『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第五章 分詞句の解放に向かって

第1節 「欠落した範疇」という出口


〔注5−1〕

   教師用文法書『教師のためのロイヤル英文法』に見られる「分詞の形容詞的用法」に関する記述の要諦も、種々の学習用文法書で展開されている記述の要諦と見事に重なる。

   同書で「制限用法」は「自動詞、他動詞の現在分詞および-ed分詞が名詞を修飾する場合」(p.139)と説明され、「叙述用法」の場合、分詞は主格補辞あるいは目的格補辞として用いられる(pp.141--142)、とされる。しかしながら、分詞による名詞修飾に更に二通りの在り方を、即ち、「制限的」と「非制限的」の区別を見出してはいない。

   分詞に関するこうした記述は、そのまま形容詞に関する記述につながる。

形容詞には、名詞の前後につけて名詞を直接修飾するものと、主語や目的語に関して述べる補語になるものとの二つの用法がある。
(綿貫陽・淀縄光洋・MARK F. PETERSEN 『教師のためのロイヤル英文法』, p.100)
(一部の学習用文法書に見られる「形容詞の限定用法と非限定用法」に関する記述ついては、第一章第3節の【付記】参照)
   とは言え、「制限的修飾」と「非制限的修飾」の区別について論じることが決して容易ではないことは、本稿のこれまでの記述を見ても分かる通りである。であるから、大塚高信監修『英語の語法 表現篇 第二集』所収の「修飾(上)」(一色マサ子)中で、名詞を修飾する機能を発揮する形容詞について次のように語られながら、ついに「制限的修飾」と「非制限的修飾」の区別について語られることがなくても、殊更に約言に違背するとも記述が不備であるとも言い立てるつもりはない。以下で、「機能」とは形容詞の「機能」のことである。
なお、機能を大別して多くの学者は、制限的、非制限的な修飾や間接的または直接的修飾という基準のもとに分類をしているが、これも「こういう意味はどこに属するか」と考えると、かなりの重複をまぬがれず、整理が困難である。そこで、ことを簡単にするため、これらについては、折にふれて、言及することとし、…。(p.1174)(下線は引用者)
   次の文に見られる名詞修飾については二箇所で語られている。
The sight of this withered old priest, crying with joy, welling up from deep in his heart, made all idea of killing him as an enemy unthinkable.
(心の底から沸き出ずる歓喜に泣く、凋びた老僧の顔をみていると、彼を敵として殺すことなどは、思い及ばぬ事であった。―『恩讐』)(p.1207)
   筆者(一色マサ子)の解説その一。
crying with joyは、old priestの修飾語句であり、welling up from deep in his heart. はjoyの修飾語句である。(p.1207) (下線は引用者)
   その二。
まずthis withered oldはpriest を制限修飾している。of this withered old priest はsight を制限修飾している。crying with joyは、priestを修飾している。そして、welling up from deep in his heart. はjoyを修飾している。of killing himは、allとともに前後からideaを修飾している。(p.1228) (下線は引用者)
   「制限修飾している」と「修飾している」という差異をそのまま「制限的修飾」と「非制限的修飾」の差異であるとは認め難いことがこの部分の記述の最大の問題点である。「修飾している」と記述する代わりに、筆者が「制限修飾している」ないしは「非制限修飾している」のいずれかを選択し得なかったことが問題のすべてだ。この記述を見る限り、この箇所では筆者が「制限的修飾」と「非制限的修飾」の区別を認識しているとは認め得ない。同じ筆者の手になる、関係詞節の制限的用法と非制限的用法に関する以下のような記述を読めば、名詞修飾の在り方に関する「制限的修飾」と「非制限的修飾」の区別について語る準備は全く整っていないことが良く分かる(「制限的修飾」と「非制限的修飾」については[1−18], [1−23]参照)。
英文の中で、名詞または名詞相当語や句を、文の形をとったもので修飾することがあるが、その場合に重要な機能をもつのは、関係代名詞とか、関係副詞である。またときには文の構造によっては、接続詞の場合もある。こういったものが、名詞の後にきて、先行詞の名詞を制限したり、次々と論理的に、名詞に関して、その説明とか、意味内容とかを、聴き手にわかるように展開していく。この場合に関係詞の前にコンマがくるときは大てい非制限的な修飾となっている。(p.1216) (下線は引用者)

関係代名詞には、主格となるas, who, which, that, whatや、所有格となるwhose( of whichもあるが、これは文語に属する場合が多い)や、目的格のas, whom, which, thatや、ほかに複合関係代名詞などがある。これらが、先行詞に対して制限的になる節を導く場合と、非制限的、すなわち付加的とか、説明的とかに用いられ、先行詞に対してなくてはならない制限をするのではないような場合とがある。これは主として意味から考えられるものであるが、形の上からも特徴がある。すなわち非制限的形容詞節は、それを導く関係詞の前にコンマをおくか、またはその節をコンマではさむのが普通である。(pp.1217?1218) (下線は引用者)

   山口俊治『全解 英語構文』は「第64型 形容詞的用法の分詞」で、カンマを伴う分詞句を含む次のような文例を挙げている。
We can appreciate the work of foreign authors, living in the same world as ourselves, and expressing their vision of it in another language.
〔訳〕→『私たちと同じ世界に住み、私たちとは別の言葉で世界観を表現する外国作家の作品を私たちは味わうことができる』(p.145)(下線は引用者)
   この分詞句については「living .....とexpressing .....の2つの現在分詞はforeign authorsを修飾している形容詞的用法。」(ibid)と説明され、"Love is an emotion experienced by the many and enjoyed by the few. "(ibid)というカンマを伴わない分詞句による修飾の場合との区別は意識されていない([1−49]参照)。

   日本の学校英文法の世界に見る「形容詞の用法」と「分詞の形容詞的用法」に関するこうした理解を踏まえた上で、CGEL中の記述を読んでみる。「分詞の非制限的形容詞用法」を考える参考として、すでに第二章第5節で紹介したCGEL中の記述の一部を引用する。

非制限的後置修飾は非定動詞節[2−17]を用いても実現可能である。例えば、
The substance, discovered almost by accident, has revolutionized medicine. (’which was discovered almost by accident …….’) [2]
〈その物質は殆んど偶然に発見され、医学の世界を革新した。〉(17.34)(下線は引用者)
   第二章第5節では更に、次のような、当惑を誘うとしか言えそうもない記述も紹介した。
非制限的非定動詞節は意味[meaning]を変えずに文頭に移すことが可能である。例えば、
   Discovered almost by accident, the substance has revolutionized medicine. [2a]
しかし、こうした可動性[mobility]は実は、非制限的非定動詞節が名詞修飾的[adnominal]働き[role]をするものなのか副詞的[adverbial]働きをするものなのか曖昧であるということを含意している。(17.34)(通し引用番号と下線は引用者)
   しかし、CGELは他の箇所で次のような記述も残している。
文末にあって、それより前には位置し得ない形容詞句は、普通、その前に位置する名詞句の非制限的後置修飾要素である。文末に位置するこうした形容詞句は、文の他の部分から抑揚によって切り離されているとしても、である。例えば、
The cows contentedly chewed the grass, green and succulent after the rain. [‘which was green and succulent ….’ ]
〈雌牛たちは満足げに草を食んでいた。草は雨の後緑鮮やかで瑞々しかった。〉(15.62)
(下線は引用者。[1−17]及び[4−3]で紹介した記述と文例である。「文末に位置するこうした形容詞句は…切り離されるとしても」という記述については、[1−17]参照。-ed分詞句が非制限的修飾要素となる例は[2−10], [4−4]参照)
   更に、「文末にあって、それより前には位置し得ない形容詞句」に相当する例。
We took Joe, unable to stand because of weakness, to the nearest hospital.
〈衰弱していて立てないジョーを私たちは最寄の病院に連れて行った。〉 (ibid, 15.61) (下線は引用者) ([3−3]参照)
   こうした記述を念頭において、ここでは、形容詞句を含む文例を見ておきたい。次の例に見る文末の形容詞句に「可動性」はない。

   The manufacturer, which abandoned it as unprofitable when it turned out to be useless against its intended target, cancer, has made one last batch, enough for 1,000 patients.
〈この製薬会社は,その薬品が狙っていた標的である癌には役立たないことが分かり、利益を生まないとしてその薬品を見限ったが、最後に一バッチを生産した。1000人の患者に十分な量である。〉
(注) The manufacturer:末期の睡眠病[sleeping sickness]の治療薬であるmelarsoprolの代替薬品を製造している製薬会社。
(Drug Companies and the Third World : A Case Study in Neglect By DONALD G. McNEIL Jr. , The New York Times ON THE WEB, May 21, 2000)

   "enough for 1,000 patients"は"one last batch"を非制限的に修飾している。名詞句を非制限的に修飾する「カンマを伴う分詞句」については[1−49], [2−16]参照、Kruisinga & Erades, An English Grammar. Vol. I. Accidence and Syntaxに見られる名詞句を非制限的に修飾する「カンマを伴う分詞句」に関する記述については第二章第5節参照。   

(〔注5−1〕 了)

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