前に3回は富士山に登った。

電波を送る側とそれを受ける側の位置取りはまさにピンポイント。
そのために、中継車は静岡県側にある5合目の駐車場の限られた場所に置かれなければならない。
たった1ヶ所、この駐車場に各登坂中継点から電波を受けられる場所がある。
駐車スペースが1台分違うだけで電波が入るポイントが半分以下になってしまう。
だから、前々日から警備員を配置してその場所を確保するようにした。
幸い静岡第一テレビに入っている警備会社の協力によって、毎回しっかりとポジションを確保することができた。

体力的にたいへんだったのは機材の運搬だ。
カメラは2台体制で動いたが、それぞれに付随する機材や音声機材、マイクロ波送信用アンテナなどを持って一緒に登ることは不可能だ。

そこで、富士山の各山小屋に食料品などを運び上げていたブルドーザーにスタッフと機材を載せて登った。
しかし、ブル道は必ずしも中継点とは一致しない。
大きく迂回している場合もある。
ある時放送時間が迫り、ブル道を途中で降りて、大慌てで登坂ルートまでダッシュするという、危険覚悟の暴挙にも及んだこともある。
ブルの車酔いに加えて高山病でダウンするスタッフもいたほどだった。

標高3000メートル以上。スタッフたちにもたいへんな負担を強いての中継だった。
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24時間テレビ・富士登山のドラマ
『24時間テレビ 16』から始まった富士登山は多くの技術的な制約を乗り越えながらの放送だった。
それだけに、24時間マラソンに劣らないほどの反響が全国から寄せられた。

その主役はなんといっても登った人たちだ。
富士登山の2回目だったと記憶している。
登頂を始めて2時間ほど経った頃、時ならぬ雪に見舞われた。
スタッフたちに苛立ちが走った。
どんなに遅くても、午後4時半までには登頂しなければ、ブルド―ザーでも下山できなくなるからだ。

サポートスタッフとして協力してくれている登山のプロたちは、八合目でここが限界と登頂断念を進言してきた。
お父さんに手作りのお弁当を渡すため登っていた女子中学生たちとその応援に来ていた飯島直子さんは八合目の小屋の中で互いに抱き合い、悔し涙を流して寒さに耐えていた。

その時、武道館にいた司会の徳光さんが「今日のあなたたちにとって、今いるその場所が頂上です」と涙に声をつまらせながら語った言葉を今も忘れることができない。

その後、富士登山は身障者が、それぞれに持っているある夢を託して富士山に登るというテーマになってゆく。
そうした企画の流れの中で、私が登山者を探す時に大切にしていたことがある。
登る人に絶対24時間テレビで富士山に登ってくださいとはいわないということだ。

あくまで、登るのはその人の意志。
それを24時間テレビは全面的に応援する。
その代わり放送に少しだけ協力して欲しいというスタンスを頑なに守った。
そうしないと広い意味で「やらせ演出」につながり、24時間テレビの主旨が根底から崩れてしまうと思ったのだ。

足の不自由な少年、目の見えない人など、それぞれの人たちが、私たちが想像もできないほど大きな意味を持って富士山に登った。
驚異的な準備と精神力で登頂を果たしてくれた。

足の不自由だった少年のときは、精神力が弱い彼を励まし続けたお母さんが高山病で途中ダウン。
頂上にたどり着くことなく下山しなければならなかった。
それでも彼は頂上を極めた。

感動はそれまでの何倍もスタッフたちを包んだが、テレビというメディアが背負ったやりきれなさもそれぞれに感じていた。
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24時間テレビ・修羅場となる瞬間
テレビの生放送というと、その制作現場のサブコン(副調整室)はスタッフたちの怒鳴り声が響き渡り、さながら戦場のようだと思っている方が多いと思う。
だが実は通常はさほど緊迫しているというわけではない。

主会場の武道館を含め、全ての企画は日本テレビのあるスタジオにマイクロ回線などを使って集約される。
それを事前に練り上げた構成表に合わせて各中継場所を繋いで放送している。
あくまで本陣は局内のサブコンにある。

もちろん生放送で、簡単に予定通り進むはずもない企画ばかりだから随時臨機応変に対応してゆくということはある。
でも、それはテレビ屋にとってさほど驚くことではない。
だから、普通は拍子抜けしそうなほど平然とそして淡々と番組は進んでいる。

だが、どうしても戦場状態になるときはある。
それはCMを入れるタイミングだ。

民間放送局にはCMを入れなければならないという絶対条件がある。
番組には予めCMフォーマットというのが決められていて、番組中に何回CMを入れるかが、その秒数と共に決められている。
本陣となっている日本テレビ内のスタジオが戦場となるのは、CMを入れるタイミングの中でも確定タイムといわれる、絶対に決められた時間に入れなければならないものが近づいた時だ。

24時間の生放送とはいえ、放送フォーマット上では大雑把に言うと2時間の番組の集合体ということになっている。
だから、確定タイムのCMは2時間ごとにやってくるわけだ(実際はもっと多いが)。

だいたい番組がスタートするとすぐに5分押しから、ひどい時には15分押しということになる。
「押し」というのは予定時間より遅れるということ。
武道館にやってきたゲストたちの話が予定より長くなってしまうことが主な原因だ。
最初のうちはよいが、確定タイムのCMが近づくとまずタイムキーパーの声がサブコンに響き渡る。
「まいて〜!もう入らない〜!!」。
総合演出グループは予定の構成からどこを削除するか検討し、各中継担当に指示を飛ばす。
まさに確定タイム前の30分間はもうほとんど怒号の集合体のようになってCMを迎えるのだ。
この一瞬はテレビ屋として充実のときでもある。

そして、この難関をクリアーするとまた当面は淡々とした空気を取り戻して番組は続く。
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